翌日の朝、生徒一同はISスーツに着替えて旅館近くの砂浜に集う。
昨日と変わらず天気は快晴で夏の日差しが容赦なく照りつける。
点呼が完了すると昨日のことは何ともなかったかのように凛とした顔で織斑先生が告げる。
「本日は各専用機の装備試験を行う。各自割り当てられた専用機持ちの生徒の方に集まり、装着、稼働まで行うこと。遠藤と織斑に関しては例外として当人の専用機の機体整備を目的とする。2時間後に再度集合だ。それでは、解散!」
織斑先生の号令の下、各自の持ち場に向かって行く。
臨海学校の本来の目的はこの装備試験で、専用機持ちや開発協力者等はそのISや開発している装備の試験運用を各国政府や企業から課せられている。
(本当に二日酔いとかしないんだ…まあビール一缶だしな)
美春が心の中で呟いていると美春の元へ整備チームを含めた数人の生徒が集まる。
「遠藤君、今日はよろしくね」
他のクラスの女子生徒が気さくな挨拶をしてくれる。美春もよろしくと軽く挨拶を返す。
それに続いて透子や沙苗など見知った顔が美春の機体の周りに集まる。
「さて、集まってくれたはいいもののどこから始めたらいいものか…」
美春は腕を組んで考え込んでいる。先日クララ先輩から言われた上半身の違和感の解消も優先度が高い課題ではあるのだが、せっかく海まで来たのでここでしかできない検証もしておきたい。
すると沙苗が美春の考えを見透かしたかのようにこう切り出した。
「じゃあまずは、砂浜用の機体セッティングからしてみようよ。歩いたりとか、遠藤君がよくやってるジャンプとか」
確かに普段と違う地面環境に来ているのだから、それ専用の設定を模索するのは悪くない提案だ。ゼロから機体調整をすることになるし、整備チーム以外の生徒にとっても有益となるはずだ。
「その案いいね。じゃあ、さっそく俺の機体で歩いてみようか。あ、ちなみに俺の機体は諸事情で足の関節が柔らかめになってるから、その点踏まえてもらえると助かる。」
周囲が頷くと、美春は打鉄・甲式を展開して歩き出してみる。
歩き出した瞬間、軸足が砂に取られバランスを崩してしまい、一歩も歩けずに倒れこんでしまった。
「…やっぱり。遠藤君の設定だとただでさえ下半身が不安定なのが、砂浜だとより顕著にでるね」
透子がつぶやくように美春に告げる。これは思っているより苦戦しそうだ。
「じゃ、じゃあ目標はひとまずこの砂浜を歩けるようになることにしよう。まずは、足の設定を他の量産機と同じ数値に調整してくれるか?」
美春がISから降りると一同は作業に取り掛かる。いくら数値を調整するだけといっても、ISの整備は専用の端末とケーブルで繋ぎ、端末から操作する必要がある。ケーブルの配線作業含めて局地的な環境での実地演習としては十分なはずだ。
調整を待っている間に美春は他の専用機の様子をチラッと見てみる。ラウラやセシリアといった他の専用機持ち達はPICでの浮遊で砂浜問題を解決しており、各自提供されている武装パッケージの搭載に取り掛かっていた。一夏の方はというと、美春達に倣って砂浜をあるくことを想定した整備を行っているようだ。
「遠藤君、終わったよ!」
そうこうしているうちに沙苗から声を掛けられる。美春は再度ISに搭乗し、歩いてみる。歩けはするがバランスをとるのが難しく一歩一歩が覚束ない。
「やっぱり普通の設定でも難しいな。ちなみにこれ以上固くしたらどうなるんだ?」
美春が尋ねると透子がコンソールの画面を眺めながら答える。
「…今よりかは安定すると思うけど、歩き方がおもちゃのロボットみたいになると思う。それには遠藤君が得意なジャンプの方に支障が出るかも」
「となると、機体調整じゃなくて操作する側の工夫が必要になるな…」
試しに足首の可動域を最小限にして歩いてみる。確かに砂にめり込みはしなくなったが、まるで竹馬で砂浜を歩いているようなぎこちなさだ。これでは不安定な姿勢からの着地や跳躍といった、急激な立ち回りなど到底不可能だった。
美春が考え込んでると一人の不思議な顔をして女子生徒が発言する。
「他の人みたいにPICで浮いちゃえば全て解決しちゃわない?それの設定を調整すればいいと思うんだけど」
沙苗がその女子生徒の質問に答える。
「確かに普通のISとパイロットならそうするのが正しいんだよね。ただ、遠藤君って戦い方が少し独特で、地面に足をつけて真価を発揮する動きが多いんだ」
沙苗の言葉に、美春は流石よく分かってるなと小さく苦笑いを浮かべる。
PICによる完全浮遊は確かに魅力的だが、空中では跳躍の初期微小加速度(イニシャルブースト)が得られない。美春が一撃離脱で極限の瞬発力を叩き出すためには、地面を蹴るリアクションが絶対に不可欠なのだ。
その女子生徒は沙苗の言葉を受けてさらにこう返す。
「それなら、歩くときに軸足のスラスターをちょっとだけ吹かすのはどうかな。砂に足を取られるならそもそも砂に触れなきゃいいんじゃないかな」
「なるほど、やってみる」
美春は他クラスの女子生徒が言ったとおりに動いてみる。先ほどより足の動きがスムーズで歩く姿勢のぎこちなさもない。
「これいいな。ただ、実戦でこれを咄嗟にやれっていうのは」
「…そのための調整。さっきやった動きを自動化できないかやってみる。遠藤君、降りて」
透子が食い気味に美春に語りかける。どうやら彼女のエンジニア魂に火が付いたようだ。
美春は再度ISから降りてケーブルの配線を手伝う。自分で手を動かすのも訓練の内だ。
調整が終わり、再度美春はISに乗り込み数歩ほど歩いてみる。歩くというよりかは走り幅跳びの助走のように跳ねる感覚があるが慣れの問題だろう。
続けて普段美春がやっている跳躍も試してみる。はじめは手間取ったものの歩いた時の感覚を跳躍に活かしてみてはというアドバイスを受けて実践してみると思いの外上手くいった。
これで砂浜用のセッティングは問題なさそうだ。
「うん、下半身の調整はこれで問題ないと思う。みんなありがとう」
「え、もういいの?」
他クラスの女子生徒が困惑していると透子が静かに補足する。
「…遠藤君はIS動かすの上手だから…。それにコツを掴むのも早いから一度慣れたらもう大丈夫」
話を聞いた女子生徒はそういうものかなあと若干納得がいっていない様子だが、気にせずに次の作業へと移る。
次は上半身、主に腕部の調整だ。美春は整備チームにグレネードを投げ込むときの手首の違和感について伝えた。
美春自身は数値をいじれば解決する程度の問題だと捉えていたが、みんなの顔付きが怪しい。
「手首か…実はISの調整で一番難しいのってそこなんだよね」
沙苗が答える。どうもISの手首と操縦桿の位置がかなり近いらしく、操作しやすいように意図的に手首の関節を少し曲げてあるらしい。そこを調整するとなると操縦のしやすさとのトレードオフになるとのことだ。
「俺のISは専用機と言っても打鉄を改修したものだしなあ。下手にいじって操作性を落とすよりも肩とか他のところをうまく使って対応することにするよ」
美春がそう答えると沙苗は少し驚きつつも、彼の操縦技術を信じて託すことにした。
「了解。遠藤君ならうまくやれるよ」
美春は整備チームと共に機体の最終確認をしていると、遠くから猛ダッシュで近づいてくる人影が見える。
「ちいいいいいいいちゃああああああんんんんん!!」
織斑先生に突撃しようとしたその人は華麗に躱され砂浜へとダイブする。
「げえ、あの人ってもしかして…」
美春が雷親父に出会ったかのようなひきつった顔になる。
現れたのはISの生みの親である、篠ノ之束その人だった。