あの巨大な樹木の魔物を倒し、奇跡の果実を手に入れてから――さらにどれほどの時間が経ち、どれほどの階層を潜り抜けてきただろうか。
奈落の深部へと潜れば潜るほど、現れるモンスターたちの狂暴さと理不尽さは跳ね上がっていった。
刃のように研ぎ澄まされた羽を散弾銃のように乱射してくる巨大なフクロウ。
六本の足を不気味に蠢かせ、重力を無視した軌道で飛びかかってくる異形の猫。
さらには、タールのようにドロドロと粘つく泥沼の中を、まるで水を得た魚のように猛スピードで遊泳して奇襲を仕掛けてくる凶悪なサメ。
だが、ハジメとコテツ、マロンのトリオは、そのことごとくを泥臭く、そして鮮やかに返り討ちにしてきた。
フクロウの散弾には岩壁の瞬間錬成で盾を作り、二匹の紫電跳躍で羽を食いちぎって地上へ叩き落とす。
六本足の猫には足元の床を液状化させてステップを奪い、ハジメの電撃カウンターパンチを叩き込む。
タールを泳ぐサメに至っては、潜んでいる泥沼ごと【圧縮錬成】で瞬時にガチガチの岩塊へと変えて身動きを奪い、三人で一斉に集中打撃を叩き込んでミンチにした。
「……羽を散弾銃にする鳥に、足が六本ある猫に、タールを泳ぐサメってさぁ……。マジでユニバじゃん……。アトラクションのクオリティが高すぎて笑えないんだけど……」
度重なるバケモノのオンパレードにハジメは呆れ果てていたが、実戦を重ねたことでハジメの【纏雷】と格闘技術、そして二匹との阿吽の呼吸は、もはや熟練の連携チームのように洗練されつつあった。
そして――。
「ふふ〜ん♪ やっぱあーし、天才じゃない? めっちゃいい感じのランタンできたし!」
薄暗い奈落の通路を、淡く柔らかな緑色の光が照らし出していた。
ハジメの手元で揺れているのは、道中で見つけた『緑光石』を核にして、周りの岩石を薄く削り出して錬成した特製のポータブルランタンだ。
持ち手をつけて手提げ型にし、光が前方に集まるよう内側に反射板のような加工まで施してある。
【物質鑑定】で調べてみたところ、この緑光石は「周囲の魔力を吸収して溜め込む性質」を持っており、魔力を流し込むことで淡く柔らかな緑色の光を放ち続けるらしい。
さらに面白いことに、魔力を限界まで溜め込んだ状態で衝撃を与えて叩き割ると、それまで蓄えていた光を一瞬で爆発的に全放出して強烈な閃光を放つという、まるで天然のフラッシュバンのような特性まで持っていた。
(魔力流すだけでずっと光るし、いざとなったら敵の目の前で叩き割って目眩ましにも使えるじゃん! あーし、マジで良い拾い物したわ〜w)
「ウォンッ!」
「クゥ〜ン♪」
ハジメの左右を歩くコテツとマロンも、足元が明るくなって歩きやすくなったのが嬉しいのか、しっぽをご機嫌に振りながらハジメの顔を見上げていた。
「果実もいっぱい食べたし、お腹いっぱい! あかりもある! ……よし、この調子でガンガン進むよ!」
美味しい果実でエネルギーを満タンにし、暗闇の視界不良もランタンで解決したハジメたちは、迷宮のさらなる深部へと順調に歩みを進めていた。
だが――しばらく下り坂を進んでいたハジメの足が、ふと止まった。
「……え? なにここ……?」
通路の先が開けた途端、それまでのゴツゴツとした岩肌の洞窟とはまるで異なる異様な光景が広がっていた。
そこは、見上げるほど高い天井を持つ、どこまでも広大な大広間だった。
床一面には規則正しく巨大な石畳が敷き詰められ、左右には何本もの巨大な石柱が神殿のように整然と立ち並んでいる。
人類の足跡などあるはずのない奈落の最深部に、明らかに「人の手(あるいは何者かの意志)」によって作られた荘厳な神殿の遺構が存在していたのだ。
そして――その神殿広場の最奥に、異様な威圧感を放つ「巨大な大扉」がそびえ立っていた。
ビル数階分はあろうかという分厚い黒曜石のような大扉。その表面には幾重にも複雑な魔法陣のような幾何学模様が刻み込まれており、中央には不自然な二つの丸い『窪み(スロット)』が穿たれていた。
「うっわ……急にダンジョンっぽくなくなって、ラスボスの部屋みたいになったんだけど……」
ハジメはランタンを掲げながら恐る恐る大扉へと歩み寄り、表面をペタペタと触ってみた。
「めっちゃ頑丈……。てか、この真ん中の丸い穴、どう見ても『ここに鍵をハメてね』ってやつじゃん。……でも鍵なんて持ってないしなぁ」
ハジメが顎に手を当てて唸っていた――その時だった。
ズズズズズズズズズズッッッ――――――!!!!
「きゃっ!?」
突如、神殿全体を揺るがすような凄まじい地響きが轟いた。
石柱がミシミシと軋み、天井からパラパラと小石が降り注ぐ。
「「グルルルルルッ……!!」」
コテツとマロンが一瞬で耳を伏せ、全身の毛を逆立てて背後の暗闇へ激しく牙を剥いた。
重苦しい足音。
ドシン……! ドシン……! と、地面を揺らしながら神殿の左右の巨大な影から姿を現したのは――悪夢のような巨躯を持つ、二体のモンスターだった。
「……っ!? う、ウソでしょ……!?」
ハジメの顔から一気に血の気が引いた。
そこに現れたのは、見上げるような巨躯を誇る二体の『一つ目巨人(サイクロプス)』だった。
全身を鎧のような分厚い筋肉と黒ずんだ鋼のような皮膚で覆い、丸太よりも太い両腕にはトゲ付きの巨大な石棍棒を握りしめている。
そしてその顔面の中央には、爛々と血のように赤く輝く、巨大な単眼がハジメたちをギラギラと見下ろしていた。
「ブモォォォォォォォッッッ!!!!」
空気を破裂させるような咆哮とともに、左側の巨人が手にした巨大な棍棒をハジメめがけて一気に振り下ろした。
「ヤバッ!! 散開っっ!!」
ドガァァァァァァァァンッッ!!!!
ハジメたちが左右へ跳び退いたコンマ一秒後、先ほどまで立っていた石畳が爆音とともに粉砕され、巨大なクレーターが穿たれた。衝撃波と飛び散った岩の破片がハジメの頬をかすめる。
(な、なにあのパワー……!? 掠っただけでもミンチになるやつじゃん!!)
冷や汗が全身を噴き出す。
肉体を変貌させて多少なりとも身体能力が上がったハジメだが、目の前のバケモノが放つ破壊力は完全に次元が違っていた。正面から力比べなど挑めば、一撃で肉塊にされるのは目に見えていた。
「コテツ! マロン! まともに受けないで! スピードで翻弄して!!」
「「ガアァッ!!」」
ハジメの叫びに合わせ、二匹の狼が全身から眩い紫電を放ち、弾丸のようなスピードで神殿の石柱を足場にしてジグザグに跳躍した。
「ブオォッ!?」
右側の巨人が目障りな二匹を叩き潰そうと棍棒を振り回すが、紫電を纏った狼たちの機動力には到底追いつかない。コテツとマロンは巨人の死角へと回り込み、足首や手首の腱を鋭い電撃牙でチクチクと引き裂いて注意を完全に引きつけていく。
(よし……二匹が右を引きつけてくれてる間に……あーしがあの左のやつを仕留めるっ!!)
ハジメは腰を低く落とし、体内の魔力回路を一気に励起させた。
左の巨人が再び棍棒を振り上げ、ハジメめがけて突進してくる。
ハジメは逃げるのではなく、巨人の真正面へと向かって自ら猛ダッシュで突っ込んだ。
「ブモォッ!!」
巨人が嘲笑うかのように、ハジメを叩き潰すべく棍棒をフルスイングで薙ぎ払ってくる。
「――『錬成』ッ!!」
ハジメはスライディングで姿勢を極限まで低くしながら、両手を石畳へと叩きつけた。
巨人の踏み込んだ足元の床が一瞬でドロドロの液状へと変化し、次の瞬間にガチガチの超硬質岩となって巨人の両足を完全に呑み込んで固定する。
「ブグッ!?」
突進の勢いのまま急停止させられた巨人は、派手にバランスを崩し、前のめりに大きく体勢を崩した。
ビルほど高かった頭部が、一気にハジメの目の前の高さまで落ちてくる。
唯一の、そして最大の急所――剥き出しの巨大な赤い単眼が、無防備にハジメの正面に晒された。
(ここっ……!!)
ハジメは両手を地面から離すと同時に、両拳へ周囲の硬質な石材を巻き上げ、極厚の岩石ナックルを瞬間錬成した。
そして――体内の全魔力を両脚と背中へ集中させる。
「『バリバリロケット』ぉぉぉぉぉッッ!!!」
バチィィィィィィンッッッ!!!!
背後で炸裂した紫電の爆発的な推進力によって、ハジメの身体が砲弾となって一直線に射出された。
空中で牙を剥いたハジメの渾身の右ストレートが、巨人の巨大な単眼へと真正面から突き刺さる。
ドゴォォォォォォォッッッ!!!!
「ギャアァァァァァァッッ!???」
単眼を粉砕され、脳を激しく揺らされた巨人が絶叫を上げる。
ハジメは巨人の顔面を蹴って後方へ華麗にバク宙着地すると、すぐさま叫んだ。
「ふたりとも! 合わせなっ!!」
「「ウォォォォッ!!」」
ハジメの合図に呼応し、もう一体の攻撃をかいくぐったコテツとマロンが空中で交差跳躍。
単眼を潰されて悶絶する巨人の太い喉笛めがけて、紫電を最大出力まで高めた必殺の噛みつきを左右から同時に叩き込んだ。
バリバリドガァッ!!
巨人の太い首が雷撃によって内側から焼き穿たれ、凄まじい地響きとともに一体目の巨人が崩れ落ちた。
「よしっ、一体撃破――っ!?」
ハジメが息を吐く間もなく、仲間を殺されたもう一体の巨人が狂乱の雄叫びを上げ、手にした棍棒を凄まじい勢いで床に叩きつけた。
ズガガガガガガッ!!
粉砕された無数の石畳の礫が、散弾銃のように広範囲にハジメたちへ降り注ぐ。
「きゃっ!?」
ハジメは咄嗟に地面から岩の防壁を錬成して防いだが、破片の猛烈な衝撃で壁ごと後方へ吹き飛ばされ、石畳を背中でズザザッと滑った。
「いったぁ……! マジで力バカすぎるでしょ……!」
ハジメはすぐさまリュックから水筒を取り出し、神水をひと口ゴクリと飲み干して痛む身体を瞬時に修復した。
怒り狂った巨人が、真っ赤な単眼から殺気を放ちながら、ハジメめがけて猛然と突進してくる。
今度は足元の錬成を警戒し、跳躍するようにして頭上から棍棒を振り下ろしてきた。
(空中から……!? だけど、大振りすぎるしっ!!)
ハジメは【纏雷】を足元に一瞬だけ発動し、最小限のサイドステップで棍棒の直撃を紙一重でかわした。
ドスンと地面に深くめり込んだ、巨人の巨大なトゲ付き石棍棒――その隙をハジメは見逃さない。
ハジメは地面に突き刺さった石棍棒の根元へと両手を叩きつけた。
「――『錬成』ッ!!」
魔力を流し込んだ瞬間、巨人が握りしめていた超巨大な石棍棒が【崩壊錬成】によって内側から一瞬で爆散。
同時に、地面の岩盤を【圧縮錬成】で鋭利な岩の杭へと一斉隆起させ、巨人の前腕と手首を容赦なく貫き、砕く!
「ブギィィィッ!?」
武器を失い、腕を粉砕された巨人が激痛にのけぞり、大きく体勢を崩す。
ハジメはそのまま巨人の肩を蹴り上がり、頭上高くへと跳躍した。
「これで……終わりぃぃぃっ!!」
踵に全魔力と紫電を凝縮させた、渾身の雷速ドロップキック。
ハジメの踵が、巨人の頭頂部へと稲妻とともにクリーンヒットした。
ドッバチィィィィィンッッッ!!!!
「「ガアァァァッ!!」」
さらに追撃として、下から跳び上がってきたコテツとマロンの電撃爪撃が巨人の胸元を深々と引き裂く。
頭蓋を粉砕され、胸を切り裂かれた二体目の巨人は、断末魔の叫びを上げる間もなく、ドオォォンと重い音を立てて仰向けに倒れ伏した。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
ハジメは空中でくるりと回転して着地し、膝に手をついて荒い息を吐き出した。
「た、倒した……! マジで死ぬかと思ったし……!」
「ウォンッ!」「バウッ!」
傷だらけになりながらも駆け寄ってきたコテツとマロンを、ハジメは両腕で力強く抱きしめた。
三人で顔を見合わせ、満面の笑みでハイタッチを交わす。
その時だった。
倒れていた二体の巨人の巨躯が、まるで役目を終えたかのように青白い光の粒子となってサラサラと空気中へ霧散し始めた。
そして――巨人が消え去った二箇所の床の上に、カラン……と硬質な音を立てて、何かが転がり落ちた。
「……ん? なにこれ?」
ハジメが歩み寄って拾い上げてみると、それは巨人の体内からドロップした、禍々しくも美しい紫色の光を放つ二つの『巨大な魔石』だった。
手のひらにずっしりと重く、大扉の中央に刻まれていた二つの窪みと全く同じサイズをしている。
「あ……! これ、絶対あの扉の鍵じゃん!!」
ハジメの顔にパッと明るい光が戻った。
門番を倒したことで手に入れた、迷宮の鍵。
「よーし! これで奥に進めるし!」
ハジメは大扉へと駆け寄り、二つの魔石を扉の中央にある窪みへとそれぞれカチリと嵌め込んだ。
次の瞬間――。
ゴオォォォォォォ……ッッ!!
二つの魔石が眩い光を放ち、扉全体に刻まれていた無数の幾何学模様が青白く発光し始めた。
封印が解かれ、何百年、あるいは何千年もの間閉ざされていたであろう巨大な黒曜石の大扉が、重々しい地響きとともに、ゆっくりと左右へと開かれていく。
ギギギギギ……と開いた扉の先。
そこには、神殿のさらに奥へと続く、ひんやりとした静寂に包まれた広大な空間が広がっていた。
「うっわ……ひろ……」
ハジメはランタンを掲げ、コテツとマロンを従えながら恐る恐る部屋の様子を伺った。
そして、部屋の中央付近に視線を向けたハジメの足がピタリと止まる。
そこには、巨大な立方体の石がポツンと置かれていた。
部屋に差し込んだランタンの光を反射して、つるりとした不気味な光沢を放っている。
(……なにあの四角い岩? オブジェ……?)
その立方体を注視していたハジメは、ふと、何か光るものが立方体の前面の中央あたりから『生えている』ことに気がついた。
(……ん? なにあれ……? なんか生えてる……?)
「ちょっと近くで見てみよ〜」と、ハジメが警戒心ゼロで能天気にトコトコと歩み寄ろうとした――その時だった。
「……だれ?」
「ひゃっ!?」
静寂を切り裂いて響いたのは、かすれた、弱々しい女の子の声だった。
ハジメはビクリと肩を跳ね上がらせ、慌てて部屋の中央を凝視した。
コテツとマロンも「グルルッ」と低く身構える。
すると、先ほど立方体から生えていた『何か』が、ユラユラと頼りなげに動き出した。
ランタンの淡い緑の光が、その正体を暴き出す。
「……人……!? え、マジで……?」
ハジメはぽかんと口を開けた。
立方体から生えていたのは、間違いなく『人間』だった。
上半身から下と両手を巨大な立方体の石の中に完全に埋められたまま、顔だけが外に出ており、床まで届くほど長い黄金の髪が、某有名ホラー映画の女幽霊のようにボサリと垂れ下がっていた。
そして――その垂れ下がった金髪の隙間から、低高度の月を思わせる深紅の瞳が、ハジメたちを弱々しく見つめていた。
年の頃は十二、三歳くらいだろうか。
随分とやつれ果て、垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでもこの世のものとは思えないほど整った、儚く美しい容姿をしているのがはっきりと分かった。
「……え……? なんで……こんなとこに、女の子が埋まってんの……!?」
奈落の最深部、封印の部屋。
白銀のギャルと、岩に囚われた謎の少女の視線が、静かに交錯したのだった。