黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件   作:ummt

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其の五 帝丹小学校  束の間の平穏 ❖

 

「……彼、イザラは……組織でも指折りの『単騎で集団を殲滅させられる駒』として有名だったのよ」

 

 灰原は阿笠博士の地下室に戻るなり、コードネーム『イザラ』について知っている情報を話し始めた。

「イザラは自らの希少なオッドアイを隠すことも巨額の富を築いたスタントマンの『エルダー・ブルドン』である事を秘匿したりもしなかった。……それについては彼自身が『二丁拳銃使いの縛りゲーを愉しむタイプ』と自称していたようだから、恐らく『バレたら終わりのゲーム感覚』なんじゃないかしら」

 話を聞く限りでは『スリルを求めるタイプ』のフィクションによくいる殺人鬼にしか思えねえが、ポアロで出会ったエルダーという男はもっと形容しがたい不定形な人物像を形どっている。

「そんな危険人物を組織が記憶喪失として送り込んで来た理由か。……警察がエルダーをスタントマンの『エルダー・ブルドン』として照会出来なかったのは、かなり厄介だ。警察指揮が把握している大元の個人情報自体が組織により改竄されているか、若しくは公安が既に事実を把握していてオレ達とエルダーには『身元不明人である』とする敵を騙すには先ず味方から作戦なのか。……この二つじゃ置かれている状況がまるで違うからな」

 高木刑事が携帯電話を渡しているし、米花町から遠く離れた場所に携帯電話が移動するとGPSとは異なる独自の基準地座標現在地点把握システムで警察にアラートが届く仕組みらしいから、警察も監視に手を抜いているわけじゃない。

「そうね……。まるで確認するまで存在の事実を掴めない『シュレディンガーの猫』……。彼、兄であるバイジウ……ATFに勤めながら若くして組織のラボの総責任者を務めるヤン・ブルドンに強い劣等感を抱いていたらしいの。そして『優秀な兄のコピーキャット』として行動するくらい執着していたようだから、軸となる部分が希薄になっていても不思議じゃないわ。……空っぽなのよ、彼」

 コピーキャット……模倣者……。

 エルダーはヤンの弟……? 

「……待てよ灰原。……つまり、ブルドン兄弟は『三兄弟』なのか?」

 ヤンは家達家で遭遇したとき『ナイトバロンの基本ロジックを作ってアプリケーションのソースを書いたのも兄さんだから』と自身に兄がいるかのような話をしていた。

「いいえ。二人兄弟だとしか聞いていないわ。……まさか、三人目がいるの?」

 ……いや、違う。

 何かを見落としている。

 この妙な違和感の正体は一体何なんだ……? 

 

「……こうなったら、奥の手を使うしかねーな」

 

 、、、

 

「え? ヤンに兄がいるかって? ……あはは!! あはははは!!」

 

 翌朝、登校して来たシャラクを階段の踊り場に呼び出して、ストレートに問い掛けた。

 小細工や駆け引きはとうに見抜かれていて、シャラク自身がヤンとエルダーに支配されているなら、此方の陣営に引き摺り込める余地はある。

「……アナタ、ブルドン兄弟に良いように使われているのよ。『学校で探りを入れれば新しいゲームを与えてやる』といったように上手く利用されているの。……分からない? ……アナタが作ったゲームでは無いことくらい、とっくに気づいているわ」

 灰原が腕を組み、震える手足と青ざめた唇を隠すようにしてシャラクに詰め寄った。

「……うーん、流石に製作者を疑問視されるのは癪に障るな。……じゃあ、新しいゲーム『蝸牛』*1で僕に勝てたら教えてあげてもいいよ」

 そう言って、学校に持参が禁止されているオリジナルゲーム機を振ってみせた。

「……乗った。ボクが勝ったら何をすればいい?」

 ここで『情報を渡せ』『何かをしろ』と要求があれば、それ自体がシャラクのポジションを確定させる要素になる。

 

「もちろん僕に何かを要求するなら、対価を貰うよ。君を頂戴、君の一部を、君の行動を貰うね」

 

 、、、

 

「……江戸川君、貸して。私がやるわ」

 

 結局、灰原にゲーム機を奪い取られて時間は進み、昼休みの時間を目一杯使って何とか一勝、辛勝することが出来た。

「おー、君たち二人は一勝九敗したわけだけど……まあ、細かい決め事をしなかったから、君たちが勝ったことにするよ」

 シャラクは淡々とゲーム機をランドセルにしまって席についた。

「……約束通り、情報を教えなさいよ」

 灰原が机を寄せてシャラクに詰め寄った。

 ……ゲームを介したことによって、距離が縮まった。

 いや、近づかれたのはオレ達か……? 

「ああ、あれか。ヤンには兄が一人いる。これでいい?」

 ……つまり、三兄弟なのか? 

「まだだ。……ヤンに弟はいるか?」

 その質問をした時、シャラクの瞳孔が縮小したのがレンズ越しに薄っすらと歪んで見えた。

 ……シャラクもカラーコンタクトをしている? 

 それも、瞳孔の動きを他者から追い辛くする処理が施されているもの。

「……君たちは一勝しかしていない。質問には応えた」

 その異変に灰原も気づいたのか、声が一段と低くなった。

 ……ヤンに弟がいる? 

 いるのをただ隠しているだけか? 

 それだけでこの冷たい反応になるのか? 

「……ヤンには不出来な弟がいるはずよ。ヤンに強い憧れと執着を抱く弟が」

 シャラクは溜息をついて机に頬杖をついた。

「どうして『一方向からの情報』を鵜呑みにできるんだろうか。理解に苦しむよ」

 一方向からの……つまり、オレ達はまだ視点を見逃しているのか? 

「……ならまた勝負をしましょうよ」

 灰原はイザラの兄がバイジウであると認識していて……そのコピーキャットであると……。

 ……一体誰から聞いたんだ? 

 

「そうだ、灰原さん。いまのうちに化粧室で化粧直しをしておいたほうがいいよ。……これは僕からの気まぐれなサービスだから」

 

 、、、

 

「みんな!! 新しい校医の方が挨拶に来てくださいました!! 元気に挨拶出来るかな?」

 

「はーい!!」

 小林先生が屈託のない笑顔を浮かべる隣で、帝丹高校の学園祭で見掛けた薄笑いを浮かべるヤン・ブルドンが教室の後方真ん中に座るシャラク、ただ一人だけを見つめていた。

「こんにちは。僕はシャラクと同棲しているヤン・ブルドンって言います。あ、インモラルな関係じゃないから安心してね」

 灰原と小林先生は絶句して固まり、単語を知らない子供たちも困惑を隠せずに空気が淀んだ。

「ちょっと!! ブルドン先生!? 相手は子供達なんですよ!? いい加減にブラックジョークは控えてください!!」

 赴任したころは子供達に厳しい態度を取っていて、その態度に至る理由の誤解が解けた事でようやく本来の温和な性格に戻っていた小林先生が、この時だけは鬼に戻った。

 言葉の前に『いい加減』という枕詞が付くなら、日頃から教師の前でもああいった態度なんだろう。

 ヤンは舌を少し出すと真顔で自分の頭を握り拳で叩いた。

「……最低のクズのままね」

 灰原が隣に座るシャラクを意識するのに遅れたのか有りの儘の感想を述べると、シャラクは机に頬杖をつきながら鼻で笑った。

「……ずっと変わらずあのままさ。何がコピーキャットだ。鏡に映った虚像にすら劣る……」

 そう言いかけて、欠伸をして誤魔化した。

「シャラク、放課後に一緒に来て欲しい所がある」

 シャラクは黙って頷いた。

 

「その前に理科室に行こう」

 

 、、、

 

「はい。これはヤンに取り寄せてもらった偏光板。これを君たちにあげるよ」

 

 元太たち三人を呼んで理科室の備品棚から正方形の形をした半透明の薄黒いフィルムを取り出すと、まず一枚を俺たちの前に見せた。

「なんですかそれ? 黒いフィルム?」

 光彦が質問をすると、シャラクは唇の前に指を一本立てた。

「このフィルムを通して、僕を見ていて」

 指示に従ってフィルム越しにシャラクを覗くと、影掛かったシャラクの瞳が物悲しそうに見える。

 するとシャラクはもう一枚を取り出して指に挟むと、シャラクの姿は完全に見えなくなった。

「すごーい!! 真っ黒になるフィルム?」

 歩美ちゃんが近寄ろうとすると、シャラクは指を振りながら制止した。

 そしてフィルムとフィルムの間にひし形になるように三枚目のフィルムを入れると、再びシャラクの姿がより影を色濃く映して現れる。

「すっげー!! 手品か!?」

 元太が近づこうとするとシャラクは指を振り、半透明でセロハンテープがベタベタと貼り付けられた汚らしい板を取り出した。

「……そういう事ね」

 汚らしい板は、三枚目のフィルムの代わりに差し込まれると、様々な色を放つ美しい宝石のように変わった。

 シャラクは何も言わずにフィルムの角度を変えると、色がキラキラと変わっていく。

 まるで『見る者を試す』かのように。

 

「……ありがとう、シャラク君……。……君のことが少しだけ分かった気がするよ」

*1
・盤(9×9)は両者共用で2人対戦

 ・開始時にスタート地点(左上・右上・左下・右下、両者被っても可)、回る向き(時計回り/反時計回り)を選び、先攻/後攻を決める

 ・盤の縁から中心へ向かう渦巻き状に移動する

 ・毎ターン、数字札「1・2・3」から未使用の1枚を選び(3枚使い切ったらリセット)その数だけ渦の進行方向へ進む

 ・今のレーン(辺)を端まで進み切ると、進行方向は次の内側のレーンへ曲がる

 ・渦を最後(盤の中心)まで進み切ったとき、または進路変更の結果すでに通ったレーン(行・列)へ戻ろうとしたときは、その時点でスタート地点と回る向きを選び直し、新しい渦の進行を外側から始める

 ・プレイヤーは白マスを置いていき、3つ連鎖させてポイントを稼ぐ

 ・白マス:自分の番で移動したあと、今いる「レーン」(進行中の行・列)の空きマスに白を置ける

 置かずに温存すると使用可能数として蓄積し(最大9)、後で使うときは、蓄積数+1個を上限に好きな数だけ選んで置ける(使わなかった分はそのまま使用可能数として残る)

 ・白マスは1個置くたびに判定をし、縦か横に白がちょうど3つ並んだ瞬間、すでに2つ並んでいた白同士を1個の配置で橋渡しして4つ以上のつながりを作った場合も、その中に含まれる「3つの組み合わせ」の数だけポイントが入る(例:白1・白2・空き・白4 の状態で3に置くと、1-2-3と2-3-4の2組ができるので2ポイント)

 ・関わった白マスはすべて黒に変わる

 ・移動をふさぐ「壁」は、盤の端(物理的な壁)と白マス・黒マス

 ・進む先がそのいずれかだった場合、その場で即座に進行方向を(レーンを曲がるのと同じ回転規則で)90度変え、残っている数字札の分だけそのまま同じターン内で移動を続ける(迂回のためにターンを消費したり、次の番まで持ち越さない)

 ・迂回先も白か黒で塞がっていて進めない場合は、渦を最後まで進み切った時と同様に、その場でスタート地点と回る向きを選び直す

 ・現在地の四方(上下左右、盤の端は壁として扱う)が白か黒のマス(3方が白黒+残り1方が盤の端、を含む)で完全に囲まれ、まったく動けなくなった場合は道をふさがれて敗北となる

 ・盤面が完全に埋まったら、その時点の得点が多い方が勝つ(同点は引き分け)




 実際に『蝸牛』を遊べるドン
 蝸牛
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