第8話 自業自得
学生は勉強とは言ったものだが、マダラにとって「学ぶ」とは、かつて生き残るため、そして敵を殺すための術を得ることに他ならなかった。
そのため、座学には少々苦戦を強いられた。しかし、学園の監督生である身として、赤点を取るなど示しがつかない。マダラには己の誇りと野心があったため、持ち前の頭脳と集中力で上位をキープしていた。
「言いたいことがあるなら聞こう」
廊下の中央で仁王立ちし、腕を組むマダラ。その立ち姿だけで、通りかかる生徒たちは無意識に距離を取り、避けて通っていく。先日の寮対抗マジフト大会で彼が見せた予測不能の「忍術」と圧倒的な武によって、学園内ではすっかり「監督生にだけは関わるな」という認識が定着していた。
当初は珍しがってダル絡みしてくる不躾な者もいたが、その全てを返り討ちにし、蹴散らしてきたマダラ。今や彼は、暴走しがちなグリムのストッパーとして恐れられ、敬われていた。
そんなマダラの足元で、今、エース、デュース、グリムの三人が小さくなって正座させられていた。その頭上には、あろうことか全員、奇妙なイソギンチャクが揺れている。
「いや、だって! まさかそんなに契約者が大勢いるなんて思わないじゃん!」
「そうなんだゾ! オレ様たちは悪くないんだゾ!」
正座に耐えかねたエースとグリムが必死に悪態をつく。彼らは期末テストの前、オクタヴィネル寮長であるアズール・アーシェングロットと「ある契約」を交わしていたのだ。
自身の最も自信のある魔法を担保に入れる代わりに、テスト対策ノートを譲り受けるという約束。しかしその契約には、「テストで学年50位以内に入らなければ、担保にした魔法を没収され、寮内の『モストロ・ラウンジ』で労働を命じられる」という過酷な裏条件が含まれていた。
「『契約』という言葉の意味を、もう一度一から調べ直して来い」
マダラは弁明する彼らの言葉を一蹴した。マダラにとって、契約とは極めて重く、時に命を左右する絶対の儀式だった。忍の世界における「口寄せ契約」しかり、血と魂で成り立つ術の契約を常識として知っている。
契約書の細部を読まず、甘い蜜に飛びついて己の力を他人に預けた彼らの愚行など、マダラに通用するはずもない。
「今回は完全にお前たちの失態だ。俺は一切手を貸さん」
冷たく言い放つと、マダラは三人をおいて背を向け、そそくさとその場を立ち去った。普段であれば陰ながら手を貸すこともあるマダラだったが、これは彼ら自身の浅はかさが招いた痛恨のミス。
たまには己の甘さが引き起こす痛みを、身をもって知るべきだというマダラの考えだ。
中庭へ出ると、ハーツラビュル以外の生徒たちの中にも、頭にイソギンチャクを生やした者が散見された。皆、甘言に釣られてアズールと巧みな契約を結ばされたのだろう。
「やはり、他人に踊らされ、操られるというのは愚かなことだな」
ポツリと、マダラの口から静かな呟きが漏れる。他人の筋書きに乗せられる愚かさ。マダラ自身、かつて己が世界の頂点に立ち、全てを思い通りに計画を進めていると信じ切っていた裏で、真の黒幕に利用されていたという苦い記憶があった。そう思えば、魔法を奪われた程度で済んでいる彼らは、命があるだけまだマシだとすら思えた。
(殺気か)
不意に、背後から微かな風切り音と、鋭い視線を感じ取った。後頭部を狙って一直線に飛来する一筋の弓矢。だが、マダラにとっては止まっているも同然の速度だ。振り向きもせず、頭横を通り抜けようとした矢の柄を片手で軽々と掴み取る。
間髪入れず、マダラは足裏にチャクラを込めると、弓矢が放たれた方向へ向かって地を蹴った。木々の幹や建物の壁面を垂直に駆け上がり、一瞬にして矢を放った人物へ向かった。
「素晴らしい! まさかこれほど一瞬で距離を詰められるとは……実に美しい身のこなしだね!」
樹上の枝に優雅に佇んでいたのは、ポムフィオーレ寮の副寮長、ルーク・ハントだった。マダラは手に持った矢を指先で弄びながら、冷徹な黒い瞳で眼前の男を見下ろす。
「説明してもらおうか」
「ふふ、申し訳ないね。狩人として、君という素晴らしい『獲物』の力量を確かめたくなってしまった」
「構わん。最初から俺に当たらないよう、軌道を極限まで調整して放っていたのは分かっている」
マダラが淡々と返すと、ルークは目を輝かせ、帽子に手を当てて楽しげに微笑んだ。
「おや、見抜かれていたかい!?君のその瞳、そして全身から立ち上る密度の濃い気配!学園の誰もが恐れをなすのも納得だよ」
ルークは獲物を観察する鋭い狩人の眼差しで、マダラをじっくりと凝視してくる。
「君の纏う空気は、孤高の美しさだ。君は一体、どのような戦地で潜り抜け、何を求めてこの学園に佇んでいるのかな?」
不躾に己の内面を探索しようとするルークの言葉に、マダラは鼻からフッと息を漏らした。
「余計な探索は、時に命を縮めるぞ、狩人よ」
「おっと、これは失礼。だが、美しき秘密を前にして探求を止められないのが狩人の性でね。また君を観察させてもらうよ」
帽子を軽く上げて軽く笑うルークを残し、マダラは木々の間を滑るようにして静かに去っていくのだった。
ルークと別れ、再び校内を歩いていたマダラ。そこへ、まるで待っていたかのように、物陰からぬっと影が差した。オクタヴィネル寮の副寮長、ジェイド・リーチだ。
「おや、監督生さん。このような場所で奇遇ですね」
相変わらずの恭しい笑みを浮かべ、丁寧なお辞儀をして見せるジェイド。だが、そのオッドアイの双眸は決して笑っておらず、こちらをじっと観察している。
「何か用か。俺は今話す暇などない」
マダラが面倒そうに足を止めずに通り過ぎようとすると、ジェイドは静かな声で言葉を投げかけた。
「同居人であるグリムさん。それにハーツラビュルのお友達たちが、あのような無惨な姿になってしまわれたのですから。あなたはお気に召さないのではありませんか?」
「己の力も弁えず軽率な契約を結んだ奴らの自業自得だ。俺が手助けする理由などどこにもない」
「おや、冷たいのですね。グリムさんはあなたの『相棒』のような存在だと思っていましたが」
ジェイドは少し驚いたような仕草を見せたが、すぐに口元を愉しげに歪めた。マダラという規格外の存在が、この状況でどう動くのかを計算しているのは明白だった。
「助ける気など毛頭ない。だが」
マダラは足を止め、振り返ると、手に握った鉄棒の先端をジェイドの胸元へと静かに向けた。
「他人の弱みに付け込み、躍らせるその手法は浅はかだ」
マダラの中に芽生えていたのは、グリムたちへの情情というよりも、アズールという男の「他人をコントロールしている気になっている傲慢さ」に対する冷めた不快感だった。
世界を裏で操っていると思い込み、結局は別の存在に利用されていた己の過去が、アズールのやり口とどこか重なって見えたのだ。
その圧迫感と殺気を真っ向から浴びながらも、ジェイドは恍惚とした笑みを深めた。
「それは興味深いですね。ならば、監督生さん。助ける気がないのであればこそ、一度『モストロ・ラウンジ』へ足をお運びになってはいかがですか?」
「なに?」
「我が寮長アズールが、彼らがどのような契約のもと、どのように働かされているのか、ご自身の目で確かめられてから判断されても、遅くはないのでは?」
(わざわざ敵の巣窟へ招き入れようというわけか)
マダラは一瞬、その誘いの中に含まれた罠の気配を感じ取ったが、逃げる理由など何ひとつない。己の絶対的な武の前には、どのような策謀も無力であることを知っているからだ。
「いいだろう。案内しろ。どれほどの『覚悟』を持って契約を司っているのか、拝見させてもらうとしよう」
冷徹な笑みを浮かべたマダラは、ジェイドの先導のもと、オクタヴィネル寮へと足を踏み入れるのだった。
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