それは、あのコロッケ事件から数年が経った頃の話である。
かつて商店街の路地裏で威張り散らかしていたチンピラ数人は、ハジメの爆風のようなマシンガントークとコロッケの味に毒気を抜かれ、すっかり改心していた。
しかし、いざ真面目に生きて就職活動を始めようとしたものの、過去の素行や派手な見た目が裏目に出て、どこの面接も落ち続ける日々。
八方ふさがりになった彼らが藁にもすがる思いで相談したのが、かつて自分たちをコロッケで手なずけたギャル——南雲ハジメだった。
『そんなん、うちのパパに一応聞いてみてあげよか? まぁ、あんたら見た目そんなだしアホそうだから雇ってもらえるか知らんけどww』
カラカラと爆笑しながら、ハジメは父親が経営するゲーム会社を雑に紹介した。
結果——なんだかんだで父親の面接をパスし、彼らは晴れて正社員として採用されたのだ。
どん底から自分たちの人生を救ってくれたハジメと社長に対し、彼らの胸に芽生えたのは「一生かかっても返せない絶大な恩」と、狂信的なまでの忠誠心だった。
それ以来、彼らはハジメのことを「お嬢」と呼び、敬うようになったのだ。
「マジで頼むから『お嬢』とか呼ぶのやめて!? ヤクザの組長の娘みたいで超嫌なんだけど!!」
ハジメ本人は顔をしかめて心底嫌がっていたが、彼らの忠誠心(と勘違い)は留まることを知らない。
そしてハジメもハジメで、ヤクザ呼ばわりを心底嫌がりつつも——「利用できるものはちゃっかり利用する」のが南雲ハジメというギャルであった。
「あーやば! 今日マジで遅刻する……っ!」
ある朝、二度寝を決めて完全に寝坊したハジメは、着替えながら即座にスマホを取り出し、彼らのリーダー格に電話をかけた。
『はい! どうされましたかお嬢!!』
「ヤクザ呼びすんな! それより今すぐバイクで校門前まで送って! 5分で!!」
『御意!!』
数分後、爆音とともに現れたバイクの後ろにノーヘルにならないようメットを深々とかぶり、ハジメは法定速度ギリギリの爆走で校門へと横付けされた。
「サンキュー! じゃね!」
ヘルメットを投げ返し、猛ダッシュで校舎へ駆け込んでいくハジメ。
その背中に向け、ビシッとスーツを着こなした元チンピラたちは、校門前でビシッと背筋を伸ばした。そして、まるで大手カーディーラーの最高級車納車式かのように、90度の美しい角度で深々とお辞儀をし、ハジメの姿が見えなくなるまで微動だにせず見送るのだ。
「「「いってらっしゃいませ、お嬢!!!!」」」
「だからヤクザ呼びすんなって言ってんでしょーーっ!?」
猛ダッシュしながら振り返り、真っ赤な顔で叫ぶハジメ。
そんなもはや朝の「名物」と化した光景を、登校中の生徒たちは慣れた様子で眺めていた。
「おッ、今日も『お嬢』の納車式やってるw」
「相変わらずあの人たちのお辞儀、角度が完璧で綺麗だよなぁ〜」
「わかる。あの深々とした礼を見ると『あぁ、今日も一日が始まったな』って感じするんだよな」
すっかり学校の朝の風物詩としてモブ生徒たちに親しまれる中、校舎の二階の窓からは、腕を組んだ白崎香織が冷ややかな眼差しでその光景を見下ろしていた。
(……ハジメちゃんをバイクの後ろに乗せるなんて万死に値するけど……あの深々とした礼だけは、ハジメちゃんへの敬意として免じてあげてもいいかな……)
狂信的な愛を深める香織の視線など露知らず、ハジメは今日もなくなるはずの出席日数をかけて、廊下を爆走していくのだった。