ポムフィオーレを後にした一行が続いて向かったのは、ターゲットは連携攻撃が強力で、被害者候補かつ容疑者リストに入っているオクタヴィネル寮のリーチ兄弟だ。
オクタヴィネルのエリアに入ると、先行して調査を行っていたハーツラビュル寮長のリドルが、なんとも言えず苦虫を噛み潰したような表情で佇んでいた。
「あ〜! 金魚ちゃんだ〜!」
「うっ……見つかったか!」
双子の弟であるフロイド・リーチが、遠くからリドルを見つけるやいなや、ニッコニコの笑顔で長い脚を弾ませて駆け寄ってくる。
「金魚ちゃん、こんなとこで何してんの〜? かくれんぼ? 楽しそうだねぇ」
「フ、フロイド! ボクのことをそんな不躾なあだ名で呼ぶのはやめろと何度言わせるんだい!?」
「だってぇ、小さくて赤いのって金魚でしょ〜?」
なるほど。規律とマナーを何より重んじる厳格なリドルにとって、捉えどころがなく気分屋のフロイドの絡み方は、一番の天敵であり頭を抱える種なのだろう。マダラが他人事のようにそのやり取りを眺めていると、スッとフロイドの黄色の瞳がマダラへと向けられた。
「あ、ソッチハ髪も真っ黒だから『メジナくん』ね!」
「人を魚の類で呼ぶな」
ターゲットが自分に向けられ、マダラは面倒そうに低く溜息を吐く。
「おや…ハーツラビュル寮の皆さん、お揃いで。もしや、マジカルシフト大会に向けての敵情視察ですか?」
そこへ、双子の兄であるジェイド・リーチが静かな足取りで歩み寄ってきた。うやうやしい態度とは裏腹に、その瞳は鋭くこちらの腹を探っている。だが、今回の目的は敵情視察でも無駄な小競り合いでもない。ここで下手に刺激して時間を食うのは一番の無駄だ。マダラは穏便かつ迅速に事を済ませるべく、淡々と本題を切り出した。
「違う。俺は情報を求めにここへ来た」
「情報、ですか?」
「あぁ。近頃、マジカルシフト大会の主力選手を狙った連続傷害事件が発生している。心
当たりや、怪しい気配を感じなかったか?」
マダラの問いに、リーチ兄弟は顔を見合わせると、どこか楽しげに不敵な笑みを浮かべた。
「へぇー……俺たちを襲うかもしれない奴がいるんだぁ。なめられてるねぇ」
「ええ、そうですね。もし僕たちを狙う物好きな方がいたら……返り討ちにして締め上げて差し上げるだけです。ねぇ、フロイド?」
恐ろしいセリフを事もなげに口にする二人。ジェイドはメガネの奥の目を細め、丁寧なお辞儀をして見せた。
「というわけです。僕たちは自衛が十分可能ですので、どうぞご安心を」
「そうか。ならば用は済んだ」
手応えなしと判断したマダラは、即座に翻身して立ち去ろうとした。だが、フロイドが満足そうに口端を上げる。
「え〜? 情報提供してあげたのに、ただで帰っちゃうの〜? つまんないの。ならさぁ、なんか『忍術』ってやつ見せてよ〜!」
「対価か、まあいい」
情報を受け取った以上、貸しを作ったままにするのも不快だ。マダラは周囲を見回すと、近くにあった中庭の立派な大木に視線を止めた。次の瞬間——マダラの姿がその場から消えた。
「えっ……!?」
魔法の詠唱も、風を切る予兆すらもない。マダラは足裏にチャクラを集中させると、垂直に伸びる樹木の幹を事もなげに駆け上がり、一瞬で遥か頭上、大木のてっぺんの細い枝の上に静かに立ち分散していた。
忍びにとっては基礎中の基礎に過ぎないが、魔法に頼るこの世界の人間にとっては、到底考えられない物理法則を無視した芸当だ。
「見晴らしは悪くないな」
枝の上で腕を組んだマダラは、そのまま一切の着地音を立てずに、軽々と地面へと舞い降りた。
「「…………」」
突如として目の前で繰り広げられた異次元の身体能力に、あんなにやかましかったフロイドも、常にポーカーフェイスを崩さないジェイドも、完全に口ぐぐんで目を点にしている。
「ではな」
呆然と立ち尽くす全員の隙を突き、マダラは背を向けると、何事もなかったかのようにそそくさとその場を去っていくのだった。
○○○○
一番最初に調査を回っても進展がない状況に、マダラはいよいよ露骨な呆れと苛立ちを隠さなくなっていた。
戦場であれば、策を弄する鼠など潜んでいる炙り出しの術で焼き払えば一瞬で終わる話だ。地道な聞き込みという無駄な手順に、彼の忍耐も限界に近づきつつある。
「ま、待てよマダラ! 次で最後……いや、次は絶対何か手がかりがあるはずだから!」
「そうなんだゾ! 俺様たちの『大活躍』がかかってるんだゾ!」
逃げ出そうとするマダラをエースとグリムが必死で宥め、一行は次なる目的地——百獣の王の不屈の精神に基づく「サバナクロー寮」へと向かった。
荒々しい岩肌と乾いた風が吹き抜けるサバナクロー寮の敷地。その一角で、黙々と一人でトレーニングに励む一際体格の良い1年生の姿があった。鋭い眼光と銀色の毛並みを持つ狼の獣人。ジャック・ハウルだ。
「……ん? なんだお前たち。こんなところで大人数でなにしてやがる」
汗を拭いながら、ジャックが警戒気味に耳をピクリと動かして振り返る。
異世界から来たと噂の監督生。魔法を使わず、ハーツラビュル寮の暴走した寮長を圧倒的な力でねじ伏せたという伝説の「忍」。ジャックの背の毛が、マダラと目が合った瞬間に一斉に逆立った。
(……なんだ、この圧は……!? 獣の匂いじゃねぇ……戦場の、血と鉄の匂い……!?)
圧倒的な強者を前にして、身体が勝手に警戒態勢に入るのを抑え込みながら、ジャックは硬い声で問いかけた。
「俺に何の用だ」
「最近起きている連続傷害事件のことだよ」
エースが顔を覗き込もうとした瞬間、マダラの低く重い声がそれを制した。
「答えなくて良い」
「え? マダラ、どういうこと……」
戸惑うエースたちを余所に、マダラは腕を組んだまま、氷のように冷ややかな黒い瞳でジャックの顔を鋭く射抜いていた。
「この男、一瞬だが視線が泳いだ」
「……っ!?」
ジャックの身体がピクりと強張る。どれほど厳格で硬派な性分であろうと、戦場で数多の人間を見てきたマダラの洞察眼を誤魔化せるはずもなかった。わずかな目の揺らぎ、呼吸の乱れ、筋肉の緊張、その全てが「何かを隠している」と雄弁に物語っていた。
「な、なんだと!? ジャック、お前犯人を知ってるのか!?」
デュースとケイトが詰め寄るが、ジャックはガチガチに歯を食いしばり、視線を逸らして頑なに口を閉ざす。
「言えねぇ」
「言えぬか」
マダラはフッと鼻で笑うと、ジャックの目の前に立ち塞がった。体格ではジャックの方が上であるにもかかわらず、その場を支配しているのは圧倒的にマダラだった。ジャックの額から冷や汗が一本、頬を伝って流れ落ちる。
「言わぬというなら力ずくで吐かせるまで。……と言いたいところだが、お前のその顔、犯人を庇っている顔だな」
「……!」
「己の寮の『何者か』が関わっていると知りつつ、葛藤している。といったところか。くだらん」
一瞬で見抜かれた心の内に、ジャックは驚愕で目を見開いた。
「サバナクローの奴らが犯人なのか!?」
声を上げるグリムを前に、マダラはジャックからあっけなく視線を外すと、サバナクローの寮の出入り口へ顔を向けた。
「行くぞ。ネズミの巣穴はもう分かった」
「え、ちょっとマダラちゃん!? もう行っちゃうの!?」
「証言など不要だ。ネズミの居場所は、既にこの眼で見えている」
マダラはそう言い捨てると、一切の迷いなく歩きだすと、寮の入り口から他寮生とは圧倒的なオーラをまとう男が現れる。サバナクロー寮、寮長のレオナ・キングスカラーだ。
「ゾロゾロと何の用だ、草食動物ども」
緑の瞳を億劫そうに細めるレオナ。だが、その視線がマダラに留まった瞬間、猛獣特有の鋭い直感が警鐘を鳴らした。
王族として生まれ、強者の空気を知り尽くしているレオナには一目で分かった。目の前の男は、ただの「魔力を持たない監督生」などではない。
己の力で群れを従え、死線を幾度も潜り抜けてきた者にしか纏えない、本物の『長』の素質と王者の風格が、その全身から溢れ出ていた。
一瞬の牽制の後、マダラは一歩前に出ると、一切の前置きなしに冷徹な声で言い放った。
「今回の連続障害事件の犯人はお前たちサバナクロー寮の者だな」
マダラは隣に立つラギーへと、ゆっくりと視線を滑らせた。ふと視線が交差した瞬間、ラギーの喉が小さく鳴り、その丸い瞳が一瞬だけ泳ぐ。
「今しがたこの獣から感じたのは、事件現場に残されていたものと同じ魔力だ」
写輪眼の朱き双眸は、ラギーの体内で脈打つ異質なチャクラ。この世界で言う固有の魔力波形と、彼が隠し持つ焦燥や動揺の微振動までをも完璧に捉えていた。
(間違いない。この男が陰で糸を引いていた手先か)
「写輪眼で魔力の流れと固有の痕跡を捉えた。言い逃れはできん」
淡々と、そして端的に突きつけられた「事実」一瞬で犯人だと特定されたラギーはヒッと息を呑み、周囲のサバナクロー寮生たちもマダラの放つ凄まじい威圧感に気圧されて一瞬怯む。
だが、奥に腰掛けていたレオナはすぐにフッと鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべた。
「……ハッ、写輪眼だか何だか知らねえが、そんなお前の国の奇妙な『目』で見えたものが、この学園で証拠になると思ってんのか?」
「何…?」
「この世界に『忍術』なんてものはねぇ。存在もしねえ技術で『見えました』なんて言ったところで、学園長も誰も聞きやしねえよ。裁判じゃ門前払いだ」
正論だった。マダラの持つ『写輪眼』の絶対的な洞察力は、忍の世界であれば揺るぎない完璧な証明になり得る。だが、魔法と科学が支配するこの世界において、その存在自体が未知である以上、客観的な「法の証拠」としては成立しないのだ。
(世界の理が違えば、道理も通らんか)
自身の術の絶対性が、世界の壁によって証明の術を失う。マダラが不快そうに眉をひそめたその時、レオナが凶悪な笑みを深めて立ち上がった。
「ま、証拠がねぇなら、ここでのルールに従ってもらうしかねぇな。……おい、監督生」
「何だ」
「マジカルシフトで勝負だ。言葉で証明できねぇなら、コートの上でその力を示してみろ」
王の貫禄を持つ二人の強者が、正面から激突する。サバナクローの荒々しい風が吹く中、言葉ではなく「力」で決着をつけるマジフト対決が、ここに決まった。
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