黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
「す、すみません……ヤンさんから此処を訪ねるように言われまして……」
ガッテム!!
ヤンのクソ野郎、何が『七歳くらい』だよ『十七歳』じゃねえか!!
どんだけ適当なんだよ……急に『新出 智明』に成りすまして帝丹高校に潜伏しろとか言うし……。
ヤンが用意していた新出 智明の隠し撮り録画がなけりゃ到底無理な案件だったんだぞ!?
組織のナンバー3の気まぐれな命令を末端が拒否できるならしたいもんだ!!
新出の医院にはFBIが出入りしていて新出本人や家族の姿はなく、あくまで改装中にはなっていても中にいるのは応対用の改装業者に扮したFBIに委託された業者一名だけ。
……FBIが何処かに匿ったか既に死亡しているか逃亡中らしいが、事実を公表できない理由がある。
もっとも、校医は常に滞在している保健医とは異なり、定期検診だとか定期的な往診の時に顔を出すくらいだから良いはずだった。
……なんだよ学園祭の舞台の稽古をつけろって!!
師匠も指紋採取を急に言いつけてくるし……帝丹高校と東都大学を行ったり来たりでハードモードだよ……。
「気にしないで。取りあえず朝食は一緒に取ろうか」
それで、この『鈴本 ロンシャン』は一体なんの関係者なんだ……?
見たところ動揺はしているが、薬品を投与されたり怯えている様子は無い。
ヤンが手を付けた女にしては挙動不審……ヤンの女の身内か、それかミッションで必要になる人間……?
なら僕に一声があるだろうし、鈴本からもアクションがあるはず。
ハニートラップ要員の人間なら横の繋がりがあるから違うだろうし、ハニートラップ要員に育てるなら遅すぎる。
……潜伏ミッションも詳細が示されていないし、ここで使うのか?
それとも師匠が使った幼児化の薬はヤンが作ったもので、それに関わっているのか?
なんにせよ、ブラック組織のブラック上司にブラック環境には一矢報いてやりたいな。
「はい。お風呂と洗濯は私がやります……!!」
、、、
「梓さん、今日は1日よろしくお願いします」
喫茶ポアロのアルバイトのシフトは小学校が終わる時間帯から閉店までという時間帯に入れさせて貰っているが、流石に『記憶喪失なのに平日の午前中に働けないのか?』と疑念を持たれる可能性があるので、こうして小学校に対して『病弱だから定期的に休みます』と設定を加えることになった。
一応、『午前中はハローワークに行っているから』『記憶を取り戻すために散策をしている』という逃げ口上は用意しているが、これだけでは心許ない。
プーシィに念のため高木刑事の指紋採取を頼み、再び受け取った約2日間の間に高木刑事から不在着信が入っており『警察の保護下にあるんですから携帯電話の所持を忘れないでください』としこたま説教を食らってしまったから、元の姿の時は必ず電話を入れる必要があり、幼児化している時も昼休みには学校を抜け出して高木刑事からの安否確認に備えなければならない。
警察と繋がった以上『新しい職が見つかったので日中電話に出られません』とペーパーカンパニーを使ったり、実際にある企業の名を使ってしまった場合、必ず探りがはいるからな。
「よろしくお願いします!! エルダーさん」
梓さんは俺の目の前に回り込むと、上目がちにニコッと微笑んだ。
……まあ、かわいいのはかわいいが、俺はハニートラップ要員の練習相手になったり、プライベートでも女優やモデルを吐いて捨てるほど抱いてきたから可愛い系の女も何人も相手にしているし、そもそも特別美人だとかそういうのではないし、ただの喫茶店のウェイトレスだから、直ぐに食べたいとかではないから、じっくりコトコトだから……。
「は、は、……はい」
自分の顔が耳まで真っ赤に染まってしまったのか分かった。
いやいや、俺は暗殺者のイザラで『星に見つかったら死ぬ』とまで言われているんだから……そんな、喫茶店の店員に一目惚れとかないから。
俺は恋愛なんてしたことないし、恋慕の情とかしらないし、セッピーだってただ気持ちいいからするのであって……。
あ、あれか『暗殺者が潜伏先の一般人に恋をしてしまった』みたいなシチュエーションになっているから、それを脳みそが『YOU恋しちゃえ!!』みたいに勘違いしてるのか……。
よーし、今まで食べた女の数を数えようか……1、2、3
「エルダーさん、顔真っ赤ですけど……熱があるんですか? 体調が悪いなら遠慮しないで言って?」
梓さんの柔らかな手のひらが自分の額に当てられて、キス距離まで唇が近づいた。
「ヒュヒャッ!? ヒッ……だ、だだ、大丈夫ですから……」
そうか、今自分は『軟派な優男』を演じているから無意識に変な声が出てしまっただけだな、うん。
何時だってこの唇を奪えるし、腕に抱けるし、今は『デザートは最後まで取っておく』気分だから手を出していないだけ。
いつでも籠絡できる相手であって、恋の相手ではない。
「本当に大丈夫ですか? 今から買い出しに行くんですけど、一緒に付いてきてくれたら助かります。……無理はしないでくださいね?」
、、、
「このお店はドライフルーツが大量に安くパッケージ売りしているんです。バナナチップスとか」
……梓さん、軽そうだな。
抱っこしたら空気を持っているような感覚になりそう。
髪の毛……枝毛がある……口紅……ハイブランドの発色じゃないな……まつ毛も長過ぎず……コロコロ変わる表情はまるで山の空のようで目が離せない……。
……唇、柔らかそう……キスしたい……路地裏に連れ込む?
いや、無理やりしたら彼女は……。
どうやって落とせば自分を愛してくれるのかな……。
「エルダーさん!! 話聞いてますか?」
いつの間にか梓さんが至近距離に立っていて、上目遣いをして俺の顔を覗き込んだ。
そんなに誘われたたら俺……誘惑されてる……?
あまりにかわいすぎる……何処かの組織のハニートラップ要員か?
「ニャロメが好きなやつですね……バナナチップス……」
梓さんはポカーンと口を開けて首を傾げた。
……いや、かわいすぎる。
「ニャロメってなんですか?」
ああ……梓さんは知らないか……10も歳が離れているから……。
22歳と33歳だと……やっぱり眼中にないか……。
でも外見は……なんて……若い女性は若い男性に惹かれる……。
俺は梓さんに愛されることは無い……。
って、感傷に浸る軟派な優男の演技……演技……。
「……ニャロメ! が口癖の喋る猫です……」
はぁ……帰って適当な女引っ掛けてセッピーしたい……。
今すぐここから離れたい。
「エルダーさん、やっぱり具合が悪かったんですね? 会計は私が済ませますから、外のベンチで待ってて? 荷物は分担して運べばいいですから」
言われるがままに外に出て、ベンチを素通りして電信柱に何度も頭を叩きつけた。
「……自分は誰だ、自分は誰だ、自分は誰だ」
きっとAPTX5011とTLPN0140の連続的な服薬により身体が頻繁に変質した結果、守られているはずの脳も僅かながら萎縮や膨張を繰り返して異変をきたしているのだろう。
よし、今夜の体位について考えよう……正常
「エルダーさん!!」
腕を掴まれて、目線の先には不安そうな梓さんの顔があった。
……だれだよ、梓さんをこんなに悲しませるやつは……
俺が始末してやる。
「……はい」
力無く応えると、梓さんが額を優しく撫でてくれた。
柔らかくて、温かくて……胸の奥が苦しくなる。
「記憶喪失だから、変なことしちゃうんですね……。はい、絆創膏をはりましたから、これからは自分を叩いちゃダメですからね?」
額を指でなぞると、普通のサイズをした絆創膏が1枚額に貼られていた。
……全然、負傷した範囲をカバー出来ていないんだが。
彼女の困ったような微笑みから、もう目を逸らすことが出来ない。
「……はい。梓さん……」