ありふれたギャルは世界最狂   作:バグッた左スティック

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#9 訓練場の熱気と王宮のトレンド

訓練場に響く掛け声の質が、明らかに変わっていた。

 

「ぬぉぉぉッ! まだだ、まだ足腰がブレてる……! 軸をしっかり意識しろって!南雲はそうやってただろッ!」

「龍太郎、声が大きすぎるわよ。でも……確かに、ただ剣を振り回すだけじゃ意味がないわね」

 

木剣が激しくぶつかり合う音と、荒い息遣い。

数日前までの「与えられた強力な天職に浮かれ、訓練をどこかゲーム感覚でこなしていた」クラスメイトたちの姿は、そこにはなかった。

 

その輪から少し離れた場所で、光輝はおもむろに手中の木剣を見つめていた。ハジメとの模擬戦で、一切の無駄のない『足裏錬成』によって手元を弾き飛ばされた瞬間の感触。そして、「人殺しになりたいわけじゃない」というハジメの覚悟。 さらには、騎士団長メルドから突きつけられた「お前は何のために剣を持つ?」という問い。

 

(ただの綺麗な正義の味方ごっこじゃ、誰も守れない……)

 

光輝は剣の柄を握り直すと、自分の浅はかさを噛みしめるように深く息を吐き、静かな覚悟をその瞳に宿らせて木剣を強く構え直した。

 

南雲ハジメが見せた圧倒的な「己の軸の強さ」と冷徹な現実は、クラス全員の甘えを木っ端微塵に砕き、確実に変化をもたらしていた。

 

「……ふむ。目の色が変わったな」

 

訓練場の端で腕を組み、不敵な笑みを浮かべていたのは騎士団長のメルドだった。

以前までのどこかフワフワとしていた生徒たちが、今では泥臭く、必死に自分の身体と向き合っている。ハジメという異物によってもたらされたその刺激は、騎士団の厳しい指導以上の成果を叩き出していた。

 

そんな熱気あふれる訓練場の木陰で、香織は一人ベンチに腰掛け、冷えたお茶のグラスを手にクラスメイトたちの姿を見つめていた。

 

当のハジメはというと、今朝早くから「ちょっと工房こもってくる〜」と言い残したきり、この訓練場には一度も姿を見せていない。

 

汗を拭うクラスメイトたちや、真剣な眼差しで木剣を振り下ろす光輝たちの様子を、香織はどこか感慨深そうに、優しく目を細めて愛おしそうに追っていた。

 

「みんな、すごく変わったね……」

 

ぽつりと漏らされた香織の呟きに、素振りを終えた雫が汗を拭いながら歩み寄ってきた。

 

「ええ。あんなに真剣に鍛錬に打ち込むようになるなんてね。……間違いなく、あの子のおかげよ」

 

雫は隣に腰を下ろすと、遠くを見つめる香織の横顔を見やった。

 

「本人は『勝手に燃えてるだけでしょ』なんて言って、自分の影響なんて全く気にしてなさそうだけど…」

 

呆れたように、けれどどこか柔らかく温かい苦笑を浮かべる雫。

香織もまた、ふっと愛おしそうに口元を緩めた。

 

「うん。でもね、ハジメちゃんが自分のやり方と意思を真っ直ぐ示してくれたから……それが、みんなの迷いを吹き飛ばしてくれたんだと思うの」

 

「そうね。あのブレない軸の強さは……本当に、羨ましくなるくらいだわ」

 

雫は手元の模擬剣を静かに撫でながら、ハジメという太陽のような存在へと思いを馳せる。

 

ハジメが不在の木陰で、二人だからこそ噛みしめられる感謝と深い想い。

緊迫感を漂わせつつも成長を重ねるクラスメイトたちを見守りながら、静かで穏やかな空気感が心地よく溶け合っていくのだった。

 

 

一方その頃。王宮の一角にある執務室では、ハイリヒ王国の王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒが机に山積みとなった書類の山と格闘していた。

 

(あ、この税収報告書の計算……ここ少しズレてますね。あとで財務官に差し戻さないと……)

 

羽ペンを走らせる手は止まらず、羊皮紙をめくる動作にも一切の滞りがない。

周囲の侍女たちが「姫様、そろそろお休みを……」と心配そうに見守るのも無理はない。彼女は根っからの作業中毒(ワーカーホリック)であり、一度集中すると寝食を忘れて没頭してしまう悪癖があった。

 

「ふぅ……」

 

ようやく一つの束を片付け終えたリリアーナは、こめかみを押さえながら小さく息を吐いた。流石に目が霞んできたのを感じ、控えめに控えていた侍女へと視線を向けた。

 

「ねえ、この後の私のスケジュールはどうなっていたかしら?」

 

「はい、姫様。本日の夕刻からは、王都周辺の領地をお納めになっている周辺貴族の方々との社交会が控えられております。準備もございますので、少し早めにお着替えとご移動を……」

 

「……あ、そうでしたわね。あの面倒な……コホン、大切なご歓談の場がありましたわ」

 

社交会と聞いてわずかに眉をひそめたリリアーナだったが、すぐに表情を繕って小さく溜息をついた。

 

「わかりました。社交会まではまだ少し時間がありますし……気分転換に、少し外の空気を吸ってまいりますね」

 

「かしこまりました。あまり遠出はなさいませんよう……」

 

侍女たちの心配そうな声に見送られ、リリアーナは静かな王宮の廊下へと足を進めた。

 

ひんやりとした石造りの廊下を歩いていると、やがて大きなアーチ状の窓から、遠くの掛け声や打撃音が聞こえてくる。

ふと足を止められ、リリアーナが窓の外へと視線をやると、そこには砂塵を巻き上げながら泥臭く訓練に打ち込む異世界の勇者たち――勇者召喚によってこの世界に巻き込んでしまった少年少女たちの姿があった。

 

「……みなさん」

 

光輝や龍太郎たちが、汗と泥にまみれながら必死に剣を振るう姿。

それを見つめるリリアーナの碧眼に、切ない影が落ちる。

 

(私たちの勝手な都合で、平和な世界からこんな過酷な戦場へ呼び出してしまって……それなのに彼らは、文句一つ言わずにこうして力をつけようとしてくださっている……)

 

王族としての責任感と、一人の少女としての罪悪感。

胸を刺すような申し訳なさに押しつぶされそうになり、リリアーナがギュッと胸元を締めつけた、その時だった。

 

「あっ! リリィやっとみつけた〜!」

 

静かな廊下に、不釣り合いなほど明るくフワッとした声が響き渡った。

 

「ハ、ハジメ様……? どうされたのですか?」

 

突然の呼びかけと、相変わらず王族である自分を「リリィ」と呼ぶ気やすさに驚きつつも、リリアーナは振り返って首を傾げた。

そこには今朝から工房に閉じこもっていたはずのハジメが、なにやら悪戯っぽい笑みを浮かべて立っていた。

 

「へへ、じゃーん!」

 

ハジメはドヤ顔を浮かべると、手中に抱えていた小さな木製のジュエリーボックスを、宝物を見せるようにリリアーナへと差し出してきた。

 

「これは……?」

 

「いいからいいから、開けてみ?w」

 

ハジメに促されるまま、リリアーナが木箱の蓋をそっと開けると、思わず小さく息を呑んだ。

 

箱の中に納められていたのは、二つの金属製アクセサリーだった。

一つは、少し大きめの環(チェーン)で繋がれたシックなラインに、可愛らしいハート型のチャームがあしらわれたブレスレット。

もう一つは、対照的にきめ細やかな細いチェーンの先に、同じく小ぶりなハート型のチャームが揺れるネックレスだった。

 

絢爛豪華な宝石などは装飾されていなかったが、金属そのものが丹念に磨き上げられており、光を反射して深みのある独特の美しい光沢を放っている。

 

「……シンプルですが、とても美しいですね」

 

そばに控えていた侍女も、思わずうっとりと感想を漏らした。過剰な装飾に頼らない、素材の質感と洗練されたデザインが放つ上品な存在感は、王宮の品々を見慣れた彼女たちの目から見ても際立っていた。

 

リリアーナは箱の中のアクセサリーとハジメを交互に見つめ、不思議そうに問いかけた。

 

「あの……ハジメ様。これは、いったい……?」

 

「これさ! あーしが作ったアクセなんよ。この前からおじさんの顔つくったり城の壁直したり土木工事したりであーしが錬成でやりたいこと全然できなかったからさぁ。今回だけ特別におじさん(メルド団長)に許可もらって工房に籠ってさっきまで作ってたわけ!」

 

ハジメは少年のように目を輝かせ、心底楽しそうな表情で答えた。

 

「ハジメ様が、これを……? ……素晴らしいですわ。過剰な宝石に頼らず、金属の質感と曲線だけでこれほどの気品と可愛らしさを表現できるなんて……まさに芸術品ですわね」

 

リリアーナが心からうっとりとアクセサリーを見つめ、大絶賛すると、ハジメは満足そうに顎に手を当ててブツブツと呟き始めた。

 

「……クワイエットラグジュアリーってここでも通用するんかやっぱり……。ロゴとか宝石でドヤらない上品さ、やっぱ最強じゃん……」

 

ハジメのオタク質な独り言に「くわいえっと……?」とリリアーナが首を傾げると、ハジメはハッと我に返り、楽しげに笑って首を振った。

 

「あ、なんでもない! で、リリィは『これをどうして私に?』って顔してるけどさぁ」

 

「あ、はい……あの、こういう素晴らしいものは、まず最初にご友人である香織さんたちに差し上げた方が良いのでは……?」

 

申し訳なさそうにそう気遣うリリアーナに対し、ハジメは「あー、それね!」とカラッと手を振った。

 

「大丈夫! 香織たちの分ももうちゃんと作ってあるからさ! てか、これは王女様なリリィ用に作った『特別製』なわけ」

 

「と、特別製……ですか? ですが、私ばかりがそのような特別なものをいただいてしまっては……」

 

恐縮して退こうとするリリアーナに、ハジメは人差し指をチッチッチと左右に振ってみせた。

 

「甘いってリリィ! そういうファッションの仕掛け方がわかってないな〜。こういうのはね、最初に一番影響力があって目立つ人につけてもらわないと宣伝にならんわけ。トップ層から徐々にマスに落ちてくるのが『トレンド』ってもんでしょ?」

 

「と、とれんど……? ます……?」

 

ハジメがドヤ顔で語る異世界の高度なマーケティング・トレンド理論に、リリアーナは完全に「???」と目をパチパチさせてフリーズしてしまった。

 

「だからさ、異世界からきたあーしらのセンスがこの世界でも通用するのか試したくてさ。リリィがこれをつけて社交会に出て、広告塔になってよってこと!」

 

「こ、広告塔……ですか……?」

 

予期せぬ言葉にリリアーナが呆然とした、その時だった。

 

「姫様! 素晴らしいお考えですわ! 是非お召しになってくださいませ!」

 

今まで後ろで静かに控えていた侍女が、突如として目を見開き、鼻息荒く身を乗り出してきた。

 

「えっ? あ、あの……ヒトミ……!?」

 

「ちょうど本日の夕刻より、周辺貴族の方々との社交会が控えられております! これほど上品で洗練された逸品をお召しになれば、絢爛豪華さだけを誇る貴族たちの鼻を明かして差し上げられますわ! さあ、今すぐお召し物の準備と合わせをいたしましょう!」

 

「ヒ、ヒステリックにならないで……っ」

 

普段は冷静沈着な侍女が興奮のあまり「ふんす!」と荒い鼻息を吐きながら詰め寄ってくる迫力に、リリアーナはタジタジと後ずさる。

 

「ほら、お付きの子もあー言ってるし決まりね! それにさ、リリィだってもうあーしらからしたら友達じゃん?w なにいってんの?w」

 

「と、友達……?」

 

思いがけない言葉にリリアーナが目を丸くすると、ハジメはニシシと悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「そうそう! だから遠慮なんていらんて! じゃ、リリィ夜会がんばって〜!」

 

ハジメは満足そうにヒラヒラと手を振ると、嵐のように風を切って去っていってしまった。

 

残されたのは、手元に輝く二つのアクセサリーと、熱弁を振るい続ける侍女、そして呆然と佇むリリアーナ。

 

「……ふふっ」

 

ハジメの強引で、けれど自分を「広告塔」という名目で巧みに引き立ててくれた気遣いと優しさに気づき、リリアーナは困ったように、けれど嬉しそうに口元を緩めるのだった。

 

 

そして夕刻――王宮の大広間では、豪奢な夜会が催されていた。

 

シャンデリアの眩い光が差し込むホールには、色とりどりの着飾った貴族たちが集い、酒杯を片手に談笑している。

貴婦人たちの装いはまさに絢爛豪華そのもの。大きな宝石をいくつもあしらったネックレスや、金銀の刺繍で着飾ったドレスを競い合うように見せびらかしていた。

 

その重苦しいほど派手やかな喧噪の中へ、静かに王女リリアーナが入場した。

 

会場の視線が一斉にリリアーナへと注がれた瞬間、静かな衝撃がホールを駆け抜けた。

 

リリアーナが身につけていたのは、過剰な装飾を削ぎ落とした洗練されたラインのドレス。そして何より、その首元と手首で揺れていたのは――先ほどハジメから贈られた、ハート型のチャームが輝く繊細なネックレスとブレスレットだった。

 

あえて大粒の宝石を廃し、丁寧に磨き上げられた金属の質感と流れるような美しい曲線。会場のギラギラとした装飾の中で、リリアーナの圧倒的な気品と可憐さが際立って浮かび上がっていた。

 

「ま、まあ……ご覧になって、あのリリアーナ様のお姿を……!」

「なんて気品に満ちた仕立て……! 巨大な宝石などなくとも、これほどまでに気高く輝くなんて……」

 

ざわめきは瞬く間に波紋となって広がり、瞬く間に貴婦人たちがリリアーナの周囲を取り囲んだ。

 

「リリアーナ様! 差し支えなければ、その素晴らしい装飾品がどちらの工房の仕立てかお教えいただけませんかしら!?」

「ええ、本当に! 金属そのものがまるで意志を持っているかのように優美に光を反射しておりますわ! 伝統的な王宮の宝飾品とは全く異なる、新しい風を感じます!」

 

口々に称賛を浴びせるご婦人たちの目の輝きに、リリアーナは一瞬圧倒されそうになりつつも、胸の前でそっと手を重ね、心からの誇らしさを込めて微笑んだ。

 

「みなさま、ありがとうございます。……実はこれらは、異世界よりお越しくださった錬成師の南雲ハジメ様が、私のために特別に手掛けてくださった逸品なのです」

 

「異世界の……あの錬成師様が!?」

「まあ! 素晴らしい……異世界の美の感性とは、これほどまでに洗練されているものですのね!」

 

『トップ層からマスに落とすのがトレンド』

 

脳裏に浮かんだハジメのドヤ顔と風変わりな言葉を思い出しながら、リリアーナは「広告塔」としての役目を完璧に果している自分に気づく。

気難しく見栄っ張りな貴婦人たちが、今やハジメの作ったアクセサリーとセンスに完全に魅了され、熱烈な憧れを抱いていた。

 

(……ふふ。ハジメ様、お見事ですわ。貴方の狙い通り、みなさん完全に魅了されてしまいましたわね)

 

社交会特有の気疲れも忘れ、リリアーナはそっと手首のハート型のチャームに触れた。

 

これから続いていく王宮での日々、そしていつか訪れるであろう過酷な戦いや遠征に向けて。

自分を引き立て、そして王宮にこんなにも明るく素敵な希望を残していってくれた異世界の友である少女へ――リリアーナは胸の中で、そっと深く静かな感謝とエールを捧げるのだった。

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