黒ずくめの組織の暗殺者がアポトキシンで幼児化した件 作:ummt
「はぁ……しんど……」
ポアロでの初勤務を終えて、借家に戻り幼児化のAPTX5011を2.5錠服薬すると体がマグマのように煮えたぎるほど高熱になり、湯気が立ち上り骨と筋肉が溶けてなくなるかのような感覚に襲われて立暗みが起こり、気を失うと体が縮んで凡そ8歳程度の姿になっていた。
ここから元の体に戻る時には成長化のTLPN0140を服薬しなければならないが、これは凍えるような寒気と眠気に襲われて高熱と共に骨が砕けるような痛みと軋み、筋肉が断裂する錯覚に襲われて気絶するという状態になるわけだが。
幼児化は骨と筋肉を縮小するから、成長化は骨と筋肉を拡大するからといった理由なのだろうか。
そんなことよりもポアロの店員、梓さんがかわいい。
かわいいから食べたいのだが、なぜか手が出せない。
……服薬で体調が変わり『デザートは最後までとっておくタイプ』に心づもりが変わったのかは分からないが、まあいい。
借家の窓をそっと開いて監視カメラの類の配置を確認すると、パルクールを駆使して家達家に向かった。
子供の姿だと身軽に動けるし、何故か筋肉量や握力等が変わるはずなのに元の力から半減した程度に済んでいる。
まるで姿は子供なのに10万馬力の鉄腕のようだ。
22時に近い頃に家達家の庭木で外から死角になる窓を開けて何事も無かったかのように2階からリビングに降りた。
「おかえり、兄さん。江戸川 コナンくんが家に来たよ」
あー……やっぱり、来るとは思ったが。
「あっそ。そうだ、江戸川 コナンについて報告がしたい」
そう言って教科書を見せた。
この教科書には江戸川とシェリー……灰原の指紋がついている。
「そうなの? 実は僕もなんだ。いっせーのせで言わない?」
ヤンはソワソワしながら口元を緩めた。
「ああ。いいぞ。江戸川 コナンは……」
「「工藤 新一」」
二人の声が揃うと、暫く間があり、その後は腹抱えて笑った。
「そうだよな!? シェリーが江戸川を『工藤君』というのなら、APTX4869を服薬して呼び名が変わったと推察できる」
ヤンも涙を浮かべながらしゃっくりをしている。
「毛利探偵事務所に住んでいて、毛利 蘭は死んだはずの『新一』と話している。なら、やっぱりアポトキシンを服薬したってことだよね!!」
おもむろにクリアファイルからアンケート用紙を取り出すと、ヒラヒラと揺らしてみせた。
「これ、毛利 蘭とFBIのジョディ・スターリング捜査官とベルモットの指紋が付いてるアンケート用紙」
……FBIにベルモット?
「なんだよ、なんでFBIにベルモットの指紋まで採取出来たんだよ」
イラッとして腕を組むとヤンは事実をつらつら述べ始めた。
「えっと、スターリング捜査官の方は『ジョディ・サンテミリオン』という名前で英語教師として赴任したみたい。FBIとATFは同じDOJの管轄だから、顔を見たことがあったんだ。あちらさんは忘れているようだけど」
そうじゃない。
なんでFBIが帝丹高校にいるのか……。
……やはり、毛利 蘭の周りを囲う必要性があるとしか思えない。
毛利探偵に近づくのであれば、近場のビルに入っている会社の従業員としてポアロの常連になれば済む。
毛利 蘭と教師という保護者の立場から接触しなければならないのなら、重要人物には変わりない。
「で? ベルモットの方は? ……俺は何も聞いてない」
頭の後ろに手を組んであくびをすると、ヤンは真顔で答えた。
「兄さんはベルモットから嫌われているからラムの別ミッションについて知られてなかったんじゃない? ……新出 智明っていう実在する医師に変装して校医になってる」
ベルモットが直々に動くということは、重要度がかなり高いミッションであろう。
「ベルモットに挨拶したか? はぁ……ムカつく。新出の姿のままピーしてろうかな……」
ラムの直下という立場としては同列な筈なのに『あの方』のお気に入りというだけで偉そうにしやがって……。
……まあ、こうして『記憶喪失として毛利探偵の懐に入り込む』というミッションの他にプライベートで組織に完成報告をしていない薬品の実験をしている俺がどうこう言えた義理ではないな。
「やめておきなよ。後処理がめんどくさいから。ダボついたセーターを着ていたから腰を掴んだんだ。そうしたら予想通り体は細身で、銃のホルスターの感触があったから『ベルモット?』って聞いたら一瞬瞳孔の拡縮が見受けられてね」
ヤンはシャツを捲り上げると出来たばかりの創傷を見せた。
「で、威嚇のために切りつけられたと。……そのまま警察に被害届を出せばよかっただろうに」
溜息をつくと、ヤンはまた真顔で淡々と答えた。
「そうしたらラムがベルモットに下したミッションが失敗したことになり、兄さんの方のミッションにも波及して中止になったら僕の経過観察から得るデータ収集と副作用の確認が出来なくなっちゃうでしょ? バカなの?」
……呆れた。
「バカはお前。データの収集なら別場所でもできる。……アンケート用紙、貸せ。指紋の鑑定をしてくる」
ヤンから紙を受け取ると、東都大学行きのバス停に向かった。
「いってらっしゃーい!! 晩ごはんはチョコレートケーキだよー!!」
、、、
「キャンバスが広ければ広いほど防犯カメラの死角は増えるんだよな」
生け垣の間をぬってあらかじめ決め打ちしていた出窓を開くと鍵はかかっておらず、トンッと床に着地すると研究室と隣接する資料室に入り込むことができた。
ヴァンダーカンマーには換気窓が必要不可欠だからな。
「……ん、誰? ……って、師匠!? わー!! こんなにチビちゃんになっちゃって!! 今ならピーせるじゃん!!」
事務机に突っ伏していたミルクティ色のショートカットにグレーのオーバーサイズのシャツを身に着けた中性的な男が俺を掴んで掲げた。
「プーシィ、お前に頼みたい事がある。この携帯電話と教科書、アンケート用紙の指紋を採っておいてくれるか?」
小脇に抱えていた荷物を差し出すとプーシィは頬を膨らませた。
「師匠!! 下品なスラングに近い呼び方はやめてくださいってあれほど言ったじゃないですか!! ボクには『シュナップス』っていうれっきとしたコードネームがあるんですよ!? せめてナッシュとかプッシュ、シュナにしてください!!」
そんなことはどうでもいい。
「明日、また取りに来るからそれまでに採っておけよ。携帯電話は電源を切ってあるからくれぐれも中を開いたりするな」
プーシィの腕を振りほどいて床に着地すると、ニヤけた顔で覗き込まれる。
「これ、誰の指紋なんですか? ……ボクを頼るってことはミッションに関係ないものですよね? ヤンのクソ野郎は使えない?」
本来、プーシィの役目はハニートラップ要員、いわゆる色仕掛けで男や女を手玉に取る諜報員で、変装や証拠厚めを得意としている。
「すべてが終わったら教えてやるから、くれぐれも警視庁なんかに忍び込んでデータベースで照合したりするなよ」
プーシィはニヤッと笑ってウンウンと頷いた。
「モチのロンですって!! 師匠を裏切ったりなんてできませんから!! ねー、それよりヤンのクソ野郎を始末しません? 『師匠が自分のコピーキャット』だって吹聴してるんですよ? やりません?」
……まあ、コイツが裏切るかは置いておいて、指紋の照合が出来れば『灰原 哀=シェリー』『江戸川 コナン=工藤 新一』の確証に近づける。
「そうかよ。じゃあ頼んだからな」
シェリーの指紋はヤンが研究者の管理に使う目的で保持しているものがあるが、工藤 新一の指紋の入手は流石に難しい。
工藤邸に忍び込むのは容易いが、『江戸川 コナンと灰原 哀を囲う協力者』が潜んでいる可能性がある。
「そんな……。師匠、コードネームの『イザラ』という名前が泣いています。『何が星だよ、黒星じゃないか』って。腰抜け二挺拳銃じゃないかって。しくしく」
挑発を無視して思考を巡らせた。
対面した感触からして毛利探偵と毛利 蘭はこの事実を知らない。
……なら、灰原 哀の保護者となっている者が『協力者』の可能性が高い。
「……見落としていたな。事前のチェックリストから漏れていた。……下調べが足りないとは、自省しないと」