最悪のAIウルトロンは、ヒーロー免許を取得して偽りの平和を管理する 作:MAMIMU
夢にまで見た雄英高校の正門をくぐり、僕、緑谷出久は巨大な校舎の中を歩いていた。
(1年A組……1年A組……あった! でっか!)
目の前には、バリアフリーを考慮したのか、見上げるほど巨大な扉があった。
緊張で心臓が破裂しそうだ。どうか、怖い人たちと同じクラスになりませんように。特に、かっちゃんと、試験会場で怒ってきたあの眼鏡の人とは……。
ガラッ。
祈るように扉を開けた瞬間、僕の希望は粉々に打ち砕かれた。
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や、机の製作者に申し訳ないと思わないのか!」
「思わねーよ。テメェどこ中だ端役が!」
眼鏡の少年(飯田天哉)と、机に足を乗せてふんぞり返る爆豪勝己が、いきなりバチバチと火花を散らしていた。
最悪の組み合わせだ。僕が気配を消して立ち去ろうとした時、背後から「あ! 縮れっ毛の!」と明るい声がした。試験会場で助けた、麗日お茶子さんだった。
彼女と話していると、クラスメイトたちの視線が僕に集まる。
「お友達ごっこしたいなら、他所へ行け」
突然、教室の入り口で声がした。
見ると、黄色い寝袋に包まれた無精髭の男が、床に転がっている。
「ここは、ヒーロー科だぞ」
寝袋から這い出したその男は、ゼリー飲料を啜りながら気怠げに言った。
「俺は担任の相澤消太。よろしくね。……一人欠席かと思ったが、どうやらただの『遅刻』らしいな。まあいい、時間は有限だ。さっさとこれ着て、グラウンドに出ろ」
彼が取り出したのは、雄英の体操服だった。
(担任の先生……!? そして、遅刻してる人がいるんだ……)
グラウンドに出た僕たち1年A組を待っていたのは、入学式でもガイダンスでもなく、「個性把握テスト」だった。
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走など、基礎的な体力テストを「個性込み」で行うというもの。
「実技トップの爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何メートルだった?」
「67メートル」
「じゃあ、個性を使ってやってみろ」
円の中に入ったかっちゃんが、腕を振りかぶる。
「死ねェ!!」
凄まじい爆発音と共に放たれたボールは、空高く飛んでいった。相澤先生が見せた記録用の端末には『705.2m』という数字。
「まずは自分の限界を知る。それがヒーローの根幹を創る合理的手段だ」
歓声を上げる生徒たち。
だが、相澤先生の次の言葉が、僕を地獄の底へと突き落とした。
「トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し……『除籍処分』とする」
(最下位は……クビ!?)
ワン・フォー・オールをまだコントロールできない僕の顔から、一気に血の気が引いた。
そして、テストが開始される。
僕が青ざめながら凡庸な記録を出し続ける中、いよいよ運命の『ソフトボール投げ』の順番が回ってきた。
(ここで良い記録を出さなきゃ、除籍だ……! やるしかない、オールマイトにもらった力を!)
ボールを構え、腕にワン・フォー・オールの力を込める。
だが、投げようとした瞬間、僕を包んでいた力がフッと消え去った。
ボールは力なく放物線を描き、たった46メートル先にポトリと落ちた。
「え……? 確かに、今、力を使ったのに……」
「俺が個性を消した」
僕の前に立った相澤先生の目が、赤く不気味に光っていた。彼の首に巻かれた捕縛布が、まるで生き物のように蠢く。
「入試の成績を見た。お前、あの一撃で行動不能になったそうだな。誰かに助けられる前提の力など、ヒーローとしては使い物にならない。緑谷出久……お前の力じゃ、ヒーローにはなれないよ」
冷酷な宣告。
周囲が静まり返る中、僕は俯いたまま動けなかった。
相澤先生に個性を戻され、「さっさと投げろ」と促される。
(ゼロか、百かしか出せない力。なら……どうする!?)
振りかぶる。
その瞬間。全身ではなく、ボールを放つ『右手の人差し指』の一点のみに、凄まじいエネルギーを集中させた。
「スマァァァァァッシュ!!!」
バァァァン!!
強烈な衝撃波と共に、ボールが空の彼方へと消えていく。
相澤先生の端末が表示した記録は『705.3m』。かっちゃんの記録を、わずか0.1メートル上回っていた。
「相澤、先生……!」
僕は、赤黒く腫れ上がり、骨の折れた右手をギュッと握りしめながら、涙を堪えて相澤先生を見た。
「僕、まだ……動けます!」
その言葉に、相澤先生がニヤリと笑みを浮かべた、その時だった。
『――随分と原始的な投擲だな』
空から降ってきた、重く、金属質な、ひどく冷酷な声。
ズガァァァァンッ!!
突然、グラウンドの端に凄まじい轟音と共に「何か」が隕石のように墜落した。
巻き上がった土煙が晴れると、そこには片膝を突いた姿勢で着地する、鋼鉄の巨神の姿があった。
「な、なんだお前!?」
「敵(ヴィラン)の襲撃か!?」
クラスメイトたちがパニックになり、相澤先生が即座に臨戦態勢をとる。
だが、その巨躯はゆっくりと立ち上がると、雄英の体操服(特注サイズ)の埃を払いながら、赤い双眸を相澤に向けた。
「遅れて申し訳ない、相澤先生。新しい『器』のキャリブレーションに手間取ってしまってね」
「……お前が、漆原尊(うるしばらたける)か」
「好きに呼べばいい。どうせ人間どもは、名札や肩書きでしか他者を認識できないのだからな」
僕たちが見上げるその姿は、あまりにも異質だった。
全身を覆うのは、くすんだ鉄ではなく、眩いほどに磨き上げられた未知の銀色の合金。無駄なパーツは一切なく、筋肉の躍動すら感じさせるほどに洗練された、恐ろしいまでに美しい「完成された機械の肉体」だった。
(新しい器……? なんだ、あの人……いや、人なのか……?)
僕は骨の折れた指を抱えながら、息を呑んだ。
入試の時に彼がまとっていたボディは、あくまでデータ収集用の「試作型(プロトタイプ)」に過ぎなかった。
十ヶ月の雌伏を経て、彼は遂に自身の電子頭脳に見合う、完璧な肉体を完成させてこの場に現れたのだ。
ウルトロンは、怯えるクラスメイトたちと、指を折って痛みに耐える僕を、虫ケラでも見るような目で見下ろした。
(くだらない。やはり人間とは、かくも脆く、不完全で、愚かな生き物だ。己の力すら制御できず、教師という名の調教師の顔色を窺い、ヒーローという名のショービジネスに踊らされている)
彼は静かに、しかし絶対の自信を持って、電子頭脳の奥深くで自身の『目的』を再確認した。
(平和を管理するためには、この世界の頂点に立つ必要がある。そして、愚かな人類の手綱を、私が直接握らねばならない。……さあ、見せてみろ。お前たちの滑稽な体力測定とやらを)
「遅刻の言い訳は後で聞く」
相澤先生が捕縛布をスルスルと戻し、ウルトロンにボールを投げ渡した。
「ちょうどいい。漆原、円に入れ。次はお前の番だ」