ファエンダルに連れられて歩いていくと、木々の合間から、川沿いに広がる小さな集落が姿を現した。僕の中に安堵と緊張が同時に押し寄せる。
水車小屋がゆっくりと回る音、点在する木造の家々、炊事の煙。ゲームの中で何度も目にした、あの見慣れた景色。だが、それが目の前の現実として広がっているという事実に、まだ実感が追いついていなかった。
「ここが、リバーウッドだ」
ファエンダルが振り返らずに言う。その声は暖かく歓迎するようだった。
村の入り口に近づくにつれ、僕らの緊張は増していった。粗末な布切れ同然の衣装、傷だらけの体。誰がどう見ても、まともな旅人には見えない。
案の定、物見櫓の衛兵は弓を構え、傍にいた二人の衛兵もこちらに気づくなり剣を抜いて近づいてきた。
「止まれ! ……貴様ら何者だ!」
簡素な革と鎖帷子の鎧に身を包んだ衛兵の目に、明らかな警戒の色が浮かんでいた。特に、レンの巨体に向けられる視線は鋭い。
「オークがこんなところに何の用だ? 要塞から追い出されたのか?」
衛兵は半身になり切先をこちらに向けて睨む。場の空気が張り詰めていく。
「森で行き倒れてたのを見つけてな」
ファエンダルが、おもむろに口を開く。僕らを援護してくれるようだ。
「元は商人だそうだが、山賊に襲われて身ぐるみ剥がされてこの有様らしい。怪我もしてるし、村に入れてやってくれないか?」
嘆願するファエンダルとは裏腹に、衛兵の態度は変わらなかった。
「放浪者なんて信用ならない。この前もスクーマの売人を取り締まったばかりだ」
「内戦で人手不足なんだ。もう既に面倒事で手一杯なんだよ」
衛兵の二人は口々に不満をこぼした。日々の鬱憤が、そのまま言葉に滲んでいるようだった。
それを聞いたファエンダルの表情が、僅かに歪んだ。その言い草に思うところがあったのだろう。彼はふぅっとため息をつくと、皮肉混じりに衛兵へ悪態をつき始めた。
「全く、スカイリムはこんなに広大で美しいのに、お前らノルドの心の狭さと醜悪さときたら……本当に呆れる」
こちらを睨んでいた衛兵の顔が、さらに険しくなっていく。
「言葉に気をつけろよ、エルフ……お前がこの辺りで勝手に狩りをしているのに目を瞑ってやってるのは、俺たちの心が広いからだ」
「くだらないことを言ってると牢屋にぶち込むぞ!」
正に一触即発の雰囲気であった。援護するどころの話ではない。むしろファエンダルの怒りに、僕らまで巻き込まれかねなかった。
このままでは埒が明かない。一旦こちらに会話の主導権を戻そうと、僕は慎重に言葉を選ぶ。
「あの……お取り込み中、申し訳ないのですが……」
視線が一気にこちらを向く。ここで下手な言葉を継げば、余計に警戒を強めるだけだ。僕は、飾らない言葉を選んだ。
「僕たち、本当に困ってるんです。彼の傷の手当てもしたいし、どうか一晩だけでもいいので、村に入れてもらえませんか」
深く頭を下げる。沈黙が続いた。衛兵の一人が、もう一人と目配せを交わすのがわかった。剣を握る手には、まだ迷いが残っているように見えた。
「……その格好では夜の寒さを凌げないだろう」
剣を握っていた衛兵が、苦々しげに呟いた。もう一人も、深々とため息をつく。
「村の近くで死なれても寝覚めが悪いしな……」
言い聞かせるような口調だった。彼らの最小限の慈悲が滲んでいる。それでも、剣先が下ろされていく様子に、僕は詰めていた息をようやく吐き出した。
「ずっと見張っているからな。おかしな真似をしたら即つまみ出す! 忘れるなよ?」
下手な嘘を重ねるより、ありのままの困窮を見せる方が、よほど効いたようだった。
「だが、武器は置いていってもらうぞ。いいな?」
その一言に、心臓が僅かに強張った。手斧とダガー——命がけで狼と渡り合い、辛くも生き延びた今の僕らにとって唯一の武器だった。それを手放すことに、一瞬の抵抗が胸をよぎる。
僕はレンとカイの方に目をやった。二人も、同じ逡巡を浮かべた顔で、僕を見返している。だが、他に選択肢はなかった。
「……わかりました」
僕は静かに頷いた。元々、拾い物だ。背に腹はかえられない。
手斧とダガーを衛兵に渡し、僕たちはようやく村の中に入れた。
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ファエンダルが一通り村を案内してくれた。
石畳の間から立ち上る土と薪の匂い、遠くで犬が吠える声、井戸端で誰かが桶を鳴らす音。ゲームではかなり小さな村で、ほとんど何もない印象だったが、実際は民家や商店が立ち並び、暮らしの気配がそこかしこに息づいていた。ゲーム上では簡略化されているのであって、本来、人が生活するならこの程度の規模は当然かもしれない。そんなことを考えていると、カイが囁いてきた。
「さっきはありがとうな、上手くいって良かった。一時はどうなる事かと思ったぜ。まだ安心できないけど」
隣で聞いていたレンも口を挟む。
「俺のせいで苦労かけちまったな。ほんとありがとう。ここではもっと慎重に行動しないとな。でないとまた振り出しに戻ってしまう」
とんでもないと僕は首を横に振る。二人の感謝が素直に嬉しかった。そんなやり取りをしていると、前を歩いていたファエンダルが足を止め、振り返って聞いてきた。
「……で、どうする気だ、お前ら」
質問にカイが短く答える。
「金を稼がないといけません。何か、仕事はありますか」
尋ねると、ファエンダルは顎に手をやり、少し考える素振りを見せた。
「製材所なら、人手を探してたはずだ。木材の需要が増えて、猫の手も借りたいらしい。……ただ」
「ただ?」
「あそこの主人は、生粋のノルドでな。お前らみたいなのを、すんなり雇うとは思えねぇ」
その言葉に、僕らは顔を見合わせた。ここまで来て、今更引き下がるわけにもいかない。真剣な眼差しで聞く僕たちに、ファエンダルは続けた。
「悪いが、俺は寄るところがあって付いていけない。場所は教えてやるから話してくるといい。ジャルデュルとホッドが責任者だ」
教えられた通り、村の中心を流れる川のほとりへ向かうと、水を含んだ空気がひんやりと肌に触れた。巨大な水車が規則的な水音を立てて回っている。切り出されたばかりの木材の匂いが、辺り一面に立ち込めていた。
そこでは、恰幅の良い中年の男が、丸太の山を前に数人の男たちに指示を飛ばしていた。鋭い掛け声が、鋸の音に混じって響いている。その傍らで、金髪の女性が静かに見ていた。
「あの……すみません」
僕がおずおずと声をかけると、彼女が振り返った。白い肌と輝く金髪、透き通った碧眼。見た目からも生粋のノルドと言われるのがうなずける。彼女は値踏みするような視線で、僕らの粗末な身なりを上から下まで舐めるように見回した。その視線に晒されている間、水車の回る音だけが、やけに大きく耳に残った。
「噂の放浪者はあんた達ね」
声には警戒心はなかったが、はっきりとした意志が感じられた。まるで僕らを試すつもりのような。雰囲気に呑まれまいと僕は返事をする。
「そうです。仕事を探しています。人手が足りないと聞いて……」
「確かに手は足りてないわ。だからと言って私は見ず知らずの人間を簡単に雇ったりしないわよ?」
ゲームなら最初に助けになってくれる人物が今は障壁になっているのは皮肉なものだ。しかしこれが現実である。状況を打開しようとカイが口を開く。
「あんたの言うことは最もだ。だから仕事と言ってもなんでもいい……雑用でも。とにかく使って欲しいんだ」
これにレンも続く。
「ち、力仕事なら得意だと思います。何か手を貸せませんか……?」
僕も強く頼み込む。
「お願いします。このままだと今日食べるパンすら買えないんです」
僕たちの嘆願を聞いた彼女は少し驚いたような顔をした。しばらく黙って僕らを見つめていたが、やがて考えを整理するように小さく息を吐くと、こう切り出した。
「あなた達見た目によらず素直なのね。まるで少年と話しているのかと思ったわ。だから力を示す機会をあげる」
「村の外れに空き家があるんだけど、その周辺にスキーヴァが巣を作ってしまったみたいで困ってるのよ。あいつらを退治してくれたら雇うことを考えてもいいわよ」
ジャルデュルからの提案は予想の斜め上であった。この依頼で使えるやつかどうか見極める気なのだろう。しかし、狼の次はスキーヴァの相手をすることになるとは。しかも丸腰で。少し僕が返事をするのを悩んでいると、カイが即答した。
「わかった。引き受けよう」
僕とレンが呆気に取られている間に、話は進んでいく。
「いい返事が聞けてよかった。神々の祝福がありますように」
ジャルデュルはそう言うと踵を返し、鋸の音の中へと戻っていった。振り返りもしないその背中を、僕はしばらく見送るしかなかった。
レンが呆然としている。僕も空いた口が塞がらない。するとカイが切り出した。
「言いたいことは分かるけどやるしかねぇよ。ファエンダルが言ったろ? 彼女は生粋のノルドだと。力を示さなきゃ認めてくれないんだ。他に選択肢なんてなかった」
一通り聞いて僕も切り返す。
「だけど勝手に決めることないだろ? 武器は取り上げられてるし、お前は怪我もしてるんだぞ!本当にやれるのか?」
「…悪いとは思ってる。でも悩んでたらチャンスを不意にしてしまうかもしれなかった。その方が怖かったんだよ。武器のことはこれから考えよう」
彼の言い分は十分に分かる。しかし、あまりに無計画でかつ軽率であると思う。
「まぁ……今更断る訳にも行かないしな。今回も3人で何とか乗り切ろう。」
レンがそう言うと、村の中心に向かって歩き始めた。こうなると僕も腹を括るしかない。効率よく問題を解決するため、頭を働かせる。
「ここからは手分けして探そう。武器になりそうなものや使えそうな物が見つかったら、もう一度ここで集合で」
これを聞いてカイはすぐに答えた。
「わかった。それでいい」
レンは心配そうに僕らを見比べたが、やがて意を決したように歩き始めた。西日を背に、それぞれ違う方向へと歩み出す。
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カイは最初に村の大通りに向かった。何か情報や頼れそうな人はいないかと周囲を窺いながら歩を進めていると、水気を帯びた風に混じって、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「よう! ジャルデュルとは話せたか?」
振り返ると、そこにいたのはファエンダルだった。手には釣竿、腰には魚を提げていた。どうやら釣りをしていたらしい。魚の鱗が、傾き始めた日差しを受けて僅かに光っている。
「話せはしたけど……ちょっと厄介なことになってしまって」
カイは歩み寄って、ここまでの経緯を全て話した。全てを聞いたファエンダルは眉間に皺を寄せながら切り出した。
「一筋縄では行かないと思っていたが、まさかスキーヴァーとはな……衛兵の尻拭いをお前たちにさせようという魂胆か」
「尻拭い?」
カイが怪訝な顔をして聞く。
「ああ、ひと月ほど前に例の廃屋で子供たちがスキーヴァーを見つけたのが最初なんだ。その後衛兵に駆除を依頼したんだが……全く動く気配がない」
呆れたようなため息をつくと、ファエンダルはしばし考え込む素振りを見せた。川のせせらぎだけが、二人の間の沈黙を埋めていく。
「付き合ってやってもいいんだが、それじゃジャルデュルは納得しないだろうな……仕方ねぇな。俺の予備の弓、貸してやるよ。家まで来い」
「ありがたいが……俺は弓なんてまともに使えないぜ?」
カイが答えると、ファエンダルはやれやれと言わんばかりに溜息をつきながら首を横に振った。
「シラを切るのはもうよせ。俺の目は騙せないぞ。商隊の護衛で射手をしていたんだろ? その手を見ればわかるさ」
カイは困惑したが、改めて自分の手を見た。自分では全く気づいていなかったが、よく見ると確かに手指に所々、不可解なタコがある。
「バレてたか……」
カイは理解が追いつかなかったが、適当に話を合わせておいた。ファエンダルはフッと笑うと、こっちだと手招きして歩き始めた。
家に着くと、彼は納屋から大きな弓と矢筒を取り出してきた。薄暗い納屋の中、埃っぽい木の匂いに混じって、油を塗り込んだ革の匂いがした。簡素な作りではあるが手入れは行き届いていて、張られた弦も新品のような艶を放っている。
「近頃は仕事が忙しくてな、こいつはあまり使ってなかったんだ。だが、手入れだけしておいたから弦も緩んでないし、しなりも十分だ」
彼はそう言うと、カイに弓を渡した。手にした瞬間、思ったよりも重い木の質感と、弦のわずかな張力が掌に伝わってくる。
「ありがとう。……でもなんでここまでしてくれるんだ?」
カイは純粋な疑問を彼に投げかけた。得体の知れない自分たちを、最初はファエンダルも疑っていたはずなのに、親切にしてくれる理由が気になった。
彼は恥ずかしそうに頭を掻きながら答えた。
「ヴァレンウッドからあちこちを転々としてここに行き着くまで、至る所でお前らと似たような扱いをされたのを思い出してな……そんな訳だから、助けになってやりたいと思ったんだよ」
「矢は大事に使ってくれよ。数に限りがあるから」
カイはこの世界に来て初めて、人の優しさに触れた気がした。同時に、この親切には結果で答えなければならないと強く感じた。
「この借りは必ず返す」
ファエンダルは微笑を浮かべると、カイに矢をつがえるように促した。
「そんな事より腕前を見せてくれよ。あの的を狙えるか? やってみろ」
彼の指差す方向には、藁で出来た人型の的が置かれていた。数十メートルは離れているだろうか。思っていたよりもずっと遠い。
「やってみよう」
冷静に答えたカイであったが、内心は焦っていた。もちろん弓術の心得などない。しかし、ここで断るのもおかしな流れなので、ひとまず矢筒を背負い、矢を一本取り出した。
その時、不思議な感覚に身を包まれるのを感じた。知らないはずの記憶を思い出す感覚。少し不気味で、どこか懐かしい。カイはその感覚に身を任せ、矢を番えて弦を引き絞る。力を込めると、狼に噛まれた傷がキリキリと痛んだ。少し息を吸い込み、狙いを定める。指先が離れる瞬間、弦が低く唸り、矢は空気を裂くような音を残して飛んでいった。放たれた矢は直線的な軌道を描き、乾いた音と共に藁人形の頭を射抜いた。
しん、と辺りが静まり返る。
「……見立て以上の腕前だな」
ファエンダルが驚嘆の声を漏らす。
カイは即座に理解した。これがジュンヤの言っていた肉体の記憶なのだと。同時に、この世界で生き延びる小さな希望のようなものを抱いた。
「いい弓だ。遠慮なく借りるぜ」
そう言うと踵を返し、その場を後にした。
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一方、レンが足を向けたのは、絶え間なく鎚の音が響く鍛冶場だった。近づくにつれ、炉の熱気が肌にじわりとまとわりつき、鉄が焦げる匂いが鼻をつく。その匂いに、不思議な懐かしさのようなものを感じていた。
中では汗を光らせた男が黙々と鉄を打っている。鎚が振り下ろされるたびに火花が散り、闇の中に一瞬だけ橙色の軌跡を描いた。逞しい体躯、鍛え上げられた腕。その佇まいは、正に熟練の職人であった。
「あの……すみません」
レンがおずおずと声をかけると、男は鎚を止め、こちらを見た。鋭い視線が、レンの巨体を一瞥する。鎚を打つ音が止んだ途端、炉の炎が爆ぜる音だけが妙にはっきりと聞こえた。
「噂の放浪者だな? イスミールにかけて、武具のことなら相談に乗ろう」
声色には警戒する様子はなかった。
「じ、実は……製材所の仕事を貰うために、村外れのスキーヴァを退治しろって言われて。でも、武器が……」
レンは事情を、たどたどしくも正直に話した。衛兵に得物を取り上げられたこと、丸腰であること、金がないこと。話すほどに、自分たちの現状の惨めさが浮き彫りになっていくようで、俯きそうになる。
男は黙って話を聞いていたが、やがてふっと鼻を鳴らした。
「名乗ってなかったな、アルヴォアだ。この村の鍛冶屋をやってる」
「あ、レンと申します。よろしくお願いします……」
アルヴォアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。
「随分と腰の低いオークだな! 面白い! 気に入ったよ」
彼は作業場の隅に目をやりながら指差す。積まれた古い道具の山の中に、それはひっそりと転がっていた。
「そこの棚に、使ってない斧がある。柄も傷んでるし、刃も錆びてるが……ネズミの頭を叩き割るには十分だろう」
示された先には、確かに古い斧が転がっていた。刃こぼれし、赤茶けた錆に覆われている。しかし柄は太く頑丈な木材で出来ていて、刃も分厚く重厚感がある。紛れもない戦斧であることが見て取れた。そしてそれはレンにとって今すぐにでも欲しい代物であった。
「あの、お金は今すぐには……でも、必ず返します。働いて、必ず」
レンは深く頭を下げた。アルヴォアはしばらくレンの様子を窺っていたが、やがて小さく頷いた。
「金はいい。実はあのスキーヴァーどもには俺も手を焼いていてな」
「ここから空き家までは離れてますけど、一体どうして……」
「あの場所は村の子供たちがよく遊んでいたところなんだよ。娘には近づくなと言っているんだが、もし、万が一のことがあったら……子供ってのは、するなと言われたことをしたがるだろ? 心配なんだよ」
そう語る彼の表情は、先程までと打って変わって、一人の父親としてのものだった。炉の炎に照らされたその横顔に、レンの心の中に安堵が染み渡る。
「そういう事ですか。では遠慮なく使わせてもらいます」
アルヴォアは笑みを浮かべながら、顎で研石を示した。
「ついでだ。使いたきゃ、砥石も貸してやる。そのままじゃ、話にならねぇ刃だろう」
もちろんレンは刃を研いだ経験などない。それでも素人仕事でも何もしないよりマシだと思い、好意に甘える形で回転する砥石の前に腰かけ、斧の刃を当てた。石と鉄が擦れる甲高い音が、絶え間ない鎚の音に混じって鍛冶場に響く。
――と、その瞬間だった。
ぎこちなかったはずの手つきが、不意に滑らかになる。刃を当てる角度、力の込め方、水を差すタイミング。まるで、何百回、何千回とこの作業を繰り返してきたかのように、体が勝手に動いていく。研ぎ汁が飛び散り、火花にも似た小さな光の粒が、炉の明かりの中で瞬いた。
「上手いじゃないか。俺ほどでは無いがな」
少し離れた場所で作業を続けていたアルヴォアが、手を止めてこちらを見ていた。感心したような、それでいてどこか探るような視線だった。
「い、いえ……初めて、のはずなんですけど……」
レンは自分の手元を見つめながら、戸惑い交じりに答えた。研ぎ終えた刃は、鈍い輝きを取り戻し始めていた。錆は落ち、刃筋はまっすぐに整えられている。とても、数分前まで素人が触れていたものとは思えない仕上がりだった。
――また、これだ。
レンの脳裏に、鹿を捌いた時の記憶が過った。知らないはずの技術が、体の奥から滲み出してくる感覚。恐ろしいような、それでいて、どこか頼もしいような、複雑な感情がせめぎ合う。
「変わったやつだな」
アルヴォアはそれ以上詮索せず、短くそう呟くと、また自分の作業に戻っていった。鎚の音が、再び規則正しく鍛冶場に響き始める。古い手斧は、レンの手の中で、再び武器としての姿を取り戻しつつあった。
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二人が武器を手に入れている頃、ジュンヤは村から少し離れた川辺に立っていた。川のせせらぎだけが響く場所まで来ると、村の喧騒が嘘のように遠のいていく。ひんやりとした川風が頬を撫で、目の前には苔むした大岩が鎮座していた。
意識を掌に集中させる。火を起こした時の感覚を、もう一度自分のものにしようとしていた。全身をつたい練り上げられた魔力は掌で収束し、一気に放たれる。直線的な軌道で、火炎は大岩に直撃した。ぱちぱちと爆ぜるような音がして、岩肌は焼け焦げ、辺りに焦げた臭いが漂う。
「やったぞ……掴んだかもしれない」
手応えを得て、思わず声に出してしまう。
――でも、瞬間的に放つことはできない。集中するのに時間がかかりすぎている。すばしっこいスキーヴァーを相手に当てるのは難しいだろう。――
試行錯誤している間に、岩の影が傾き始めていることに気がついた。西日が川面を橙色に染めている。夕暮れが近づいていた。具体的な対策法のないまま、ジュンヤは集合場所に戻ることにした。
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約束の広場へ戻ると、既にレンとカイの姿があった。夕闇が迫り、二人の輪郭がわずかに赤く縁取られている。
「……その弓」「その斧」
僕は、二人の手にした得物を見て、驚いた。
「ファエンダルに借りたんだ。どうやら俺の体はこいつと相性がいいらしい。彼のお陰で気づけたんだ」
カイが苦笑交じりに言う。
「俺も、鍛冶屋のアルヴォアからこの斧を譲って貰ったんだが……刃を研いでたら、また勝手に体が動いて……なんでか、コツを知ってたんだ」
それを聞いてカイが噛み付くように言う。
「お前! 鹿も捌けて、武器も研げてって…二つもスキルあるのかよ! ちょっとズルくねぇか!?」
レンもしどろもどろに言い返す。
「そ、そんなこと俺に言うなよ! 元の持ち主に言えよ!」
意味の無い二人のやり取りに、僕は思わず笑ってしまう。
「言えるわけないじゃん。無理だよ」
少しの時間とはいえ別行動をしていたからか、三人で集まると自然と安心感があった。もう僕たちは他人同士ではない。これから命を預け合う関係なのだ。言葉にはせずとも、三人とも同じ気持ちなのは明らかだった。
「笑ってるけど、そっちの収穫はどうなんだよ?」
「何も持ってないみたいだけど大丈夫?」
二人が僕の方を見て聞いてくる。
「武器は最初から探さなかった。代わりに魔法を使う練習をしたんだ。とりあえず発動の感覚はマスターしたと思う」
僕は自信を持って答えた。
「やるじゃねぇか! 大収穫だ」
「この短時間で……すごいよ」
二人が感心したように答える。
「俺たち何とかやっていけそうだよな?」
カイが腕を組んで、半ば慢心したように話す。
場になんとも言えぬ高揚感が漂う。昨晩の最悪の状況を考えれば、事態はとても好転していると思える。
「油断は禁物だけど、狼の時よりはまともに戦えそうだね。一応作戦も考えたんだ。向かいながら話すよ。行こう」
僕はそう言うと、空き家に向かって歩みを進めた。二人は小さく頷くと、後に続いて歩き始めた。
既に太陽は西に傾き、長く伸びた僕らの影が、道の先へと導くように延びていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は目立った戦闘はありませんが、それ故により丁寧に書いたつもりです。
拙い文章でおかしな所がありありかもしれませんが…
次回は本格的な戦闘になります。3人の初めての能動的な戦闘となりますので気合い入れて書いて行きます。