先日のハッキング事件が無事に解決してから暫くしたある日、美春は怪我の状態を確認しに病院を訪れていた。
検査の結果、傷は無事に塞がっており外出や多少の運動は問題ないとのことだった。
そのことを学園に戻ってから織斑先生と楯無に報告すると二人は心底安心した様子で美春の回復を祝福した。
ついでに先日のハッキング事件の被害を抑えた功績と近々の日程にイベント等がないことから生徒会の仕事から一時的に解放されることになった。
さすがに心配になる美春だったが、楯無曰く、とあることの準備をしているらしく準備が完了すると忙しくなるとのことのなので、今のうちに休んでおいて欲しいと言われて美春は彼女の要求を飲むことになった。
職員室を後にした美春はふと過去の約束を思い出した。
(そう言えば鈴とラウラにタッグ先回りして組んで貰ったお礼してなかったな)
思い立ったが吉日と美春は携帯端末を取り出し二人に連絡を取る。
美春:二人とも、今度の週末空いてるか?タッグマッチのお礼がまだだったからそれをしたいなと思って
鈴:アンタそういうところ本当に律儀ね…。アタシは空いてるわよ
ラウラ:私も問題ない。ところで怪我の方はもういいのか?
美春:ああ、外出の許可も出たから大丈夫だよ
鈴:それなら美春の回復祝いもしなきゃね。アタシからも何か奢らせて
美春:それだとお礼の意味が…
ラウラ:私からすれば美春と出かけられるだけでも十分なのだが
鈴:ッ…!アタシもそういうことだから余計な心配はしないこと!じゃあね!
鈴の方から一方的にメッセージを切られてしまった。
二人から言われたことが頭から離れず美春は廊下に立ちすくむ。
(…待て待て待て)
逸る鼓動を抑えられず、美春は慌てて自室へと駆け込む。
美春は今日は欠席ということになっているので授業に出なくても問題はない。
一人自室のベッドに転がり込んだ美春は二人からの言葉を脳内で反芻する。
「美春と出かけられるだけでも十分なのだが」
「アタシもそういうことだから」
(そういうことってどういうことだ…?)
今まであえて考えないように、深く踏み込まないように無意識の隅へと追い払っていた疑問が、不意に鮮明な形をとって美春の思考を占拠し始める。
文化祭の準備のとき、チャイナドレス姿の鈴を引き寄せたときに伝わってきた、壊れそうなくらい激しい心臓の鼓動と甘いジャスミンの香り。
そして、織斑先生から美春のことが好きなのかと聞かれたラウラ。
彼女のその後の行動はどこまでも美春に寄り添ってくれたものだった。
ただの同級生、ただの友人。
そうやって都合よくラベルを貼って誤魔化そうとしていたが、今日のあの二人からのメッセージは、どう好意的に解釈しようとしても男として意識されているとしか思えないものだった。
学校の授業やISの戦闘、探偵ごっこの延長線上のロジックの組み立てなど、脳がパンクすることなど殆どしたことのない自分が、いざ自分に向けられた少女たちの素直すぎる感情を突きつけられると、途端に思考回路がオーバーヒートを起こす。
(これじゃあただデートに誘っただけじゃねえか。しかも二人。どうかしてるだろ俺…)
顔に熱が集まっていくのを自覚しながら、美春は腕で両目を覆った。
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週末、美春が校門前で二人を待っていると、鈴とラウラが揃ってやってきた。
「お待たせ。…急で悪いんだけど今日のアタシ達、どう?」
鈴がやや頬を赤らめて美春に問いかけてくる。
恐らくは彼女たちの服装についての感想が欲しいのだろう。
美春は鈴の服装をジッと眺める。
パステルカラーのワンピースにジーンズジャケットを合わせたコーデだ。
彼女らしい可愛らしさとちょっと大人っぽさを主張したジャケットがいいバランスを生み出している。
対してラウラのほうはショートパンツとフリルのついたシャツに黒のジャケットとブーツを合わせたスタイルだ。
こちらも彼女の厳格さという個性にピッタリな服装に思えた。
「うん、二人ともよく似合ってる」
「そうか…。嬉しい…」
美春の素直な感想にラウラもまた素直に喜びを見せる。
鈴の方も言葉はないが表情から嬉しさを隠し切れていない。
(その反応はなんだ…余計に意識しちゃうじゃんかよ)
「じ、じゃあ出発しようか」
美春の一声で三人は横並びとなり学園を出発した。
モノレールの駅まで歩いている途中、ラウラから素朴な疑問を投げかけられた。
「ところで、何で急に私達を誘ってくれたんだ?」
「会長から近々大仕事があるからそれまで休んでくれって言われたんだよ。それで二人にお礼してなかったことを思い出してさ」
美春の返答に鈴が割って入る。
「だとしても、今までのアンタならISの訓練でもしてそうだけどね。なんか心境の変化でもあった?」
鈴はそういうといつものように悪戯っぽくニヤニヤとしながら美春の顔を覗き込む。
美春は顔を少し赤くしながら目を背けるとぶっきらぼうに答える。
文化祭の件があって以降、美春は鈴と顔を合わせるのが少し照れ臭くなってしまっていた。
「…何でもねえよ。ただ約束は約束だし…」
「美春のそういう律儀なところ、私は嫌いじゃないぞ」
ラウラの止めの一撃によって美春の心拍数は一気に跳ね上がった。
モノレールに乗るとたまたま三人分の席が空いていたのでそこに座ることになった。
最初は一番端に座ろうとした美春だったが二人から両腕の袖をグッと掴まれて、やむを得ず真ん中に座る羽目になる。
立っているときはまだ誤魔化せていたが、狭い座席で密着するように座ったことで、二人の距離感は一気に縮まった。
ふわりと鼻腔をくすぐる、女の子特有の甘いシャンプーの香り。
文化祭のときに感じた鈴のジャスミンの匂いや、すぐ隣から伝わってくるラウラの体温がダイレクトに美春の感覚を揺さぶり、とてもじゃないが会話に集中できる状態ではない。
少し顔を傾けたら寄りかかってしまいそうな距離感に美春は背筋を伸ばして必死に耐えていた。
世の男性が見たら殺気混じりの羨望の眼差しを向けられても可笑しくない状況だが、美春にとっては自身の理性が試される拷問のように感じられた。
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美春が理性と格闘している中ようやくショッピングモールに到着した三人はまず先に雑貨屋を訪れた。
せっかくの三人だけでの外出ということでお揃いの小道具を買おうという鈴の提案からだった。
こういった類のセンスを持ち合わせていない美春は二人に選択を任せることにした。
美春がしばらく待っていると一通り籠に入れた鈴とラウラが戻ってきた。
「じゃーん、こういうのはどう?」
鈴が見せてきたのは同じ種類のキーホルダーと、柄は同じだが色とノックについているアクセサリーが微妙に異なるシャープペンシルだった。
彼女曰く、猫が鈴、ウサギがラウラ、蛙のアクセサリーがついているものが美春らしい。
(蛙化現象ってあるけど大丈夫なのか?それともそうならない為のお守りか?)
美春は少し戸惑いながらも二人が決めたならそれに従おうと財布をポケットから取り出そうとするが、鈴に止められる。
「アンタが出すのはこの後のパフェだけで大丈夫。これはアタシ達からの回復祝いよ」
そう言って鈴とラウラはそそくさとレジの方に向かっていった。
「そういうところ、本当に律儀だよなあ」
美春は己に向けられたものと同じ言葉を二人に返すのだった。
買い物が終わった後、三人は目的地のカフェに訪れた。
さすがにここでは並んで座るということはできないので美春に向き合う形で鈴とラウラが座ることになった。
だが、ここで思わぬ誤算が生じた。
案内されたテーブルの天板がガラスでできているのだ。
美春がふと視線を下におろすと二人の少女のすらっとした脚が目に入ってくる。
かと言って正面を見れば二人の顔がある。
美春は視線が定まらず、咄嗟に上を見上げた。
「どうしたのよ。急に上なんか見上げちゃって」
「いやあ、ここの照明綺麗だなあと」
「臨海学校前に来た時と同じだと思うが…」
ラウラの一言で美春は固まってしまった。
鈴がテーブルを眺めていると何かに気付いたのかそっとラウラに耳打ちする。
鈴の言葉を聞いたラウラは顔を真っ赤にしてショートパンツの裾をグイっと伸ばす。
顔を赤くしたラウラと美春の様子を鈴が楽しんでいると、テーブルに目当てのパフェが運ばれてくる。
美春は冷静さを取り戻すと二人に呼びかける。
「さて、随分と遅れたが二人共タッグマッチの時は俺のお願いを聞いてくれてありがとう。遠慮なく食べてくれ」
早速ラウラがパフェを一口食べると、彼女は目を輝かせてこちらに美味しさを訴えかけてくる。
どうやら彼女の口に合ったようだ。
鈴も同様にパフェを堪能していた。
美春が安心してコーヒーを飲んでいると、ふと美春の前にラウラのスプーンが差し出された。
何のことか理解できない美春にラウラは素面でこう言った。
「お前もコーヒーだけでは物足りないだろう。私のを少し分けてやる」
「いや、俺はこれだけで大丈夫だから…」
美春は遠慮するがラウラは引き下がらない。
「そう言うな。お前の奢りなんだから、お前にも食べる権利がある。さあ口を開けろ」
ラウラにそう言われて美春は渋々口を開けてラウラのパフェを頂く。
口の中に苺の酸味と甘みが広がるが、それどこではない。
隣にふと目をやると鈴が顔を赤くしてプルプルと震えている。
「あ、アタシのも少し分けてあげる。ほら、あーん」
断る術を最早持ち合わせていない美春は鈴にされるがまま彼女のパフェを口にする。
こちらはマンゴーの芳醇な甘みが美春の口の中に広がる。
「うん、どっちも美味しいよ。ありがとう」
美春は余計なことは言わず、純粋な味の評価に言葉を留めた。
周囲がざわつき始め、美春と鈴は顔に熱を帯びていくのを感じていたが、ラウラはどこ吹く風といった様子でパフェを頬張っていた。
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パフェを食べ終え、すっかり心地よい満腹感と気恥ずかしさに包まれながらカフェをあとにした三人。
「ふう、美味しかったな。二人とも今日はありがとうな」
「ふんっ、次回も奢ってくれるならまたお願い聞いてあげてもいいわよ」
「私は礼などなくても大丈夫だぞ。美春に頼ってもらえるのは嬉しいからな」
「ッ…!ラウラ、あんたねえ…」
夕日が差し込み始めたショッピングモールのエスカレーターを下りながら、美春はポケットの中で先ほど三人でお揃いで買ったキーホルダーに触れた。
二人から向けられる素直すぎる好意に、未だ胸の奥がソワソワと落ち着かない。
その時、美春のポケットの中で、携帯端末が短い電子音を鳴らした。
宛先は楯無からだ。
無人機に関する重大な事実が見つかったとのことで明日、織斑先生と生徒会で緊急会議を開くことになったという連絡だった。
「美春、どうかした?」
「いや、何でもない。明日生徒会で会議があるっていう連絡が来ただけ」
「そっか。副会長も大変ねえ」
「まあな」
美春は沈みゆく夕日を眺めながら、胸の奥で静かに覚悟を固めるのだった。