黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
「……ねえ、蘭ねーちゃん。……ポアロに新しく来たエルダーって人、どう思う?」
夕食をポアロで済ませた後、コナン君が裾を引いた。
「……うーん、初対面だから。……会ったばかりの人を悪く言えないし……」
やっぱり、コナン君もエルダーさんに不信感を抱いてたんだ……。
見た目は素敵な男性で、話し方も穏やかで丁寧すぎるくらい。
……それでも薄気味悪さを払拭できないくらい、異質な雰囲気を漂わせていた。
「ボクはあんまり好きじゃない……。一応、仲良くするつもりだけど」
コナン君はリビングのテーブルに手を置いて溜息をついた。
お父さんの事務所の下に喫茶ポアロがある以上、接触は避けられないから。
「お前ら、エルダーは記憶喪失なんだぞ!? ちったあ優しくしてやれ!!」
お父さんがドカッとリビングテーブルの前に胡座をかいた。
確かに、記憶喪失だから人と違うように感じてしまうだけなのかもしれない……。
「そうだね……私も少し過敏だったかも……」
体調が悪くて病み上がりの人に対して過剰だったのかな……。
「……でも、記憶喪失が本当ならエルダーさんが犯罪に手を染めていないっていう証拠はないよね」
コナン君がボソっと呟くとお父さんが拳骨を振り下ろした。
「だから!! 指紋から前がねえって高木刑事から説明があったんだよ!! 人を根拠もなく疑うなっつうの!!」
前……少なくとも前科者ではないんだよね。
「痛!! ……はーい。分かりました。仲良くしまーす」
、、、
「ねえ、万引きをして逮捕されたあの先輩、大学も東都大学狙えるくらい優秀だったらしいの。しかも、高校を卒業したら経営者の男性に嫁ぐことが決まっていたんだって!! 許婚っていうか、政略結婚? ……だから嫌になって自暴自棄になっちゃったのかしら」
翌朝登校すると園子から噂話を聞いてしまった。
「万引き!? ……帝丹高校って進学校だから、そういう事件を起こす生徒が居たなんて……」
無意識に先入観で人を判断しちゃってるのかな。
「そうよね……私も驚いちゃった……」
二人していたたまれない空気になってしまったのを賑やかな声がガラリと変えた。
「Oh!! 私も驚きマシタ!! 赴任早々、こんなコトになってシマウなんて!! 万引き、悪いコトデース。内に抱えた事情が何にせよ、罪を犯していい理由にはなりまセーン!!」
背中をバチッと叩かれて振り向くと新任で英語教師としてやって来たジョディ先生が真面目な顔をして校医の新出先生と共に立っていた。
「罪は償わないといけません。……ただ、濡れ衣であれば話は別です」
濡れ衣……やっぱり何かあるのかな。
「あれ? 何の話をしてるの?」
廊下の反対側からブルドン先生が白衣を揺らしながら近づいてくると、ジョディ先生と新出先生は口を噤んだ。
……先生達の間でも浮いてるんだ、ブルドン先生。
「な、何でもないです!! ね? 蘭!! それより先生、もう少し噛み砕いた説明をしてくださいよっ!!」
その場は蜘蛛の子を散らすように解散して、授業開始のチャイムが鳴った。
……よかった、あんまりブルドン先生には不用意に近づきたくないから。
新一の役には立ちたいけど、心の準備をしないとまともに対応出来る気がしない。
「はぁ……どうしたらいいのかな……」
授業が終わった後、ブルドン先生から渡されたアンケート用紙を思い出した。
アンケート用紙には改善案の具体的な例が記載されていて、そこから得られる効果と成績向上に繋がる要素、それに係るコストと資材、メリットデメリットに至るまで言及するようにと記載されていた。
「授業の改善として生徒に聞き取るような内容じゃない……」
ブルドン先生の前職がATF職員っていうお硬い職業なのは新一から聞いていたけど、それにしたってやり過ぎじゃ……。
「でも、このアンケートを出したら『真面目な生徒』として一目置かれるかもしれないし……」
そうすれば新一からブルドン先生について情報を得てほしいって頼られたら応えることができるから。
とりあえず『例えにセクシャルな要素を入れないで欲しい』『セクシャルな話題が無くなれば注意が削がれることは無くなります』『集中力が増して成績が良くなるのでは?』『費用も掛かりません』と記入して職員室に向かった。
「すみません、ブルドン先生は居ますか?」
職員室の扉をノックするとガラッと開かれてジョディ先生がニコニコしながら大の字で立っていた。
「居まセーン!! 何か用デスカ!?」
手に持っていたアンケート用紙にジョディ先生が目線を落とすとサッと用紙を取られてしまった。
「あの、授業内容の改善アンケートを渡しに……」
ジョディ先生は眼鏡のフレームを上げてまじまじと書かれている文言を目視していた。
「セクシャル……? ブルドン先生はそんなハレンチな例えをシテルんデスカ!? イケマセーン!! 私から注意しておきマース!! ……心配しないでクダサーイ!!」
アンケート用紙をヒラリと掲げると、ジョディ先生はウインクをしてくれた。
「ありがとう御座います……。ジョディ先生……」
ホッと胸を撫で下ろすと、背後から耳打ちされた。
「……え? 告げ口しちゃうタイプなんだ」
ギョッとして背後を見ると薄目を開いたブルドン先生が塵を見る目で見下ろしている。
「告げ口? アナタがこういう不適切なコトをしているからデース!! 因果応報!! 自業自縛デース!!」
凍るような瞳をジョディ先生に向けると、ブルドン先生は真顔で呟いた。
「……へえ、『自業自得』ではなく、『自業自縛』か。随分と日本語が達者なんですね。……ジョディ先生」
場の空気が凍りついて二人は暫く見つめ合ったあと、ブルドン先生がアンケート用紙を無理やり奪い取ってクリアファイルにしまった。
「たまたまデース!! 四字熟語辞典で見マシタ!! それが何ですか!?」
ブルドン先生は自席に着くとくるりと回転椅子を回して背もたれに腕をダラリと垂らした。
「……ビュロウ、こんなところで油売ってないでファグを追ったらどうだ?」
ビュロウ……?
ファグって何……?
「……何の話か分かりまセーン。ブルドン先生は海外ドラマがお好きなようデスネ。セクハラに当たる内容は職員会議で議題に挙げマース」
ジョディ先生が吐き捨てるように言うと、離れた自席に座って事務ファイルを開き始めた。
「……えっと、じゃあ……私は失礼します……」
しんと静まり返った職員室を後にすると、園子が昇降口で待っていてくれた。
「大丈夫だった? 蘭……。ブルドン先生に何か言われたりしたの?」
園子が不安そうに顔を覗いてくる。
「だ、大丈夫だって。……改善アンケートに答えただけだから。園子も貰ったでしょ?」
ジョディ先生、なんであんなにピリピリしていたんだろう……。
「え……アンケート? 貰ってないわよ? そんなもの……」
その言葉を聞いた瞬間に背筋が凍りついた。
まさか、私だけにしか渡していないの?
それって……。
「アンケート? オレもらったぜー!! ブルドン先生、ああ見えてクソ真面目だよな!!」
「俺、めっちゃ長文書いたわ!! 明日提出したときの先生の顔が楽しみだぜ!!」
会沢君と中道君がすれ違いざまに同じアンケート用紙を見せてくれた。
「なんだ、渡すタイミングが違っただけか……」
大丈夫……なんだよね?
不安に思う必要、無いんだよね?
「えー……普通、アンケートなら教室で一斉に渡さない? そんで次の授業で回収すればいいのに。……どうも怪しいのよねー、ブルドン先生。……蘭、二人で調べてみようよ!!」