黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
「こんにちは。僕はヤン・ブルドン。前任の化学教師が首つり自殺しちゃったから派遣されてきました。よろしくね」
クラス中が海外暮らしをしていたらしい新人教師が赴任してきたという物珍しいイベント事に色めき立って、女子達に至っては『金髪緑目のイケメン』『若くて未婚らしい』と言って騒ぎ立てていたのに、あれだけ賑やかに燥いでいたクラスメイト達が冷水を浴びせられたかのように一瞬で静かになった。
「ちょ……なんかイメージ違くない?」
後ろの席から園子が肘をつついてひそひそ話を始めた。
「確かに……ちょっと……」
亡くなった人に対して『自殺しちゃった』は不謹慎すぎるんじゃ……。
「……あ、ごめんね? 気を悪くしちゃったよね……。きっと皆も暗い気持ちなのかなって思って、無理にブラックジョークを言っちゃったんだ。……不適切でした、ごめんなさい」
ブルドン先生は白衣を脱いで深々と頭を下げた。
「な、なんだ……ブラックジョークで場を和ませようとしただけか。次から気をつけてくれよ!! ブラックジョークのブルドン先生!!」
会沢君が仕切り直して場の空気を変えると、日高さんが話題を変えた。
「ブルドン先生!! 彼女って居ますかー?」
気の抜けるような質問に笑いがパラパラと溢れると、ブルドン先生は真顔で淡々と話した。
「え? 特定の女はいないかな。居ても居なくても困らないし」
再び場が氷点下になったかのように凍ると、ブルドン先生は真顔のまま右手で握り拳を作り、頭を叩いて舌を少し出した。
「ちょ、ブルドン先生ー!! ブラックジョークの天丼はキツイって!!」
引き攣った顔の中道君が作り笑いを浮かべると、田代さんが苦言を呈した。
「……いくら先生がブラックジョークが通用する国から来たんだとしても、此処は日本です。控えたほうがいいと思います」
ピリッとする緊張感が場を制すると、ブルドン先生はポカンと口を開けた。
「へえ……自分の意見が言える子もいるんだ。うん、分かった。日本に馴染めるように頑張るから御指導御鞭撻をよろしくね?」
そのまま白衣を着直して黒板に向き直った。
「……ねえ、蘭。どう思うよ、ブルドン先生」
正直に言って、不気味。
人間ではない何かが人間のフリをしているような、底しれない拒絶感を感じてしまったのは確か。
「私はあんまり好きになれなさそうかな。……園子は?」
普段だったらイケメンとあればキャーキャー言う園子モ腕組をして頭を揺らした。
「甘いルックスに高身長で外見はパーフェクトなのよね……。うーん。ナシかな……」
ブルドン先生の授業は可もなく不可もなくといったところで、特に問題が起きたりはせずに無難に終わった。
「最初は驚いたけど、日本の空気に慣れていなかっただけのかな……」
下校時間になると、携帯電話が鳴った。
「新一……」
急いで画面を開いて通話ボタンを押した。
『よー。久しぶりだな蘭』
ずっと音沙汰がなかったから、心配してた。
「……何よ。また事件?」
太々しい言い方になっているのを自覚しつつ、それとなく様子を伺った。
『事件は抱えてっけどよ。蘭……そっちで何か変わったことは無かったか? 何でもいい。教えてくれ』
切羽詰まったような声に、積もりに積もった不安が込み上げてくる。
「あのね? 大したことじゃないんだけど、新人の化学の先生が赴任してきて……。少しブラックジョークっていうか、不謹慎なところがあって……苦手かなって……」
「え? そうなの? 気分を害してしまってごめんね?」
バッと振り返るとブルドン先生が目を細めて微笑んでいた。
いつの間に背後にいたの?
私は空手で訓練をしているから、人の気配に気づけないことなんて殆ど無いのに。
「あ! 違います! 化学が苦手だから……」
苦し紛れの言い訳が口から出ると、ブルドン先生は顎に手を当てて首を傾げた。
「そう? なら、改善するからフィードバックをくれる? 書いたら職員室の僕の机の上に置いてくれればいいから」
そう言ってアンケート用紙を差し出した。
「は、はあ……フィードバック」
紙に目を落としていると、ブルドン先生は用は済んだとばかりに白衣を揺らして廊下を歩き去ってしまった。
『……で、今話していた男が新人教師か。どんな奴なんだ?』
通話を切らずにいた事、流石にバレてないよね?
「場所を変えるから待ってて」
急いで下駄箱からローファーを取り出して昇降口から飛び出して、お父さんが事務所を構えるビルまで帰った。
「はぁ……驚いた。ヤン・ブルドン先生。聞いた話だと海外でエーティー……何だったかの職員をしていて特別免許状を取得して来日したらしいの」
あまり興味が無かったから詳しくは聞いていないけど、こんなことなら積極的に情報収集しておけば新一の役に立てたのかな。
『エーティー……まさかATF職員じゃねえだろうな……。確かに特別免許状が交付されるだろうけど……。蘭、お前と園子はその新人教師から距離を取れ。……そいつが不審な動きをしたら教えてくれるか?』
新一が私を頼りにしてくれると分かると、不適切だと分かっていても頬が緩んでしまう。
「……分かった。情報収集に徹するから。……新一、また連絡するね」
ホッと胸を撫で下ろして事務所を覗くと、お父さんの姿はなくコナン君もまだ帰っていない様子だった。
階段をタンタンと降りて喫茶ポアロの窓ガラスから中の様子を伺うとお父さんの姿が見えた。
「あ! いらっしゃい! 蘭さん、今日は早かったですね」
梓さんにニコッと微笑まれて、ついつい気が緩んでしまう。
「はい! 園子達は本屋に行くとかで……」
お父さんが座るテーブル席まで近寄ると、テーブルの下からブルドン先生のような金髪の背格好が同じくらいの男性がエプロン姿でニョッキリと現れた。
「……痛った。頭をぶつけてしまいました。……あ」
男性は頭を掻きながら眉を下げて笑みをこぼした。
ブルドン先生は金髪にオリーブのような緑の目で、この人は金髪にレモンのような黄色い目……。
でも、目と声、表情以外は生き写しの様にそっくりで、パッと見ただけでは区別ができない。
「蘭さんにはまだ紹介していませんでしたね。喫茶ポアロで働くことになったエルダーさんです。エルダーさん、記憶喪失らしいんですよ」
梓さんがエルダーと呼ばれた人の隣で状況を説明してくれた。
このエルダーという人は何も持たないまま黒いシャツに白いスラックス姿で公園で倒れていたところを歩美ちゃん達少年探偵団の3人が発見して警察に通報、警察でも身分照会ができなかったためにお父さんを頼って事務所に訪れて、流れで喫茶ポアロに勤めながら警察の保護下で借家暮らしをする事になったらしい。
「はじめまして。エルダーです。よろしくお願いします」
エルダーさんが右手を差し出して握手を求めて来たけれど、どうしても手を取る気にはなれなかった。
「どうした蘭!? 握手くらいしてやれ!!」
お父さんが溜息混じりに声を荒げた。
手を握った瞬間、腕を引き寄せられて首を絞められるんじゃないか……そういう恐ろしいイメージが浮かんでしまって硬直してしまった。
「はは、無理もないですよ。思春期の女性は僕のような怪しい男を警戒して当然です。……すみません、蘭さん」
エルダーさんは右手を引っ込めて頭を掻いた。
「いえ……とんでもない……こちらこそ……」
そう返すのが一杯一杯で後退りをしてしまった。
「もー! エルダーさんがガサゴソしてるからですよ! それで、探し物は見つかりましたか?」
梓さんがエルダーさんの左手を覗き見ると、手のひらでは小さな玉がキラキラと光り輝いている。
懐かしいイメージを抱くはずのものが、禍々しいものに見えてしまう。
……この人にも近寄らない方がいいかもしれない。
「ビー玉です。有島武郎の『一房の葡萄』でもジムと僕とのいざこざの中ありったけの事実として溢れでた証明のための一つの真実……。あ、引きました? つまり、これからもよろしくお願いします。という意味でこれを差し上げます。蘭さん」