夕刻が近づく訓練場。熱気を帯びた石造りの広場に、豪快な声が響き渡った。
「よし、全員一度集まれ! 本日の全体訓練の締めくくりとして、装備の点検および調整を執り行う!」
重厚な甲冑を纏った騎士団長メルド・ロギンスが、胸を張り、腕を組んで生徒たちを見渡していた。
生徒たちの表情には、召喚当初のような浮ついた空気は一切ない。それぞれが己の武器を抱え、緊張感と真摯な覚悟を宿した瞳でメルドを見つめている。
「己の命を守る武器や装備の不備は、そのまま死に直結する! そこでだ――おい、ハジメ! 準備はいいか!」
「はーい、召喚されたのでお邪魔しま~す」
メルドに指名されたハジメは、腰に大きな特製ツールバッグを下げ、ゆるい金髪を揺らしながらフランクに歩み出た。
「ふん、相変わらず緊張感のない態度だが……まぁいい。生徒諸君! ハジメが工房で時間をかけ、お前たち一人ひとりの天職と身体特性に合わせたお守りを仕立ててくれたそうだ。装備の微調整も合わせて行ってくれるとのことだぞ! ハジメ、順に確認してやってくれ!」
「了解~! おじさん、仕切りサンキュ☆」
ハジメはニヒヒと笑うと、ツールバッグから磨き上げられた金属の光沢を放つ特製ブレスレットを取り出した。過度な装飾を排した洗練されたデザイン。そこには、小さな円形のチャームが可愛らしく揺れていた。
「えっ、ウソ!? 超カワイイんだけど!」
「これ南雲さんが作ったの!? 普通にオシャレなアクセサリーじゃん!」
「お守りって言うからもっとゴツい防具かと思ってた……すごーい!」
ハジメが披露したセンスの光るブレスレットを目にした瞬間、女子生徒たちから一斉に華やかな歓声が上がった。予想を遥かに超える仕上がりに、広場の雰囲気がパッと華やぐ。
「あ、ちなみになんか彫ってほしい文字とかイニシャル、マークとかあったら、あーしが今から錬成でチョチョイと彫るよ~☆ 欲しいやつ言ってね!」
ハジメが軽やかに告げると、「えっ、イニシャルも入れてもらえるの!?」とさらに興奮混じりの声が響く。
「はい、まずは香織から~」
「ハジメちゃんの手作り……!? しかもチャーム付き……! 一生外さない、これと一緒に墓に入る……! あ、チャームにはハジメちゃんのイニシャル書いてほしい……っ!」
香織はうっとり目を潤ませ、重すぎる愛を爆発させながら手首を差し出す。ハジメは苦笑しつつも、錬成で『H』の文字を刻み込んだ。
続いて、ハジメはメルドの指示のもと順々に仲間たちへ巡っていった。
「ほい、清水。アンタの分」
「……また妙なもん作りやがって。まぁ、耐久強化の陣が入ってんなら貰っといてやる。……彫刻? ふん、じゃあ『鋼』とでも一文字入れとけ」
「オッケー、シブいね~☆」
仏頂面で受け取りつつも、清水は自分のリクエストした『鋼』の文字が刻まれたチャームの光沢を、どこか気に入ったように見つめる。
「遠藤にもあるよ~☆ 彫りたい文字ある?」
「お、マジか。俺みたいな影の薄いモブの分までちゃんと用意してるとは……流石だな、南雲」
「自動ドアのセンサーにすら平然と無視される男の存在感、あーしが一生忘れるわけないっしょw」
「おい自動ドアの話はもう掘り返すな!! トラウマになんだよ!!」
遠藤が顔を真っ赤にして抗議すると、ハジメはケラケラと楽しそうに笑い声を上げる。
「で、チャームに彫る文字は? リクエストとかなかったら記念に『開かずの扉』とかにしとく?w」
「ふざけんな呪いかよ!!……しゃあねぇ、影が薄くならないように、存在感マシマシで『E』のイニシャルで頼むわ」
「おけ、めいっぱい主張できるようにドデカく彫っといたよ☆」
「でかっ!? これ逆に恥ずかしいわ!」
遠藤は苦笑しながら手首のブレスレットを受け取り、チャームに刻まれたやたらと主張の激しい文字をしげしげと眺めた。
「きゃー! ナグモンこれ超かわよ! 制服にも私服にも合うじゃん! 鈴には☆マーク彫ってー!」
大はしゃぎで手首を振る鈴。ハジメはリクエスト通り、チャームに可愛らしい星マークを刻む。
「おう南雲! これ、拳振る時にも全然邪魔にならねぇな! サンキュ! 俺のは……力強い『拳』って文字でも彫ってもらおうかな!」
「オッケー、任して☆」
豪快に笑う龍太郎に、ハジメは青白い魔光を指先に走らせ、一瞬で文字を刻んで手渡した。だが、チャームに彫られた文字を見た龍太郎の顔が即座に引きつる。
「おい南雲ぉ!? なんで力強く『☆ゴリ☆』って彫ってんだよ! 俺はゴリじゃねぇっつてんだろ!!」
「ギャハハ! ごめんチョけすぎたww」
ニヒヒと大爆笑しながら、ハジメは再び錬成で『☆ゴリ☆』の文字を綺麗に削り消すと、今度こそ力強いフォントで『拳』と彫り直してやった。
ダイジェストのように次々と仲間たちへ刻印済みのブレスレットが手渡されていく中、ハジメは聖剣を手にした天之河光輝の前で止まった。
「光輝君、剣ちょっと貸してみ?」
「え? ああ……」
光輝君から手渡された美しい聖剣を手に取り、ハジメは真剣な眼差しで見つめる。職人としての顔つきに切り替わった彼女は、『物質鑑定』を行いつつ、刃に向けてそっと錬成で魔力を流し込んだ。
だが、青白い魔光は刃の表面で弾かれ、微動だに反応しない。
「ん~……光輝君これ悪いんだけどさ、刃の部分は調整無理そう……なんか全然反応しないわ。鍔から下の部分は多分いけると思うけど、どうする?」
「え……? なんでだろう。南雲さんの錬成術でも無理なのか……?」
光輝君が不思議そうに首をかしげていると、どっしりとした足音とともにメルド団長が歩み寄ってきた。
「ふん、無理もない。いくらハジメの錬成が規格外とはいえ、そいつはただの剣じゃないからな」
メルド団長は聖剣を見つめながら、胸を張って語りかけた。
「それは王国に伝わる古の遺物――『
「なるほどね~☆ 国宝級のレアアイテムってわけね。じゃ、鍔から下だけ調整しとくよ~」
ハジメは納得したように頷くと、柄の握り心地や目打ちの強度、グリップバランスの微調整を錬成で手際よく施した。一瞬の青白い光とともに、柄の馴染み具合が劇的に向上していく。
光輝君はその手つきと、調整された剣の感触を確かめるように握り直した。手に吸い付くようなフィット感に、思わず目を見張る。
「……すごいな。刃はそのままでも、柄が変わるだけでこんなに扱いやすくなるなんて。ありがとう、南雲さん」
「ん、どういたしまして~☆ ……ところでさ」
ハジメはいたずらっぽく口元をゆるめると、ふと光輝君の顔を覗き込んだ。
「光輝君さぁ……なんかちょっと雰囲気変わった感じ?w」
「え……っ?」
唐突な問いかけに、光輝君は一瞬目を丸くした。
「どうだろう……なんか、自分ではよく分からなくてさ。ただ、正直……まだ自分がどうすべきか完全な答えが出たわけじゃないんだ。でも、ただ流されるんじゃなくて、まずは自分の足元をちゃんと見つめ直してみよう……って、そう思ってるところかな」
「ふーん? いいじゃん、顔つき締まってイケメンに拍車がかかった感じするじゃんw」
ハジメは満足そうに頷くと、特製ブレスレットを取り出した。
「あーしの特製お守り。変なカッコつけ方して一人で抱え込まないようにね~☆ 光輝君はチャームになんか彫る?」
「……うん。じゃあ、シンプルなクロス(十字)のマークをお願いできるかな。それを見ると心が引き締まりそうだし、自分を戒める道標になりそうだから」
「おけー☆ チョチョイと彫っとくね!」
ハジメは錬成で手際よく綺麗な十字の刻印を彫り込み、光輝君の手首に巻き付けた。滑らかな円形のチャームがさらりと揺れる。
手首で輝くブレスレットと、手元にしっくりと馴染む剣を見つめ、光輝君は深々と息を吐いた。
「ありがとう、南雲さん。大切にするよ」
「ん、しっかりやりな~」
光輝君にひらひらと手を振り、ハジメはメルドの促しに従い、次に待つ三人――園部優花、中村恵理、そして八重樫雫の元へと向かった。
訓練場の壁際で、一人ポツンと佇んでいたのは園部優花だった。
彼女はハジメが近づいてくる気配を察するやいなや、身を竦め、パッと気まずそうに視線の位置を逸らした。
園部は、華やかな見た目やギャルっぽい系統が自分と被っているハジメに対し、地球にいた頃からわずかな同族嫌悪を抱いていた。それでいて、いつも賑やかに輪の中心で笑い、圧倒的な自分の軸を持って周囲を引っ張っていくハジメを見るたび、「自分は南雲さんの下位互換なんじゃないか」「自分なんて南雲さんよりずっと下だ」という無意識の引け目と劣等感を強く感じていたのだ。
(なんで南雲さんがこっちに……? 私なんて、いつも距離を置いて冷めた顔をしてたのに……)
身構える園部の前に、ハジメはなんの気負いもなくフランクに立ち止まった。
「よっ、ゾノちゃん。ちょっとそのナイフ見せて~」
「え……? あ、はい……」
戸惑いながら差し出された園部の投擲用ナイフを、ハジメは手際よく受け取った。
「投げるとき、なんかこうしてほしいトコとか気になる感じある~?」
「えっ……? あ、うん……実は、投げるときに少し手に引っかかるというか……もう少し手元にしっくりくると、思い通りに飛ばしやすいんだけど……」
「あーね! 了解~☆ チョチョイと弄っとくね」
ハジメは指先からほんのりと青い魔光を放ち、感性で柄のフィット感を調整し始めた。そして、手元を見つめたまま、ふと顔を上げて尋ねた。
「てか、ゾノちゃんってさ。あーしの事ちょっと苦手な感じ?」
「えっ……!?」
唐突な問いに、園部はビクッと肩を揺らした。
自分の中にある勝手な同族嫌悪や、ハジメに対するちっぽけな劣等感をズバリと見抜かれた気がして、気まずさと動揺が爆発しそうになる。
「い、いや、そういうわけじゃ……ただ、その……」
「あぁそんな気にしなくていいってー。あーしもこんなだからさ、誰からも好かれるなんて思ってないし。ゾノちゃんがそれならそれでいいし。あくまであーしのスタンスは来るもの拒まず去る者追わずだからw」
ハジメは軽やかに笑い飛ばすと、ナイフの調整を終えて園部へと差し出した。
ふっと力を抜くように肩をすくめると、少しだけ寂しげな表情で柔らかい笑みを浮かべた。
「……でも本当に去る者が出てきたときは、ちょっと寂しいかも……」
「っ……!」
いつも太陽みたいに明るく、何の悩みもないように笑っていたハジメが見せた、ほんの一瞬の儚い表情。
(え、なにそれ……。そんな顔すんの、ズルくない……)
勝手に同じ系統のギャルっぽいってだけでライバル視して、「私なんて南雲さんの下位互換だ」って引け目を感じて遠ざかっていたのは、他ならぬ自分の方だというのに。
なにが「去る者がいたら寂しい」だ。そんなの、あまりにも反則じゃないか。自分の中にあるどす黒い感情を他所に、あんな真っ直ぐに「誰かを失う怖さ」なんて零されたら――勝手にツンツンして壁を作っていた自分が、世界で一番ダサいガキみたいじゃないか。
胸の奥をぐちゃぐちゃにかき乱され、園部は自分のちっぽけなプライドが恥ずかしくて顔から火が出そうになった。
「……ほい、ナイフの調整おわり! で、ゾノちゃんの分のお守りね☆」
差し出されたのは、キラリと光る円形のチャームがついた特製ブレスレット。さっきまでのトゲトゲした警戒心が嘘のように消え去り、頭を殴られたような衝撃の余韻で、優花の足元はフワフワと落ち着かない。
「あ、えっと……その……」
向けられた無邪気な好意と、さっき突きつけられた「誰かを失う怖さ」という本音。行き場をなくした気恥ずかしさに耐えかねて、優花はわずかに視線を泳がせながら、小さく息を吐いた。
「……円形チャーム付きね。なんか彫ってほしい文字とかデザインある?」
「っ……!」
問いかけられ、優花はわずかに言葉を詰まらせた。
自分のちっぽけさを突きつけられ、この異世界で誰かと繋がることの重みを知った今、適当な冗談や見栄を張った文字なんて口から出せなかった。
――誰かを失いたくない。
ハジメの背中がふと脳裏をよぎり、優花はぎゅっと両手を握りしめ、恥ずかしそうに頬を染めながらぽつりと言い落とした。
「……じゃあさ……地球に残してきた、お父さんとお母さんのイニシャルを入れてもらってもいい……?」
「オケー☆ チョチョイと可愛く彫っちゃうね!」
ハジメは慣れた手つきで両親のイニシャルを丁寧に刻み、園部の細い手首へと滑らせた。適温まで冷まされた金属の温もりが、肌を通じてじんわりと伝わってくる。
「はい、おしまい! 両親のイニシャルね、大事にしてあげてよ」
他意など一切ない、カラッとした圧倒的な肯定。それがかえって、勝手にコンプレックスをこじらせて自滅していた自分の矮小さをこれでもかと突きつけ、優花の胸を重く締め付ける。
(……私なんて、勝手に一人で張り合って、勝手に下位互換だなんて落ち込んで……何やってんだろ、私……)
赤くなった顔を隠すように、優花はぶんぶんと首を振って視線を逸らした。歯を食いしばっても、ハジメの顔をまっすぐ見てまともな返事なんて返せない。気恥ずかしさと情けなさが入り混じり、喉の奥まで言葉が詰まっていた。
「あっ……ありがと……っ」
とっさに口をついて出た、消え入りそうな呟き。
それ以上はもう声すらまともに出せなくなり、優花は居ても立ってもいられず、逃げるようにその場から背を向けた。
(くそっ……! なんなのよ本当……!)
自分の不器用さと底の浅さに内心で歯噛みしながら、優花は手首に巻き付いた金属の冷たさと温もりを強く握りしめるのだった。
小さく呟かれたお礼に、ハジメは満足そうに頷き、背を向けた。
続いてハジメが向かったのは、木陰で大人しく控え、可憐な図書係の笑みを貼り付けていた中村恵理の元だった。
「恵理~、お疲れ~」
「あ、ハジメ……ふふ、お疲れ様。みんなに素敵なものを配っていたみたいだね」
恵理はいつものように気弱で大人しい「委員長」の仮面を被り、可憐に微笑んでみせた。
光輝に対する漠然とした執着や、周囲に馴染みきれない歪んだ感情を抱えてはいるものの、今の恵理はハジメたちがもたらす温かく息のしやすい空気感に、どこかで深く救われてもいた。
「恵理の杖もちょっと見せてよ。補助魔法多めっしょ? 詠唱やりやすいようにしといてあげる」
「えっ……あ、ありがとう……」
ハジメは恵理の杖を手に取ると、一切の躊躇なく微細な陣を刻み込んで調整していく。何の裏も企みもない、ただ純粋に「持ち主の命を守り、助けるため」だけに仕立てられた完璧な道具。恵理はハジメの迷いのない手付きに、見透かされているような不思議な気恥ずかしさと、居心地の良さを感じる。
「はい、調整完了! それと、恵理の手首貸して~」
ハジメは恵理の手を引くと、その華奢な手首に特製ブレスレットを巻き付けた。円形のチャームがさらりと揺れる。
「はい、恵理の分! 集中力高める陣も組み込んであるからさ。チャームに何か彫りたいマークとか文字ある?」
「……ううん、このままで十分素敵だよ。彫らなくて大丈夫」
「そ? 気に入ったなら良かった! いつでも彫ってあげるからそん時はちゃんと言いなよー☆」
香織たちのように自分のほしいイニシャルやマークを素直にお願いできなかった恵理。しかし、手首に嵌められたブレスレットのひんやりとした質感の奥から、ハジメの体温のような温もりが伝わってきた瞬間、恵理の脳裏に地球の記憶が鮮明に蘇った。
教室の窓際で、自動ドアが開かない遠藤のネタに爆笑するハジメと鈴たち。その温かい輪の端っこで、気弱な図書係だったはずの自分が思わず「クスッ」と笑ってしまったあの瞬間の胸のあたたかさ。そして、ステータス授与で不気味な『降霊術師』と判明した自分に対し、ハジメが「なんかミステリアスでカッケーw」と軽やかに肯定してくれたあの言葉。
(どうして……? どうして私にこんな温かいものをくれるの……? 香織みたいに大好きなハジメのイニシャルを入れて喜ぶような素直な心なんて、私には無いのに……)
自分の中に潜む歪んだ独占欲や、素顔を見せることへの恐れ。
その一方で、ハジメたちが持ち込む「息のしやすい温かな空気」に確かに救われ、心地よさを覚えている自分。
手首のブレスレットと何一つ彫られていない無地の円形チャームが発する優しい温もりが、恵理の胸の奥にある屈折した孤独感を静かに溶かしていく。
「ハジメ……私……」
「ん? なに~?」
ハジメがまっすぐな瞳を向けてくる。恵理はその眩しさに少し照れたように、メガネのフレームを指で押し上げながら柔らかく微笑んだ。
「ううん、なんでもないの……本当に、ありがとうね」
「おう! 訓練、怪我しないようにね!」
ハジメが去っていった後、恵理は手首のブレスレットと小さな円形チャームを愛おしむように、反対の手でそっと包み込んだ。
いつでも文字を刻んであげるというハジメの言葉が、恵理の心の奥にある不器用な部分を優しく包み込んでいた。
最後にハジメが辿り着いたのは、一人でファルシオンを手入れしつつも、身体の強張りや重苦しい疲労感を隠しきれていなかった八重樫雫だった。
「雫~! お待たせ~」
「……ハジメ。全員への装備調整と配給、ご苦労様」
雫はいつものように「八重樫家の跡取り」として、そして「みんなの模範的な苦労人」として凛とした立ち姿を繕おうとしていた。だが、ハジメが距離を詰めてくると、その手元――皮が擦り切れ、幾重にもマメが潰れて強張った自身の掌と、手入れ中のファルシオンを咄嗟にかばうように背中側へと引いた。
「雫のそれも見せて~」
ハジメに促され、雫は固い手つきでファルシオンを差し出した。ハジメは武器を受け取ると、視線を落として状態を観察していく。
「……んー。刃の調整はされてるけどさ。なんか多分、この武器雫にあってない気がするんよねぇ……」
「っ……!?」
ハジメの何気ない呟きに、雫は大きく目を見開き、息を詰まらせた。
異世界に召喚され、与えられたファルシオン。八重樫家で叩き込まれた剣術の型を、無理やりこの武器に合わせて運用しようと血の滲むような試行錯誤を重ねていた。その苦悶と歪みを、ハジメにあっさりと見抜かれたような衝撃と動揺が走る。
「……別に、合っていないなんてことはないわ。どんな武器であれ、己の型を適応させるのが八重樫の――」
「あ! そうだ! あーしが刀作ったげる! そっちの方が絶対しっくりくるっしょ!」
ポン、と手を打って悪気なく言いのけたハジメの言葉に、雫の身体が凍りついた。
(刀……? 簡単に言わないでよ……っ)
(……貴方に何が分かるのよ。刀なんて……私は……!)
胸の奥で、カチリと何かが弾ける音がした。
周囲から常に望まれる「武士のような凛々しさ」「八重樫の跡取り」「男勝りな剣士」という型。
『和』の象徴である「刀」を持たされることは、彼女にとって「男勝りで凛々しい八重樫雫」という周囲の勝手な期待と「呪縛」を背負わされることそのものだった。
可愛らしいものが好きで、本当は女の子らしくありたいという密かな願いを殺し続け、型に縛られながら必死に立っている自分。
それを――ハジメは圧倒的な才能と軽やかさで、「作ってあげる!」と笑顔で言い放ったのだ。
自分の抱える苦悩や覚悟、諦めてきた「女の子らしさ」の全否定。
属性やマークを彫ってもらいはしゃぐ他の仲間たちとの残酷な乖離。
現場で両親のイニシャルを刻んでもらい決意を新たにする園部の素直さや、愛を爆発させる香織の眩しさ。
そして、ハジメのその軽やかさに対するどうしようもない嫉妬と苛立ち。
ハジメは雫の最も触れられたくない、最も深く尖った地雷を、あまりにも無邪気に踏み砕いたのだった。
(ダメよ……落ち着きなさい、八重樫雫……っ。ハジメに悪気がないことくらい、分かっているでしょう……!)
胸の底で猛烈な怒りとドロッとした暗い感情が渦を巻く。しかし、雫は奥歯を強く噛み締め、呼吸を整えながら、八重樫家の跡取りとしての理性を総動員してその激情を力任せに押し殺した。
ぐっと拳を握りしめ、数秒の静寂の後、雫はいつもの凛とした「八重樫雫」の微笑みを痛々しいほど完璧に貼り付けた。
「……気持ちだけ受け取っておくわ、ハジメ」
静かに、しかし決して譲らない硬さを秘めた声。
「この武器での扱いはもう慣れているの。だから、特製の刀なんて作ってもらう必要はないわ。……この武器で、十分戦えるから」
「あ、そ? ならいいけどさ~」
首をかしげつつも、ハジメはツールバッグから雫のための特製ブレスレットを取り出した。そして、雫の引き締まった手首に巻き付け、ゆらりと揺れる円形チャームを指先で弾いた。
「はい、雫の分! ちなみにチャームになんか文字とかマーク彫る? 香織みたいにイニシャルでも何でも彫ってあげよっか?☆」
無邪気でまっすぐなハジメの問いかけ。香織や優花、光輝たちのように素直に好きな文字や刻印を入れてもらった仲間たちとの鮮烈な対比が、今の雫にはたまらなく残酷に響く。
「……いえ。彫らなくて、大丈夫よ」
雫はブレスレットを愛おしむように、けれど逃げるように胸元へと引いた。
「余計なものを刻む必要なんて、私にはないから……。ハジメ、お守りありがとう。大切にするわね。……私、まだ訓練の続きがあるから」
「ん、無理すんなよ~」
ハジメと目を合わせるのを避けるように小さく頷くと、雫はそのまま背を向け、ファルシオンを握り直した。
(……分かっているわ。あの子はただ、私を助けようとしてくれただけ……。なのに、どうしてこんなに胸が苦しいの……?)
必死に抑え込んだはずの怒りと惨めさが、不協和音となって胸の内で鳴り響く。
手首に嵌められたブレスレットの重みと金属の温もりが、今の雫にはあまりにも重く、皮膚を焼き焦がすように冷たく感じられた。
二人の間に落ちた微かな不協和音は、表面上は繕われたまま、より深く不穏な余韻を残して訓練場に横たわっていた――。
全員への配給と調整が終わり、メルド団長が再び広場の中央で声を張り上げた。
「よし! ハジメの仕立てたお守りと装備を胸に刻み、本日の訓練と装備点検および調整はこれにて終了だ! 各自、今日の反省を活かして英気を養うように! 解散!」
「「「「はいっ!!」」」」
手首に嵌められたブレスレットの重みと温もりを感じながら、クラスメイトたちはそれぞれの想いを胸に、日々の鍛錬へと気持ちを新たにするのだった。