サバナクロー寮とのマジフト対決を経て、客観的な証拠として立証できない以上、これ以上の聞き込みは無意味と判断した一行。事件の解決は「大会当日の現場で直接監視し、現行犯で押さえる」という作戦へ移行することとなった。
そして迎えた、マジカルシフト大会当日の早朝。ジャックはトレーニングの傍ら、マダラたちの住むオンボロ寮を訪れていた。寂れた寮の敷地内に足を踏み入れたジャックは、荒れ果てた庭の中央に立つ男の姿を目にして、思わず足を止めた。
(なんだ、あの動きは?)
ジャックは気配を消し、樹の影からじっとその姿を見つめた。片足を鋭く踏み込み、独特の型を組んだかと思えば、次の瞬間には目にも留まら速さで空を蹴る。
予兆も無駄もないその一挙一動は、まるで目に見えない強大な敵と命を削り合っているかのような、鬼気迫る気迫を放っていた。
ジャックが言葉を失って見惚れていた、その時だった。スッと動きを止めたマダラが、振り向きもせずに静かに口を開いた。
「何をしている」
気配を完全に殺していたつもりだったジャックは、心臓が跳ね上がるのを感じながら、ゆっくりと木陰から姿を現した。
「お前の動きを見ていた。鍛錬か?」
「そうだ。身体が訛るのでな」
息一つ乱していないマダラは、構えていた手を解くと、冷徹な黒い瞳でジャックを見下ろした。
「動きを見ていて、本当に誰かと戦っているように見えた」
マダラはジャックの言葉に一瞬だけ目を細めると、鼻からフッと息を漏らして小さく笑った。
「本当に相手がいるように見えた……か」
その笑みは、いつもの不敵で冷徹なものとはどこか違い、遠い過去を愛おしむようだった。マダラは静かに空を仰ぎ見ると、口を開く。
「昔今のように拳を交わし、切磋琢磨した『男』がいた」
名前は出さない。だが、その声の響きだけで、マダラにとってどれほど特別な存在なのか、伝わってきた。
「幼い頃からずっとだ。来る日も来る日も、奴がいたからこそ、俺は強くなれたのだろうな」
マダラは自身の掌をじっと見つめ、ゆっくりと固く拳を握りしめた。
「だが、どれほど強くあろうと、夢を追う過程で失われていくものもある」
マダラは腕を組み直すと、いつもの厳格な表情に戻り、ジャックへ真っ直ぐな視線を向けた。
「お前も、己の信じる正義や仲間のために葛藤しているのだろう。ならば迷うな。己の弱さに立ち向かえぬ者に、守りたいものなど守れんぞ」
「ああ、分かってる!」
マダラの言葉に背中を押されるように、ジャックは深く、強く頷いた。自身の内に渦巻いていた迷いが晴れ、サバナクロー寮の不祥事を止めるという覚悟が、完全に固まった瞬間だった。
○○○○
現在、マダラはサバナクロー寮生たちに異常なまでに警戒されていた。マダラが少しでも怪しい動きを見せれば、奴らは即座に警戒してボロを出さないだろう。
そのため、今回の作戦の役割分担は既に完了していた。マダラはあくまで「表の監督生」として目立つ位置に身を置き、サバナクローの意識を自分に惹きつける囮となる。
その隙にジャックやエースたちが現場で犯行の尻尾を掴み、反抗の意思の合図を確認した瞬間、待機させているリドルたちハーツラビュル寮と合流して一気に包囲網を縮めるのだ。
「合図はリドルくんが出すからよろしくね」
ケイトから小さな魔法石が手渡される。マダラが異世界の携帯端末の扱いに慣れていないため、連絡方法について議論した結果、魔力が通ると色が変わる魔法石で合図を送るという、単純な手段が採用された。
「さて、奴らはどう出るか」
マダラは手に握った特注の鉄棒を軽く振るった。シュッ、と空を切り裂く重厚な風切り音が響き渡る。
選手の入場パレードの待機列において、ラギーが自身のユニーク魔法を行使。大勢の一般客や生徒をまとめて操り、ターゲットであるディアソムニア寮の待機列へ向かって一斉に突進させたのだ。
意思を奪われた人々が一心不乱に押し寄せる様は、まるで暴走するヌーの群れそのものだった。押し寄せる群衆の圧力に、周囲は一瞬でパニックへと陥る。
「助けてっ!」
悲鳴と怒号が飛び交う混乱の中、人波に呑まれそうになっていた一人の幼い少女が、大人の足元で泣き叫んでいた。踏みつぶされかねない危険な状況。
マダラは躊躇なく踏み込むと、押し寄せる人波を素手で軽く押し返し、一瞬の隙を突いて少女の身体をふわりと抱き上げた。そのまま群衆の届かない安全な壁際へと軽やかに着地する。
「ここは危険だ。早く離れろ」
極めて穏やかな声で告げ、少女を地面に降ろす。
「ありがとう!」
涙を拭いながら走り去る少女を見送ったマダラが、再び混乱の渦中へ視線を戻すと、暴走していた人波が、ピタリと動きを止めた。
ふと上空を仰ぐと、そこには強烈な圧力を放つ魔力の渦と、数日前の夜に遭遇した「ツノの男」が浮遊していた。男はマダラの姿を捉えると、滑るような足取りで空から静かに舞い降りてきた。
「僕としたことが、手間をかけさせたな」
「構わん」
マレウスは緑の瞳を細め、人波を一瞬でさばいてみせたマダラを静かに見つめた。
「その洗練された身のこなし、やはり、ただの監督生ではないな?」
「さぁな。どうだろうな」
マダラが不敵に口端を上げたその瞬間、周囲の空気がビリビリと震えるほどの強力な魔力が、マレウスから波のように押し寄せてきた。
それとほぼ同時に、マダラのポケットの中で魔法石が鋭い光を放ち、色が鮮やかに変色する。リドルからの合図だ。
「俺は行く」
湧き上がるマレウスの魔力を涼しい顔で受け流すと、マダラは一瞬で地を蹴り、残像を残して颯爽とその場を後にするのだった。マダラは足裏にチャクラを込め、風を切って現場へと跳んだ。
現場は瞬く間にパニック状態だった。暴風が吹き荒れる中、リドルが即座に周囲へ指示を飛ばした。
「立てる者は自力で退避! エース、デュースは怪我人を連れて外へ! リリア先輩、教員たちに救援を頼みます!」
「あいわかった。暫し持ちこたえよ!」
任された者たちが迅速に動き出す中、手に汗を握りながらケイトが弱音を吐く。
「なんでこんな怖い目にばっか遭うの? オレ、こういうの向いてないんだけど!」
「怖いなら逃げても構わないよ」
「リドル君置いて逃げたら、トレイ君に後でボコられちゃう。お供しますよ、寮長!」
軽口を叩きながらも腹を括るハーツラビュル陣営。そんな一触即発の絶望的な状況下で、ただ一人、マダラの口元が狂気に近い歓喜によってニヤリと大きく綻んだ。
(これだ! この身がすくむような圧迫感、沸き立つような殺気……!)
その狂気を間近で目撃したジャックとラギーは、ドン引きして顔をひきつらせていた。
「な、なんだアイツ! なんであんなに嬉しそうにしてやがるんだ!?」
「監督生くん、顔! 顔が完全に悪役のそれッスよ……!?」
マダラの全身から溢れ出る圧倒的な戦闘狂のオーラに、見慣れているハーツラビュル寮生たちはというと、呆れ顔で溜息をつく。
「出た……マダラの戦闘狂」
「あの顔を見ると、心底味方で良かったと思うよ」
エースとデュースが恐怖に身をすくませる中、マダラは学長から脅し取った特注の鉄棒を肩に担ぎ、ゆらりと一歩前へ踏み出した。
その瞳はいつの間にか、禍々しくも美しい三つの巴模様を描く朱き瞳『写輪眼』へと変貌を遂げていた。赤い光を放つ双眸で、黒い魔力を撒き散らすレオナを静かに見据えるマダラ。
「いい顔になったではないか、レオナ。その異形の力ごと、俺に見せてみろ!」
異世界の戦闘狂と、絶望に呑み込まれた百獣の王。静寂を破る猛攻の火蓋が、いま落とされた。
黒いブロットを纏い、王の威圧感を撒き散らすレオナ。ハーツラビュルでの暴走とは異なり、レオナの動きは卓越した魔法が繰り出される砂嵐と重厚な物理攻撃を、マダラは手に持った魔力耐性の鉄棒で一閃し、ことごとく弾き返す。
「見事な身のこなしだ! だが甘い!」
マダラが先陣を切って突撃すると、リドルも即座にその意図を汲み取り、息の合ったサポートを見せる。マダラがレオナの隙を作り出す最小限の動きに合わせて、間髪入れずに遠距離魔法で援護する。マダラの圧倒的な体術と、リドルの緻密な魔法が完璧な連動を見せていた。
「『写輪眼』」
マダラの赤い瞳の巴模様が瞬時に回転し、レオナの視界へ直接「金縛りの幻術」を打ち込む。レオナの動きが一瞬ピタリと止まった。だが…
「がああああっ!! 舐めるなァッ!!」
次の瞬間、レオナの内に渦巻く深淵のような絶望、そして強い「憎悪」の感情が爆発的に膨れ上がり、強引に幻術の束縛を叩き割ったのだ。
「精神の呪縛を己の執念で上回ったか」
レオナの猛悪な憎悪が写輪眼の幻術を力ずくで叩き割り、暴走した魔力が周囲を薙ぎ払う。マダラは一瞬の隙を突かれながらも、狂喜の笑みを深めて後方へ跳んだ。
「エース、デュース! 風を練れ」
「っ……! おうよ!」
マダラの指示を受け、エースとデュースが同時にマジカルペンを構える。マダラの火遁と限界まで威力を高めた暴風を叩きつける作戦だ。
だが、それには二人が全魔力を注ぎ込み、魔法を極限まで練り上げる「無防備な数秒間」が必要だった。
「ハッ! 誰を待たせてると思ってんだ。まとめて砂に変えてやる!!」
焦りを見抜いたレオナが凶悪な爪を掲げ、二人の隙を突いて殺傷力のある砂嵐を叩き込もうとする。魔法の詠唱も間に合わない。
「させっかよォォッ!!」
「邪魔はさせないっス!」
横合いから飛び込んできたのは、ジャックとラギーだった。
「『月夜を破る遠吠え』!!」
ジャックが巨大な銀狼へと姿を変え、咆哮とともに正面からレオナの突進へ決死の体当たりをかます。一瞬足止めされたレオナが苛立ちまかせに巨大な爪を振るうが、今度はその脚元にラギーが滑り込んだ。
「『愚者の行進」!重いッけど、一瞬なら動きを縛れるッ!!」
ラギーのユニーク魔法により、自分の意志とは無関係に足を止められるレオナ。
「チッ、俺の前を立ち塞がるなァ!」
レオナの咆哮とともに広範囲の衝撃波が吹き荒れる直前、マダラは素早く印を結んだ。
「火遁・灰塵隠れの術」
マダラの口から放たれた灰と塵が周囲を一瞬で覆い尽くし、レオナの視界と攻撃の軌界を完全に遮断する。マダラはその隙に、限界を迎えて崩れ落ちそうになっていたラギーの首をつかみ、退避させた。
「あ、危なかったっス」
「動きを止める魔法、もう一度できるか?」
「さっきの借りは返すっス! 行くぞ!『愚者の行進』!」
ラギーの必死の叫びとともに、レオナの動きが再び一瞬固定される。マダラは間髪入れずに追撃の印を結んだ。
「火遁・龍炎放歌の術」
幾重もの龍の形をした炎が解き放たれ、レオナの周囲を取り囲む。同時にラギーが作り出した影の残像が突進し、レオナの意識と攻撃の的を散らす。すべては、本命の一撃を叩き込むためだ。
「叩き込め!!」
練り上げられた無数の風の波が、エースとデュースのマジカルペンから激しい渦となって解き放たれる。
「グリム、お前の炎も風に乗せろ」
「分かったんだゾ! ふなあああっ!!」
それと同時に、マダラは印を結び、胸を大きく膨らませた。
「火遁・豪火滅却」
マダラの口から解き放たれた灼熱の巨大な炎の壁と、グリムの放つ青い炎、そしてエースとデュースの暴風が真っ向から噛み合う。
「「いっけえぇぇ!!」」
風を得たマダラとグリムの火遁は爆発的にその威力を増し、レオナへと襲いかかった。
「な……ッ、ガハッ…!?」
灼熱の風圧に飲まれ、レオナの背景に聳え立っていた巨大な化身が絶叫とともに崩壊し、霧散していく。
灼熱の余韻と焦げた匂いが残るコートの中央で、レオナの巨体がドサリと地面へ崩れ落ちた。
「死ぬかと思ったっスよ、まじで」
地面に倒れ込むラギーと、荒い息をつきながら人型に戻るジャック。マダラは手に持った鉄棒を肩に担ぎ直し、煙が立ち込める惨状を見下ろしながら、満足そうに鼻で笑った。
「少しは『忍』の戦いに近づいたではないか」
○○○○
あの後、約束通りマジカルシフト大会のエキシビションマッチに監督生チームとして参加した。サバナクロー寮に小馬鹿にされた雪辱を晴らすべく、マダラは容赦なく忍術を解禁してコートを支配した。
しかし、手加減したつもりでも高熱の火遁で何枚ものディスクが焼け焦げてお釈迦になってしまい、学園長から「ひええっ! 学園の予算がなくなってしまいます〜っ!」と泣きつかれ、途中から見学に回るハメになった。
本選が始まってからは、会場を包む大歓声と異様な熱気に少々当てられ、一人で静かなオンボロ寮へ戻っていた。
誰もいない静寂の中庭で、己の体幹を確かめるように好きに身体を動かしていると、気づけばあたりはすっかり夜の闇に包まれていた。
身体をほぐし終え、夜風を浴びながら学園内をぐるぐると散歩していると、廊下の暗がりに小さな影がぽつんと佇んでいるのが目に入った。
幼い子供だ。迷子だろうか。 マダラはスッと膝を折り、その幼子と目線を合わせると、
「そこのお前、親はどうした?」
と、極めて柔らかく穏やかな声で問いかけた。 昔、己の鋭い眼光と立ち姿だけで幼子を泣かせてしまった苦い記憶がある。これでもマダラなりに考え抜いた、最大限の優しさと配慮の表れであった。
「あのね、おじたんを探しているの!」
「名は何という?」
「レオナおじたん!」
なるほど。マダラは即座に『写輪眼』を起動し、学園内に残る魔力の残光を探知する。少し離れた保健室に、見覚えのある荒々しい魔力の持ち主が横たわっているのが察知できた。
行き先が判明し、立ち上がろうとしたマダラだったが、幼子はマダラの顔をじっと見つめてきた。
「何だ?」
「おにいたんの目、きれいだね!」
「そうか。そのような言葉を掛けられたのは、生まれて初めてだな」
忍の世界において、恐れられてきた写輪眼。それを「綺麗」と言い切る幼子の無垢さに、マダラはどこか面食らいながらも、口元をわずかに緩めた。
「そうなの? あ! レオナおじたんの目もね、すっごくきれいなんだよ!」
「そうか」
無邪気に笑うチェカの一方的なおしゃべりに「ふむ」「そうか」と優しく相槌を打ちながら歩くこと数分。無事に保健室へと辿り着いた。
「あ! マダラ、どこに行っていたんだ!」
「寮に戻っていただけだ」
無事を確かめようと駆け寄ってきたデュースたちをよそに、チェカはベッドに横たわるレオナを見つけるやいなや、一気に飛びついた。
「あーっ! レオナおじたん、やっとみつけたーっ!」
「あークソ。うるせぇのが来た 」
オーバーブロットの激闘とマジフト大会で、酷使したレオナの身体にレオナに容赦なくのしかかるチェカ。普段のレオナを知る周囲の生徒たちは、ヒヤヒヤしながら冷汗をかいている。
「おい。監督生、何を見てやがる」
鬱陶しそうに甥をあやしながら、レオナが苦々しい視線をマダラへ向けた。
「いや、可愛い甥だな、と思ってな」
「馬鹿にしているのか」
「待ち焦がれてくれる家族がいるというのは、そう悪くないものだぞ」
「あんなの、うるせーだけだ」
顔を背けるレオナに、マダラは静かに、だが重みのある声を落とした。
「『孤独』という言葉を吐くのは簡単だがな、実際にすべてを失い、真の孤独に苛まれるようになれば、そのような軽口は二度と叩けなくなる」
「お前……」
言葉の裏にあるあまりにも深すぎる闇を感じ取り、レオナが息を飲む。マダラは一歩踏み出し、見下ろすようにレオナの瞳を覗き込んだ。
「レオナ。お前は本気で『王』になりたいのか?……だとしたら、覚悟も考えも、まだまだ生ぬるい」
「何だと?」
「俺が生きていた時代では、長の座に就くためならば、どんな卑劣な手段すら厭わぬ奴らがごまんといた。気に入らぬならば、一族もろともその手で抹殺し、力で奪い取れば済む話だからな」
冷徹すぎるその言葉に、保健室の空気が氷のように凍りつく。
「今はそんな時代ではない。平和な世だ。それはお前が一番理解しているだろう」
レオナは、第二王子という生まれ持った不平等の不運と、己の有り余る才能ゆえの絶望から自暴自棄や今回の件が重なり、オーバーブロットを引き起こした。
だが、どれほど歪み、自虐的になろうとも、レオナは「現国王である兄やその息子を殺して王座を奪う」という最悪の手段を選択することは決してしなかった。
それはレオナが弱者だからではない。 彼が求めているのは、単なる「権力」や「王の肩書」などではなく、己という存在を、努力を、正当に「みんなから認められること」だからだ。力で恐怖政治を敷く王ではなく、人々に望まれて立つ真の王。
(まるで……柱間のようだな)
かつて夢見た、誰もが笑い合い、心から納得して背中を預けられる「火影」という理想の長。 血で塗られた力ずくの道ではなく、万人に認められる王を目指す道。それは理想が高ければ高いほど、茨の道であるかを、マダラは痛いほど知っていた。
○○○○
一足先にマダラとグリムがオンボロ寮へ帰った後の保健室。大騒ぎしていたチェカもお付きの者に無事回収され、部屋にはサバナクローとハーツラビュルの面々だけが残されていた。
嵐のような静けさが戻った室内で、ラギーがやれやれと肩をすくめながら口を開く。
「いや〜にしても、マダラさんの考えってマジで物騒すぎッスよね。『気に入らねぇなら一族殺して奪え』って、どんな教育受けてきたらそんな発想になるんスか」
「時代遅れの考え、ってやつですかね」
ジャックが腕を組み、難しい顔で言葉を返す。ラギーはあごに手を当て、うーんと唸った。
「そういう物騒な考えが当たり前だったってことは、マダラくんの元の世界って、俺らが思ってる以上に文明とか技術の発展が、遅れてた場所なんっスかね?」
その言葉に、エースが何かを思い出したように手を打った。
「あー、それ! マダラってさ、俺らがスマホ使ってると『何だその鉄の板は』とか素で言ってくるからね。最初マジでびびったわ」
「電話してる時も『離れた奴と喋る魔法か?』とか真面目な顔で聞いてきたりしたな」
デュースも苦笑いを浮かべながら同意する。
「まあ、四六時中戦場にいたんなら文化の違いも当然か。でもさ」
エースは少しトーンを落とし、天井を見上げた。
「あいつ、たまにボソッとエグいこと言うじゃん。『家族は全員戦場で死んだ』とかさ…最初聞いたとき、冗談かと思って耳を疑った」
「エース、あんまりそういう過去を根掘り葉掘り話すのはよくないんじゃないか?」
真面目なデュースが眉をひそめて諫めるが、エースはどこか引っかかったような、複雑な表情を浮かべた。
「いや、悪気があるわけじゃないんだけどさ。マダラって自分の過去を隠そうともしないだろ? 聞かれれば普通に答えるし、別に怒りもしない。それが逆に、なんか引っかかるんだよな」
「どういう意味だ?」
ジャックが問いかけると、エースは窓の外、静まり返った夜の学園へと視線を向けた。
「なんていうか、何ひとつ執着がないっていうかさ。全部『諦めている』みたいに見えるんだよな。どんなに悲惨なこと話してても、他人事みたいに冷めてるだろ、あいつ」
その言葉に、保健室の全員が口を閉ざした。どれほど圧倒的な力を持ち、他者を圧倒しようとも、マダラという男の根本に漂う底知れぬ哀愁と諦念。
「……ハッ、諦めてる、か」
レオナはフッと鼻で笑い、乱れた前髪をかき上げた。
「余計なお世話だ、草食動物ども。あいつが何を背負ってようが、俺たちには関係ねぇ」
静まり返った保健室。 レオナは、天井の天井じっと見つめながら、深いため息を吐き出した。
(家族が全員死んだ、だと?)
エースたちが漏らしていた言葉。そして、去り際にマダラ自身が放った『孤独という言葉を吐くのは簡単だが、実際にすべてを失えば二度と軽口は叩けない』という静かな脅迫のような警告。それらが重苦しく脳裏に渦巻く。
レオナは自嘲気味に鼻で笑おうとしたが、どうしても笑えなかった。自分は「第二王子」という立場に縛られ、どれほど努力しても決して報われない環境に絶望していた。孤独を気取り、誰とも交わろうとせず自暴自棄になっていた。
だが、マダラという男の「孤独」は、自分が気取っていた生ぬるいものとは根底から次元が違っていたのだ。
(あいつの言っていたことは、ハッタリじゃねぇ。本当にあいつには、帰る場所も、血の繋がった家族も、命を預け合える一族すら、一人も残っていねぇんだ)
自分には、鬱陶しいと言いつつも自分を慕ってまとわりついてくるチェカがいる。憎まれ口を叩きながらも付き従うラギーやサバナクローの奴らがいる。鬱陶しい兄や、自分を「レオナ」と呼ぶ家族が存在している。
「……チッ」
レオナは乱暴に腕で目元を覆った。どんなに世界を呪おうと、自分にはまだ「失うもの」があり、「守るべきもの」が残されている。それを全て失い、果てしない血の地獄を生き抜いてきた男から見れば、己の苦悩など確かに「生ぬるい」かもしれない。
(あんな冷めた顔をして生きてやがる。ふざけたモノだぜ、まったく)
マダラの底知れぬ過去の重みと、その背景にある絶望的な孤独。 それを完全に理解したからこそ、レオナの胸には敗北感とは異なる、重く鈍い痛みが刻み込まれていた。
次回から三章です。最後まで観ていただきありがとうございました。次回の更新は明日の19時です。感想や評価をいただけると励みになります。