太陽が中天に差し掛かる頃、僕はジャルデュルの家の戸口で立ち尽くしていた。
――何から調べるべきだろう。
言葉にすればするほど、輪郭がぼやけていく。こういう時こそ2人に相談すべきだと思いながら、当てもなく足を踏み出したその矢先だった。村の入口の方角から、人だかりのざわめきが風に乗って流れてくる。考えるより先に、足がそちらへ向いていた。
人垣の隙間から見えたのは、肩を貸し合いながらよろよろと村道を戻ってくる二つの影だった。土埃にまみれた袖から、赤黒い染みが滲んでいる。片方は腕から血を滴らせていた。それを認識した瞬間、僕は駆け出していた。
「レン! カイ!」
「おお、ジュンヤ……」
レンが力なく笑ってみせたが、その声には隠しきれない疲労が滲んでいた。カイは何も言わず、ただ短く息を吐いただけだった。目にはいつもの余裕がない。
「一体何が――」
「歩きながら話す。とにかくコイツを婆さんに診てもらわねぇと」
カイの声の硬さに、僕はそれ以上の言葉を飲み込んだ。三人分の足音だけが、やけに重く土を踏んだ。
治癒士の老婆の家に転がり込むと、手当てはすぐさま始まった。カイはかすり傷程度で済んでいたが、レンの左腕は縫合が必要なほど傷が深い。幸い太い血管は逸れていたようだが、それでも滲み出る血の跡は生々しかった。
「……傷口が凍っちまってる。針が入りにくいったらないよ」
老婆が眉根を寄せながら呟く。手つきに迷いはなかったが、その声にはいつもの飄々とした調子がない。淡々と針を進める老婆の横で、レンが痛みに顔を歪めながらも、途切れ途切れに事の次第を語り始めた。
杖を持った壮年の男。影のように動く女。虚空から生まれ出た刃。地面ごと凍りつく術。そして――何かを企むような、値踏みするような視線。語り終える頃には、部屋の空気がすっかり変わっていた。
「悪しき者たちの気配は近いね……用心しないと」
老婆はそう言うと、替えの包帯を取りに部屋を出て行った。
「……もしかしたら」
僕はぽつりと切り出した。
「ジャルデュルさんが話してたことと、関係あるかもしれない」
レンとカイの視線が同時にこちらを向いた。
「なんの話だよそれ、聞かせろよ」
「何かあったのか? 詳しく聞きたい」
畳み掛けるように問われ、僕は一つ息を吐いてから、数時間前のことを話し始めた。
――レンとカイと別れた後、僕はジャルデュルの家へ向かった。用件を告げられないまま招かれたので、仕事で何か粗相でもしただろうかと、内心では冷や汗をかいていた。
通された部屋で椅子に座ると、彼女はいつになく神妙な面持ちで口を開いた。
「本当は、こんなこと頼むのは筋違いだとわかってるのだけれども……」
そこで一拍、言葉を選ぶような間が空いた。
「村の墓地が……最近、様子がおかしいの」
彼女はそこで言葉を切った。視線が一度僕の顔から逸れ、床に落ちる。何かを言おうとして、思い直したような沈黙だった。
「様子が、というのは」
僕が促すと、彼女は小さく首を振ってから、ようやく続きを絞り出した。
「土が掘り起こされて荒らされてるのよ。それも、一度や二度じゃない」
「墓地荒らし……ですか」
「私も最初はそう思ったわ。でも、盗まれているものが妙なの。装飾品には手をつけていないみたいで」
彼女はまた口を噤んだ。言葉を継ぐことを、まるで自分に許していないかのように。
――装飾品には目もくれず、それでも荒らされている。だとしたら、盗られたのは。
脳裏に浮かんだ単語を、僕は口にするべきか迷った。関わりたくない、というのが正直なところだった。それに、彼女が期待するほど、僕は魔術に精通しているわけでもない。だが彼女の瞳が、逃がしてくれそうになかった。
「……遺体、ですか」
彼女はそれには答えず、ただ小さく頷いた。肯定とも、これ以上言わせないでくれという懇願ともとれる仕草だった。
「何か良からぬ物がこの村に近づいているわ……衛兵はあてにならないし――あなたしか、頼める人がいないの」
いつの間にか、断る余地など無くなっていた。頭の中でどうにか言い訳を組み立てようとしたが、彼女のまっすぐな視線の前では、どの言葉も無力に思えた。
「……できる限りのことは、やってみます」
そう答えるより他になかった。
――そして、今に至る。
語り終えると、部屋の中はしばらく沈黙に沈んだ。先に口を開いたのはカイだった。
「村の墓地から遺体が消えてることと、今日俺たちを襲ってきた連中……妙に引っかかる」
「確かにタイミングは良いけど、なんの証拠もないだろ?」
レンが反論するが、その声には確信のなさが滲んでいた。カイは首を横に振る。
「証拠はねぇ。けど――あの男、最初に妙なこと言ってた」
「妙なこと?」
「『ギョウコウ』とか、そんなようなことをな」
――僥倖。
思いがけない、幸運。その言葉の意味を頭の中で転がしながら、僕は違和感を拭えずにいた。なぜ偶然、出くわしたことを「幸運」などと呼ぶだろうか。むしろそれは、狙っていたものなのか。しかし、偶然にも行き当たったことを指しているようにも聞こえる。
――だとしたら、僕らを探してる? それとも、僕らじゃない誰かを?
考えれば考えるほど、可能性ばかりが枝分かれしていく。どれも決め手に欠けたまま、僕の中で堂々巡りを始めていた。
「――とにかくはっきりしてるのは」
レンが震える声で割り込んだ。
「あの二人の殺意は本物だった。本当に殺されると思って……怖かったよ」
その凶刃にかけられた本人からの言葉には、強い説得力があった。僕は今ある情報から推測しながら話す。
「もし仮に、一連の事件が繋がっているなら、追手は既に僕たちの居場所を突き止めているかもしれない。数も分からないが、こちらよりは多いと思う」
「ここも危ないってことか?」
レンが僕の目を見据えて聞いてきた。握りこまれた拳が震えている。
「わからない。でも、可能性としては……」
「はっきりしろよ、ジュンヤ! お前が言うと余計怖くなるんだよ!」
珍しく声を荒らげるレンに、僕は言葉を詰まらせた。彼の目には、恐怖を必死に押し留めようとする揺らぎがあった。
カイは、そんな二人を横目に、小さく息を吐いた。
「そんなこと今考えても仕方ねぇだろ。わかんねぇもんはわかんねぇんだ」
いつも通りの、切り捨てるような口調だった。だがその声には、いつもよりわずかに硬さが混じっている気がした。
「仕方ねぇで片付くかよ! いつ襲われるか分からないまま暮らせってのか!?」
「うるせぇ! 泣きごと言う前に大人しくしてろよ! そんなんじゃ治る傷も治らねぇよ!」
戦闘による緊張がストレスになっているのか、二人とも感情的になっていた。僕は務めて冷静に、声を張って宥めようとした。
「二人とも落ち着いて! 言い争ってる場合じゃないよ!」
二人が僕の方に視線を向けた。だがその温度は、明らかに違っていた。レンの目にはまだ怒りと恐怖が入り混じっていたが、カイの方は――もう興味を失ったような、冷めた無表情だった。
「カイ、悪いんだけどこの話をジャルデュルさんに伝えて来てくれないか? 多分何があったのか聞きたがってると思うから」
「はぁ? なんで俺が。自分で行けよ」
「僕は襲撃の場にはいなかったし、状況の説明はカイの方が得意だろ? だから頼むよ」
そう僕が伝えると、カイは面倒くさそうに舌打ちを一つ落とし、それ以上何も言わずに部屋を出て行った。振り返りもしなかった。その背中には、まだ何かがくすぶっているのが見て取れた。
――収まったわけじゃない。ただ、後回しにしただけだ。
「レン、憶測ばかり言って不安を煽るようなことしてごめん。とりあえずは治療に専念しよう」
レンは少し俯いたまま黙っていた。僕は続けた。
「僕はね、この状況悪いことばかりじゃないと思うんだよ」
「どういうことだ?」
レンが顔を上げ、怪訝な顔をした。
「僕らがここにいる理由の手がかりが掴めるかもしれない。召喚したのが彼らだったとしたら、帰る方法を知ってるのも彼らだけだ」
レンは黙って僕の話を聞いていた。深呼吸をすると、少し顔色が良くなった。
「まともに話し合えるとは思えないけどな」
そう言うレンの目には、少しだけ暖かみが戻ったように感じた。
「そうだね……でも、今は悪い方向に考えるのはやめよう。怖がってばかりいても仕方ないしね」
そう言いながらも、僕の目は、カイが出て行った戸口に自然と向いていた。
――怖いのは、あいつだって同じはず。
そう思いながら窓の外を見ると、既に日は傾き始めていた。
日が傾き切る前に、僕はジャルデュルに頼まれていた墓地の様子を確かめに向かった。夕餉の支度を告げる煙が家々の煙突から立ち上り、子供のはしゃぐ声が遠くに響く村の中心とは対照的に、墓地は水を打ったように静まり返っていた。生い茂った雑草が風もないのに小さく揺れ、その音だけが妙に耳についた。
土が掘り返された跡は、思っていたよりも生々しかった。剥き出しになった土の色は周囲より濃く、まだ乾き切っていない。村人は気味悪がって近寄らないのだろう、現場は手つかずのまま荒らされていた。近づいて確かめると、朽ちかけた木の十字架の傍らに、装飾品らしきものが手つかずのまま転がっている。物取りの仕業ではない。だとすれば――やはり、彼女の懸念していた通りなのだろう。
僕は膝をつき、掘り返された土を指先でなぞってみるが、何が分かるわけでもなかった。元より、調べる手立てなど僕にはない。
――どうやって調べれば……手がかりが少なすぎる。
考え込んでいた矢先、視界の端で何かが動いた。顔を上げると、傍らの墓標の縁に、一羽の鴉がとまっていた。
いや、とまっている、という表現は正確ではない。輪郭が揺らぎ、羽の一枚一枚が黒い靄のように滲んでいる。実体を持たない鴉だった。一目で魔術的なものであると理解できる。
「……使い魔」
声に応じるように、鴉はくちばしを開いた。鳴き声の代わりに、一枚の紙片が零れ落ちる。地面に触れる前に、僕はそれを受け取っていた。氷のように冷たい紙面に、流麗な文字が並んでいる。
――お前の居場所は突き止めた。どこにいても逃げ場はない。
我々はエンバーシャード鉱山で待つ。
一人で来るのなら、他の誰にも手を出さないと約束しよう。
もし違えるのならば容赦はしない。
お前の間違った選択で幾人もの罪なき人々が地獄を見ることになるだろう。――
読み終えると同時に鴉は飛び立ち、少し先の木にとまってこちらを見ている。その目を通して、着いて来いと言っているのがすぐに分かった。
狙われていたのは僕の方だった。
そう分かった瞬間、喉の奥が乾いて膝の裏が震えた。今この瞬間も監視されていて、行けば殺されるかもしれない。だが行かなければ、レンやカイ、村の人々が狙われる。それだけは、どうしても避けたかった。
それと同時に、僕は恐怖の奥で小さな熱が疼いているのに気づいていた。なぜ僕だけなのか。なぜこれほどまでに執着されるのか。その答えを知っているのは、向こうだけだ。知りたい、そんな悪魔のような囁きが背中を押す。
レンの傷はまだ癒えていない。カイも消耗している。これ以上、二人を巻き込むわけにはいかない――そう自分に言い聞かせ、僕は鴉の後に続いた。
村外れの道に差し掛かった時、向こうから狩りの獲物を担いだ人影が歩いてくるのが見えた。ファエンダルだった。
「珍しいな。こんな時間にどこへ行く」
彼の声には、単なる世間話以上の硬さがあった。
「え、っと……薬草を、少し」
「ああ……話は聞いてるよ。二人とも災難だったな。とは言え、こんな時間から採取か? 明日にしたらどうだ? 夜の森は危険だぞ」
嘘が下手なのは自分でも分かっていた。喉の奥が、言葉を出す前に強張る。
「……どうしても今、必要みたいなんだ。薬草の生えてる場所はわかるから、採ったらすぐ戻るよ」
その場凌ぎの嘘を重ねていく。ファエンダルは少し怪訝な顔をしたが、それ以上は詮索してこなかった。
「……そうか。くれぐれも夜道には気をつけろ」
すれ違う瞬間、その視線が背中に張り付いているのを感じていた。
――怪しまれている。それでも、止まるわけにはいかない。
僕は足を速め、闇の気配が滲み始めた鉱山への道を駆け出した。
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鉱山の入口に立つと、そこには一人の人影が佇んでいた。肩にとまっていた鴉は、闇に溶けるようにしてふっと姿を消す。フードを目深に被り、顔は闇に沈んでいる。案内人――そう理解するより先に、その人影は無言のまま踵を返し、坑道の奥へと進み始めた。
僕はそれに従うほかなかった。松明もない暗がりの中、案内人の背だけを頼りに足を進める。坑道は幾度も枝分かれし、同じような岩肌が延々と続いた。ゲームの中で何度も足を運んだ場所のはずなのに、肌に触れる冷気も、鼻を突く土の匂いも、印象はまるで違っていた。画面越しに眺めていたものと、今こうして自分の足で踏みしめているものとの間には、埋めようのない隔たりがある。薄暗い闇の中、鼓動が早まっていくのを感じていた。
――怖じ気づくな。ここまで来たのは、自分の意思だ。
そう繰り返し言い聞かせながら進むうちに、視界がふいに開けた。
広大な空洞だった。天井から垂れ下がる鍾乳石の下、松明の炎が幾つも揺らめいている。橙色の光が届かない縁には、無数の影がひしめくように潜んでいた。息を潜める音、衣擦れの音――気配だけで、その数の多さが知れた。空洞の中央、一段高くなった岩の上に、三つの人影がある。
中央に立つのは、フードの奥から静かにこちらを見据える人物だった。声を発する前から、場の空気がその一人を中心に張り詰めているのが分かる。左には体格のいい壮年の男、右には華奢な銀髪の女が佇んでいた。三対の視線が、値踏みするように僕へ突き刺さる。
「よく来た」
中央の人物が、抑揚のない声で口を開いた。
「一人で来たのは意外だった。もっと臆病な人間かと思っていたが」
「……仲間を巻き込みたくなかっただけです」
僕が答えると、壮年の男が鼻を鳴らした。
「殊勝なことだ。だが、その体の持ち主は、そんな殊勝さとは無縁だったがな」
「――どういう意味ですか」
「お前がそれを知る必要はない」
合図と共に、周囲の死霊術師たちが一斉に杖を構えた。
「な――」
問答を最後まで許されることはなかった。怪しげな光が空洞を舐めるように走ると、暗闇の奥から青白く発光する骨の群れが、軋むような音を立てて次々と起き上がる。完全に死霊に囲まれた、最悪の状況だった。
「待ってください! 話を――」
必死の訴えも虚しく、敵はじりじりと間合いを詰めてくる。僕は咄嗟に炎を放って牽制したが、多勢を前にしては焼け石に水だった。死霊が骨の剣を振り下ろす。避けて、防いで、僅かな隙に反撃を返す。だが敵の数は減るどころか、包囲は徐々に狭まっていくばかりだった。
息が上がる。魔力の消耗が、指先の震えとなって表れ始めていた。
――このままじゃ、保たない。
膝が地に着きかけたその瞬間、体の奥底で何かが疼いた。覚えのない感覚だった。それでも、体は知っていた。危機に陥った時だけ表れる、教わったこともないはずの動きが、体の奥から迫り上がってくる。
ふわりと、赤い光が全身を包んだ。
纏うような炎が肌を這い、触れた骨の兵を瞬時に灰へと変える。僕自身、驚きに目を見開いていた。これは、自分の力ではない。だが、その炎は長くは続かなかった。不安定な揺らめきは、それでも数体を退けた。
しかし、敵は甘くない。
「――囲め。逃がすな」
壮年の男の声に応じ、死霊術師たちが陣形を組み直す。炎が消えると同時に、僕の体は再び氷の呪文に絡め取られた。
視界が霞んでいく。もう、指一本動かせない。
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同じ頃、村ではジャルデュルへの報告を終えたカイが、治癒士の家に戻っていた。だが、開け放たれた戸口の向こうに、あるはずの人影がない。
「……おい、ジュンヤの奴、どこ行った」
部屋の中を見回しても、姿はどこにもない。寝台の上でレンが目を覚まし、怪訝な顔をした。
「確か……墓地に調査に行ったはずだ」
「もう夜だぞ。まだ戻ってないのか」
カイの胸の中で、嫌な予感が急速に膨らんでいく。窓の外はとうに藍色に沈み、村の灯りがぽつぽつと灯り始めていた。レンも何かを感じ取ったのか、包帯の巻かれた腕を庇いながらベッドから起き出す。
「まさか……一人でいるところを狙われたりしてないよな」
「探しに行くぞ。支度しろ」
村中を探し回ったが、目当ての人影はどこにも見当たらない。焦りだけが募る中、二人は手掛かりを求めて宿屋に立ち寄った。カウンターの端でハチミツ酒を傾けているファエンダルの姿が目に留まり、レンが駆け寄って声をかける。
「なあ、ジュンヤ見なかったか」
「ああ、日暮れ前にすれ違ったな。えらく急いでた様子だったが」
「急ぐ……? どっちに向かってた?」
「東の森の方だ。薬草を取りに行くとか言ってたな……まだ戻らないのか? 口ぶりからして、お前さんのためだと思うんだが」
ファエンダルはそう言って、包帯の巻かれたレンの腕にちらりと視線を落とした。その一言で、カイの中の疑念が確信に変わる。
「ありがとう。レン、行くぞ」
レンの顔が強張った。左腕はまだ包帯に巻かれたままで、動かすたびに鈍い痛みが走る。それでも、迷いは一切見せなかった。
「……ああ、急ごう」
その目には、怯えとは違う光が宿っていた。二人は手近な武具を掴むと、そのまま夜の闇へ駆け出した。
案内人などいない。二人は月明かりだけを頼りに、手探りで森を進んでいった。焦りが足を速めさせる。木々の合間から差し込む青白い光を追いながら、闇雲に走っても見つかるはずがないことは、二人とも分かっていた。
カイは足元に神経を尖らせ、何か痕跡はないかと目を凝らす。踏み荒らされた下生え、折れた小枝――そのどれもが手がかりになり得た。その時、鼻を突くような死臭がふいに辺りへ立ち込めた。
臭いの方向へ目を向けると、木々の隙間から漏れる月光の下に、その正体が浮かび上がる。青白く発光する二つの人影と、それを従えるように佇む黒いローブの男。
「クソったれ……嫌な予感が的中しやがった」
カイが低く吐き捨てると同時に、奥から術師が姿を現した。
「それ以上近づくな! さもないとお前も死霊にしてやるぞ!」
相手はアンデッド二体と術師一人。二対三という不利な状況だったが、そんなことは二人にとってもはや関係がなかった。ジュンヤの命がかかっている。
「やってみろ!」
先に動いたのはレンだった。戦斧を勢いよく振り下ろすと、乾いた音を立ててアンデッドの頭蓋骨を叩き割る。骨の欠片が飛び散り、青白い光が霧散して消えた。その勢いに、カイですら一瞬圧倒される。カイはもう一体のアンデッドへ素早く矢を射掛けた。動きの鈍い骨の兵は、狙いを外すこともなく頭部を撃ち抜かれ、崩れ落ちる。
あっという間に手駒を切り崩された術師は、明らかに焦りを滲ませていた。
「ちくしょうっ! 舐めるなよ!」
術師は最後の抵抗とばかりに氷雪魔法を繰り出す。レンが盾代わりに前へ出てそれを受け止める隙に、カイは冷静に狙いを定め、術師の足を射抜いた。悲鳴を上げて膝を突いた男を、レンが襟首を掴んで引き起こし、顔面に強烈な拳を叩き込む。鈍い音が森に響いた。
「本当にお前たちにはうんざりだ。ジュンヤはどこにいる?」
元々厳つい顔立ちも相まって、レンは恐ろしい形相で術師を睨めつける。そこにいつもの穏やかなレンの姿はなかった。あまりの迫力に、カイすら一瞬たじろぐ。
「……お、教えるものか! お前たちに明日はない、物言わぬ死霊にして……ぶふっ!」
言い切る前に、拳が再び顔面を打ち据えた。鼻と口から噴き出した血がレンの拳を濡らす。
「いい加減にしろよ。俺は頭に来てるんだ。喋らなきゃこのまま殴り殺してやる!」
レンの怒りに驚きながらも、カイは頭のどこかで冷静さを保っていた。単純に殴るだけでは、この男は口を割らないだろう。こいつが一番されたくないことは何か――考えるのに、そう時間はかからなかった。
「よせ、レン。本当に殺しちまうぞ。俺に任せろ」
カイは術師の前にしゃがみ込み、静かに、しかし逃げ場のない声で告げる。
「このまま話さないつもりなら、こっちにも考えがある。十数える間に答えなければ、手首を切り落とす。魔法が使えなくなるのは嫌だろ? よく考えてくれ」
そう言うと、カイはゆっくりと十から数え始めた。術師の顔が見る見るうちに恐怖に染まっていく。六まで数えたところで、男はあっさりと口を割った。
「こ、この斜面を上がった先に鉱山がある。そこにいる!」
それだけ聞くと、二人はもう振り返らなかった。ジュンヤの無事を祈りながら、闇夜の森を駆け抜けていく。