あの騒動から数日。クラスメイト達は各々の天職の訓練にも慣れ、少しづつ自分のポテンシャルを引き出しつつあった。
そんな中、ハジメは相変わらず工房にて錬成の技術を学んでいた。あの一件以来錬成の感覚をつかんだらしく、金髪をシュシュでまとめた姿で鉱石の錬成に励んでいる。
それを見ていた職人のおじさん達が「いくら錬成師とは言えさすがは神の使者様だなぁ! 錬成のコツをこの短期間でマスターするとはなぁ!」と感心すると、ハジメは「でしょぉ? あーしにかかればこれくらい二、三日あれば余裕だってw」と自慢げに語る。それに対して工房長は「初日に色々やらかした奴のセリフとは思えねぇなw」と返し、工房は和やかな笑いに包まれていた。
ワイワイとした工房の空気が一段落つき、ハジメは新しく手にした金属パーツを指先でくるくると回しながら、ふと気になった疑問を口にした。
「ねぇ、工房長〜。ちょっと気になったんだけどさ、この『錬成』ってさ、ぶっちゃどこまでのモノいけるわけ?」
手を動かすのを止め、首をかしげるハジメ。その質問に、工房長は作業の手を緩めてチラリと視線を向ける。初日にハジメが革の端切れを爆破させた光景が脳裏に蘇る。
「どこまで、か……。まぁ、俺たちが普段から錬成するために扱ってるもんと言やぁ、それこそ今お前が錬成してる鉱石や鉄くず、この前お前が爆破した布や革製品、それに魔物からとれた牙や骨なんかのかてぇ素材もだ。だいたいはこれくらいだぞ。あ、そうそう、大事なこと言い忘れてたが、基本的に生物には錬成は発動しねぇからな。もっとも、魔術で作られたゴーレムなんかの例外を除けばの話だがな」
工房長は作業台の端を指差しながら答える。
「へぇ、モンスターの牙とかもいけるんだ、意外。てか生き物にはムリなんだね」
「あぁ、素材の性質や密度を理解しちまえば、固体も繊維もある程度は自在だ。もっとも、お前みたいに魔力任せで無理やり形を変えようとすると、素材のほうが耐え切れずにドロドロのスープになったり盛大に爆発したりするわけだがな」
「うっ……それを言うのは反則っしょ! あの時は加減がわかんないし、マジでビビったんだからさ!」
チクリと刺さる工房長の皮肉に、ハジメはふくれっ面で抗議する。周囲の職人たちから「あれは傑作だったよなぁ」「いい黒焦げ顔してたぜ」とからかわれ、工房内には再び和やかな笑い声が広がっていった。
ーーー
「っで、どんなものが錬成できるか確かめるためにみんなを召集したってわけ!」
少し時間は飛び、工房の一角。清水を筆頭に、香織、雫、遠藤、鈴、恵理の面々がハジメの呼び出しに応じて集まっていた。腕を組んだ清水が「なんだよ急に」と呆れる傍らで、ハジメはへへっと軽い笑みを浮かべて両手を合わせる。
「いやぁマジごめん! あーしだけじゃマジでネタ尽きたからさ、みんなの知恵を借りに来ちゃった☆」
「まあ、面白そうだし付き合うけどさ」と鈴が肩をすくめ、香織は「ハジメちゃんが頼むなら喜んで協力するよ」と微笑む。雫や恵理、遠藤もそれぞれの姿勢を示した。
そこから、ハジメの検証実験が始まった。結果として判明したのは、以下のようなラインナップだった。
* 水:×(液体そのものはムリ。でも魔力で冷やして氷にすれば余裕で○)
* 生えている木:×(根っこが生えてる自然物はムリだけど、加工された木材なら○)
* 金属・鉱石・革・布・魔物の牙や骨:もちろん余裕で○
「なるほどね〜、素材の状態とか加工されてるかが結構カギっぽいわけね」と恵理が分析する。ある程度勝手が分かったところで、遠藤がふと首を傾げた。
「なあ……素材とか木材ができるならさ、もしかして『地面そのもの』も錬成できたりするのか?」
「あ、そういえばそれやったことなかったわ!」
ハジメが工房の外の土間にしゃがみ込み、その手のひらをピタリと地面に這わせる。手のひらから伝わってきたのは、どっしりとした大地を構成する膨大な密度と手ごたえだった。
「……なんか、めっちゃはっきり手ごたえあるわ。これ、余裕でいけるやつ。ねぇ、みんななんか作ってほしいものある?」
「戦闘のことも考えて、足止め用の『落とし穴』とかどうだ?」と清水が提案する。
「オッケー、落とし穴ね! 任せといて☆」
ハジメは頭の中で『深さ3メートル、綺麗にくり抜かれた円柱状の穴』を完璧にイメージし、魔力を地面へと流し込む。ズズズズズッ……! 瞬く間に真円の綺麗な大穴がぽっかりと口を開けた。
だが――その完璧すぎるタイミングは、時に最大の悲劇を呼ぶ。
「コラぁぁぁっ!! またお前たちは勝手に――」
まさにその時、様子を見に来たのであろうメルド団長が、怒鳴り声を上げながら歩いてきた。前をろくに見ずに突っ込んできたメルドの足は、ハジメが作り終えたばかりのその場所に――見事に、吸い込まれるように踏み出した。
「んっ……?」
ドスンッ!! 「ぐはっ……!」
深さ3メートル。綺麗にくり抜かれた底へと、メルド団長は綺麗すぎるフォームで真っ逆様に落下していった。土煙が舞い上がり、一同は「「「「あ……」」」」と絶句する。
土埃をパタパタと払いながら、メルド団長がゆっくりと穴から這い上がってくる。誰もが怒鳴り声を浴びせられると身構えたその瞬間、メルドは顔をピクリとも動かさず、しかし一切目が笑っていない恐怖の笑顔を浮かべてハジメを見据えた。
「……ふっ。素晴らしい精度だな、ハジメ」
「え,あ、おじさん……?」
「何の乱れも歪みもなく、地盤の密度を完璧に把握した上で、一瞬にして深さ3メートルの真円の穴を構築する……。見事なものだ。素人のイタズラにしては、あまりにも洗練された見事な土木技術だなァ?」
その底冷えのする称賛に、ハジメは「あはは……なんかごめん?」と乾いた笑いを浮かべるしかなくなる。
「お陰で俺の尊厳と、鍛え上げた腰が盛大に粉砕されたわけだが……。しかし、そこまでの技術があるのならば、使い道はいくらでもあるというものだ」
メルドは首を鳴らしながら不気味に微笑んだ。
「というわけでハジメ! 公共物を不法に破壊し、あまつさえ騎士団長の身体と威厳を罠にかけたその大罪――! その見事すぎる地面の錬成技術を活かし、本日から王国南壁のひび割れた石垣および崩落寸前の城壁全ての修繕作業を、単独の罰として行うものとする!」
「どえぇぇぇぇぇっ!? 城壁の修繕って、広すぎない!? 普通にパシリかかってるじゃん!」
「文句は受け付けん! さあ、今すぐ現場へ向かえぇいっ!」
鬼の形相ならぬ冷酷な笑顔の圧力の前に、ハジメは「最悪なんですけど……!」と盛大に悪態をつきながらも、絶望の修繕作業へと引きずられていくのだった――。
---
時は少し流れ――。
「……マジ意味フなんだけど! あんなん足元見てないおじさんが百パー悪いっしょ! なんであーしがこんなガチの土方バイトみたいなことさせられなきゃなんないわけ? 王宮マジでブラックすぎ、労基呼んでこいっての……」
王国南壁の巨大な石垣の前で、ハジメは額の汗を手の甲でゴシゴシと拭いながら、ぶつぶつと愚痴をブチまけていた。手のひらをひび割れた部分にピタッと当て、意識を集中させて魔力を流し込む。バラバラに崩れかけていた石と石の隙間がピタリと噛み合わさっていく。錬成の腕前はエグいほど洗練されていたが、なにせ修繕すべき範囲が広すぎてマジで終わりが見えない。
「ほらぁ! 手を動かすのが遅いぞハジメ! もっとキリキリやらんか!」
少し離れた場所から、メルド団長が冷酷な笑顔を浮かべながらゲキを飛ばす。
「はいはーい、今テキトーにやってまーすよっと!」
ハジメがヤケクソ気味に返事をしながら次のひび割れに手を伸ばしたその時、少し離れた木陰のベンチから、あまりにも優雅な茶会の雰囲気が漂ってきた。訓練を早めに切り上げたのか、香織、鈴、雫、恵理の四人が綺麗に並んで座り、優雅にカップの紅茶を傾けている。
「いやぁ、まさかナグモンが王宮の城壁を直すガチの土方作業させられるとはね〜。青春の1ページが土まみれじゃん、ウケる」
と鈴がクスクサと笑いながら高級そうなクッキーを頬張る。
「ハジメちゃ〜ん、がんばれ〜! あと半分くらいだよ〜!」
と香織は慈愛に満ちた笑顔で手を振るが、その足元には「今すぐあの団長を毒殺してやろうか」という冷徹な殺気が微かに立ち込めている。
「……自業自得とはいえ、あんな広大な石垣を一人で修繕させられるなんて、団長も相当根に持ってるわね」
と雫がやれやれといった様子で紅茶を飲む。
そんな中、恵理は眼鏡のブリッジをくいっと押し上げながら、楽しそうに目を細めてハジメの作業を観察していた。
「ふふっ。文句は言いながらも、一箇所たりとも手抜きをしないで綺麗に仕上げちゃうあたり、やっぱりハジメって真面目というか、自分の仕事に対する変なこだわりがあるよね。見ていて飽きないかも」
友だち四人が影で優雅にティータイムを楽しみながら自分を眺めているのを見たハジメは、カチンとこめかみに青筋を立てた。
「アンタらマジふざけんなし! そこで優雅にティータイムかましてないで、一秒でも早く手伝えや! マジでのどカラカラなんですけど!」
「え〜? 応援はしてるよ、ファイト〜☆」
「がんばれ〜、ハジメちゃん!」
「自分のまいた種でしょ、自業自得よ」
「私たちの応援をパワーに変えて頑張ってね、ハジメ!」
四人は全く悪びれる様子もなく、むしろ楽しそうに手を振り返してくる。
「くっそ……! これ終わったらマジアンタらの分のクッキー、全部完食してやるから覚悟しとけよ……!」
ハジメは舌打ち混じりに悪態をつきながらも、絶望的な広さの城壁に向かって再びヤケクソ気味に手を光らせるのだった。
「にしても、これマジでいつ終わるわけ……? マジでエンドレスじゃん、ブラック企業でもここまでガチでこき使わねぇし、労基にチクるレベルなんですけど……!」
ハジメは額の汗を手の甲で雑に拭い、目の前に広がる途方もなく長いひび割れた城壁を見上げて、盛大にぐったりと肩を落とした。一箇所ずつ丁寧に手作業で直していくなんて、今の自分の上がった錬成の腕前とスピードをもってしても流石に限界がある。このままでは今日中に終わる気がしないし、何より腕が疲れて厳しい。もっとこう、一気に効率よく終わらせる方法はないものか。
(うーん……。そういえば、この前みんなに落とし穴作ったとき、地面に触ったらめっちゃはっきり手ごたえあったっけ。あの時みたいに、もっと広い範囲で一気に干渉できたりしないわけ?)
ふと、ハジメの脳裏にあの時の感触がよみがえる。自分の錬成スキルが、今の段階でいったいどこまでの範囲や距離に対応できるのか。ちょっと試してみる価値はあるかもしれない。
「……よし、ちょっとやってみるか」
ハジメは周囲をチラリと確認し、またサボっていると勘違いしたあのムカつくおじさん(メルド団長)が変な笑顔で飛んでこないうちに、巨大な石垣の壁面に両手をピタリと当てた。そして、深く息を整えて、ゆっくりと目を閉じる。
シュウゥ……と、ハジメの体内からバグった数値の莫大な魔力が引き出され、両手のひらを通じて城壁の石材へとジワジワと流れ込んでいく。
次の瞬間、ハジメの脳裏の暗闇の中に、明らかに今までとは違う変化が起きた。
視覚ではなく、全身の感覚として。
両手のひらを中心に、上下左右へ向かってクモの巣のように魔力がスルスルと広がっていき、城壁の内部構造が次々と立体的なシルエットとして浮かび上がってきたのだ。完全にすべてが見えているわけではないが、ハジメの体感でおよそ上下左右20メートルほどの範囲が、まるで青白いワイヤーフレームのように頭の中にくっきりと描き出された。
ステータスプレートを確認した時にハジメ本人がその有用性を理解できていなかった
錬成の派生技能「範囲内地形構成把握」が発動した瞬間だった。
どこにひびが入っているのか、中に変な空洞があるのか、石の噛み合わせがズレているのか――その構造が手に取るようにわかる。
(……これ、マジでヤバくない!? めっちゃスケスケに見えるじゃん……!)
ハジメは心の中で大きく目を見開いた。
なら、この浮かび上がってきた範囲の魔力を、ただの一点に集中させるだけではなく、その範囲全体に薄く、均等に広げて一気に再構築してやったらどうなるか。細かくちょこちょこ直すのではなく、20メートル四方の構造全体をまるごと「完璧な状態」へと書き換えるイメージだ。
(いける……! あーしにかかれば、これ絶対余裕でいけるっしょ!)
自分の直感を信じ、ハジメは迷うことなく魔力の出力をグッと上げて、脳内に描き出した20メートル四方のシルエット全体へ向けて、一気に魔力を解き放った――!
*ゴオオオッ……!*
ハジメの両手から迸った膨大な魔力が、頭の中に描き出した20メートル四方のシルエットへと一気に流し込まれる。それはまるで、見えない巨大なメスが城壁の奥深くまで行き渡り、歪みを正し、傷を癒していくような感覚だった。
――次の瞬間。
シュンッ……!
音すらなかった。
ハジメの両手が触れていた石垣を中心に、周囲20メートルにわたる広大な範囲が、一瞬だけまばゆい青白い光に包まれる。
そして光がスッと引いたとき、そこにあったのは――。
「……は……?」
あまりの出来事に、ハジメは思わずポカンと口を開けた。
そこにあったのは、ひび割れだらけのボロボロな城壁ではない。まるで今、この瞬間に最新の王宮建築技術のすべてを注ぎ込んで作り直したかのような、隙間一つなく完璧に噛み合わさった、ツルッツルで驚くほど美しい巨大な石垣だった。
しかも、ただ元通りになっただけではない。石の密度や硬度が以前の何倍にも高められているのが、触れずとも肌でビシビシと伝わってくる。
「えっ……嘘、マジで……? これ、あーしがやったの……? え、あーし天才すぎん!? マジでやばない!?」
ハジメは自分の両手をパッと見つめ、あまりの規格外な成果に目を見開いて飛び上がりそうになった。
一箇所ずつちまちま直していたのがバカらしくなるほど、一瞬にして、しかも完璧すぎるクオリティで20メートル四方の壁がリノベーションされてしまったのだ。
「なっ……なんだ今の光は……!?」
その異変にすぐ気づいたのは、少し離れた場所で監視していたメルド団長だった。
腕を組んで仏頂面をしていたメルドは、目の前で起きたあまりにも非現実的な光景に、開いた口が塞がらない。あんな広大な範囲の石垣を、たった一瞬の魔力操作で、ひび一つない完璧な状態へと書き換えただと……? 素人の土方作業どころか、伝説の職人でも真似できないレベルの超技術である。
「お,おい……ハジメ……お前、今いったい何をした……?」
メルドは引きつった顔で歩み寄り、目の前のピカピカに生まれ変わった城壁と、どこか誇らしげに胸を張るハジメを交互に見据えた。
一方、少し離れた木陰のベンチ――。
優雅に紅茶を飲んでいた香織、鈴、雫、恵理の四人も、起きた瞬間のまばゆい光と、一瞬で消え去った城壁のひび割れを目撃し、ティーカップを持ったまま完全にフリーズしていた。
「……いまの、何? ナグモン、なんか光線出さなかった?」
鈴が目を丸くしてカップをソーサーにガチャリと置く。
「うそ……あんな広い城壁、一瞬で直っちゃったよ……?」
香織は驚愕のあまり、慈愛の笑顔を引っ込めてポカンと口を開えている。
「……あの馬鹿、また何かとんでもない規格外のことやらかしたわね」
雫がやれやれといった様子で額を押さえ、恵理は眼鏡を押し上げながらフッと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふっ。本当に、見ていて飽きないよね、あの子は」
南壁の現場では、メルド団長が目の前の完璧すぎる石垣を呆然と撫で回しながら、言葉を失っていた。
「……くっ。文句を言ってやりたいところだが……これほど完璧に修繕されてしまっては、私が罰として下した理由が完全に消滅してしまうではないか……」
ハジメが「じゃあ、この罰ゲームはこれでおしまいってことでオッケー?」と得意げに返すのを見て、メルドは思わず小さく息を吐き出した。
(まったく……たった数日の訓練で、ここまで我流の技術を洗練させるとはな。あの規格外の魔力コントロールといい、とんでもない化け物が異世界からやってきたものだ……。だが、まぁ……見事な仕事だったな。やるじゃねぇか、お嬢ちゃん)
内心でそう舌を巻きつつも、メルドの口元には隠しきれない感心と呆れが混ざった笑みがふと漏れていた。慌てて真面目な顔に戻そうとわざとらしく咳払いを一つ挟むと、彼は堂々とした姿勢でハジメに向き直る。
「……わかった! 本日分の、いや、残りの全日程の修繕作業はこれにて完了とする! もう二度とお前を城壁に近づけん! さっさとその辺で遊んでこい!」
「やったぁ! ざまぁみろ、ブラック王宮!」
ハジメは勝ち誇ったようにガッツポーズをキメると、文句タラタラのメルドをその場に放置し、ベンチで待つ友人たちのへと軽快な足取りで駆け寄っていくのだった――。