倉持技研を訪れた次の日、美春は誰もいないアリーナで一人ISのトレーニングをしていた。
打鉄・甲式と同じ要領で的にアプローチをし、壊山拳を放った体で後退して、的に狙いを定めてアサルトライフルを撃つ。
現在改修中の打鉄・甲式を完成後にすぐに扱えるようにイメージトレーニングを何度か行っているのだが美春の中ではどうも今のやり方がしっくり来ていない。
(実物の便利さを知っちゃったからな…このライフルも何か使いにくく感じるし)
昨日触ったショートバレルのライフルの感触が忘れられず、美春はため息をつく。
(ISの空中機動の訓練をしようにもいつも教えてもらってるセシリアやシャルロットは自分達の国に帰ってるし、残っているラウラや鈴に模擬戦をやってもらうにしても今の機体じゃ到底歯が立たないし、嫌なイメージがつくだけだ)
ISでの訓練はこれ以上やりようがないと悟った美春はISを解除してアリーナを後にする。
(生身でできるトレーニングがか…筋トレとかランニングとかあるけどたぶんそういうんじゃないんだよな…)
自身のフィジカルを鍛えたところで結局『ISを扱うための身体操作』の答えにはならない。
美春が求めているのは目まぐるしく変わる戦況に確実に対応するための反射神経や判断力だ。
美春は自室で腕を組んでうんうんと悩んでいるが一向にいい方法が思い浮かばない。
気づけば時計の針が正午を指していた。
(こうなればダメもとで師匠に教えを乞うか…何もなかったら、宿題でも進めよう)
美春は携帯端末を手に取り、小さな師匠へと通話をかける。
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正午からしばらく過ぎたころ、美春と鈴は食堂で一緒に食事を取っていた。
「…で、アタシのご飯奢ってくれる代わりにいいトレーニング方法を教えろと。アンタって本当に真面目よね。こういう時くらいパーッと遊んじゃえばいいのに」
鈴はラーメンを啜りながら美春の真面目さに呆れている。
「そのパーッと遊べる奴が勉強やらデートやらで忙しいんだと。俺だけ置いてけぼり食らっちゃったってわけ」
美春は唐揚げを頬張りながら旧友と疎遠になりつつあるとこぼす。
「一夏とは?アタシこの間あいつの家遊びに行ったけどまだしばらくいるって言ってたわよ」
「あ…」
美春は頭の中から抜けていた選択肢を提示され、思わず声が出る。
「…忘れてたのね。せっかくの男子二人なんだから、色々とバカやって来なさい」
「そうする。教えてくれてありがとう」
突然のお礼に鈴は気恥ずかしさを覚えて話題を戻す。
「べ、別にお礼言われるほどじゃないわよ…!で?肝心のトレーニングね。八極拳の続きを教えることはできなくはないけどアタシ生身での組手禁止されてるのよね」
「何で?」
「指導者がいないところでやると確実に誰かがケガするからだって。まあそんな気はするわ。教えられたこと怖いことばっかりだし」
「例えば?」
「相手の目つぶすとか関節へし折るとか」
「…うん。禁止されててよかったかも」
そんな話をしていると昼食を受け取ったラウラが通りかかる。
「あ、ラウラじゃん」
「む、美春と鈴か。二人そろって何の話をしてるんだ?」
ラウラは少し不機嫌そうな顔で二人に言い寄る。
「別に変なことはしてないって…気になるなら、ここ空いてるから座りなよ」
美春はラウラを自身の隣の席へ座るように促す。
「み、美春がそう言うなら座ってやらんでもない。それで何を話してたんだ?」
「実は…」
美春は自身が抱えている悩みをラウラに話す。
「ふむ…改修中の機体が完成するまでのトレーニングか。つくづくお前は真面目だな」
「さっき鈴にも同じこと言われたよ…」
「簡単なCQCなどは教えられるが、それで美春の要求は満たせるだろうか」
「それはありがたいけど、軍人さんがやるようなことを人に教えちゃって大丈夫なのか?」
美春は鈴の件もあったため、一応ラウラに確認をとる。
「これでも私は軍の佐官なのでな。現場の指揮官であり、部隊の訓練を監督・指導する立場でもある。初級レベルのことであれば軍の規律上も何ら支障はない」
「それなら安心だ。是非ともお願いしたい」
「了解した。ではこの昼食が終わった後、ISスーツに着替えて道場に集合ということにしよう」
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道場の一角に集合した美春とラウラと鈴の三人はさっそく訓練を始める。
「ところで、何で鈴もここにいるんだ?」
「弟子の特訓なんだから師匠が様子見に来ないでどうすんのよ。それにラウラがお手本見せる時の相手が必要でしょ」
「鈴の言う通りだ。それに私と鈴は体格が近い。こちらとしても非常に助かる」
ラウラがそういうとそら見たことかと言わんばかりに鈴がこちらをドヤ顔で見つめてくる。その態度に美春は苦笑するしかできなかった。
ラウラが咳払いを一つして話を続ける。
「美春に今回やってもらうのは技をかける側ではなく、かけられる側の方だ」
「…その心は?」
「美春が求めていることはどんな状況にも適応できるようにすることだろう?技をかける側はどうしても状況を作る側になる。技をかけられることに慣れておけば、いついかなる時でも冷静に対処して次の行動へと移せると考えたためだ。まあCQCは襲い掛かってきた相手に対応する武術であるから少し矛盾はするが、お前が女子に技をかけるのはお前の心情的にも難しいだろう」
「なるほど…理解したよ」
「では早速お手本をと行きたいところだが…美春、お前受け身を習った経験は?」
「中学の頃に柔道の授業で少しだけ」
「十分だ。先に言っておくが技をかけられる時は無理に抵抗しないことだ。相手はこちらをケガさせるつもりで技をかけるからな。例えば…」
そう言ってラウラが鈴に視線をやると鈴は理解したのかラウラの真正面に立つ。
「相手がこちらに掴みかかろうとした時、私はこういう技をかける」
鈴が悪そうな笑顔を浮かべながらラウラに掴みかかろうとすると、ラウラは体を右にずらし、鈴の左腕を掴んでそのまま押し倒す。鈴はラウラの力に抵抗せずそのまま仰向けに倒れこむ。
ラウラの見事な体捌きに美春は思わず拍手を送る。ラウラは少し照れながら話を続ける。
「鈴のように初めのうちは相手のされるがままに投げられておくのがけがをしないコツだ。…そう言えば私とお前が初めてタッグを組んだ時に私がお前をワイヤーで放り投げたことがあっただろう。あの時と同じような感覚で相手の力に逆らわないことだ。あの時はお前が機転を利かせてきれいに着地してみせたがあれは例外中の例外だ。」
「そう言えばあったなそんなこと」
「何はともあれ実践あるのみだ。さあ来い」
「お願いします!」
美春がラウラに掴みかかろうとするとラウラは先程と同じように体をずらし、美春の左腕を掴み押し倒そうとする。美春はあまりの勢いに無意識に抵抗してしまい、ずっこけるように倒れ込んだ。抵抗してしまったからか、左肘がジンジンと痛む。
「今のが悪い例だな。私がその気なら関節を極めてへし折っていたところだぞ」
「さらっと恐ろしいこと言うなよ…いてて」
「次はもう少し勢いを抑えて投げる。次は抵抗しないようにな」
「了解。じゃあいくぞ」
そう言って美春は再度ラウラに掴みかかり、彼女に腕を掴まれる。今度は少し腕を引く力を加減してくれているためすんなりとされるがままに投げられることができた。
「うむ、上出来だ。その調子でどんどん行くぞ」
こうしてラウラにひたすら押し倒されたり投げ飛ばされる時間が夕方まで続いた。
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「っていうトレーニングをしたんだよ」
「ラウラらしいスパルタな特訓だなそりゃ」
数日後、美春は一夏の家でお昼をご馳走になりながら件のトレーニングについて話していた。
「で、結局怪我はしなかったのか?」
「ああ、ラウラの言う通りされるがままにされてたら全然痛くなくてさ。結構受け身は上手くなったと思う」
「そりゃそんなに投げられたり倒されたりを何日もやってたら上手くならない方がおかしいだろ」
「一夏も今度受けてみたらどうだ?結構ためになるぞ」
美春の提案に一夏は引き気味に断る。
「俺はいいや。今でもたまに箒から剣道でしごかれてるし」
「クラス代表決定戦の時にやってたアレまだ続いてるのか…」
「ああ。しかも箒も専用機を手に入れたから剣道に加えてISの特訓にも付き合わされてさ…毎日クタクタだよ」
一夏は腕を回しながらため息をつく。
「でもお互い刀なんだから学ぶこともあるだろ?」
「俺はお前ほど器用じゃないから動いてるだけで精一杯だよ。しかも第二形態移行してからエネルギー効率が更に悪くなってそこにも気を遣わないといけなくなったし」
「はは、そりゃ大変だな」
「そう言えば改修中って言ってたお前の専用機、いつ頃できるんだ?」
「お盆前って言ってたからもうすぐじゃないか?」
「じゃあその前にみんなでどっか遊びに行こうぜ。お前のことだからIS完成したらずっと弄ってそうだし」
「それに関しては返す言葉もねえや…」
「じゃあ決まりだな。ちょうど近くのプールの割引券たくさん持ってるからみんなを誘っとくか。お前はラウラに声かけといてくれ」
「なんでラウラだけ?」
「お前あいつと仲いいだろ?お前が誘えば来るんじゃないかと思ってさ」
「そういうもんかなあ…?」
こうして男二人だけで夏休みの予定を取り決めた美春。改修機の完成を目前に控え、彼の夏休みはまだまだ騒がしくなりそうだった。