黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
「エルダーさん、最近セクハラしてこなくなりましたね! 成長したなー!」
梓さんが太陽の化身のような笑みを浮かべて、光を与えてくる。
「……ま、まあ……。はい……その節は、すみませんでした……」
……とにかく、俺は梓さんに嫌われたくない。
『シェリー……あ、すみません。シェリーというのは愛しの可愛い人という意味で……つい思ったことを口走ってしまいました……すみません梓さん……』
『梓さんの隣に立てる男が羨ましい……僕なんかじゃ……ダメですよね?』
『……メイク変えました? アイシャドウが新しい……素敵です……』
……穴があったら入りたい。
梓さんはそこら辺の尻が軽い女ではないのだからアプローチ方法を変えなければ。
梓さんは神聖で純粋で汚れがなく心が清く絹のように美しい女性で……確かに体重は軽そうだな……だっこしたい……。
「大丈夫ですか? またボーッとして……記憶喪失で頭痛があったりするなら、ちゃんと言ってね?」
……心配してくれてる……キスしたい。
「はい……梓さん……」
梓さんは背が低いから、俺の顔を見上げながら話してくれる。
大好き……セッピーしたい……。
……どうしたら梓さんとセッピーできるかな。
今までのやり方では彼女は靡かない。
……セッピーって、普通の男女はどうやって誘ってるんだ?
『今夜セッピーしない?』
とか……?
それはセクハラになってしまうから、まず付き合わないと……付き合うって……どうやるんだ?
告白……『セッピーしたいです』……『セッピーしたいから好きです』……あれ?
「エルダーさん!! 電車に乗り遅れちゃいますよ!!」
梓さんの胸が腕に当たっている。
好き……好きだからセッピー……ダメだ、梓さんの事を考えると上手く頭が回らない。
「はい……」
けれど電車の車内では人が満員で鮨詰め状態で、合法的に密着出来るなら嬉しいな。
……梓さんの瞼が痙攣して、一瞬目線が下がった。
梓さんのバルーンスカートのお尻の部分に汚らしいおっさん手が……。
「ちょっ!! 止めてエルダーさん!!」
気付いた時にはおっさんの襟を掴み上げていて、おっさんの靴が宙を蹴っていた。
「え……? 痴漢されてましたよね? 恥ずかしがることはないです。貴方は悪くない。すみません、皆さんも見ていましたよね?」
周りの乗客は顔が青ざめて、目線を合わせようとしない。
これだから自分の意見を主張できないNPC共がのさばる日本は……としか言いようがない。
「かしょ……過剰防衛で……訴えてやる……」
羞恥心からか上手く発音が出来なくなっているおっさんの足の甲を踏みつけた。
始末しないと。
「……はい。次の降車駅が最後の利用駅になりますね」
、、、
「困りましたねえ……。貴方にも暴行罪として被害届を出すと向こうさんが言っています。……痴漢程度で暴力はいかんですよ」
駅長室で痴漢とは別々の部屋で鉄道警備隊からの事情聴取を受けたが、おざなりな対応をされ理解に苦しむ。
「彼女は痴漢をされて恐怖心を抱いたんですよ!! それを無視して話を進めるな!!」
テーブルを叩くと、梓さんが腕を引いた。
「もういいですから。あの人には厳重注意したって言ってましたし……」
良いわけないだろ、示談金もなく勾留すら無いとはどういう事だ。
「はぁ……あなたのご連絡先は?」
頭に血が上って高木刑事の連絡先を伝えると、その場で警備隊は電話を掛け始めた。
『はい高木です。……へ? 痴漢……? エルダーさんが? ……あ、違うと……こちら捜査一課の高木と申しまして……』
電話が切れると、呆れたような声と大きな溜息が漏れた。
「あなたねえ、別の人間の連絡先を教えるんじゃないよ」
……許さない。
「すみません、気が動転して違う人の連絡先を言ってしまいました……」
、、、
「お疲れ様でーす。進捗どうですかー? それよりねえ聞きました? うちの係長、痴漢やらかしたんだってさ! え? 聞いてない? あ……すみません、部署の電話番号を間違えました」
、、、
「……ヤン・ブルドンはエルダー・ブルドンを兄に持ち、母親は米国の検察官の和歌・ロウ。父親は同じく米国外交官のハイ・ブルドン……二人とも故人。つまり、ヤンには弟が居ない……いえ、まだ分からないわ。隠し子が居る可能性だってあるもの……」
翌日の夕方、勉強会をしていた三人と灰原に江戸川と俺はベルモットの勧めで公的な図書館のパソコンでヤンについて調べる事になった。
流石に『苛立つと一人称が俺になる不自然さ』『梓さんと呼び慕う』『金遣いが荒い』という大ヒントを与えてやったんだ。
これ以上のテコ入れは拮抗している勢力図、ゲームバランスを崩してしまう。
……しかし灰原は完全にヤンの『俺が不出来な弟で、ヤンが優秀な兄』という刷り込みが効いているな。
……ヤンは昔っから俺のものを欲しがったから。
俺のおもちゃ、友人、彼女、服、地位、知識、ありとあらゆる全て。
だから全部くれてやったのに、ヤンはその次を欲しがった。
いつしかヤンは『優秀な兄のような弟』として、俺の存在を食べ尽くした。
大学を卒業すると全てが面倒くさくなり、危険な仕事で大金が入り女も食えるスタントマンになって、大御所お抱えとなりいつしか死と隣り合わせの仕事ばかりが舞い込むようになって……いつしか3,000万ドルとかいう馬鹿みたいな資産が積み上げられた。
……俺は、何も欲しくなくなってしまった。
しばらくして、ヤンから父と母の訃報と組織の勧誘があり、暇潰しに入ってみたら、いつの間にかコードネーム『イザラ』を与えられ、お抱えの暗殺者になっていて殺せない奴は一人もいなくなった。
……俺は、何も楽しいと思えなくなってしまった。
だから、ヤンが会うたびに俺を殺そうとするのを適当にいなしたり、いつか来る終わりの日までただ時間を潰すだけの生活をした。
そんな時、ラムから『記憶喪失として潜るミッション』とヤンから『幼児化のAPTX5011、成長化のAPTX5011で遊ぶ』ことを提案されて、断る理由もないからそれに乗った。
ヤンが俺のコピーキャットになったのはいつからだったか。
母がヤンを求め、それに苛立った父が俺を求め、ヤンは父を求めたが、父はヤンをいない者、透明人間として家庭内で扱うようになり、母は俺を透明人間とするようになってからだろうか。
……ヤンの餓えは一生満たされることはない。
……世界で一番可哀想で、愚かな弟。
「隠し子か……いたらどんな子なんだろうね」
あの父と母からして、腹違い種違いの兄弟姉妹がいたとしても驚かないが、俺とヤンが調べた限りではそんな第三の人間は存在しない。
しかし、ベルモットが何故『鈴本 ロンシャン』という名前でヤンの薬を使っているのかだ。
新出 智明の役と交代しながら活動しているのか、毛嫌いしていたヤンと密かに内通していたのか、情報は秘密にすると言っていたヤンが組織に薬の事を報告したからラムの命令が下ったのか。
何一つ分からない。
分かっていることは、ヤンがベルモットに薬を与えたことを俺に報告していないことと、ベルモットが俺に接触してこない……つまり俺を警戒していることと、ベルモットは毛利 蘭と灰原達を間接的に庇護しようとしていることくらいだ。
「じょ、情報はこのくらいかな……ヤン先生の事は調べられた……よね? 今日はもう遅いし解散しませんか?」
、、、
『エルダーさん!! また昼間に携帯電話の電源を切っていましたね!?』
あー……昼間は江戸川達とゲームをしていたからな……。
「すみません……うっかりしてしまって……」
幼児化と成長化を行ったり来たりする事を見越して自作していた鏡と小物入れが一体となったものに見える小型ボイスチェンジャーを使って子供の姿のまま普段小学校で行うように高木刑事との安否確認の電話を取った。
昼間、成人の姿の時に尾行されるようになったら別の策を考えないと。
『まったく、しょうがない人だな。……それは置いておいて……実はショックを受けられると思う事件がありまして、エルダーさんは事件の当事者なので一報をと……』
、、、
「梓さん!! 良い知らせがありますよ!!」
居ても立ってもいられずに、クールタイムとして連続使用を避けていた一日に二回目のAPTX5011を服用をして、閉店間際の喫茶ポアロの戸を叩いた。
「あれ? エルダーさん、今日はシフトお休みなのに……なんですか?」
梓さんが近づいてくる。
いい匂い、セッピー……かわいい。
「あの痴漢、昨日の晩にマンションから飛び降りて自殺したらしいんですよ!! 良かったですね!!」
これでセッピーできるかな。
「……人が亡くなったのに……『良かった』なんて言わないで……笑わないで……」
太陽のような顔に雨雲が掛かってしまった。
なんで泣いてしまったんだ?
誰が泣かせたんだ?
俺が始末しないと……。
「……すみません、梓さん。……気分を害してしまいましたよね。……謝ります。……ごめんなさい」