「……重い」
目を開けると、胸の上にマロンの顎が乗っていた。
腹の上には、コテツの前脚。二匹とも、ティアを枕にして、すうすうと寝息を立てている。
「……重い。……どいて」
マロンが、寝たまま尻尾でティアの鼻をぺしんと叩いた。
ティアは首だけを動かして、隣を見た。
誰もいなかった。
くっつけた寝台の反対側で、布がくしゃくしゃに丸まっている。手を伸ばして触れると、もう冷たかった。
「……ハジメ?」
その時。
ドゴォン!!
窓の外で、轟音が響いた。
寝台が揺れる。コテツとマロンが同時に跳ね起き、ティアの腹と胸を思いきり踏みつけて床に飛び降りた。
「……ぐぇ」
二匹が、吠えながら寝室を飛び出していく。
ティアも、踏まれた腹を押さえて後を追った。
---
草地に、石柱が突き立っていた。
四本。人の背丈ほどの、真新しい石柱。その表面を、紫電がばちばちと這い回っている。石柱から石柱へ雷が飛び移り、四本が紫の網で繋がった一つの壁になっていた。
その前に、ハジメがいた。
「あ、起きた? おはよー! ねえ見て見てー!!」
ハジメが、両手をぶんぶん振った。
「……何、これ」
「バリバリ柱!」
胸を張る。
「バリバリをさ、石に乗っけたの! 今まであーしの身体にしか乗っけられなかったじゃん? でも生成のやつ使えばいけるかなーって思って、やってみたらいけた!」
コテツとマロンが、興味深そうに並んで石柱に鼻を近づけた。
ばちっ。
二匹の全身の毛が、一斉に逆立った。白銀の毛並みがぶわっと膨らんで、一回り大きなまん丸の毛玉が二つ並ぶ。
「ぶっ――あははは!! まん丸!! 二人ともまん丸!!」
コテツとマロンは、揃ってきょとんとした顔で石柱を見上げていた。
「これで壁作ったら、突っ込んできた敵が全部ビリビリってなるじゃん! あとね、あとね、これも見て!」
ハジメが右の拳を握る。
蒼い光と紫電が、同時に拳へ集まった。岩石がまとわりついて、いつもの岩のグローブになる。その表面を、紫電が駆け巡っていた。
「バリバリナックル!!」
手近な岩を殴りつける。
ドゴォン!!
岩が砕けた。飛び散った破片の一つ一つに、紫電が走っていた。
「ね!? 今までは殴る瞬間にちょっと出すだけだったけど、これ拳ごとずっとバリバリなの! 殴った後も残んの! ヤバくない!?」
ティアは、砕けた岩と、紫の網を張った石柱と、目を輝かせているハジメを順に見た。
「……全部、バリバリ」
「分かりやすくていいじゃん!」
ハジメは、ぱんぱんと手を払った。
「なんかね、生成魔法って、石だけじゃないらしいの。水とか塩とか、生き物じゃないやつなら、理屈じゃ何にでも魔法くっつけられるっぽい。そういうのが全部、頭に入ってんの」
「……昨日の、陣で」
「そう。あと、これも読んだし」
ハジメが、懐をごそごそと探る。
取り出したのは、二冊の本だった。
分厚い革の表紙。どちらにも、同じ筆跡で、丁寧な題字が刻まれている。
『猿でもわかる 錬成のすべて 著:オスカー・オルクス』
『猿でもわかる 生成魔法のすべて 著:オスカー・オルクス』
「本の小屋にあったの! めっちゃ分かりやすいのこれ! 図とか入っててさ!」
「…………」
ティアは、二冊の表紙を見下ろした。
猿でもわかる。
著、オスカー・オルクス。
昨日、映像の中で穏やかに微笑んでいた、あの眼鏡の青年。神に挑み、七つの迷宮を創り、世界の果てに力を託した、反逆者の一人。
猿でもわかる。
「…………」
ティアの顔が、何とも言えない形で固まった。
「ね、いいタイトルでしょ? あーしこういうの好き!」
「…………」
「あ、あとこっちの『猿でもわかる』シリーズ、本棚にあと五冊くらいあったよ!」
「…………」
ティアは、黙って空を見上げた。
光石の明かりが、今日も昼のように降り注いでいる。
「……ハジメ」
「んー?」
「……私も、乗る。あの魔法陣」
「え」
「……せっかく、ここまで来たから。もらえるものは、もらっておく」
---
「……ほんとに乗る? 頭めっちゃ痛いよ? 脳みそにハードディスクぶっ刺されるみたいな感じだよ?」
「……はーど、でぃすく」
「知らなくていいやつ」
ティアは、陣の真ん中に立った。
床が光った。白い光の中に、昨日と同じ眼鏡の青年が浮かび上がる。
『――私の名はオスカー・オルクス』
「え、また映像流れんの!?」
青年は構わず、昨日と同じ穏やかな声で語り始めた。長い話が終わるまで、ハジメは壁にもたれて待った。
『君に、私の力を授ける』
光が、ティアの足元から駆け上がる。無機の物質の組成、魔力の通り道、性質を定着させる理。知らないはずの意味が、頭蓋の内側に次々と焼きついていく。
「……っ、……ぅ」
よろめいた背中を、横から伸びてきた手が支えた。
「ほら、痛いっしょ」
「……痛い。……はーどでぃすく、知らない。……でも、たぶん、それ」
光が収まると、ティアはそのまま床に手をついた。
床の石が、ほんのりと青く染まる。――と思った瞬間、その色はふっと薄れて、消えた。額に、じわりと汗が滲んでいる。
「……できる。でも、下手。……すごく、疲れる」
「え、今のだけで? あーし、朝から石柱立てまくっても平気なんだけど」
「……ハジメは、向いてる。私は、ぎりぎり」
ハジメは少しの間、色の抜けた床石を眺めて、にやっと笑った。
「じゃあさ。石いじんのはあーしがやるから、その間にアンタが注げばよくない?」
---
工房は、家の裏手にあった。
作業台がいくつも並び、壁際の棚には名前の分からない鉱石や道具がぎっしりと詰まっている。
ハジメは鉱石を一つ作業台に置くと、掌を当てた。
蒼い光が走る。
鉱石が柔らかく形を変え始めた。
「はい、今! あの青いやつ! ぼわってなるやつ! クソでかいのじゃなくて、指先くらいの!」
ティアが、ハジメの手の甲に指先を重ねた。
いつも放つ青い炎を、糸のように細く。ハジメの掌の下で形を変えていく石の中へ、蒼い光に乗せて流し込む。
蒼い光が、ほんのりと青い炎の色を帯びた。
形が定まる。
掌に収まるくらいの、小さな石。
ハート形の。
内側で、小さな青い炎がゆらめいていた。
「……なんで、はーと」
「かわいい方がテンション上がるじゃん」
「……意味、ある?」
「ある。あーしのテンションが上がる」
ハジメがハートを光にかざした瞬間、頭の中で知識が勝手に形を結んだ。
「……これ、魔力通したら燃えるやつだ。着火剤みたいな」
「……さっきより、ずっと、楽」
ティアが、自分の指先を見下ろしている。
「……石の方は、ハジメがやってるから。私は、入れるだけ」
「ね! 分業! 次、冷たいやつ!」
蒼い光。ティアの指先が重なる。星形に定まった石が、白く霜を吹いた。
「冷たっ!! え、冷蔵庫いらないじゃん!」
「……次」
「ビリビリのやつ!」
蒼い光。四角い石の表面を、ぱちぱちと小さな紫電が這った。
「あーしのと同じやつじゃん!」
「……次」
「水のピューってやつ!」
蒼い光。雫形の石が、しっとりと濡れた。
ハジメが指でつつくと、ぴゅっと細い水が噴き出して、顔を直撃した。
「ぶっ」
「……」
「……ティア今笑った?」
「……笑ってない」
「口の端ぴくってしたよね!?」
「……次」
ハート。星。四角。雫。三日月。
ハジメの掌の下で蒼い光が走り、そこにティアの指先が重なるたびに、作業台の上に色とりどりの石が増えていく。燃える石、凍る石、雷を這わせる石、水を噴く石。
それを一つ手に取るたびに、ハジメの頭の中で、使い道が勝手に並んでいった。
燃える石は、火種になる。凍る石は、足止めになる。雷の石は、罠になる。水の石は――顔に噴くと、ムカつく。
「……ヤバ」
ハジメが、作業台の石の山を見下ろして呟いた。
「これ、組み合わせたら、なんでもできるじゃん」
返事がなかった。
振り返ると、ティアが作業台に頬杖をついて、石の山を眺めていた。
ハジメは、手の中の青いハートを見下ろした。
燃える石。温かい。
それから、自分の髪に指を通した。昨日の風呂上がり、布でわしわし拭いて、それでも生乾きのまま寝て、朝起きたら爆発していた髪。
「…………待って」
ハジメの目が、見開かれた。
「……火と、風。……火と風を、一緒に入れたら」
「……?」
「――ドライヤー作れるじゃん!!!」
「……どらいやー?」
「髪乾かすやつ!! あったかい風がぶわーって出るやつ!! ティア、風もいけるよね!? 風のやつ!!」
「……いける、けど」
「火をちょっとと、風をちょっと!! ちょっとね!? クソでかいのはダメね!?」
ハジメは鉱石を掴んで、作業台に叩きつけるように掌を当てた。
蒼い光が走る。
今までで一番真剣な顔だった。
石が伸びる。筒の形になる。片側がすぼまり、その先に、細かい穴がいくつも開いていく。持ち手が生え、握りやすいように指の形の窪みまで刻まれていく。
「はい、今!!」
ティアが、ハジメの手の甲に指先を重ねた。
小さな火を、ひとつまみ。その後に、そよ風をひとすじ。
蒼い光が、ほんのりと橙色と若草色を帯びた。
形が定まる。
ハジメは、出来上がった筒を握りしめた。
深呼吸をする。
筒の先を、自分の髪に向ける。
魔力を、通す。
ふわ、と。
穴から、温かい風が吹き出した。
「…………」
白銀の髪が、温風にさらさらと揺れる。
「…………」
ハジメの目に、じわりと涙が浮かんだ。
「…………ドライヤーだ」
「……」
「ドライヤーだぁぁぁぁ……!!」
ハジメは筒を抱きしめるようにして、温風を浴び続けた。
「うわぁぁ……あったか……これだよこれ……文明……文明が帰ってきた……」
「……戦いには、使えない」
「いいの!! 髪乾かせるだけで勝ちなの!!」
ハジメは筒を作業台に置くと、すぐさま次の鉱石を掴んだ。
「ねえ、次、氷と風で冷蔵庫作ろ! 食べもん冷やしとく箱! あとお湯沸かすやつも欲しいし、あ、コテツとマロンの寝床あっためるやつも――」
「……ハジメ」
「なに!」
「……まず、お昼」
ティアが、すたすたと工房を出ていった。
「え、待って!? 今いいとこなんだけど!?」
---
昼食の後、ハジメは工房に戻るなり、腕まくりをした。
「よし! 文明、取り戻すよ!」
「……ぶんめい」
「まず冷蔵庫!」
食料庫から持ってきた木箱の内側に、蒼い光を走らせる。四隅に石の小さな窪みを作り、ティアの指先が重なるのを待つ。
冷気をひとつまみ。そよ風をひとすじ。
四隅の石が、白く霜を吹いた。箱の中を、ひんやりとした風がゆっくりと巡り始める。
「はい冷蔵庫!! 瓶詰め入れとこ! 冷えたやつ飲も!」
「……保存の魔法、かかってるから、冷やさなくても腐らない」
「冷えてる方が美味しいの!!」
次。
「お湯沸かすやつ!」
石を錬成して、注ぎ口のついた壺の形にする。底に、火をひとつまみ。
魔力を通すと、中の水がすぐにこぽこぽと鳴り始めた。
「ポット!! お茶!! お茶淹れれる!!」
「……お茶の葉、あるの?」
「…………食料庫見てくる」
次。
「コテツとマロンの寝床!」
平たい石の板を錬成して、その内側に、火をほんの少しだけ。上に、箪笥から持ってきた厚手の布を何枚も重ねる。
板が、じんわりと温かくなった。
二匹が、すぐさま布の上に飛び乗った。くるりと一回転して、身を寄せ合って丸くなる。三秒で、寝息が聞こえ始めた。
「……ホットカーペットだ」
ハジメが、感極まったように呟いた。
次。
「洗濯機!」
大きな石の桶を錬成する。底に、水と風を。
魔力を通した瞬間、桶の中の水が猛烈な勢いで渦を巻いた。
渦は、そのまま桶の縁を越えた。
ざばぁっ。
作業台の前に立っていたティアの頭から、渦巻く水が降り注いだ。
「…………」
「…………あ」
ずぶ濡れのティアが、無言でハジメを見上げた。
「…………風、入れすぎた?」
「…………入れたの、私」
「…………あ、そっか。じゃあ、あーしの器が浅すぎたね……」
ティアは、濡れた前髪の間から、じっとハジメを見つめ続けた。
ハジメは、そっと作業台の上のドライヤーに手を伸ばした。
「…………乾かします」
---
夕方には、隠れ家はすっかり様変わりしていた。
台所の隅では、冷蔵庫が静かに冷気を巡らせている。居間のテーブルにはポットが置かれ、食料庫の奥から発掘された、正体不明の乾いた葉で淹れた、正体不明の色のお茶が湯気を立てていた。寝室の床では、ホットカーペットの上で二匹が腹を出して眠っている。洗濯機は、縁を高く作り直されて、風呂場の隅に鎮座していた。
ティアは居間の椅子に座って、正体不明のお茶を一口すすった。
「……ここ、住める」
「住まないけどね!? 出てくからね!?」
ハジメは、ドライヤーを片手に胸を張った。
「でも、どうせ出てくなら、ちゃんと休んでからでしょ。ボロボロのまま外出てもしょうがないし」
「……」
ティアは、正体不明のお茶をもう一口すすった。
「……このお茶、変な味」
「それは、あーしのせいじゃないから」
---
その夜。
風呂上がりの居間に、ふわぁ、と温かい風の音が響いていた。
「はい、じっとしててねー」
ティアは、暖炉の前の椅子にちょこんと座らされていた。
後ろに立ったハジメが、右手の筒の先をティアの頭に向けている。温かい風が、濡れた金色の髪をさらさらと撫でていく。
左手には、ヘアブラシが握られていた。
鉱石を錬成した、艶のある白い柄。その先に、髪の毛ほどに細い石の歯が、ぎっしりと植わっている。シャツの胸ポケットからは、目の細かいコームも一本覗いていた。
「……それも、作ったの?」
「当たり前じゃん。ドライヤーあってブラシないとか、ありえないし」
「……自分で、できる」
「それ昨日も聞いた。はい前向いてー」
「……」
ブラシが、髪の根元に潜り込む。風を当てながら、ブラシで梳いて、持ち上げて、また梳く。細い石の歯が、濡れた髪の間をするすると滑っていく。床まで届く長い髪が、少しずつ軽くなっていく。
温かい。
頭のてっぺんから、首の後ろへ。首の後ろから、肩へ。
ティアの背筋から、少しずつ力が抜けていった。
「……ん」
「お、気持ちいい?」
「……違」
「はい正直ー。頭ぐらぐらしてますー」
ぐらぐらしていた。
ティアの頭が、こくり、こくりと前に傾いては、はっと戻る。
「てかほんと、アンタの髪いいよね。乾かしたら余計さらっさら」
「……ハジメのも」
「ん?」
ぐらぐら揺れながら、ティアが半分眠ったような声で言った。
「……ハジメの髪も、綺麗」
ハジメの手が、一瞬止まった。
「……え、なに急に」
「……さっき、お風呂で、見た。……銀色で、光ってた」
「…………」
ハジメは、しばらく黙ってティアの頭を見下ろしていた。
それから、ふっと笑って、またブラシを動かし始めた。
「……知ってるし」
毛先まで温風を行き渡らせて、最後に胸ポケットのコームを抜き、毛先の絡まりを一本ずつ丁寧に解いていく。
金色の髪が、暖炉の火を受けて、とろりと光った。
「はい完成! 次!」
ハジメが振り返ると、コテツとマロンが、すでに足元に並んでお座りしていた。
二匹とも、風呂上がりの濡れた毛並みがぺたりと身体に張りついて、一回りも二回りも細く見える。尻尾だけが、期待に満ちてぱたぱたと床を叩いていた。
「あはは、待ってたの? はいはい、順番ねー」
ハジメが床に座り込んだ瞬間、二匹が同時に動いた。
コテツが、ハジメの膝の上にずしりと顎を乗せる。マロンが、反対側から脇腹に頭をぐりぐりと押しつけてくる。
「ちょ、重っ! アンタら今デカいんだって! はい、コテツからね!」
温風が、コテツの背中に当たる。
コテツが、目を細めた。
ハジメの膝に顎を乗せたまま、くぅん、と甘えた声を漏らす。ブラシが背中を撫でるたびに、身体からどんどん力が抜けて、しまいにはごろりと横倒しになって腹を見せた。
「お腹もね。はいはい」
ブラシで毛を掻き分けるたびに、濡れて張りついていた白銀の毛が、一本一本ふわりと立ち上がっていく。背中。首回り。胸元。お腹。二本の尻尾。
その間も、マロンは脇腹から離れなかった。鼻先でハジメの肘をくいくいと押し上げる。ブラシを持つ手の下に、自分の頭を無理やり潜り込ませようとする。
「待って待って、マロンは次だから! 割り込まないの!」
マロンが、きゅうん、と情けない声を上げた。
コテツが、ハジメの膝の上で、得意げにふんと鼻を鳴らした。
「……張り合ってる」
椅子の上から、ティアがぼそりと言った。
「はい次、マロン」
呼ばれた瞬間、マロンはコテツを押しのけるようにして、ハジメの膝の上に上半身ごと乗り上げてきた。
「うわっ、ちょ、全部乗ろうとしないで!? 潰れる潰れる!」
マロンは聞いていなかった。ハジメの胸元に顔をうずめて、尻尾をぶんぶんと振り回している。押しのけられたコテツが、今度は背中側からハジメの肩に顎を乗せてくる。
前からマロン。後ろからコテツ。
ハジメは、白銀の毛並みの間に挟まれて、身動きが取れなくなった。
「……もー。甘えんぼか」
呆れたように言いながら、その声はとろけていた。
マロンの背中に温風を当てて、ブラシを滑らせる。肩の上で、コテツがハジメの頬をぺろりと舐めた。
ふわぁ。しゅっしゅっ。ぺろ。ふわぁ。
しばらくして。
居間の床に、巨大な白銀の毛玉が二つ、ハジメを挟んで鎮座していた。
「…………」
「…………」
どこが顔で、どこが背中なのか、よく分からない。辛うじて、毛の中から黒い鼻先が二つ、ちょこんと覗いている。その間から、ハジメの白銀の頭だけが突き出ていた。
「ぶっ――あははは!! なにこれ!! でっか!! 綿あめじゃん!!」
ハジメが、二つの毛玉にまとめて腕を回した。
顔が、ふかふかの毛の中に沈む。
「うわぁぁ……ふかふか……あったか……これもう布団じゃん……」
二匹が、満足そうに鼻を鳴らして、左右からハジメにぎゅうぎゅうと身体を押しつけた。
「……」
ティアは、椅子の上からそれを眺めていた。
さらさらになった自分の髪の先を、指でつまむ。
まだ、少し温かい。
「……ハジメ」
「んー?」
毛玉に埋もれたまま、くぐもった声が返ってくる。
「……それ、作ってよかった」
ハジメが、毛玉の間から顔を上げた。
ティアは、もう視線を暖炉の方へ逸らしていた。
ハジメは、へへっと笑って、また毛玉の中に顔を埋めた。
「でしょ」
暖炉の火が、ぱちりと爆ぜた。