「バッカモォォォォォォォォン!!!」
王宮の広大な訓練場に、騎士団長メルドの腹の底から絞り出したような絶叫がこだました。
そのど真ん中で、綺麗に正座させられている五人の姿があった。
ハジメは両手で耳をギュッと塞ぎ、目をこれでもかと固く瞑っている。鈴はどこか気まずそうに、引き気味の苦笑いを浮かべている。香織は笑いすぎて少し涙目を浮かべながらも、どこか楽しげな雰囲気を残している。雫は「なんで私までこんな目に……」と、こめかみを押さえて不満げな顔を歪めている。そして恵理は、眼鏡の奥の目をレンズの反射で隠しながら、内心で「とばっちりだ」という理不尽への抗議を渦巻かせていた。
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ことの発端は、1日前に遡る。
ステータスプレートの授与と武器の支給を終えた生徒たちは、それぞれの天職に合わせて各指導員のもとへ割り振られていた。
生産職であるハジメは、武器庫の前でメルドを捕まえてこう尋ねたのだ。
「ねぇおじさん、あーしは一体誰に教わればいいわけ?」
「誰がおじさんだ! 団長と呼ばんかバカ者!」
盛大に突っ込まれ、「えー」と不満げに頬を膨らませたハジメだったが、最終的にメルドの計らいで、王宮が抱える専属錬成師たちの工房へと送り込まれることになった。
そこで待ち受けていたのは、無精髭を生やしたガラが悪い工房長だった。
「まずは座学だ!」と意気込む工房長に対し、ハジメは「え、マジで? 座学とか一番嫌いなやつじゃん……」と早くも顔をしかめる。
工房長はそんなハジメの態度などお構いなしに、分厚い古文書を広げ、この世界の錬成における基礎理論――物質の構造変化、魔力の微細なコントロールの重要性、そして初歩的な魔力回路の構築について、熱心に解説を始めた。
「――いいか? 錬成とは単なる力任せの変形じゃねぇ。物質に宿る理を理解し、己の魔力を糸の如く紡いで……」
(……すーーー……ふーーー……)
コンコン、と机を叩く音が響く。
気づけばハジメは、教壇のすぐ目の前という特等席にいながら、見事に白目を剥いて意識をトボケさせ、こっくりこっくりと盛大な船を漕ぎ始めていた。
「おい、そこの金髪。聞いてるのか」
「あ、れ……? あーしは今、深い思考の海に……って、いてっ!?」
工房長が手にしていた丸めた羊皮紙の束が、ハジメの頭頂部に正確無比な角度で叩きつけられる。
「人の話を寝て聞くバカがどこにいる! テメェ、本当に錬成師の自覚あんのか!?」
「だって話が長すぎるし専門用語多すぎるんだもん! もっとこう、パッとやってドカンと変わる感じのやつ教えてよ!」
「パッとやってドカンじゃねぇよ! 基礎もなってねぇ素人が適当に魔力を流したら、それこそ工房が丸ごと吹き飛ぶわ!」
フンッと鼻を鳴らす工房長は、呆れ果てたように盛大にため息をつくと、やれやれといった様子で作業台の方を振り返った。
「……まぁ、口で言って分かんねぇなら、実際にやってみせれば少しは懲りるか。ほら、こっち来い!」
そしていよいよ始まった実技の時間。
「とりあえず、そこに転がってるタウル鉱石に魔力を通してみろ」
「ほーい」
言われるがまま、ハジメは軽い気持ちで魔力を流し込んだ。
だが――彼女の魔力は、初期値ですら『300』というバグった数値である。耐えきれなくなったタウル鉱石は、錬成を始めたコンマ数秒後に盛大に爆発四散した。
「アブねぇぇぇ!!」
跳ね飛んできた破片を、工房長は間一髪で身をかわす。
「ばっかやろう!! いきなりフルパワーの魔力を錬成にぶち込むバカがどこにいやがんだ、このバカ野郎!」
跳ね飛んできた破片を間一髪で身をかわした工房長が、青筋を立てて怒鳴り散らす。
「バカって三回も言うなし! しょうがないじゃん、ここに来たばっかで右も左もわかんないんだから!」
ハジメも負けじと頬を膨らませて言い返す。すると、工房長は激昂したままハジメの足元に転がっていた測定用魔力計を引ったくり、その数値を確認してさらに目を剥いた。
「おまっ……なんだこの魔力は!? 初期値で『300』だと!? どんだけバグった数値叩き出してやがる、お前!」
「こっちが聞きたいわ! 異世界に飛ばされたと思ったら、いきなりこんな頭のおかしい数字にされてたこっちの身にもなってよ!」
「……はぁ、やれやれ。魔力がありゃいいってもんじゃねぇんだよ、錬成ってのは」
工房長は頭を抱えて盛大に溜息をつくと、作業台の上に小さめの鉄くずをポンと放り投げた。
「いいか、今度はその鉄くずの形をちょこっと変えてみろ。魔力は今の十分の一……いや、二十分の一くらいに絞るんだ!」
「はーい、二十分の一ね。余裕っしょ」
ハジメは軽く返事をすると、鉄くずの表面に指を当て、意識を集中させた。
――だが、初期値300の魔力持ちにとっての「微調整」は、一般人からすれば加減の効かない暴走に近い。ハジメが頭の中で「ちょっとだけ魔力を流そう」と思った瞬間、彼女の底なしの魔力タンクからドバッとエネルギーが溢れ出してしまった。
シュウウゥ……パキパキパキッ!
「おっ?」
ハジメが声を上げた次の瞬間、鉄くずはみるみるうちにぐにゃりと溶け出し、次の瞬間にはドロドロのスープのように沸騰して作業台の上に盛大に飛び散った。冷え固まったそれは、現代アートの失敗作のような、おぞましいほど歪で巨大な金属の塊に変形していた。
「……おい。なんだこのゲテモノは」
工房長がヒクヒクと引きつった笑みを浮かべている。
「いや、なんか勝手に溶けてドロドロになったんだけど……?」
「金属を錬成してただの鉄の怪物スープを作るバカがどこにいる!! 力を絞り切れてねぇんだよ! お前の魔力は底が抜けたバケツみたいなもんだから、もっとこう、精神を集中させて――」
「じゃあ次! 次は布やろ、布!」
負けず嫌いに火がついたハジメは、工房長の説教を半分聞き流しながら、今度は棚から引っ張り出してきた頑丈そうな布の端切れに手を伸ばした。
「おい、待て、早まるな――」
「せいっ!」
ハジメが気合を入れて魔力を注ぎ込む。今度は出力を絞ろうと意識しすぎた結果、魔力のコントロールが完全にちぐはぐになり、布の端切れはパンパンに膨れ上がった。
ポンッ! と、可愛らしい音を立てて布は破裂し、中から真っ黒な煙がモワッと噴き出す。
「げほっ、げほっ……!」
ハジメの顔面は、綺麗にススまみれの真っ黒になっていた。
「……なぁ、お前、わざとやってるのか?」
「違うし!! なんか勝手に爆発したし!!」
「だからな、魔力ってのはな、大河の水みたいなもんなんだよ! 決壊寸間のダムの水を一気に流し込んだら、そりゃ工房ごと吹き飛ぶに決まってんだろ!」
「大河とかダムとか例えが昭和なんよ! もっとこう、具体的な手順を教えろし!」
「うるせぇ! 感覚で覚えろ感覚で! こう、手を当てて、こう……ソッとしてからガッっと魔力を外へ逃がすんだよ! 何回言わせんだこのガキ!!」
「全然何言ってっかわかんないんだけど!? 『ソッとしてガッっと』ってなに、擬音ばっかじゃん! アンタの教え方が悪いんじゃないの!」
あまりの噛み合わなさに、工房長はこめかみをピキピキと震わせながらため息をついた。
「……くっそ、言葉じゃわかんねぇなら、百聞は一見にしかずだ。よく見てやがれ!」
工房長は作業台の端にあった別の鉄片をひょいと掴むと、荒々しく作業台に叩きつけた。そして、フッと息を吐き、静かに手のひらをその上に乗せる。
次の瞬間――派手な爆発も熱の暴走もなく、青白い魔の光が一瞬だけシュッと走り、ゴツゴツしていた鉄片は音もなく流れるような美しい小型のナイフへと形を変えた。
「――こうだっ!」
「おぉ……?」
ハジメが思わず間抜けな声を漏らす。無駄な魔力の漏れも一切なく、一瞬で素材の性質を引き出して精密な形に昇華させる見事な職人技だった。
「これが手加減とイメージの出力だ! 分かったら、自分のデカすぎる魔力をそこで上手いこと飼いならしてみやがれ!」
「え、ずるっ。今のちょっとカッコいいじゃん……」
「自分が思い描いてるモンを形にするのが錬成ってもんだ!覚えとけガキ!」
そんなやり取りを経て、大爆発と怒号の嵐に包まれた初日の訓練が終わったのだった――。
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そして、翌日。
訓練が始まる前の階段前で、鈴、香織、雫、恵理と集まり、昨日の訓練の感想を語り合っていた。
「いやぁ、魔法の詠唱とかマジで無理なんだけど! 舌噛みそうになるし!」と鈴が愚痴をこぼし、雫は「……道場の厳しさに比べればマシだけど、騎士団の訓練は基礎から徹底していて気が抜けないわね」と腕を組む。恵理は「なんだか、降霊術の部屋って妙におどろおどろしい空気が漂ってて、ちょっと怖かったかな……」と、どこか作り物の笑みを浮かべながら呟いた。
そんな中、ハジメはケラケラと笑いながら言い放った。
「あーしなんてさ、昨日は工房長とかいうガラの悪いおっさんとガチ喧嘩して終わったわwww」
「お前、初日から何やってんだよ……」と呆れる鈴たち。
しかし、その雑談の最中、ハジメの脳裏に昨日工房長が吐き捨てた言葉や鮮やかな手本がふと蘇ってきた。
ー自分が思い描いてるモンを形にするのが錬成ってもんだ!ー
「……自分が思い描いてるものを形にする…か、」
ハジメはふと視線を向けた。そこには、訓練場の片隅に飾られた、馬に跨り剣を天高く掲げた凛々しい騎士の石彫りの像があった。
何気なくその像の台座に手を触れた瞬間、頭の中にその石材の硬度や構造がスルスルと流れ込んでくる。
(なんか……今のあーしなら、すごく綺麗にイケそうな気がする!)
「お、ナグモン、なんか思いついた顔じゃん?」
鈴がニヤニヤと茶化すように声をかける。雫や恵理は「……嫌な予感がするからやめなさい」と慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。ハジメの指先から迸った魔力が、一瞬で石像を包み込んだ。
(……魔力をしっかり抑えて、頭の中の完成形をイメージ…)
昨日の工房長の教えを脳裏で反復しつつ、暴走しがちな底なしの魔力をぐっと絞り込み、指先から慎重に流し込む。シュウウゥッ、と青白い光が走り、石の硬質な感触がみるみるうちに柔らかく変化していく。
一瞬の静寂のあと、光が収まると、馬の頭部は完全に別の姿へと形を変えていた。
「やった! できたぁぁ! イメージ完璧!」
ハジメが自信満々に振り返ったその先で――馬の頭部になっていたのは、あろうことか『極めてリアルに再現されたメルド団長の顔』だった。
「ぶっ……ぶはははははっ! なにこれ!? メルド団長の顔じゃん! 爆笑なんですけど!!」
「っふ……! あははっ、ほんとだ、すごく上手……!」
鈴がお腹を抱えてその場に転げ回り、香織もつられて盛大に吹き出し、声を上げて笑いながらハジメに拍手を送った。一方で、雫と恵理は血の気が引く思いで顔を青ざめていた。
((あ、終わった……これ、絶対怒られるやつだ……!))
自分の傑作にはしゃぎ、鈴や香織と戯れていたハジメの背後に、ぬっと冷たい影が落ちる。
「――お前たち、いったい……何をしている……?」
聞き覚えのある、しかし地獄の底から這い上がってきたような低い声音。
ゆっくりと振り返ったハジメたちの視線の先には、顔の上半分を漆黒の陰で覆いながらも、なぜか狂気的な笑みを浮かべていたメルド団長が立っていた。
そして話は冒頭へと戻り...
「公共物に勝手に錬成を施すとは、何事だぁっ!!」
メルド団長の怒号が、訓練場に再び響き渡る。
ガタガタと体を揺らす馬の石像(頭部はメルドのリアルな顔)を見つめながら、メルドのこめかみにはくっきりと青筋が浮かんでいた。
「まったく、異世界に召喚されて間もないというのに、何を勝手な真似を……! いいか、ハジメだけじゃない! 止めなかった残りの四人も同罪だ!」
「えぇーっ!? 私たち巻き添えじゃないですか!」
鈴が「ひどい!」とばかりに不服そうな声を上げる。香織もさすがに自分が笑ってしまった手前、苦笑いを浮かべつつ、雫と恵理は「……やっぱりこうなったわね」と頭を抱えて深々とため息をついた。理不尽な連帯責任ではあるが、被害が自分の顔の石像ではメルドに言い訳の余地もなかった。
「すみませんでしたぁ」
五人は声を揃えて、やむを得ず頭を下げる。
その様子を、少し離れた場所から通りかかったクラスメイトたちが遠巻きに眺めていた。
「……おい、何やってんだあいつら」
清水が呆れ果てたように片眉を上げ、腕を組む。
「異世界に来てすぐだっていうのに、なんでこうも問題ばかり起こすんだ、あのバカは……」
遠藤はジト目を向けながら、頭痛をこらえようにこめかみを押さえた。
「ま、まあ……今回はさすがに、南雲さん達が悪いというか……」
光輝は苦笑いを浮かべながらも、どこか複雑な目をしていた。クラスの中心にいるはずのハジメたちが、別の意味で王宮の話題を総取りしているその光景を前に、光輝の胸の奥で何かがモヤモヤと小さく波打つ。
だが、当の本人は怒られている最中だというのに、全く反省の色を見せていなかった。
「いやでも、おじさん! 怒る前にちょっとこれ見てよ!」
ハジメは正座の姿勢のままひょいと顔を上げ、メルドの顔をした石像を指差して満面の笑みを浮かべる。
「勝手に石像に錬成しちゃったのはゴメンだけどさ、見てよこのおじさんの顔のクオリティ! めっちゃリアルに彫れてなくない? 眉間のシワとか、髭の生え際とか完璧じゃん!」
その堂々すぎる発言に、隣で正座させられていた鈴が「ぐっっ……ぶ、ぶーっ!!」と、限界まで肺に溜め込んでいた空気を一気に爆発させ、鼻と口から汚い音を立てて盛大に噴き出しながら激しく肩を震わせた。
「こら、鈴……笑わないで……っ!」と雫が必死に小声で制止するが、その雫自身も、プルプルと肩を小刻みに揺らしながら必死に笑いをこらえている。香織は先ほど笑った反動か、今度は一生懸命に口を引き結んでプルプルと体を震わせ、恵理に至っては、ここで笑ったら絶対にヤバいという強烈な危機感から、顔をグッと天に向け、大きく開けた口から漏れそうになる笑い声と息を必死に鼻から逃がそうとする、あの『絶対に笑ってはいけない』で追い詰められたお笑い芸人のような切羽詰まった必死の形相で耐えていた。
「――って、コラ! 人の話を聞け!! ていうかお前ら、なんでそこで笑っとるんだぁっ!」
怒ろうとしたメルドだったが、ハジメに促されて思わず石像の顔面をまじまじと見つめてしまった。
そして、ゴクリと喉を鳴らす。
(……むっ!?)
王宮の騎士団長であるメルドは、武人でありながら物資や装備の知識にも明るい。いくら「錬成師」というクラフト系の天職だとはいえ、基礎知識すらないど素人が、たった一日でこれほど精巧なイメージを物質に定着させられるものなのだろうか。普通は、素材の性質を理解し、手先の感覚を掴むだけでも数ヶ月の修行が必要になるはずだ。
(た、確かに錬成の技術や形状の再現度と言い、魔力の定着と言い……素人のイタズラにしては恐ろしく高いレベルだ。一日でこれほど精巧なイメージを出力できるなど、もしやこいつ、とんでもない才能を……っ!)
内心ではその底知れなさにとてつもない衝撃を受け、舌を巻いていたメルドだったが、ここで素直に褒めてしまえば団長の威厳が完全に崩壊すると本能が察知した。
「調子に乗るな馬鹿者ッ!! いくら錬成師だとはいえ、この程度の技で天狗になるな! クラフトの頂を目指そうものなら、これくらいできては当然だろうが!」
「えー? 口ではそう言いながら、今の間は絶対『こいつすげぇ……』って思ってたっしょー?」
「なっ、何を言うか! 誰がそんなことを……!」
図星を突かれてわずかに顔を引きつらせたメルドは、さらに声を荒らげる。
「こ、細かいことはいい! 公共物を勝手に改変し、あまつさえ団長の威厳を損なう不敬を働いた罰だ! おい、ハジメ! そして止めなかった貴様ら四人ももちろん連帯責任だ! ――今すぐ全員で訓練場三十周の刑に処す!! 走れぇいっ!」
「どえぇーっ!? 鬼ーっ! おじさんのケチー!」
「「「「とばっちりだぁぁぁーーっ!?」」」」
ギャアギャアと絶叫しながらも、ハジメはしぶしぶ訓練場のトラックへと走り出す。鈴や香織、雫に恵理の四人も「もう最悪……!」と深い溜息をつきながら、そのあとをぞろぞろと追いかける羽目になった。
その訓練場の隅で繰り広げられる相変わらずのドタバタ劇を遠目に、クラスメイトたちは「……あいつら、絶対反省してねぇな」と口を揃えて盛大に呆れ果てるのだった。