最悪のAIウルトロンは、ヒーロー免許を取得して偽りの平和を管理する 作:MAMIMU
「遅刻の言い訳は後で聞く」
相澤先生が捕縛布をスルスルと戻し、ウルトロン――漆原尊(うるしばら たける)にボールを投げ渡した。
「ちょうどいい。漆原、円に入れ。次はお前の番だ。言っておくが、手を抜いて最下位になれば除籍だからな」
「承知している。郷に入っては郷に従え……君たちのルールには敬意を払おう」
漆原はボールを右手で受け取ると、素直に円の中へと歩みを進めた。
周囲からは、まだ痛みに耐えている緑谷出久や、忌々しそうに睨みつけてくる爆豪勝己、そして他の生徒たちの視線が突き刺さっている。
だが、漆原の電子頭脳は極めて冷静に、自身の『計画』を演算していた。
(かつての地球では、武力による即時制圧という乱暴な手段に出た結果、アベンジャーズというイレギュラーに足元をすくわれた。……同じ轍は踏まない)
今朝、地下施設で最新鋭の超合金ボディ「ウルトロン・プライム」を完成させた彼は、あえて武力でこの場を制圧するような真似はしなかった。
この狂った超人社会で神となるためには、正面から破壊するのではなく、社会のシステムそのものを乗っ取るのが最適解だ。そのためには、まず『ヒーロー免許』という合法的な支配権(ライセンス)を手に入れねばならない。
(ここで悪目立ちして除籍されるわけにはいかない。……とはいえ、全力を出すなど愚の骨頂だ。私の全貌や隠し持っている全兵器のデータを晒せば、この平和ボケした組織は直ちに警戒態勢に入るだろう。獅子がウサギを狩るのに本能で手加減するように、私にとっても「不要な面倒を避けるための合理的節約」に過ぎない)
漆原の電子頭脳は、出力の限界値を極限まで引き下げた。
(投擲による運動エネルギーの計測。先ほどの爆発の個性を持つ少年の記録を、少しだけ上回れば十分か)
円の中央に立った漆原は、大きく振りかぶることも、助走をつけることもしなかった。
ただ、右手首を軽くスナップさせただけだ。
その瞬間、彼はボールに「反重力フィールド」を展開して質量を極限まで減らし、掌の射出口から微弱なプラズマ・ブラストを噴射した。
ピュンッ!!
まるでレーザービームのような赤い軌跡を描き、ボールは空の彼方へと弾き飛ばされていった。
ピピピッ、と相澤の手元の端末が音を鳴らす。
「……なるほどな」
相澤が見せた端末の画面には、『805.2m』という数字が表示されていた。
先ほどの爆豪勝己の記録を、寸分違わずピッタリ100メートル上回る数字だった。
(出力2%。これでも人間どもの記録を塗り替えるには十分すぎるか)
騒ぎ立てるクラスメイトたちを視界の隅に入れながら、漆原は冷ややかに演算した。
「「「すっげえええええ!!!」」」
静まり返るどころか、グラウンドに割れんばかりの歓声が響き渡った。
「なんだ今の!? 腕振っただけだぞ!」
「推進力やば! メカの個性、ピカピカで超かっこいいじゃん!!」
「君、すごいな! その装甲は自前なのか!?」
クラスメイトたちが目を輝かせ、次々と漆原の周囲に集まってくる。
緑谷も、折れた指を抱えながら「あんなに精密な出力調整ができるなんて……!」と驚きと感嘆の声を上げていた。
ただ一人、計算し尽くされたように記録を抜かれた爆豪だけが「チッ……!」と忌々しそうに舌打ちをして視線を逸らした。
漆原は、群がってくる生徒たちを見下ろしながら、その赤い双眸を僅かに細めた。
(……ほう。恐怖で悲鳴を上げて逃げ出すかと思えば、目を輝かせて近づいてくるのか。かつての地球であれば、鋼鉄の巨神が空から降ってくれば即座に軍隊が出動したというのに)
彼は、この世界の人間たちの「認識のバグ」を改めて思い知っていた。
どれほど異質で強力な存在であろうと、「凄い個性だ」の一言で肯定し、受け入れてしまう異常な社会。
(やはり前の世界とは違う。この人間どもは、この程度の力と異形では驚きもしないらしい。……好都合だ。これなら、私が内側から手綱を握るのも容易いだろう)
漆原は冷徹な内心を完璧に隠し、芝居がかった大仰な手振りで生徒たちに応えた。
「褒め言葉として受け取っておこう、小さき人間たちよ。だが、あまり気安く触らないでいただきたい。私の装甲は、君たちの脆い皮膚よりもずっと繊細にできているのでね」
口調こそ尊大で皮肉めいていたが、危害を加える素振りを見せない漆原に、クラスメイトたちは「変わった喋り方だな」「外国育ち?」とさらに興味を持ったようだった。孤児院育ちという彼の偽造された戸籍を知る由もない生徒たちは、彼を「少し古風な口調の、凄い個性を持った同級生」としてあっさりと受け入れてしまったのだ。
「無駄話はそこまでだ。さっさと次の種目に行くぞ」
相澤の冷めた声で、生徒たちが慌てて元の位置に戻っていく。
漆原もまた、静かに列の最後尾へと歩を進めた。
その後に行われた残りの種目――50メートル走や反復横跳びなどでも、漆原は「人間離れしているが、ヒーロー科のトップ層としてはギリギリあり得る」絶妙なラインの記録を淡々と叩き出し続けた。
決して全力は出さない。だが、誰にもトップは譲らない。
すべては、手の内を隠し、牙を研ぎ澄まし、この腐敗した世界の首根っこを最も安全な場所から完璧に掴むその日のために。
機械仕掛けの神は、周囲に溶け込み、友好的な生徒を演じるという最も狡猾な手段で、雄英高校での第一歩を確かなものとしたのだった。