翌日、生徒会室には生徒会メンバーと織斑先生が一堂に会していた。
時計の針が開始時刻を過ぎたのを確認した織斑先生がまず口を開く。
「皆、休日に集まってもらってすまない。事が事だったので緊急で招集させてもらった」
既に事情を知っていると思われる楯無は神妙な顔つきだが、その目はどこか笑っているかのように見えた。
何か面白いことが始まるかのように。
「結論から先に言うが、生徒会の一部と代表候補生とでルクーゼンブルクに親善大使として向かうことが国際IS委員会で決定された」
突然の発表に事態をよく知らない一夏は疑問を呈する。
「千冬姉、何で国際IS委員会が出てくるんだ?ルクーゼンブルクっていう国は美春から聞いたことあるけど」
「それについては私から説明させてもらうわ」
楯無がそう言うと懐から小さなアクセサリーを取り出した。
「楯無さん、これは?」
「ルクーゼンブルクで採掘されるとある石でできたアクセサリーよ。私の家と古い付き合いのある宝石商に譲ってもらったの」
楯無の発言に美春が割って入る。
「でも会長、あの石って流通が制限されているはずじゃ…」
「ここ10年以内の新しいものに関しては、ね。ここにあるものは10年以上前に作られたものなの。マイナーな鉱石だから大してプレミアも付かなくて箪笥の肥やしになってたんですって。で、本題はここから。美春君が撃墜した無人機のコアとこの石の成分が完全に一致したのよ。つまりは…」
「無人機のコアはルクーゼンブルクで採れる石で作られている。ただしその石の国外への持ち出しは制限されているため、製造元はコアの産出国である可能性が極めて高い…」
美春が楯無の言葉を補うように推測を述べる。
「そういうこと~。美春君がヒントをくれた後、ウチの捜査員を潜入させてたんだけど、どうもあそこの王女様がISを持っているっていう噂があるそうなのよ」
楯無の言葉に織斑先生が続ける。
「現状ルクーゼンブルクは国際IS委員会に加入していない。だが、ISを所持している国は委員会に加入し条約に批准することが定められている。今回の派遣は真偽の確認と王室に委員会への加入を働きかけるのが主な目的となる」
「目的はわかったけど、なんで生徒会や代表候補生が行くことになるんだ?」
一夏がさらに疑問を投げかける。
その件に関しては美春も内心同じ疑問を抱いていた。
「目的は対話だが、NGO組織に過ぎない国際IS委員会が一国に干渉することは国際社会的に問題になりかねない。また万が一ISによる戦闘が発生することを考えると無政府軍を率いての訪問になる。軍隊がぞろぞろと自分の国にいきなりやってくるのを想像してみろ。不安にならない国民はいないはずだ」
「だから専用機持ちがいっぱいいる学園に声がかかったってわけ。ちなみにこれは完全に生徒会の仕事からは逸脱してるから美春君と一夏君にはきちんと報酬が支払われるわ。それも3年間贅沢しても足りないくらいのね」
楯無からそう言われつつも美春は迷っていた。
思い出すのは臨海学校での銀の福音暴走事件である。
自身はオペレーターとして二人の生徒を戦場に向かわせ、作戦を失敗させたという苦い経験がある。
今度も同じ過ちを繰り返しはしないだろうかと美春は不安を抑えられないでいた。
そのことを察したのか織斑先生が補足説明を入れる。
「無論、今回もお前たち二人は所属が未確定であるから任意での参加となる。それに今回矢面に立つのは私や更識だ。仮に戦闘になったとしてもまずは代表候補生達に対応してもらうことになる。お前たちは情報を持ち帰るのが仕事だ」
「千冬姉、俺は行くよ。束さんがなんでこんなことをするのか確かめたい」
一夏がこう表明した以上、自分も行く空気だろう。
そう察した美春は続けて参加表明をしようとする。
「俺も…」
「遠藤、無理しなくてもいい。お前がいると心強いのは確かだが、お前の意思が第一だ。前回の襲撃のこともある。ゆっくり考えて決めるんだ」
そう織斑先生に遮られ、美春は再度自身の身の振り方を考える。
学園に留まることを選択すれば自分が失敗することはほぼ確実にないだろう。
探偵ごっこだって帰ってきたメンバーに話を聞けばいくらでも続けられる。
それに自分が戦闘に参加することになったときにまたあの時のようにならないかという不安もある。
辞退する理由はいくらでも思いつく。
だが、それで本当に良いのだろうか。
自分だけリスクを負わず、椅子にもたれかかって思考に耽る姿を想像して美春は身の毛がよだつ不快感を覚えた。
己の目で確かめない探偵がどこにいる。
今までは動く機会がなかったから机の上でロジックを組み立ててただけだ。
欲しいものが自分の届くところにあるのならどんな手を使ってでも手に入れて見せろとという師匠の言葉を思い出す。
向かう道は決まった。
「俺も行きます。真相をこの目で見届けるチャンスを逃したくありません」
きっぱりと言い切った美春の目を見て、織斑先生は静かに口元を緩めた。
「…そうか。ならば止める理由は私にもない」
そう言うと、織斑先生は手に持っていたファイルから二枚の書類を取り出し、美春と一夏の前に滑らせた。
「では、次は手続きだ。未成年の海外渡航には親権者の署名『渡航同意書』が必要になる」
「あ、これ親にサインもらうやつか」
無邪気に書類を受け取る一夏を横目に、美春は差し出された用紙を見つめたまま、一瞬だけ呼吸を止めた。
渡航同意書。
親権者のサイン。
(あの家に戻らないといけないのか…)
胸の奥が冷たく冷えていくような感覚。
今まで無意識に遠ざけていた実家という存在が、急に現実味を帯びて目の前に突きつけられる。
その微かな表情の変化を、織斑先生は見逃さなかった。
「遠藤、もし不安があるのなら私が一緒に行って親御さんを説得しに行ってもいいぞ?」
「えっ、先生がわざわざ俺の実家にですか…?」
驚く美春に、千冬は至極当然といった様子で腕を組んだ。
「生徒を危険を伴う海外視察に連れて行くんだ。担任として、保護者への説明責任がある。…文句あるか?」
「…いえ。よろしくお願いします」
千冬の言葉の裏にある一人で抱え込ませないという無言の意志を感じ取り、美春は頭を下げたのだった。
・
・
・
翌日の放課後、美春は織斑先生の車で彼の実家へと向かっていた。
幸いなことに美春の実家はIS学園からそれほど遠くもない距離にあったため、公共交通機関を使うよりも移動の負担が少ないだろうという判断からだった。
「意外ってことはないですけど、織斑先生車運転できたんですね」
「一夏が小さい頃はよく送り迎えしていたからな。自転車だと親子に見られることが多かったからそれでというのもある」
「一夏といくつ離れてるんですか?」
美春が問うと織斑先生はバックミラー越しにこちらを睨んでくる。
「女性に年齢の話はご法度だとお前とくっついてる小娘達から言われなかったか?」
その目は軍隊の鬼教官を想起させるほど鋭かった。
「失礼しました!何でもないです!」
そうこう話している内に窓の外が段々と見慣れた景色に変わっていく。
美春は懐かしさよりも不安の感情が勝り、膝を貧乏ゆすりし始める。
「親御さんと久しぶりに会うのは不安か?」
美春の様子を見てか織斑先生が気遣いの声を掛ける。
「いえ、そういうわけではないのですが…」
「何と言われようとも私はお前の味方だ。堂々としていろ」
あの襲撃事件以来、妙に優しくなった織斑先生に美春は嬉しさ半分と違和感半分の複雑な感情を抱いていた。
「先生、怪我のことならもう気にしなくていいですよ」
唐突に図星を突かれた織斑先生は一瞬驚きの表情を見せるも、納得したかのようにため息をついた。
「やはりお前には全てお見通しか。一体その観察眼はどこで身に着けたんだ」
「それはもうすぐわかると思いますよ。あ、その突き当り右曲がったところからちょっと進んだところが家です」
閑静な住宅街に違和感なく溶け込んでいる白色の一軒家が美春の実家だ。
車を降りると半年以上離れていた我が家が美春の前に立ちはだかる。
美春は雷親父の家に謝りに行く時のような感情を抱きながら家のインターホンを押した。