「はぁ? マジでなんなの? じゃあどうやってここまで入ってこれるわけ!?? 作ったやつアホじゃん!!?」
オルクス大迷宮・奈落の冷たい岩壁に、ハジメのブチギレた怒声が響き渡った。
白銀の髪を揺らし、赤い瞳を怒らせたハジメは、何度も壁や岩の隙間を改めながら地踏みを踏んだ。
神結晶の空洞を出てからというもの、ハジメは二匹の狼を連れて、地上へと戻るための上り階段や上方へと繋がる道筋を必死になって探し回っていたのだ。
しかし、広大なエリアをどれだけ探索しても、目につくのは不気味に広がる平坦な岩盤か、さらに下方へと深々と続いていく不気味な下り階段だけ。上へと這い上がるための構造など、最初から存在しないかのようだった。
「穴から落ちてきたってことはさぁ! 普通はどっかに逆ルートとか、這い上がれる坂道くらいあってもいいでしょ!? なにこの意地悪すぎるダンジョン!! 作った奴の性格歪みすぎてんだけど!!」
ハジメがプンプンと頬を膨らませて空中に向かって怒鳴り散らすのを、足元に佇む二匹の二尾狼たちは不思議そうに首を横に傾げて見つめていた。
この二匹の狼たちは、まだ子どもとはいえ魔物の血を引いているためか、すでに地球の大型犬より一回り大きいほどの立派な体格をしている。白銀の毛並みを煌めかせ、ハジメの怒号を「なにごと?」と言いたげな丸い瞳で見上げていた。
「はぁ……はぁ……。ダメだ、キレててもお腹減るだけだし無駄体力だわ……」
ハジメは大きく深呼吸をして肩の力を抜くと、ふぅと息を吐き捨てた。
(上に行く道がないってことは……さっき見つけたあの不気味な下り階段で、一旦下に降りるしかないってことかぁ……)
地上の仲間たちのところへ帰りたいハジメにとって、さらに奈落の底へ潜っていくのは本意ではない。だが、この階層にとどまっていても干上がるだけだ。進むべき道が下しかないのなら、奈落を攻略して底から這い出る道を探すしかないのだと、腹を括るしかなかった。
「……よし。腹は決まったし、いくか」
ハジメは立ち上がり、足元で自分を見上げている二匹の狼へと視線を向けた。
「……あ、そういえばさ」
ふと、ハジメは重要なことに気づいてぽんっと手を叩いた。
「アンタら、ずっと『アンタたち』って呼んでたけど、これから一緒に旅するのに名前ないと不便じゃん? よし、あーしがイケてる名前つけたげる!」
ハジメが宣言すると、狼たちは「ウォン?」と可愛らしく首を傾げた。
「待っててね、まずは性別チェックからいこーか」
ハジメはおもむろに1頭の狼の背後に回ると、警戒する隙も与えずに「ちょっと失礼〜」と片方の後ろ脚をひょいっと持ち上げた。
「くぅ〜ん?」
突然片足を持ち上げられ、なんだかマヌケなポーズにされた狼は、ポカンとした顔で後ろを振り返る。ハジメは覗き込むようにして生殖器の有無をまじまじと観察した。
「あー、ついてるね。アンタは男の子(オス)ね!」
脚をそっと下ろすと、今度はもう1頭の狼の後ろ脚を同様にひょいっと持ち上げた。
「で、アンタは……うん、ついてない! 女の子(メス)ね!」
確認を終えたハジメは、顎に手を当てて「うーん……」と腕を組んで思案し始めた。自分のファッションセンスとインスピレーションをフル回転させる。
「よしっ、決まった! 女の子の方は……『マロン』! マロンっぽくてカワイイし完璧!」
白銀の毛並みなのにマロンという直感全開の命名だったが、ハジメの中ではしっくりきたらしい。
「で、男の子のアンタは……『コテツ』! うん、強い男の子っぽくて超イケてるじゃん!」
ハジメが笑顔で指を指して呼びかけると、言葉の細かいニュアンスまでは伝わらずとも、ハジメが自分たちに愛着を込めて特別な名前をくれたのだと理解したのだろう。
「ウォンッ!」「バウッ!」
二匹は弾けたように歓喜の声を上げると、ちぎれんばかりにシッポをぶんぶんと振り回し、ハジメの周りを嬉しそうにグルグルと旋回し始めた。
「ふふ、二人とも気に入ってくれたみたいで良かった! よーし、ハジメ、コテツ、マロンの三人組で、このクソダンジョンぶっ潰して進むよっ!」
「「ウォンッ!!」」
気勢を上げたハジメたちは、意気揚々と暗い下り階段へと足を踏み入れ、奈落のさらなる深層へと潜っていったのだった。
◇
――それから、数時間後。
「イィィィィヤァァァァァァ―――――っっっ!!!???」
薄暗く不気味な岩の通路に、ハジメの情けない悲鳴がけたたましくこだました。
「無理無理無理無理!! 熊とか狼とかトカゲならギリ百歩譲って許せるけど、マジで昆虫系は無理だってぇぇぇっ!!!」
白銀の髪を狂乱させながら、ハジメは必死の形相で通路を全力ダッシュしていた。その両脇を、コテツとマロンが足並みを揃えて駆け抜けている。
ハジメたちが振り返った先――通路の奥から追いかけてきているのは、人間の大人ほどのサイズはあろうかという、グロテスクで巨大なハエ型の魔物だった。
濁った複眼を怪しく光らせ、巨大な羽を「ブブブブブブブッ!!」と不快な重低音で羽ばたかせながら、猛烈なスピードで追撃してきているのだ。
「うっわ顔キモっ! 羽音うるさっ!! てかデカすぎでしょ!! この迷宮作ったやつホント頭おかしいんじゃないの!?? 害虫駆除業者呼んでこいしぁぁぁっ!!」
半ばパニックを起こしながらギャーギャーと叫び散らすハジメ。
だが、どれだけ叫ぼうが巨大ハエのスピードは速く、じわじわと背後へと迫ってくる。このまま逃げ続けていても長距離走では追いつかれ、背後から襲われるのは時間の問題だった。
(くっそ……! 逃げててもラチがあかないじゃん……っ!)
ハジメは走る足を急停止させると、滑り込むようにして地面へと膝をついた。
「こうなったら……腹くくってやってやるし!!」
ハジメは恐怖を強引に押さえ込み、地面と足元へ両手を強く叩きつけた。錬成魔法を発動し、足元の岩盤を変形させて巨大ハエを撃ち落とす迎撃態勢を整えようとした――その瞬間。
バリバリバリッ―――――っっ!!
ハジメの視界を、眩いばかりの紫色の雷光が切り裂いた。
「「ガアァァァッ!!」」
ハジメが指示を出すよりも早く、コテツとマロンの二匹が躍み出たのだ。
全身の白銀の毛並みから激しい紫電を放ち、二匹は目にも留まらぬ速度で宙へと跳躍した。
「ブバッ!?」
巨大ハエが驚愕に複眼を揺らしたコンマ一秒後、コテツが疾風の如きスピードでハエの巨大な羽を鋭い牙で噛みちぎり、飛行能力を完全に奪い去る。
空中でバランスを崩して落下するハエに対し、交差するように宙を舞ったマロンが、紫電をまとった必殺の噛みつきをハエの頭部へと深々と叩き込んだ。
バリバリバシィィィッ!!
雷撃がハエの巨体を体内から焼き穿ち、グシャリと嫌な音を立てて肉片が飛び散る。
二匹の完璧すぎるコンビネーションにより、恐怖の巨大ハエは一瞬にして絶命し、物言わぬ肉塊となって床へと転がった。
トッと軽やかに着地したコテツとマロンは、ハエの死体を見下ろして「ふんっ」と鼻を鳴らすと、何事もなかったかのようにシッポを振りながらハジメのもとへとトコトコ歩み寄ってきた。
「あ……」
錬成を構えたまま固まっていたハジメは、呆然と目の前の光景を見つめていた。
自分をパニックに陥れた恐怖の巨大虫が、ほんの数秒で跡形もなく処理されてしまったのだ。
「……え、すご……っ! あんたたち、めちゃくちゃ強いじゃん!!」
ハジメの顔に、一気にぱぁっと明るい笑顔が戻った。
「いやーまじで助かったわ〜w グッボーイ、グッガール!! 超イケてるよ二人とも〜っ!!」
ハジメは駆け寄ってきたコテツとマロンの首元に抱きつき、その柔らかい毛並みを撫で回して大絶賛した。コテツとマロンも褒められたことが嬉しくてたまらない様子で、「ウォン!」「クゥ〜ン!」と誇らしげに喉を鳴らし、ハジメの頬をペロペロと舐め回したのだった。
◇
二匹の頭をわしゃわしゃと撫で回しながら、ハジメの頭の中で先ほどの一連の戦闘シーンがリプレイされた。
(……それにしても、すごかったなぁ。二人とも身体からバチバチって紫色の電気出していきなり跳躍したと思ったら、一瞬でハエ撃ち落としてたし……。電気纏った瞬間のスピード、マジで次元違ったよね……?)
コテツとマロンの驚異的な躍動感を思い返し、ハジメはふと自分の両手をじっと見つめた。
白磁のように美しく滑らかに変貌した、自分の掌。
(……待って? この子達のママの肉を食べたせいで、あーしの肉体が魔物みたいに変貌したんだよね……? ってことは……あーしにもあの電気出すやつ、使えたりする……?)
突如脳裏に浮かんだ仮説。
それを確かめるべく、ハジメは「そういえば……」とおもむろにジャージのポケットへと手を突っ込んだ。ごそごそと手探りで引っ張り出したのは、この世界に召喚された際に手渡された銀色の『ステータスプレート』だった。
日頃から自分のステータスなどほとんど興味がなく、確認すら怠っていた代物だ。
久しぶりに透き通る結晶板に魔力を流し込むと、そこにハジメの個人情報と数値が浮き上がってきた。
――――――――――――――――――――
南雲ハジメ 17歳 女
【天職】錬成師
【筋力】220
【体力】160
【耐性】170
【魔力】1050
【魔耐】110
【敏捷】250
【技能】錬成(派生技能:物質鑑定、範囲内地形構成把握、超高速錬成、崩壊錬成、精密錬成、圧縮錬成)・纏雷・魔力操作・言語理解
――――――――――――――――――――
「うわぁ……なんか数値いっぱい並んでる……」
ハジメは眉をひそめて数値を眺めたが、いかんせん日頃からステータスプレートをほとんど見ていなかったため、これらの数値がどれほど規格外に跳ね上がっているのかの実感が全く湧いていなかった。
ハジメの視線は、技能欄の後半に並ぶ見慣れない項目へと移動した。
「……ん? なんか見覚えのないのが追加されてない!?」
ハジメの目が丸くなった。いつも見慣れた『錬成』の各種派生技能のすぐ隣に、明らかに以前は無かった二つの項目が新しく並んでいたのだ。
「……【纏雷】? ……【魔力操作】?」
ハジメはぽかんと口を開けると、即座に画面へセルフツッコミを入れた。
「あっ、なんか増えてるし! てか【纏雷】ってなに!? なんて読むんこれ!?? まといらい? ふりがな振っとけし異世界!! 読めない漢字並べんな!!」
ひとしきり漢字の難しさに文句をつけたハジメだったが、漢字の意味を頭の中で分解してみる。
『雷』を『纏(まと)う』。
「……あ! これって……さっきコテツとマロンが見せてくれたあのバチバチの電のことじゃない!?」
ハジメの瞳がキラリと輝いた。どうやら魔物肉を取り込んだことで、あの二尾狼の持つ固有魔法がハジメの技能として定着したらしい。
「で、隣の【魔力操作】は……は? なにこれ? いやいや、あーし普段から魔力流して錬成してんのに、今さら『魔力操作』とか追加されても何言ってんのこれ? 普段からやってるっつの!」
魔法陣を介さずに魔力を直接放出・制御できるという【魔力操作】の圧倒的な有用性と価値を、ハジメは全く理解できていない様子でフンと鼻を鳴らした。
「まあいっか! とりあえず……この雷のやつ、一回使ってみよ!」
ハジメはステータスプレートをポケットに放り込むと、両手拳を握り締め、体内に満ちあふれる莫大な魔力を意識した。コテツとマロンが見せてくれたように、身体の中心から雷を全身へ巻き付けるイメージを深めていく。
(身体の中に溜まっている魔力を……一気に外側へ……バチバチって弾けさせる感じで……!)
次の瞬間――。
バチバチバシィィィッ――――――っっ!!
「うわっっ!?」
ハジメの肉体の中心から、激しい紫色の雷光がスッと弾け飛んだ。
眩い紫電がハジメの白銀の髪をふわりと逆立て、しなやかな全身を包み込むようにして激しく不規則に暴れ回る。
「ウォンッ! ワンワンッ!!」
「バウッ! バウッ!!」
ハジメが紫電を纏ったのを見たコテツとマロンは、「自分たちと同じだ!」と言わんばかりに大歓喜の声を上げた。ちぎれんばかりにシッポをぶんぶん振り回し、足元でぴょんぴょんと跳ね回っている。
「うわうわうわ! ホントに出た!! 体の周りで電気バチバチ言ってんだけど!! てか全然痛くない! むしろなんか……体がめちゃくちゃ軽い気がする!!」
全身を駆け巡る雷撃のエネルギーを感じながら、ハジメは感心したように自分の手を握ったり開いたりした。
「ふふん、読み方よく分からんかったけど、これ超イケてるじゃん! ……よし、読めないから今日からこれは……『バリバリモード』ね!」
命名センスの適当さを遺憾なく発揮し、ハジメは試運転とばかりにニシシと不敵な笑みを浮かべた。
「どれくらい動けるか、ちょっと試してみよっか――っ!」
ハジメは地面を軽く蹴り、前方へ向かって一歩を踏み出した。
ドガァァァァァン――――――――――――っっっ!!!!
「ぐぇぇぇっっっ!!??」
次のコンマ一秒後。
ダンジョン内に激しい破壊音と、ハジメの無様な悲鳴が轟いた。
ハジメが一歩を踏み出した瞬間、全身の『バリバリモード(纏雷)』による超絶的な脚力増幅が炸裂し、ハジメの身体はまるで大砲の砲弾のごとき凄まじいスピードで前方に射出されたのだ。
しかし――ハジメの動体視力と空間把握能力は、その次元の違う超絶的なスピードに全く追いついていなかった。
制御不能の弾丸と化したハジメは、制止する暇もなく前方の岩壁へと顔面から一直線に激突。壁にメリ込む勢いで激しくぶつかり、そのままズザザと惨めに床へと崩れ落ちたのだった。
「たたたた……痛ったぁぁぁ……っ!! 鼻折れたかと思ったし……っ!!」
鼻を押さえて涙目になりながら、ハジメは転がったままジタバタと悶絶した。
「なになに今の!? スピード上がりすぎて目の前の景色が一瞬で吹っ飛んだんだけど!? 新幹線の正面衝突レベルの加速じゃん!! 感覚が全然追いつかない!!」
「くぅ〜ん……?」
「ワン……?」
壁に自爆攻撃を仕掛けた飼い主の奇行に、コテツとマロンがオドオドと心配そうに顔を覗き込んできた。ハジメの顔を「大丈夫?」となぐさめるようにペロペロと舐めてくる。
「あはは……ありがと二人とも……。うん、あーしこれ……実戦で使う前に、マジでコントロールの練習必須だわ……」
ハジメは痛む鼻筋を撫でながら苦笑いし、よっこいしょと立ち上がった。
己に宿った新たな力の破格さと、それを使いこなす難しさを身をもって実感したハジメ。
鼻の頭を真っ赤にしながらも、白銀の髪をなびかせ、ハジメは二匹の頼もしい相棒とともに、奈落のさらなる底を目指して歩みを進めていくのだった。