一夏は早速、簪とのペア結成に成功したことを美春に報告する。
美春は想定より事が早く進んだことに驚きを隠せないでいた。
「思ってたより早かったな。何か心を掴むきっかけでもあったのか?」
「ああ、お互い守られるだけの存在から脱却したいっていう想いが重なったんだ。それでだと思う」
美春は簪のパーソナルな部分はほとんど楯無からは聞かされていなかったため、一夏との意外な共通点があることを知らなかった。成り行きで一夏に任せることにはなったが、これは嬉しい誤算かもしれない。
美春は作戦を次の段階へと移す。
「とりあえず俺の整備チームの先輩に様子を見てもらって、彼女の判断で開発作業を進めてもらうことにしよう。念のため言っておくが俺の名前は出すんじゃないぞ。あくまでもお前の伝手で連れてきたことにするんだ。それと、ここからは俺のシナリオにはない展開が続くだろうから、細かく報告はしなくて大丈夫だぞ」
「わかった。じゃあその先輩によろしくな」
「ああ、伝えとくよ。それじゃあな」
一夏は美春との通話を切る。ここからは美春も知らない領域へと足を踏み入れることになる。一夏のサポート力が試される場面だ。
(頼まれたこととは言え、俺も気合入れていかないとな)
一夏は兜の緒を締める思いで今後に備えるのだった。
・
・
・
週末が明けた日の放課後、一夏はクララ先輩と共にIS格納庫へと向かっていた。
美春から話を聞いてはいるだろうがお互いボロが出ないように打ち合わせをするためだ。
「さて、私は遠藤君の紹介ではなく、織斑君から直接依頼を受けた体で様子を見るのでしたね」
クララ先輩から一夏に確認をとる。
「そういう手筈です。ただ、いきなり先輩連れてきて怪しまれたりしないかな…」
「織斑君、上級生の知り合いは?」
「生徒会長以外にいないっす…」
一夏がそう答えるとクララ先輩が足を止めて考え込む。
「急に雲行きが怪しくなってきましたね…。ちょっとややこしくはなりますが整備課のクラスメイトから紹介されたということにしましょうか。半分本当のことですから不自然になることもないでしょう」
クララ先輩は名案を思い浮かんだかのように眼鏡をクイっと上げる。確かに本当のことが混じっているならこちらも誤魔化しやすい。
「その案で行きましょう。助かります」
「いえいえ、せっかくの代表候補生の専用機を見れる機会ですので、精一杯協力しますよ」
クララ先輩がにこやかに答えると二人は再び歩き出した。
・
・
・
格納庫の最奥に到着した二人は簪に声を掛ける。
「お疲れ、簪。機体の様子を見てくれるっていう先輩を連れてきたよ」
「初めまして、更識さん。2年生のクララ・シュミットと言います。」
突然の上級生の登場に簪は目を丸くする。
「織斑君、その…クララ先輩とはどういった繋がりで?」
簪は困惑しつつも一夏に問いかける。
「ああ、クラスメイトにIS開発ができそうな人がいないか聞いてみたら、このクララ先輩を紹介されたんだ。設計とかに詳しいそうだから、一旦現状を見てもらってクララ先輩経由で開発メンバーを集めようと思ってるんだ」
一夏は淡々とことの経緯を説明する。すると簪からは疑いの目がすっかり消えていた。
「そういうことだったの。先輩、今日はよろしくお願いします」
簪はクララ先輩に深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします。では早速、機体のデータを見させてもらっても?」
「はい、ここに表示させてあります」
そういって簪はクララ先輩を機体データが表示されているコンソールへと案内する。
クララ先輩は一通り目を通した後、簪に許可を取って詳細なデータの確認に移る。
しばらく経った後、クララ先輩はふうっと一息ついて一夏と簪の方に向き直る。
「更識さんは状況が分かっているかと思いますので、織斑君に対してわかるように説明しますね」
クララ先輩が簪に視線を移すと簪は黙って頷く。
「さて、織斑君。ISがなぜ空中に浮いていられるか知っていますよね?」
「えっと、確かPICを使った慣性制御によって…とかでしたっけ」
「概ね正解です。ですが、この機体はそのPICの制御プログラムがまだ未完成の状態です。つまり、飛ぶことができません」
クララ先輩の発言に一夏は焦りと困惑の声を漏らす。
「それって滅茶苦茶大事なことじゃないですか!一体どうしたら…」
「未完成とはいっても8割程出来上がってはいます。後は残りの2割、この機体のバランスに合わせた制御プログラムを実践を交えながら調整できれば不可能ではありません」
クララ先輩がそう説明すると一夏は安堵の息を吐く。簪はその様子を見て感情が豊かな人だなという印象を抱いていた。
クララ先輩は説明を続ける。
「ただし、問題は武装の方です。こちらもプログラムの問題ではあるのですが、荷電粒子砲の制御システムとミサイルのロックオンシステムがほぼ手付かずの状態です。要は一からプログラムを組む必要があるということです」
「それって滅茶苦茶大変じゃないですか!…あ、でも荷電粒子砲なら俺のISにも付いています。そこのデータを利用すれば何とかなるかも…」
クララ先輩は一夏の発言に少し驚いたがすぐに真剣な表情に戻る。
「それなら話は変わってきます。後はミサイルのロックオンシステムですが…」
クララ先輩が腕を組んで考えていると簪が割って入る。
「あの…!先輩、私はミサイルロックオンシステムは簡素化しても構わないと思っています」
考えを見透かされた様子のクララ先輩は驚きの表情を見せるが簪は話を続ける。
「確かにマルチロックオンシステムは一対多数の戦闘では効果的かもしれませんが、直近の専用機タッグマッチではあまり効果を発揮しません。それならシングルロックオンでも確実に弾幕を形成できた方がいいのではないでしょうか」
「確かに一理ありますね。それにパイロット直々の要望とあれば断る道理はありません。その方向性で行きましょう。今回、課題となるのは機体バランスの調整とプログラムです。私の方でその分野に長けた生徒に声をかけてみます。数日時間をくれませんか」
「簪、それで大丈夫そうか?」
一夏が恐る恐る簪に問いかけるが、彼女は一夏の不安とは裏腹に堂々と答えて見せる。
「何日かかっても構いません。こうして前に進めていること自体が何よりも嬉しいことですから」
その表情は今まで自分の空間に閉じこもっていた内気な少女ではなく、一人のパイロットとして非常に凛々しいものになっていた。
クララ先輩は簪の表情を見て優しく微笑んだ。
「流石は姉妹ですね。こういう時に見せる顔つきがお姉さんそっくりです」
そう指摘を受けて簪は恥ずかしくなってしまったのか耳まで顔を赤くして俯いてしまった。
「簪?どうした?具合でも悪いのか?」
「織斑君、そこを突っ込むのは無粋というものですよ」
クララ先輩の指摘に一夏は何のことかさっぱりわからず首を傾げるのだった。