黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
「み……みなさん、初めまして。す、鈴本 ロンシャン……と言います。ふ、不束者ですがよろしくお願いします……」
落ち着きが無いように三つ編みにしたおさげを指で弄りながら俯いた。
「ロンシャンちゃん、私の前の席に座って? 先生に言って『窓際の前の席の方がいい』って伝えたから空いてるよ」
……下を向いた目線を声の方に向けると、窓際の席からエンジェルが微笑んで手招きをしていた。
「あ、あ、ありがとう……ございます……」
瓶底メガネに見える度の無いアクリルのフレーム部分を触りながらパタパタと音を立てて席についた。
「私は毛利 蘭。後の席にいるのが鈴木 園子。鈴本さんはなんて呼べばいいかな?」
エンジェル……学校内でもエンジェルなのね……。
「私が決めてあげる!! 鈴でしょ? スズはありきたりだから……ベルなんてどうかしら!? プリンセスみたいで素敵じゃない?」
そして友人の園子も同じく、類は友を呼ぶといった感じかしらね……。
「は、はい。ベル……。ベルって呼んでください」
頷いて前を向くと、男子生徒から声が上がった。
「ねー!! ベルは彼氏とかいんのー?」
「フランスではどんな感じだったー?」
……年頃の子というのは、向こう見ずね。
「ちょっと男子!! ベルさんはまだ来日したばっかりなんだから質問攻め禁止!!」
エンジェルが無駄な質問を切り捨てると、男子生徒達はすんなりと引き下がった。
校内でのヒエラルキー、スクールカーストはトップの方にいるのね。
「えー、授業を始めマース!! ベルさんに注目していた目をコチラに向けてクダサーイ!! 先生、スネちゃいマス!!」
そして、このジョディ・サンテミリオンという英語教師……能天気なようでいて、身のこなしに無駄がない。
モデルの立ち振る舞いや淑女としてのマナーの話ではなく、常に神経を張り巡らせてどんな状態になっても咄嗟の動きができる、予備動作が含まれている。
ロースクールや法務関係の学校を卒業したか、軍隊や警備関係などの業種に関わりがあったのか、それともFBI等の警察組織か……。
「はーい!! ねえベル、放課後時間空いてる? 転校してきた記念にパフェ奢ってあげるから!!」
……帰ってもやることが無いし、まずは提案に乗りましょうか。
「は、はい……。ありがとうございます、園子さん」
、、、
「ベルってさ、よく見ると美人じゃない? 前の学校ではモテモテだったんじゃないの?」
園子は開けっぴろげでズカズカと人の境界線に入り込むタイプのようね。
「……そ、そんな……。フランスの学校では金髪が多いし、顔立ちも堀が深いから……私はよく見かけるような外見ですから……」
……はあ。
まさか、ヤンが同時期に教員として赴任してくるとは予想打にしていなかった。
ヤンはナンバー3としての役務を果たしていれば新たなミッションを『あの方』から下される事は殆ど無く、『企画立案』『ラボの管理』『薬物投与』『戸籍改竄』が要求される時にだけ動くから末端の構成員の多くはコードネーム『バイジウ』しか知らない。
……そして、興味関心が無いものには関わらない。
それが、まさか『アポトキシン4869』の完成だったとは。
『ゲェ!! なんであれだけ飲ませて10代なんだよ!! 脳みその過度な縮小を防止するために7歳未満にならないようにしてるから、かなりの数を飲ませて悶え苦しむようにしたのに……。ババア……実年齢何歳なんだよ……』
彼の職務に気を取られて、あのイザラの弟であることを失念してしまい、間合いを踏み込まれてしまった。
そして投与された薬品により、子供の姿……17歳ほどに肉体が変形してしまった。
「そうかな? ベルさんは素敵だよ」
アナタもよ、エンジェル。
……けれど、こうして再びエンジェルの側に立つ事が出来た。
『ギャア!! 7歳じゃなくて17歳!? ……コホン。……と、失礼しました。僕は新出 智明、今は医院が改装中なのでこのマンションに住んでいます。……部屋は右奥の部屋が空いているから、そこを使うといい。……家事炊事は僕がするから心配しないで。何か困ったことがあったらなんでも言って下さいね』
暫くの間、ヤンの管理するホテルに滞在させられ、戸籍やパスポート等の生活に関わる書類一式が揃い、帝丹高校への編入手続きが済むと、口頭で示されたシュナップスの住所に言われるがまま向かった。
シュナップスも『親戚の子供みたいな感じ』というヤンの雑な指示しか受けておらず、新たな任務であろう『新出 智明』への成りすましの方に意識を集中していた。
……シュナップスはヤンを『兄エルダーが自身のコピーキャットであると主張するコピーキャット』として嫌悪していたはず。
人間関係は一枚岩とはいかないのか、兄エルダーも関わっているから嫌々協力しているのか。
ヤンはアポトキシンの改良版を服薬させてからまるで関心がなくなったかのように、なにもしてこなかった。
新たな服薬の指示、投薬、盗聴器や小型監視カメラの装着も一切なく、ただ『ホテルにいろ』『この住所を訪ねろ』としか言わず、金や日用品を渡してきただけだった。
アポトキシンの改良版があると分かった以上、直ぐにヤンを始末は出来ない。
彼のラボを探し当てられた人間は組織にすら居ない……薬を奪うには粒を奪うのではなくレシピごとを奪わなければならないから。
そのために、ヤンの弱点を見つけ出して突かなければ。
「ありがとう……蘭さん」
、、、
「表裏一体……難しいゲーム……です」
園子に誘われた喫茶ポアロで、あり得ない光景を目にした。
「でも灰原さんと7勝7敗じゃないですか、ベルさん」
ヤン……バイジウの兄であるイザラの姿がそこにはあった。
ラムから『記憶喪失として潜伏を』と命じられているとはいえ、今はまだ準備期間のはず。
既に入り込んでいるのはいいとして、なぜカラーコンタクトなんかをしているの?
彼は『俺のオッドアイをみたターゲットは死ぬから問題ない』として裸眼だった。
……暗殺者にしてはイレギュラーな『潜伏のミッション』であるから、珍しがられないためにしているだけ?
「……そうよ。アナタもよくやってるわ」
灰原……彼女はシェリーの幼い頃によく似ている。
あの自分本位のヤンが何故わざわざ帝丹高校にATFを休職してまで潜入する必要があったのか。
彼は自分の研究にしか興味がない……。
シェリーの研究の痕跡を追うにしても、何故帝丹高校に……?
帝丹高校に誰かがアポトキシンの改良版で姿を変えて潜んでいる……?
それにしたって何故帝丹高校を選んだのかが問題で、エンジェルの父親が毛利探偵事務所を開いているのが理由だけなら弱い……。
けれど、帝丹高校を起点に誰かを観察していることは確か。
「ベルって頭いいのね!! 今度のテスト勉強いっしょにしましょうよ!!」
園子は鈴木財閥の令嬢ではあるけれど、資産に関しては薬品に係る特許と開発した成果物により莫大な富を得ている。
それに兄エルダーも危険なスタントを『クリフハンガーでスタントマンに100万ドルを自腹で支払ったスタローン』のような役者達から請け負い続け、資産は3,000万ドルという途方もない富を築いているから、金目当てで近づくなんてあり得ない。
……シュナップスはヤンのアポトキシンを知らない様に見えたけれど、何処まで知っている?
顔を合わせれば殺し合うほどに不仲な兄エルダーは何処まで情報を共有している?
「いいなー!! 蘭姉ちゃん、新しい友達ができて良かったね!!」
……まだ情報が足りない。
情報を集めなければ。
ヤンから泳がされている今、動かないと。
「う、う、うん。……勉強、一緒にしてほしいです」