葬列のような重苦しい静寂の中、オルクス大迷宮遠征隊は王都ハイリヒへと帰還した。
夜の王宮へと足を踏み入れた生徒たちは、誰もが言葉を失い、死んだような目で佇んでいた。その異様な気配と凄惨な面持ちを察したメルド団長は、とても彼らを他者や国王に会わせられる精神状況ではないと即座に判断した。
「アラン、生徒たちをすぐにそれぞれの自室へ連れていけ。今夜は誰も近づかせるな」
副団長らに低く指示を飛ばしたメルドは、一人重い足取りで玉座の間へと向かった。
◇
厳かな玉座の間には、エリヒド国王と王妃ルルアリアをはじめ、畑山愛子、リリアーナ王女、そしてハジメから貰った銀のネックレスを大切に身につけたランデル王子、さらには重臣や側近の臣下たちが詰めていた。
だが、現れたのが重々しい足音を響かせるメルドただ一人であることに、愛子はいち早く違和感を覚え、不安そうに身を乗り出した。
「メルド団長……? どうされたのですか、お一人で……。生徒のみんなはどこに……? なぜ誰も一緒に来ていないのですか?」
ランデルもまた不審そうに眉をひそめ、メルドの背後へと視線を巡らせる。
「そうだぞ、騎士団長。勇者たちや……あの女はどうしたのだ? なぜ誰もついてこない?」
二人の不審と胸騒ぎが渦巻く問いかけに、メルドは固く唇を噛み締め、彼らの前で静かに膝をついた。
「……生徒たちは、とても人前に出せるような状態ではございません。あまりに過酷な戦闘と心の疲弊ゆえ……私が指示を出し、先に自室で休ませております」
その報告を聞き、玉座の深奥に腰かけるエリヒド国王は重苦しい表情で深く息を吐き、静かに顎を引いた。
「……うむ。ただならぬ不測の事態が起きたことは理解した。メルドよ、何があったのか……事細かに報告せよ」
「……ハッ。報告いたします」
国王の促しを受け、メルドは絞り出すような声で凄惨な遠征の経過を語り始めた。
「遠征隊は第20階層にて、未知の古代トラップに遭遇いたしました。それにより我々は深層――第65階層の大空洞へと転移・孤立させられ、想定を遥かに超える強大な魔物……ベヒモスと対峙することとなったのです」
メルドの硬い声が、静まり返った玉座の間に響く。
「トラップの起動に伴い、凄絶な乱戦となりましたが……生徒たちは死力を尽くして戦いました。殊に、錬成師である南雲ハジメの働きは目覚ましく……彼女は自身の魔力を削り、錬成で地面を崩し、足場を沈めることでベヒモスの侵攻を阻み、命がけで我々の退路を確保してくれたのです」
メルドは固く拳を握り締め、床へと視線を落とした。胸の奥で、猛烈な過ちの火が暴れ回る。あの第20階層の部屋で、生徒たちの和やかな雰囲気に流され、真っ先にフェアスコープで危険を解析・検知すべき職務を怠った己の慢心。そのたった一度の不覚が、油断が、すべてを狂わせたのだという自責が、団長の心を狂おしいほど苛んでいた。
「……私の不徳の致すところです。事前に危険を探知すべきだったにもかかわらず、慢心ゆえに見失い、最悪の事態を招いてしまいました。生徒たちは誰一人欠けることなく全力を尽くしました。……しかし」
メルドは一瞬言葉を詰まらせ、血の滲む唇を噛み締めながら、ついに最後の悲報を口にした。
「……誠に無念ながら……南雲ハジメは我々を逃がすため最後まで一人で戦い抜き、崩落する足場とともに……奈落の底へと落ち、戦死いたしました」
メルドの声が途切れ――玉座の間を襲ったのは、悲鳴でも動揺でもなく、耳が痛くなるほどの異質な「静寂」だった。
誰一人として、騎士団長が口にした「戦死」という単語の意味を即座に理解できない。あまりに現実離れした報告に、臣下たちも、王族も、ただ呆然とメルドを見つめることしかできなかった。
「……え?」
静寂を破ったのは、愛子の呆れたような小さく裏返った声だった。
「せ、戦死……? え? 何を言っているのですか、メルドさん……? 南雲さんですよ……? あんなに元気で……つい先日までみんなと笑っていたあの子が……」
愛子は引きつった笑みを浮かべながら、必死に頭を振る。
「冗談……ですよね? 後から遅れて入ってくるんですよね……? だって、あの子は……」
「……メルド団長」
隣に立つ王妃ルルアリアもまた、どこか困惑したように小さく息を漏らした。青ざめた唇を震わせ、ドレスの衿元から覗く美しいネックレスへそっと手を伸ばす。
かつてリリアーナが身につけていた仕立ての素晴らしさに魅せられ、後日、ハジメのもとへとお忍びで足を運び、頼み込んだ時の光景が脳裏をよぎる。
『えっ? リリィのママさん? おけおけ! あっ! どうせなら旦那さんとペアルックにする? そっちの方が絶対いいって! でもこれみんなには内緒だかんね?w』
王妃である自分に対しても屈託のない笑顔を向け、軽快な軽口とともに手渡してくれた、世界に一つだけの宝物。
ルルアリアは優しく言い聞かせるように微笑もうとした。
「冗談が過ぎますわ……。あの子がそんな簡単にいなくなってしまうはずがありませんでしょう……? ほら、早く『驚かせてすみません』と仰いなさい……」
だが、膝をついたメルドは顔を上げない。
床に落ちた涙の跡と、血が滲むほど握り締められた拳だけが、静かにそこにあった。
その言葉のない沈黙の重さが、ゆっくりと、けれど容赦なく彼らの脳内に冷酷な現実を叩きつけ始める。
エリヒド国王は玉座の肘掛けを粉砕せんばかりの力で固く握り締め、あまりの衝撃に絶句していた。豪奢で重厚な王衣の衿ぐりの内側――人目には触れない胸元には、あの日ハジメから手渡されたルルアリアとお揃いの特注ネックレスが、冷たく静かに鎮座していた。
「そんな……あの子が……」
隣に立つ王妃ルルアリアは青ざめた唇を震わせ、胸元のネックレスをぎゅっと力任せに握りしめた。王族という重圧を忘れさせてくれたあの太陽の温もりが、もう二度と失われてしまった事実に、その目からついにボロボロと溢れた涙が頬を伝っていった。
「な、戦死だと……!?」
「馬鹿な……! あの南雲殿が……あの錬成師の少女が死んだというのか!?」
「城壁や水路の設計のみならず、数々の偉大な功績を上げていたあの子が……ッ!」
臣下たちの悲痛な動揺と困惑が、波のように玉座の間を呑み込んでいく。
「嘘だ!!」
そのざわめきを切り裂き、悲鳴のような怒声を上げたのはランデルだった。王子としての威厳も忘れてメルドのもとへ駆け寄り、取り押さえようとする臣下たちを力任せに振り払う。
「嘘だ! 嘘に決まってるだろッ! あの女が……あの女が死ぬわけない!! ネックレスをくれて……余が超イケてる王様になったら、ヤバい服を作ってやると約束したのだ! なのに……ッ!」
地面に膝をつくメルドの胸元へ激しく詰め寄った。
「なぁ、騎士団長! 何とか言え! 嘘だって笑うのだッ!」
必死に同意を求め、叫び散らすランデル。
だが――視線の先にあったのは、血が滲むほど唇を噛み締め、無言のまま苦渋に歪むメルドの顔だった。いつも豪快で頼もしかった男の、一切の言い訳も虚飾もない絶望の表情が、ランデルの胸を真っ向から撃ち抜く。
その顔を見た瞬間、ランデルの息がぴたりと止まった。
握りしめた銀のネックレスから伝わる冷たさが、急激に現実味を帯びて指先を刺す。さっきまで怒気で膨らんでいた声が削ぎ落され、瞳からボロボロと一気に大粒の涙が溢れ出した。
ランデルは子供のように顔をぐしゃぐしゃにし、メルドの胸元へ力任せに縋りつきながら、すがるように絞り出した。
「……頼む……頼むから、嘘だと言ってくれ……っ! 冗談だと言ってくれぇぇッ!!」
「ランデル……っ、ランデル……っ!」
泣き叫ぶ弟を抱きしめるリリアーナの口からも、押し潰されたような呻きが漏れた。
リリアーナの手が、無意識に自らの首元へと伸びる。そこには、あの日ハジメがドヤ顔で手渡してくれた、ハート型のチャームが揺れる繊細なネックレスがあった。
『広告塔になってよ』なんてふざけた調子で笑いながら、過酷な執務に追われる自分を引き立て、なにより『リリィだってもうあーしらからしたら友達じゃん?』と、立場を超えて温かく寄り添ってくれた少女。弟であるランデルの孤独にまで気づき、無邪気な優しさで救い出してくれたあの笑顔が、疾風のように脳裏を駆け抜ける。
胸を刺すような激痛と衝撃に、リリアーナの王女としての仮面がメリメリと音を立てて砕け散った。碧眼からはボロボロと大粒の涙が溢れ出し、留まることを知らなかった。
「……あ……あ……」
すがりついて泣き叫ぶランデルと、仮面を割って大粒の涙をこぼすリリアーナの姿を目に刻んだ瞬間、愛子の顔から急速に血の気が引いていった。
現実逃避の余地すら残さない幼い二人の慟哭が、冷酷な絶対の事実として愛子の胸を穿つ。愛子はそのまま言葉を失い、糸が切れた人形のように崩れ落ちてその場で気を失った。
倒れた愛子を介抱する臣下たちの悲鳴、幼い弟妹の痛烈な泣き声、そして臣下たちの悲痛な騒然が交錯し、玉座の間は凄惨な錯乱状態へと包み込まれていった。
◇
一夜が明けても、王宮を覆う夜の帳が明けることはなかった。
清水の強力な精神干渉を受けた香織は、朝を迎えても深く眠り続けたままであり、昏倒した愛子もまたベッドから起き上がれずにいた。
訓練場では、光輝が手に血が滲むのも構わず、己の無力さを叩き潰すようにがむしゃらに剣を振り続けていた。
「ハッ……! ぁぁぁぁぁッっ!!」
剣を振り下ろすたびに、割れた掌から鮮血が柄を赤く染めていく。手首に巻かれた『十字』の刻印が入ったブレスレットが、汗と血に濡れて痛痛しく光を反射していた。
完璧な正義の仮面を捨て、泥にまみれてでも自分の足で誰かを守ると誓ったはずだった。だが、目を閉じれば脳裏に焼き付くのは、自分たちを逃がすために一人で殿を務めた金髪の少女の背中だ。
「俺は……俺は泥にまみれてもみんなを守るって……自分の足で立つって誓ったのにッ! なんで……なんで俺はまた、南雲さんに背負わせて……後ろで逃げてるんだッ!!」
振り下ろされた絶叫の一撃が空を切り、光輝は血の滲む手で剣を握りしめたまま、その場に膝をついて頭を垂れた。
その傍らでは龍太郎もまた、歯を食いしばり、拳が砕け散らんばかりの勢いで木人へ突きの撃ち込みを繰り返している。
「クソッ! クソがぁッ!!」
バキッ、と音を立てて木人に深いヒビが入る。皮が破け、拳から赤黒い血が噴き出しても構わず、龍太郎は涙目で叫びながら叩きつけ続けた。手首には、一度『ゴリ』と彫られてキレた後、ハジメに『拳』と彫り直してもらったブレスレットが固く締めつけられている。
「何が拳士だ……! 前衛の俺が背中守らねぇでどうすんだよッ! 女一人に足止めさせて後ろで逃げてきただけじゃねぇかッ! おい南雲、聞こえてんだろッ! 戻って来いよ……! 戻ってきて、また俺をゴリって呼んで雑にこき使ってみせろよぉッ!!」
やり場のない激昂と後悔の叫びが、虚しく訓練場に響き渡っていた。
そんな二人の熱狂から少し離れたベンチには、清水がポツンと一人座っていた。ポケットの中の水色のシュシュに手を触れたまま、誰とも視線の合わせず、ただ冷たい瞳で空洞を見つめている。
城の回廊では、遠藤が通りかかる騎士たちに「捜索隊を出してくれ! もう一度地下へ行かせてくれ!」と胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで必死に食い下がりながら叫んでいた。
「落ち着け! 危険すぎる、いま下りるのは二次被害を生むだけだ!」
冷たく首を振る騎士たちに向かって叫び続ける遠藤を、後ろから友人の永山重吾と野村健太郎が涙目になりながら力任せに羽交締めにして抑え込んでいた。
「止めろ浩介! 行ったってどうにもならねぇんだよ……っ!」
「そうだぞ浩介! 止せって……っ!」
「放せよ重吾! 健太郎! あいつを……南雲を置いておけるかよッ!」
暴れる遠藤の声は次第に途切れ、やがて力尽きたように床へ膝をつくと、二人に抱えられたまま頭を抱えて項垂れた。
さらに城門近くでは、ハジメが日頃出入りし、何かと世話になっていた王都の錬成工房の親方や職人たちが大挙して押しかけ、怒号を上げて騎士たちに食って掛かっていた。
「おい! ハジメを返せよッ!」
「あんな凄腕のハジメを見殺しにしたってのは本当なのかッ!?」
ハジメから教わった新しい錬成のメモや、彼女が工房に置いていった愛用の工具を握りしめ、涙と怒りで顔を真っ赤にした職人たちが制止を振りのけようと暴れる。
「静粛にしろ! ここは王宮だぞ!」
「うるせぇ! 捜索隊を出せッ! あいつがそこらへんの魔物に遅れをとるわけねぇだろッ! 道具を粗末に扱ったら怒るような奴が……簡単に死ぬわけねぇんだ!!」
かつてハジメの自由で斬新な発想に驚かされ、彼女を娘や弟子のやうに可愛がっていた職人たちの悲痛な叫びが、冷たい城壁に空しくこだましていた。
食堂の隅では、檜山大介が深く頭を抱え込み、血が滲むほど固く唇を噛み締めていた。
「俺のせいだ……ッ。俺が……俺があんな鉱石に調子乗って触ったりしなきゃ……南雲は……ッ」
いつもはお調子者として軽口を叩き合っていた仲間たちも、溢れ出す激しい自責の念に打ちひしがれる檜山の姿を前に、顔を青ざめさせたままだ立ち尽くしていた。なんと声をかければいいのかも分からず、かけるべき言葉も見つからないまま、ただ戸惑いと痛痛しさに包まれて佇むことしかできなかった。
一方、恵理は何をするでもなく、ただひたすら手元のブレスレットを無心で見つめ続け、鈴はあまりのショックから立ち直れず、自室の扉を閉ざしたまま一歩も外に出てこようとしない。優花も運ばれてきた朝食に一切手をつけず、食器を荒々しく押しやってその場を立ち去っていった。
薄暗い回廊の隅では、女子生徒たちが震える手で自らの手首に巻かれたブレスレットを見つめ、膝を抱えて涙をこぼしていた。
「……これ、南雲さんにさ……『日本にいる彼氏のイニシャル彫って!』って頼んだら……『ウケる! マジ愛されてんじゃん☆ 絶対生きて帰って見せつけなよ!』って、笑いながらチャームに刻んでくれて……っ」
「私のも……っ。『これでお守りバッチリじゃん!』って……笑ってたのに……なんで自分のお守りは作ってないんだよぉ……ッ」
チャームに刻まれた小さな文字と、そこに込められた屈託のない優しさが、今や直視できないほど痛痛しく胸を締めつけていた。昨日まで自分たちの輪の中心に当たり前のようにいた少女の喪失と、突きつけられた「死」という絶対の現実。誰もがその重圧に押し潰され、誰一人として仲間とまともな会話を交わすことすらできない。王宮のそこかしこに、息もできないほどの失意と絶望的な静寂だけが充満していた。
それぞれが散り散りに破綻していく中、雫は足をもつれさせながら、王宮の奥深くへとふらふらと歩いていた。
自分の部屋へ戻るつもりが、気が付けば吸い寄せられるように、一人の少女が使っていた部屋の前で立ち止まっていた。
扉をそっと押し開ける。
部屋の中は、まるで昨日まで誰かがそこにいたかのように、どこか甘い香りと生活の余韻を残していた。けれど、そこにあの太陽のような金髪のギャルの姿はない。
静まり返った室内を見渡した雫の視線が、部屋の隅――机の脇にぽつんと立てかけられていた一本の刀でピタリと止まった。
あの日、訓練場で自分が激昂し、泥を塗るように突っぱねた、あの特製の刀だ。
乱暴にリュックに突っ込まれたはずのそれは、丁寧に汚れを拭き取られ、綺麗な布の上に静かに鎮座していた。鞘や鍔にあしらわれた上品なピンクの意匠が、薄暗い部屋の中で寂しげに光を反射している。
「……っ」
雫は吸い寄せられるように歩み寄ると、震える両手でその刀を恭しく抱え上げた。
手に伝わるのは、冷たくも心地よい、狂いなく手に馴染む絶妙な重み。それはあの子が、自分のボロボロになった手をどれほど観察し、どれだけの時間をかけて打ち上げてくれたのかを、嫌というほど物語っていた。
雫は刀を胸に抱きしめたまま部屋を抜け出し、王宮の中庭へと足を進めた。
どんよりと重く垂れ込めた灰色の空の下、中庭の真ん中にぽつんと立ち尽くし、手の中の刀をただただ見つめる雫。
やがて、その冷え切った頬にぽつりと一筋の冷たい雨粒が落ちた。
直後、まるで天が割れたかのように凄まじい大雨が一気に降り注ぎ始めた。容赦なく打ちつける雨が、瞬く間に雫の黒髪と服をぐしょぐしょに濡らしていく。けれど雫は避難することもなく、激しい雨に打たれながら佇み続けていた。
雨音が世界を埋め尽くす中、背後から重い足音が近づいてきた。
「……いい剣だな」
濡れるのも構わず佇む雫のとなりに立ち止まったのは、メルド団長だった。
手元にあるピンクの刀に鋭い眼光を落とし、メルドは短く呟いた。
「柄の太さ、重心の位置……どこをとっても、使う者の身体と癖にどこまでも寄り添って打たれている。……それほど使い手の姿を深く見てなけりゃ、こんな剣は作れん。……俺くらいの武人になれば、手に取らずとも見ればわかる」
ただそれだけを告げると、メルドは雨に濡れる雫の肩をポンと強く叩き、静かに背を向けて去っていった。
一人、中庭に残された雫。
手の中にある圧倒的なぬくもりと、狂いなく掌に馴染む柄の感触が、雫の胸の奥で固く閉ざされていた扉を力任せにぶち破った。
(……ハジメは、もういない)
「全員で生きて帰る」という約束を守れず、自分達を最後まで庇い、笑って奈落の底へ消えていった金髪の少女。
謝りたかった。「酷いことを言ってごめんなさい」と、喉の奥でつかえていた言葉を伝えたかった。不器用で、けれど誰よりも自分を見てくれていた真心を受け取り、二人でまた笑い合いたかった。
けれど、その機会は永久に失われたのだ。
取り返しのつかない不義理。届くことのなかった真心。
ハジメがこの世から消えてしまったという抗いようのない死の現実が、ついに雫の全身を突き破った。
「八重樫家の跡取り」としてのプライドも、凛としたストッパーとしての仮面も、すべてが音を立てて木っ端微塵に砕け散った。
雫はその場に膝から崩れ落ちると、激しい雨の中、ハジメの刀を抱きしめたまま、顔をぐしゃぐしゃにして大泣きし始めた。
「―――ッあ、ぁ……っ! ――――ぁぁぁぁぁぁッっ!!」
押し寄せる感情の濁流に喉を締めつけられ、言葉にならない悲痛な絶叫と慟哭しか吐き出せない。
ただただしゃくりあげ、鼻水を垂らし、声をつまらせながら、幼子のように不細工に、泥まみれになりながら雨の中で泣き叫び続ける。
胸を刺すような後悔と激痛に身をよじる雫を、冷たい大雨だけが静かに包み込んでいた。