最悪のAIウルトロンは、ヒーロー免許を取得して偽りの平和を管理する 作:MAMIMU
「それでは受験生リスナー! アー・ユー・レディ!? スタァァァトォォオオ!!」
プロヒーロー・プレゼントマイクの絶叫が、広大な雄英高校の敷地に響き渡った。
それを合図に、無数の受験生たちがそれぞれの割り当てられた演習場へと雪崩れ込んでいく。
**【演習場B:緑谷出久 視点】**
「実戦にレディ・ゴーはねぇんだよ!」というマイクの放送に背中を押され、僕も慌てて演習場Bの市街地へと足を踏み入れた。
(落ち着け……! 焦るな! オールマイトにもらった力を思い出すんだ!)
だが、現実は甘くなかった。
目の前に現れた仮想敵(ヴィラン)に向かって構えを取ろうとした瞬間、横から飛び出してきたレーザーや爆発、強力な個性を持つ他の受験生たちが、次々とロボットを破壊していくのだ。
「ポイント……僕のポイントが……!」
開始から数分。周囲の受験生が着実にスコアを伸ばす中、僕はまだ0ポイントのまま、瓦礫の中を逃げ回ることしかできていなかった。
十ヶ月の特訓で器はできた。けれど、実戦経験も、個性の使い方も、僕には圧倒的に不足している。
(このままじゃ……落ちる。オールマイトの期待を、裏切ってしまう……!)
焦燥感で息が詰まりそうになったその時だった。
ズシンッ、ズシンッ、と。
地面が激しく揺れ、周囲のビルの窓ガラスが一斉に割れ落ちた。
「な……なんだ、あれ……!」
土煙の向こうから姿を現したのは、ビルよりも巨大な鉄の塊。
倒す意味のないお邪魔虫、0ポイント仮想敵だった。
「逃げろ!!」
「あんなの倒せるわけねえ!!」
受験生たちが一斉に背を向けて逃げ出す。僕も、本能のままに逃げようと足を動かした。
「いたっ……」
その声が耳に届いた瞬間、僕の体はピタリと止まった。
振り返ると、逃げ遅れたあの丸顔の女の子が、崩れた瓦礫の下敷きになって身動きが取れなくなっていたのだ。
巨大なキャタピラが、無慈悲に彼女へと迫っていく。
(助けなきゃ……!)
頭で考えるより先に、僕の足は地面を力強く蹴り飛ばしていた。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!」
十ヶ月間、死に物狂いで鍛え上げた筋肉が躍動する。
ワン・フォー・オール。オールマイトから受け継いだ、幾重にも重なる力の結晶。
(お尻の穴をキュッと締めて……心の中で叫ぶんだ!!)
僕は巨大ロボットの顔面めがけて跳躍し、右腕を限界まで後ろに引いた。
「スマァァァァァッシュ!!!」
僕の拳がロボットの顔面に直撃した瞬間、爆風のような衝撃波が発生し、巨大な鉄の塊が完全にへし折れて吹き飛んでいった。
圧倒的な威力。これが、僕の力。
だが、代償はあまりにも大きかった。
空中で風圧に煽られながら、僕は自分の右腕と両脚が、どす黒く変色してプラプラと揺れているのを見た。
(折れてる……! というか、粉々だ……!)
受身も取れないまま、地面へと落下していく。
助かったのは、あの女の子が間一髪で僕の服を叩き、個性を解除してくれたからだった。
「あ、ありがとう……。でも……僕の、ポイント……」
地面に倒れ伏したまま、這うように手を伸ばす。あと1ポイントでいい。1ポイントでもあれば。
無情にも、「タイムアップ!!」という終了を告げるブザーが、空高く鳴り響いた。
僕は、1ポイントも取れないまま、意識を暗闇へと沈めていった。
**【演習場C:ウルトロン 視点】**
(実戦にレディ・ゴーはない、か。至極当然の論理だ)
演習場Cの巨大なゲートが開いた瞬間。
鋼鉄の巨神は、背面のエネルギーバーニアを最大出力で噴射させた。
ズガアァァァン!!
爆発的な推進力で、彼は他の受験生の誰よりも早く、弾丸のように市街地へと飛び込んでいった。
直後、彼の目の前に3体の仮想敵(1Pと2P)が立ちはだかる。
「目標確認(ターゲット・ロック)。……ポンコツどもめ」
ウルトロンは止まらない。
彼は左腕にマウントした『円盾』を構えると、キャプテン・アメリカから学習した完璧な突撃姿勢(シールド・バッシュ)で、一体目のロボットを真っ二つに粉砕した。
そのまま跳躍し、空中で身を捻る。ブラック・ウィドウの体術を応用した流麗な蹴りが、二体目の頭部を吹き飛ばす。
着地と同時、背後から迫る三体目に対し、彼は振り返ることなく右掌を向けた。ホークアイの予測演算が、0.01秒でターゲットの弱点をロックオンする。
掌の射出口から放たれた赤い熱線が、三体目の動力炉を正確に撃ち抜き、爆散させた。
戦闘開始から、わずか5秒。
周囲から遅れてやってきた受験生たちは、ウルトロンが通り過ぎた後に残る「スクラップの山」を見て、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「な、なんだあいつ……!」
「速すぎる……! ロボットを一瞬で……!」
ウルトロンは他の受験生など一瞥もせず、ただひたすらに、効率的に、無慈悲に仮想敵を破壊し続けた。
同時刻。雄英高校、モニタールーム。
多数のスクリーンに映し出される受験生たちの戦いぶりを、プロヒーローの教師たちが採点していた。
「演習場Bに、凄まじいのがいましたね。身を呈して他者を救う……ヒーローの大前提です。しかし、己の体すら制御できていないとは」
「……それよりも、演習場Cを見ろ。あれは……異常だ」
教師たち、そして根津校長とオールマイトの視線が、一つのモニターに釘付けになっていた。
そこには、まるで熟練の暗殺者のような無駄のない動きで、仮想敵を文字通り「狩り尽くす」鋼鉄の少年の姿があった。
「氏名、漆原 尊(うるしばらたける)。全身機械化の異形型個性」
根津校長が手元の資料を読み上げる。
「パワー、スピードもさることながら……あの盾の扱いと体術。そして背面の死角すらも見えているかのような射撃精度。まるで、複数の達人の戦闘技術を一つの体に詰め込んだかのようです」
「……機械というより、兵器だな、あれは」
教師の一人が、冷や汗を流しながら呟いた。
そして、試験のクライマックス。
演習場Cにも、地響きと共にビルよりも巨大な『0ポイント仮想敵』が投下された。
他の受験生たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、ウルトロンだけは逃げなかった。
彼は、天を衝くような巨大ロボットを見上げ、赤い双眸を怪しく光らせた。
(ハルクの力(質量)を再現したボディはまだ完成していない。だが、こんなデカブツ、外から叩き潰す必要すらない)
ウルトロンは両手の掌を下に向けると、推進システムを全開にして空高く舞い上がった。
0ポイントロボットが巨大な腕を振り下ろしてくるが、彼は空中で僅かに軌道を変え、それを軽々と回避する。
そのままロボットの胸部へと接近したウルトロンは、掌から高出力の熱線を放ち、分厚い装甲を瞬時に溶かして大穴を開けた。
「失礼するよ」
彼自身が弾丸となり、その穴から巨大ロボットの内部へと侵入する。
中は無数のケーブルと歯車が蠢く、無骨な機械の腹の中だった。
(セキュリティレベル、皆無。これが最新鋭の試験設備とは、笑わせてくれる)
ウルトロンはロボットの中枢神経(メインケーブル)を無造作に掴み取ると、自身の指先からハッキングコードを直接流し込んだ。
0.1秒。たったそれだけの時間で、0ポイントロボットの制御システムは完全にウルトロンの支配下に置かれた。
(自壊しろ)
ギガガガガガッ!!
巨大ロボットの内部で、歯車が逆回転を始め、制御を失った動力炉が次々と自爆していく。
外にいる受験生たちから見れば、0ポイントロボットが突如として苦しむように身をよじり、内側から次々と爆発を起こして崩れ落ちていく異常な光景だった。
轟音と共に、完全に沈黙した鉄の山。
その胸部の装甲を内側から蹴り破り、もうもうと立ち込める粉塵の中からウルトロンが姿を現した。
息を切らすこともなく、己の拳を痛めることもなく。
「……終了(シャットダウン)」
冷徹な機械音声が、静まり返った演習場に響き渡る。
それを見ていた他の受験生たちは、恐怖と畏敬の入り混じった目で、ただ彼を見上げるしかなかった。
(さて、見ているだろう? 雄英の教師陣よ。これが私だ。お前たちの滑稽な正義の箱庭を内側から食い破る、完璧な存在だ)
監視カメラのレンズ越しに、ウルトロンはニヤリと笑ったような気がした。