黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
帝丹小学校 其の一 不思議な転校生
「みんな!! 1年B組に新しいお友達が増えました!! さ、入ってきて!!」
小林先生がニコニコと笑みを浮かべながら教室の扉に向かって手招いた。
まだ灰原が転校してから間もなく、転入時期が外れている。
通常の親の転勤等ではないのなら、身内に不幸があった、もしくは家庭内暴力でシェルターに越してきたといった事情があるんだろうか。
そんな事を考えながら机に肘をついて扉が開くのを待った。
少し間があった後、ガラッと音がするとクラス中がざわめいた。
「わあ!! 外人さんだ!!」
歩美ちゃんが椅子から立ち上がると少年は灰原の方を向いて笑みをこぼした。
確かに金髪で黄色い目……アンバーに近い目の色をしている。
「おい、灰原の知り合いか?」
隣の席に座る灰原に手を当てながら小声で話しかけると、ムスッとした顔で腕を組んだ。
「知らないわよ、あんな子供……」
灰原は組織から脱走して阿笠博士に匿われている身、知人だとすれば組織時代以前の付き合いになるから、考えすぎか。
「じゃあ、自己紹介してくれるかな?」
小林先生が促すと、少年はチョークを持って黒板に名前を書いた。
「みなさんはじめまして。僕は家達 紗洛と言います。薄い絹織りの紗に都の洛と書いて『シャラク』という、いわばキラキラネームですね。身内に不幸があって転校の運びとなりました。よろしくお願いします」
シャラクと名乗った少年は一礼すると、クラスはしんと静まり返った。
家達 紗洛……イエダチ シャラク、名前からして違和感がある。
まるで『シャーロック・ホームズ』のアナグラムであるかのようだ。
「シャラクくんは本当に口が達者ね。まるで灰原さんみたい」
視線が灰原に集中すると、灰原はビクッと肩を震わせた。
「……灰原さん?」
シャラクが首を傾げると、光彦が手を挙げて宣言した。
「灰原さんは少年探偵団の一員なんですよ!! すごく頭が良いんです!! ですよね? コナン君!?」
光彦を止めようとしたが、一足遅かったようで歩美ちゃんと元太も同調し始める。
「そうだぜ!? オレ達5人は少年探偵団なんだ!!」
そう言って胸を張った。
「少年探偵団……? まるで『明智小五郎と小林少年を団長とする少年探偵団』みたいですね。……小林先生と少年探偵団」
その時、背筋に寒気が走り一抹の不安が込み上げ鳥肌が立った。
それは灰原も同じだった様で組織の人間の気配を近くに感じ取った時と同様に顔を青ざめさせて小刻みに震えている。
「そうなの!! 私が顧問担当!! ……と言っても名ばかり顧問だから……」
小林先生が苦笑いを浮かべるとシャラクは笑った。
「顧問がいるだけ立派なクラブ活動じゃないですか。少年探偵団……へえ、興味があるな」
シャラクの目は灰原から歩美ちゃん、元太に光彦を順に見回して最後にオレを見て、まるで獲物を品定めするかの様に穴が空くと錯覚するくらいの目線を送った。
「じゃあシャラクくんは灰原さんの隣の席ね?」
案内されるがまま、灰原の隣にシャラクは着席してランドセルを机に置いた。
「よろしくね? 灰原さん、コナンくん」
薄気味悪さを感じながらも不自然にならないように笑顔を作り、灰原の腕を肘で突いた。
「……よ、よろしく。家達くん」
若干の動揺を察したのか、シャラクは困ったように眉を下げて頭を掻いた。
「……すみません。馴れ馴れしかったかな」
シャラクに対する違和感が拭えないものの、適当に会釈を返した。
「そんなことないよ!! 突然転校生が来たから、みんなびっくりしちゃってるんだ!! ボクは江戸川 コナン!! よろしくね!!」
ニパッと口角を上げると、シャラクは声を潜めた。
「江戸川 コナン……なんだか『江戸川乱歩とコナン・ドイル』を組み合わせた名前みたい。もしかして推理小説が好きだったりする?」
……ここで『そうだよ』と言ったら、コイツはなんて反応をするんだ?
オレは蘭の父親であり探偵の小五郎のおっちゃんの下で暮らしている。
根掘り葉掘り聞かれて『両親は?』『なぜ親元を離れている?』といった疑念に飛躍したりしないか?
「えっと、少年探偵団の一員だから謎解きは得意だよ!!」
最もらしい『探偵団であるから』という建前を用意すると、シャラクは顎に手を置いて何かを考え始めた。
「そっか……江戸川姓だから息子に乱歩ではなくミステリー作家繋がりでコナンと名付ける親が居てもおかしくないか……」
……コイツ、ただ大人びているだけの子供じゃねえ。
「シャラクくん!! もう授業が始まるから、ランドセルをしまって教科書を開いてね」
小林先生が掛け時計を指差すと時間割に目を向けてランドセルから国語の教科書を取り出した。
「すみません、転校初日で緊張してしまって。……ねえ、灰原さん。教科書のページ、何ページまで進んでいるか教えてくれない?」
シャラクが机を寄せると、灰原は唇が真っ青になり、震える指でページを捲った。
「ああ、アーノルド・ローベルの『おてがみ』か。僕は『わたしの庭のバラの花』が好きだなぁ。灰原さんは?」
灰原の顔を覗き込むように食い入るように視線が向けられる。
「ボクは『たんけんクラブ シークレットスリー』が好きだよ!! 灰原さんは詳しくないんじゃない?」
話を遮ろうとすると、シャラクは低い声でボソリと呟いた。
「……それの筆者はミルドレッド・マイリックじゃないか。アーノルド・ローベルが挿絵を担当しているだけだろ」
重苦しい1時間目の授業が終わると灰原は席を立ち、オレも時間差で席をたった。
「大丈夫か? 灰原……」
灰原は肩をカタカタと震わせて唇を噛み締めている。
「……あの子、只者じゃないわ。……得体が知れない」
手指を握り締めながら、組織に対する警戒感以上の怯えを見せた。
「落ち着けって。ただ単に大人びている小学生。もし奴らの身内だとして、わざわざ帝丹小学校に子供を送るか? ……少年兵はいなかったんだろ?」
組織は12歳以下の子供を主体とした諜報部隊や戦闘部隊は捕虜になった場合のリスクと子供に訓練を叩き込む人件費と育成期間のコストパフォーマンスの面からか動員をしていないらしい聞いていると灰原から聞いたことがあった。
「そうだけど……私が知らないだけで個人単位で訓練を受けている個人完結型、少数精鋭型の人間が居てもおかしく無いわ。まさか、工藤君と私の情報が外部に漏れて」
「工藤君って誰の話?」
教室がある校舎とは反対側にある廊下の隅に設置された消化器ホース収納庫の陰で会話をしていたのに、背後にはシャラクが立っていた。
「知り合いのお兄ちゃん!! ……シャラクくんはどうして後をつけてきたの? なんだか、不審者みたいで怖いよ!! 灰原さんも怖がっているじゃない!!」
灰原を背にして向かい合うと、シャラクはまた顎に手を置いてウンウンと唸り始めた。
「まあ……そうだよな。……すみません、僕……灰原さんに一目惚れしちゃって」
困り眉をしながら笑みを浮かべるシャラクを見て、灰原はゾッとした表情になり、後退りをした。
「な……は……」
絶句して口が回らない様子を観察すると、シャラクは頭を掻いた。
「なんて、転校生から言われたら驚いちゃいますよね? ロマンス小説が好きなので、こういうシチュエーションに憧れていて……つい」
冗談なのか本心なのか分からない言葉で場を煙に巻くと、シャラクは教室に引き返して行った。
「シチュエーションね……。口が回る奴。……灰原、怯えるなとは言わねーが、挙動不審になると思う壺だ。アイツの正体がハッキリするまで堂々とした演技を……」
そう説得しようとするて、灰原はオレの背中にピッタリと張り付いて離れない。
「工藤……江戸川君。……彼の家、家族、家族の勤め先……調べないと……調べ。もし組織だった場合、取り返しがつかなくなる」
震える灰原の体温が冷えるのを感じながら、拳を握りしめた。
「ああ、調べるさ。……探偵だからな」