「――よし、いくよっ! 『バリバリモード』……オンっ!」
バチィッ!!
オルクス大迷宮・奈落の暗い岩肌を、一瞬だけ鋭い紫電が切り裂いた。
前方にいたトカゲ型の魔物がハジメの気配を察知して牙を剥いた瞬間、ハジメの姿がかき消える。
全身に紫電を纏い続けるのではなく、地面を踏み込む「コンマ数秒」だけ魔力を爆発させて一気に加速する。
――シュパッ!!
「ぐっ……ここっ!」
視界のブレを強引にねじ伏せ、敵の懐へ滑り込むと同時に一度【纏雷】をパッと切る。
急停止の反動を左足でしっかりと受け止め、ハジメは右拳を振り抜き――インパクトの瞬間だけに再び紫電を拳へ全集中させた。
バチバチドガァッ!!
「ギャウンッ!?」
雷撃の爆発力を上乗せした強烈なアッパーカットが、トカゲの無防備な顎下へ下から炸裂する。
凄まじい衝撃波とともにトカゲの巨体が宙へと跳ね上がった。
そこへ――。
「「ガアァァッ!!」」
左右から紫電を纏ったコテツとマロンが弾丸のように交差跳躍し、空中で無防備になったトカゲの首元と胴体を一瞬で噛み砕いた。
ドスンと重い音を立てて絶命した魔物を見届け、ハジメはふぅと息を吐いて右手を振った。
「よしっ! 踏み込みだけじゃなくて、殴る瞬間に集中させるのもイケるじゃん!」
壁に顔面から激突して鼻を真っ赤にして以来、ハジメは奈落の通路を進みながら【纏雷(バリバリモード)】のコントロール練習を重ねていたのだ。
常に発動していると新幹線並みのスピードに動体視力が追いつかないが、ダッシュの瞬間やステップ、そしてパンチやキックを叩き込む瞬間にだけピンポイントで『チョン出し』することで、視界をクリアに保ちながら驚異的な破壊力と機動力を発揮できるようになっていた。
さらに進んだ先、今度は通路の奥から巨大な牙を生やした大型の猪型モンスターが、地響きを立てながら猛烈な勢いで突進してきた。
「ブモォォォッ!!」
「うわ、デッカい猪! コテツ、マロン、挟み撃ちいくよっ!」
「「ウォンッ!!」」
ハジメの合図とともに、二匹の狼が左右の壁を蹴って猪の視界を激しく揺さぶる。
突進の軸がブレた瞬間、ハジメは真正面から低く滑り込み、猪の突進を紙一重でスライド回避。すれ違いざま、渾身の後ろ回し蹴りを繰り出す。
(当たる……瞬間っ!!)
バチィィィンッ!!
踵に凝縮された紫電が炸裂し、猪の硬い側頭部へ雷速のハイキックがクリーンヒットする。
「ブギィッ!?」
脳を激しく揺らされて体勢を崩した巨体へ、間髪入れずにコテツとマロンが両脚の腱へと食らいつき、そのまま地面へと引き倒して喉笛を完全に食いちぎった。
その後も現れた大型の爪獣や甲殻モンスターに対し、ハジメが瞬間加速と電撃打撃で隙を作り、二匹の狼が急所を仕留めるという完璧な連携で次々と撃破を重ねていく。
「いぇーい! ふたりともナイス連携! マジでうちら最強トリオじゃん!」
「ウォンッ!」「バウッ!」
ハジメがしゃがみ込んで両手を広げると、コテツとマロンが嬉しそうに駆け寄り、前足をハジメの手のひらにパチンと合わせてハイタッチをキメてみせる。ちぎれんばかりにシッポを振り、ハジメの頬をペロペロと舐め回す二匹に、ハジメも「あははっ、くすぐったいってば!」と満面の笑みで抱きしめ返した。
身体の動かし方と三人のコンビネーションは順調に仕上がりつつあったが――。
ガブッ、ムシャムシャ……ボキボキッ!
「ウォンッ!」「ハフッ、ハフッ!」
倒した魔物の死骸へ飛びついたコテツとマロンが、実に美味そうに肉や骨を豪快に喰らい始めた。
奈落生まれの魔物である二匹にとって、倒した獲物の新鮮な肉は極上のご馳走なのだ。
「……うっわ……」
それを見ていたハジメの喉が、思わずごくりと鳴った。
(……いいなぁ……。お肉……固形物……めっちゃ美味そうに食べてるじゃん……)
羨ましそうにじーっと視線を注ぐハジメに気づいたのか、コテツが気を利かせたように、噛みちぎった魔物の肉片をポトッとハジメの足元へ差し出してきた。
「はい、ハジメも食べる?」と言いたげに、シッポをぶんぶん振って見上げてくる。
「っ……!」
差し出された生肉を見た瞬間、ハジメの脳裏にあの一撃で全身をマグマで焼かれたような激痛と、白髪化の地獄が鮮烈にフラッシュバックした。
「いや無理無理無理!! 遠慮しとくわ!! アンタらは魔物だから平気だけど、あーし一応まだ人だから! それ食べたらマジで激痛で死にかけるやつだから!!」
ハジメは顔を青ざめさせ、両手をブンブンと振って全力で後ずさった。
気持ちは嬉しいが、あの地獄の苦しみをもう一度味わうくらいなら、飢え死にしたほうがマシである。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
その直後、ハジメのお腹が洞窟に響くほど情けない音を立てた。
「はぁ……。お腹すいた……。マジで限界なんだけど……」
ハジメは肩を落とし、リュックから取り出した水筒から神水をひと口ゴクリと飲んだ。
不思議なことに、この水を飲んでいる限り、肉体的な飢餓や脱水症状で命を落とすことはない。傷も癒え、体力も全快する。
だが――「精神的な食欲」は全く別問題だった。
「水でお腹いっぱいになってもさぁ! 脳みそが『固形物を噛め!』って大暴れしてんだけど!! 焼肉食べたい! パン食べたい! スイーツ食べたい!! なんであーし異世界来てまで水だけでファスティングやってんの!?」
ハジメが空に向かってギャーギャーと叫び散らす横で、お腹いっぱい肉を食べ終えたコテツとマロンが、口元をペロリと舐めながら不思議そうに首を傾げていた。
「よし、なんとしてもこの階層で、魔物肉以外のまともな食べ物見つけ出すし!」
気合を入れ直したハジメたちは、さらに通路の先へと進んでいった。
◇
通路を抜けた先は、今までとは比べ物にならないほど広大な、ドーム状の大空洞だった。
天井には微かに燐光を放つ鉱石が散らばり、薄暗い空間を青白く照らし出している。
そして――その広大な広場の中央に、異様な存在感を放つ「ナニカ」がそびえ立っていた。
「……うっわ、デッカ……」
ハジメは思わず足を止めて見上げた。
そこに根を張っていたのは、巨大な樹木の姿をした魔物だった。
黒くねじくれた太い幹はビルほどの太さがあり、無数の太い蔦や枝をまるで触手のようにウネウネと蠢かせている。幹の中央には不気味な赤い魔石が心臓のように脈打っており、枝の隙間には鮮やかな果実のようなものがいくつも実っていた。
ズズズ……と巨大な樹木の魔物が、侵入者であるハジメたちに気づいて蠢き出す。
「ギシシシシシ……ッッ!!」
不快な軋み音を上げながら、無数の鋭い蔦がハジメたちめがけて槍のように一斉に射出された。
「うわっ、植物のくせに好戦的すぎでしょ!! コテツ、マロン、散開っ!!」
ハジメの合図とともに、三人は左右へ弾けるように飛び退いた。
直後、ハジメたちがいた地面がドガガガッと無数の蔦によって粉砕される。
「「ガアッ!!」」
コテツとマロンが紫電を纏い、樹木モンスターの周囲を高速で旋回しながら、低く垂れ下がった枝や蔦を鋭い牙で次々と食いちぎっていく。
しかし、相手はあまりにも巨大すぎた。蔦を切り落としても、幹から新しい触手が際限なく生え出して二人を押し潰そうと襲いかかる。
(……キリがないじゃん! 蔦をいくら払っても、あの幹の真ん中にある赤い魔石をぶっ壊さないと終わらない……っ!)
ハジメは敵の攻撃を紙一重でかわしながら、瞬時に思考を巡らせた。
武器はない。遠距離から撃ち抜く手段もない。
なら――自分の拳で、あの分厚い幹ごと魔石をブチ抜くしかない!
「コテツ! マロン! あいつの注意を上に引きつけて!!」
ハジメの叫びに応え、二匹の狼は紫電の出力を最大に引き上げ、巨大な幹を駆け上がって樹木の上部へと激しく噛みついた。
「ギシャァァァッ!!」
樹木の意識が頭上の二匹へと集中し、蔦が一斉に上方へ跳ね上がる。
正面の魔石へのルートが、コンマ数秒だけガラ空きになった。
「――今っ!!」
ハジメは地面へ両手を叩きつけた。
「『錬成』ッ!!」
足元の超硬質な岩盤を一瞬で液状化させ、自分の両腕へと一気に巻き上げる。
ハジメの両拳を包み込むようにして、極厚で頑丈な『岩石ボクシンググローブ』が瞬時に錬成された。
ハジメは腰を深く落とし、体内の全魔力を両脚と背中へ一気に注ぎ込む。
(魔力を……一気に後方へ爆発させて……推進力にするッ!!)
「いっけぇぇぇぇぇぇッッ!!! 『バリバリロケット』ぉぉぉぉぉッッ!!!」
ドッッッバチィィィィィィンッッッ――――――ッッ!!!!
凄まじい紫電の雷光がハジメの背後で炸裂し、大砲の砲弾をも超える圧倒的な推進力が生まれた。
ハジメの身体は文字通りロケットのように一直線に射出され、空間を切り裂いて樹木の魔物の正面へと肉薄する。
視界が超スピードで歪む中、ハジメは歯を食いしばって正面の赤い魔石を真っ直ぐに見据えた。
「オラァァァァァァッッッ!!!」
岩石を纏った渾身の両拳――『バリバリロケット』の直撃が、樹木の魔石へと真正面から突き刺さった。
ドガァァァァァァァァァァンッッッッッ!!!!
凄まじい衝撃波が広場全体を揺らし、魔石にビリビリと亀裂が走る。
次の瞬間、ハジメの拳から流れ込んだ衝撃と魔力によって魔石が内部から完全に粉砕され、巨大な樹木の魔物は凄まじい爆発音とともに四散した。
「きゃっ!?」
爆風に煽られながらも、ハジメは空中で体勢を立て直し、ズザザッと岩盤の上へ綺麗に着地した。
両手の岩石グローブを錬成解除してサラサラと崩し、息を整える。
「はぁ……はぁ……! や、やった……! 倒したぁぁぁっ!!」
「ウォンッ!」「バウッ!」
上空から飛び降りてきたコテツとマロンが、大興奮でハジメに飛びついてきた。
ハジメは二人を抱きしめながら、会心の笑みを浮かべた。
◇
「ふぅ……マジで疲れたわ……」
ハジメが息をつきながら散乱した樹木の残骸を見渡していると、足元に『ポトッ』と何かが転がってきた。
「……ん? なにこれ?」
拾い上げてみると、それは先ほど樹木の枝に実っていた果実だった。
手のひらに収まるほどの大きさで、赤からオレンジ、黄色へと移り変わる美しい暖色のグラデーションを描いている。
そして何より――鼻腔をくすぐるのは、甘酸っぱく芳醇な、めちゃくちゃフルーティーで良い香りだった。
「うっわ……めちゃくちゃ良い匂いする……」
ごくり、とハジメの喉が鳴った。
しかし、脳裏をよぎったのは、あの二尾狼の親の肉を食べた時の地獄のような激臭と激痛だった。
(……待って? これ、魔物の体から落ちたやつだよね……? 食べたらまたあの地獄の『痛ったぁぁぁ死ぬ死ぬ!!』になるやつじゃない……?)
ハジメの顔が一瞬青ざめる。
だが、漂ってくる香りはあまりにも暴力的においしそうだった。
(でも……肉じゃなくて果実だし……。何よりあーしには、神水っていう最強の胃薬があるし……っ! 最悪、死にかけたら水飲めばセーフっしょ!!)
食欲が恐怖を完全に打ち破った。
「よしっ……! 覚悟完了っ!!」
ハジメは目を固く閉じ、果実を思い切り口元へ運んで――ガブッと丸かじりした。
シャクッ……。
心地よい咀嚼音とともに、口いっぱいに広がったのは、極上の甘みと爽やかな酸味を含んだ果汁の洪水だった。
桃のように瑞々しく、マンゴーのように濃厚で、後味はレモンのようにスッキリとしている。
(……っ!? ……あれ……? 痛くない……?)
ハジメは恐る恐る自分の身体の内側の感覚を確かめた。
あの時のような、内臓がマグマで焼かれるような激痛も、骨が砕け散るような破壊も一切起きない。
ただただ、純粋で濃厚な「美味」だけがじんわりと五臓六腑に染み渡っていく。
(痛くない……! 毒もない……! ってことはこれ……あーしみたいな一応人間でも、ちゃんと安全に食べられるヤツじゃん……っ!!)
確信を得た瞬間、もぐもぐと咀嚼し、ゴクンと喉を鳴らして最後の一滴まで果汁を飲み干した。
その途端――。
ボロボロと、ハジメの深紅の瞳から大粒の涙が滝のように溢れ出した。
「う……うまっ……!! なにこれ……っ!! めちゃくちゃ美味いんだけどぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
ハジメはその場にへたり込み、果実を両手で抱えながら号泣した。
「神様ありがとう……っ! 味がする! ちゃんと美味しい味がするよぉぉぉっ!! 水だけの生活から解放されたぁぁぁっ!!」
ギャルハジメの感動の大号泣に、コテツとマロンは「えっ、なになに!?」と目を丸くしてオドオドと顔を覗き込んできた。
「ぐすっ……二人も食べな……! これ、マジで飛ぶくらいうまいから……!」
ハジメが果実を二つに割って差し出すと、コテツとマロンはクンクンと匂いを嗅いだ後、パクリと口に含んだ。
「――ッ!?」
二匹の耳がピーンと立ち上がり、丸い目がカッと見開かれた。
次の瞬間、激しく興奮したように「フンッ!」「ハフッ、ハフッ!」と荒い息を鼻から噴き出し、ちぎれんばかりにシッポをぶん回しながら、地面に落ちていた果実へ猛ダッシュで群がり、夢中でシャクシャクと丸かじりし始めた。
「あははっ! うまいっしょ!? よーし、落ちてるやつ全部回収するよ!」
ハジメは涙を拭い、大喜びで広場に散らばった果実をリュックいっぱいに拾い集めた。
絶望の奈落の中で手に入れた、最高の甘美な食料。
お腹も心も満たされたハジメは、リュックを背負い直し、コテツとマロンの頭をポンポンと叩いた。
「よしっ! ご飯も確保できたし、エネルギー満タン! この調子でどんどん下へ進んで、とっとと地上への出口見つけるよっ!」
「「ウォンッ!!」」
頼もしい二匹の相棒とともに、白銀の髪をなびかせたハジメは、さらなる奈落の深部へと意気揚々と歩みを進めていくのだった。
夏休みの宿題終わりました?