その日の夕方、夕食の時間となり一同は大広間に来ていた。
基本は座敷での食事となるが外国籍の生徒への配慮のためか、いくつかテーブル席も用意してある。
美春はラウラから日本の食文化について教えてほしいと頼まれたため、テーブル席に座る。
テーブルの上に並べられたのは、刺身の船盛りやサザエの壺焼きといった海鮮尽くしの豪華な夕食だ。香ばしい磯の香りと醤油の匂いが食欲をそそる。
ふと前に視線を移すと、前の席にはやや不機嫌そうな顔をした鈴が先に席についていた。
「どうした鈴。お前日本に長くいたんだから座敷は平気なはずだろ?」
美春が不思議そうに尋ねると鈴は不機嫌の元凶であろう人物を顎で指した。
見ると、座敷に座る一夏の周りに女子生徒が殺到しており、座敷は一杯になっていた。
美春はそういうことかと苦笑するとラウラに食文化について尋ねる。
「そう言えば、ラウラは魚の生食とか大丈夫なのか?」
「ふむ、確かにドイツに生食の文化はないが、最近は日本のスシ屋が入ってくるようになってな。私も教官に連れて行ってもらったことがあるからそこは問題ない」
ラウラがそう答えると美春はへえと日本食の意外な輸出に感心する。
「さてと、じゃあそんなラウラにひとついいことを教えてやろう。刺身はな、この山葵を醤油に溶かすんじゃなくて、直接魚に乗せてから醤油をちょっとつけると美味いんだよ」
「ふむ…薬味の使い方か。なるほど、やってみよう」
美春の言う通り、刺身に山葵を少し乗せ、醬油をつけてパクッと刺身を口に運んだラウラは、山葵の刺激に一瞬目を丸くしたあと、嬉しそうに頷いた。
前の席に座っている鈴は二人のやり取りを見て少し羨まし気な、それでいて微笑ましく思っていた。
「アンタ達ほんっと仲が良いわよねえ。兄妹みたい」
そう言われてラウラは悪い気がしなかったのか美春のほうを向いて首をコテンと傾けてこういった。
「お兄…ちゃん?」
その言葉のあまりの破壊力に美春は飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、強くせき込む。
「ラウラ、それ色々と不味いから絶対よそで言うなよ」
「うむ、分かった。二人だけの時に言うようにする」
それはそれで不味いのだがと美春が困惑していると鈴はその様子を見てケタケタと笑っていた。
・
・
・
夕食を終えて自由時間となり、美春がトイレから部屋に戻ろうとすると部屋の前に張り付いている集団が見える。
(一夏ガールズ+ラウラか…いったい何をしてるんだ?)
「おい、いったい何を…」
「しーっ。今大事なとこなんだから静かにして」
美春が声を掛けようとすると鈴に止められる。どうやら部屋の中で何かが行われているらしい。
美春が彼女たちに倣って耳を障子に当てると一夏の声と織斑先生の気持ちよさげな声が聞こえてくる。
(ああ、アレね…。)
美春は察しが付いたが他の女子面々は中で禁断の行為が行われていると信じてやまず、顔を真っ赤にしながら耳を傾けている。
美春はため息をつくと障子を勢いよくガランっと開ける。
障子に張り付いていた彼女たちは雪崩のように部屋に倒れこんだ。
思わぬ出来事に一夏は驚きの声をあげる。
「美春!?…と箒達?一体どういうことなんだ?」
「織斑先生、部屋の外で不審な動きを見せていた連中を検挙いたしました」
そう言って美春は敬礼してみせる。
美春の足元では、赤面した鈴やセシリアたちがと将棋倒しになったままパニックに陥っていた。
畳の上では、一夏からマッサージを受けていた千冬がふぅと満足げな息を吐きながら、冷ややかな視線を倒れ込んだ女子たちに向けた。
「遠藤、ご苦労だったな。私は小娘どもに話があるから、一夏と一緒に風呂でも入ってくるといい。」
「はっ。承知いたしました。」
美春は再度大げさに敬礼をすると、一夏を連れて大浴場へと向かっていった。
織斑先生は二人を見送ると、さっきまで部屋の外にいた面々を横一列に座らせる。
「全く、部屋に用があるなら普通に入ってくればいいものを」
織斑先生が呆れたように零すと、まだ顔が赤いセシリアが弁明をする。
「えっと、その…お取込み中でしたようなので…」
「さっきまでやっていたのはただのマッサージだ。どうせ碌でもない想像を膨らませていたんだろう。これだから小娘は…」
織斑先生は再度ため息をつくと冷蔵庫へと向かう。
「篠ノ之と凰は烏龍茶でいいな?他のやつらは適当に見繕ってやるから好きなものを取れ」
そういって織斑先生は冷蔵庫から飲み物を取り出して各人に配る。
そして自分は缶ビールを一つ取り出して座布団へ座り込む。
「あの、先生…これはどういう…」
箒が不思議なものでも見るような目で織斑先生に問いかけると、織斑先生は缶ビールをあけながらこう告げる。
「口止め料だ。これでも私は仕事中なのでな」
「「「「「あ。」」」」」
織斑先生は缶ビールを一口飲んでくうっと唸ると箒達に向き直りこう尋ねた。
「さて、単刀直入に聞こう。お前たち、あいつらの一体どこがいいんだ?」
織斑先生の唐突な質問に一同は言葉を失う。
「一夏は確かに役に立つ。家事は万能だしマッサージも上手いからな。遠藤も気が利くし頭の回転も早い。どうだ、欲しいか?」
「「「「「くれるんですか!?」」」」」
「やるか馬鹿者。それに遠藤に関しては私の管轄外だ。わかったか?ボーデヴィッヒ」
「い、いえ私は…その…」
言葉に詰まるラウラを見て織斑先生は続ける。
「欲しいなら奪ってみろ思春期。それぞれなんで一夏や遠藤のことが好きか私に言えるか?話を振ったついでだ。ボーデヴィッヒから話してみろ」
そう言われてラウラは思考を巡らせる。初めて会話したのにも関わらずタッグを組んでくれたこと。自分の孤独を理解してくれたこと。一緒に美春の専用機のブラッシュアップを行ったこと。一緒に買い物に出かけてくれたこと。そして今日褒めてもらったこと。美春との思い出はまだ出会って数ヶ月も経っていないのに、こんなにたくさんある。しかし、彼女の結論は…
「正直に申し上げますと、美春のことを好きかどうかはまだわかりません」
「…ほう」
「ですが、彼のことをもっと知りたいとは思っています。何故私が心の奥で抱えていたものを理解できたのか。彼にはいったい何があったのか。ですが、それを恋と呼ぶのかどうか私にはわかりません」
ラウラがそう告げると織斑先生は納得した様子で話を続ける。
「確かに、興味と恋は別物だな。お前の口からそんなに深い話が出るとは思わなかった。さて、凰。お前も遠藤とよくつるんでるだろう。何か思うことはないのか」
急に話を振られた鈴はあたふたしながらも織斑先生の質問に答える。
「あ、アタシですか!?アタシはその…一夏のことはぜんっぜん好きとかじゃないんですけど!美春はその…気にはなっています。アタシの無茶にも文句言わずに付き合ってくれるし、物分かりもいいし…今日もちょっと頼もしいところ見せつけられて。一夏とは違う意味で一緒にいて居心地がいいなと思ってます」
「ほう、遠藤のことになるとやけに具体的だな。まあ迷うのもまた思春期だ。他のやつらはどうだ?」
織斑先生は箒、セシリア、シャルロットに問いかける。
「わ、私はべつに…」
「好きとかそういうんじゃありませんわ…」
「二人とも情けないな…デュノアはどうだ?」
「ボクは一夏のどんなところでも受け入れてくれるところが好きです。ボクが女だってわかった後も一緒になってどうすればいいか考えてくれましたし」
「確かにあいつはやけに懐が広いからなあ。ただ先に言っておく。苦労するぞ」
「はい、承知の上です。」
シャルロットは真剣な眼差しで織斑先生の言葉に応える。
「しかしながら、思春期の小娘の話はいい酒の肴になる」
織斑先生は缶ビールをグイっと流し込む。
正座をさせられた挙句、事実上の好きな人の暴露大会をさせられた彼女たちは心の中でたまったものではないと思うのであった。