学校に戻った美春は荷物を片付けた後、速攻でデスクに向かい織斑先生から課された反省文の執筆を始める。原稿用紙10枚分なので、今からやらないと明日の提出に間に合わないと判断したためだ。
幸い、作戦レポートの方は多少の猶予を持たせてもらったので、ラウラに後日書き方について教えを乞えば何とかなりそうだ。
デスクに向かい黙々と反省文を書き始める美春に一夏は引きつった顔で声をかける。
「お前真面目だなあ。もう書き始めてるのかよ」
「でないと明日までに提出できないからな。一夏も休みは程々にしておかないと徹夜コースだぞ」
「うーん、徹夜は御免だな…」
そう言って気だるそうに一夏はデスクに腰を掛ける。
一夏は小学生のように書き上げた文字を声に出しながら書き進めている。
1時間ほどして、美春が4枚目に差し掛かろうとしたその時、携帯端末のグループチャットに通知が飛んでくる。
鈴:もうみんな書いてる?
美春:今4枚目
一夏:俺まだ2枚目…
セシリア:同じくですわ…
箒:私もだ
シャルロット:ボクは3枚目の途中かな
ラウラ:私もシャルロットと同じくらいだ
鈴:げっ!書き始めてないのアタシだけ!?
一夏:鈴は徹夜コース確定だな
鈴:アンタだけには言われたくないわよ!
美春:お前ら別のことに手を動かせよ…
鈴:みんな、アタシが書き終わるまで寝ちゃだめだからね!
(鈴のやつ相当焦ってるな…)
美春は苦笑いしながら携帯端末をデスクの脇に置くと再度黙々と執筆に取り掛かる。
夜6時を回ったころ、美春は腹が減ってきたので、一夏と一緒に夕飯を食べに行くことにした。
食堂に向かい、美春は手早く食べれそうなカレーライスを選び、席に着く。一夏も似たようなことを考えていたのか、かつ丼を御盆に乗せて美春の前の席に座る。
「美春、どのくらい進んだ?」
「やっと半分。一夏は?」
「俺はまだ3枚目…」
「はは、お互い先が長いな」
「他のみんなはどれくらいなんだろうな」
美春は一夏に言われてあたりを見まわすが、女子組の姿は見当たらない。
「…さあな、良くて6枚目くらいじゃないか?」
「そうだよな…みんな優秀そうだし」
「俺らも頑張らないとな。ごちそうさまでした。じゃあ先戻ってるよ」
「え?もう?」
一夏は美春が席を立っているのを見て慌ててかつ丼の残りを口にかきこむ。
美春は部屋に戻る途中、グループチャットで一言だけメッセージを入れておいた。
美春:みんな、ご飯はちゃんと食べろよ
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夜の10時を過ぎたころ。寮は消灯時間になる頃だが、二人は部屋の電気をつけて反省文を書き続けていた。
そして…
「終わった…」
美春は達成感から思わず声が漏れる。それを聞いた一夏は若干引いた顔をする。
「うわ、本当に終わらせたよ。と言っても俺もあと2枚くらいだけど」
「もう少しじゃん。じゃあ俺はご褒美のシャワータイムと行くかな」
「あ、ずるい」
「お前もあともう少しなんだから頑張れ。お前が書き終わるまで寝ないでおいてやるから」
「あ、ありがとう。じ、じゃあごゆっくりどうぞ…」
一夏に促され美春はバスルームへと向かった。
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美春がシャワーから上がるとデスクで一夏がウトウトと頭を揺らしていた。原稿用紙を見る限りあと1枚も残ってないくらいだ。
美春が一夏の耳元でパンっと手を叩くと一夏が飛び起きた。
「うわっ、びっくりしたあ。驚かすなよ」
「誰かさんが船を漕いでたから現実に戻してあげたまでだよ」
「そうか…サンキュー」
「じゃあ俺はカフェオレでも飲みながら高見の見物と行きますかね」
そういって美春はあらかじめ買っておいた缶コーヒーの蓋を開ける。
「カフェオレって…コーヒー飲んだら眠れなくなるんじゃないのか」
「誰かさんが終わるまで寝るなっていうからさ、ちょうどいいだろ」
「…お前ってそういうところ本当律儀だよな」
一夏が美春の姿勢に感心しながら言う。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
そういって美春はベッドに寝っ転がり、グループチャットをチェックする。
鈴:みんなどれくらい進んだ?
シャルロット:ボクはもう終わったよ
ラウラ:私もだ
美春:上に同じ
セシリア:わたくしはあと1枚とちょっとですわね
箒:私はあと2枚くらいだ
一夏:俺もあと少しで終わる
鈴:うそ!?アタシまだ5枚目なんだけど!置いてかないでよ!
シャルロット:じゃああとみんな頑張ってね。僕たちはもう寝るよ
ラウラ:これにて御免
シャルロット:あ、美春。メッセージありがとね。危うくご飯食べ忘れるところだった
美春:どういたしまして。それじゃおやすみ
シャルロット:おやすみなさい
美春は一夏の様子を見つつ鈴がグチグチと流すチャットを眺めて苦笑いをしている。
それから1時間ほどすると、一夏が反省文を書き終えた雰囲気を出す。
「お?終わったか?」
「ああ、おかげさまで」
「お疲れ様。じゃあゆっくりシャワーでも浴びてこい」
「そうさせてもらうよ」
一夏は大きな欠伸をしながらバスルームへと向かっていった。
美春:一夏書き終わったってさ
鈴:あの裏切り者!アイツはアタシと同じだと思っていたのに!
セシリア:わたくしも書き終わりましたのでこの辺で失礼いたしますわ。夜更かしはお肌によくありませんし
箒:私もあと30分くらいで書き終わりそうだ
鈴:この薄情者~!
(薄情ってことはないだろ…)
そうこうしていると一夏がシャワーから戻ってきた。
「思ったより早かったな」
「ああ、早く寝たくてしょうがなくてさ。…ああ、俺もう限界だ、寝るね」
「わかった。おやすみ」
そういって一夏はベッドに倒れこみ、1分もしないうちに寝息を立て始めた。
(本当に限界だったんだな…)
チャットの流れもぴたりと止んで美春は手持ち無沙汰になったので、作戦レポートの準備に取り掛かることにした。
(検索して出てくるようなもんじゃないだろうけど、「報告書 書き方」っと…)
美春はPCを起動し、とりあえず検索をかけてみることにした。
(へえ。PREP法に5W1Hを意識した書き方ねえ…社会人になってもこういうの書くんだろうなあ…)
美春は将来訪れるであろう大人の課題に一抹の不安を覚えながらもキーボードを叩いていく。
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時計の針が日付を跨ごうとしていたその時、グループチャットの通知が来る。
鈴:…まだ起きてる人いる?
美春:はい
鈴:アンタ書き終わったんでしょ?何してるのよ
美春:作戦報告書の準備
鈴:呆れた…どこまで真面目なのよ。いいわ、このまま道連れにしてあげる!
鈴がそう書き残すと携帯端末から着信がかかってくる。相手はもちろん鈴だ。
美春はため息をついて着信に出る。
「もしもし?」
「よかった…出てくれないかと思った。で、作戦報告書の締め切りはまだ先でしょ?なんでまだ起きてるのよ」
「誰かさんが書き終わるまで寝るなっていうからだろ」
美春がそう返すと通話口の向こうから嬉しさと呆れが混じったようなため息が聞こえてくる。
「アンタ、そういうところ本当に真面目よねえ」
「一夏にも言われた」
「でもうれしいわ。ありがとね」
「それで、あと何枚くらいだ?」
「あと3枚くらいね…」
「結構残ってんじゃねえか」
「もうこれ以上何書けっていうのよ!」
「なんで無断で出撃しようとしたのか…とか」
「そんなの止められると思ったからに決まってるでしょうが!」
「それを回りくどく書けばいいんじゃないのか」
「それもそうね…助かったわ」
こうして通話を繋ぎながら二人は各々の課題に取り掛かっていく。
作業を進めているとふと鈴が美春に尋ねる。
「ねえ、アンタってさ。誰に対してもこうなの?」
「こう、とは?」
「アタシの無茶に付き合ってくれたりするところ」
「相手が余程嫌な奴じゃなければ基本は」
「なんで?嫌なら断ればいいじゃない」
「…みんなには内緒な」
美春の真剣な声色を読み取ったのか鈴も真剣になる。
「うん、わかった」
「家さ、家族の仲が悪くて。それでいて母親が自分の要求を飲まないと不機嫌になって何もしなくなるんだよ。それがめんどくさくてさ」
「何?じゃあアンタがお母さんの機嫌先回りして動いてたってこと?」
「端的に言うとそういうことになるな」
「バッカじゃないの!?」
鈴の突然の怒号に美春は驚いて端末を落としかける。
「急に大声出すなよ。夜中だぞ」
「夜中も何も関係ないわ!そんなの異常よ!なんで子供が親の機嫌取りながら生活しないといけないわけ!?アタシの家も離婚しちゃったけど少なくとも二人はきちんと話し合っていたわ。アンタんちは何、自分は物言わずに子供が自分の思い通りに動かなかったら拗ねるっていうの?子供なのはどっちよ!」
美春は黙って鈴の言葉に耳を傾ける。
「…で、それでアンタは家でそうやって育ったから普段もそういう風に振る舞ってるわけね」
「まあ、そうなる」
「アンタ、アタシも含めて人間みんなアンタのお母さんみたいな人だと思ってんじゃないでしょうね?」
「…」
美春は鈴の言葉に返すことができない。
「その沈黙は肯定と受け取るわ。確かにアタシが終わるまで起きてくれたのはうれしいけど、それが気遣いとは違うところから来てるなら話は別よ。あんまり舐めんじゃないわよ」
「そうだな。俺が鈴を怖がってた。悪かった」
「いい?アンタがお母さん含めてその人の思い通りになる必要なんてどこにもないのよ。自分の意志で動いていいの」
「ああ、そうだな」
そう答える美春の声は微かに震えている。
「仮にその人が自分の思い通りにいかないからってアンタを傷つけようとしても、アンタはそれを跳ね除ける力をもう持ってるはずよ。アタシが保証する」
「鈴、ありがとな。そこまで言ってくれる人、他にいなかった」
「…あんたも寂しい思いしてきたのね。ラウラと仲が良い理由がわかったわ」
鈴は同調するような、憐れむような声で美春に話しかける。
「…って、もうすぐ1時になるじゃない!美春、話聞いてあげたんだから最後まで付き合いなさい」
「…ダメだって言ったら?」
美春が悪戯っぽく問いかける。
「その時は潔くあきらめるわ。…で?答えは」
「…付き合うよ。このまま寝るのは俺の気が収まらない」
美春の自分の意志をもった返答に鈴は心からの安心と喜びを覚えた。
「…言えたじゃない。ありがとね」
こうして美春と鈴は共同作業で深夜の反省文執筆にとりかかるのだった。