見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
う、うごけん。
くるしい…。
何か重いものにのしかかられている。
いや、締め付けられている、?
何が起きているのかだけでも知ろうと、かろうじて動く首を回してみる。
その時、俺の視界にテラテラと怪しく光る鈍色の鱗がうつった。
こ、こいつは!!ストーンヴァイパー!
中級のダンジョンに出現するレベル30前後のモンスターだ。
しかし、俺は確かに街へ戻ったはず。
どこから入り込んだんだ…!
答え合わせのようにストーンヴァイパーの顔がゆっくりと俺の視界に入ってくる。
まるで得物の反応を確かめるかのように見せつけてきた牙から、毒とも涎ともつかない液体が滴り落ちた。
まずい!石化させられる…!!
こいつは相手の足や手を石化させてからたたき割り、頭部と胴体だけを丸のみにするんだ。
咄嗟にその顔目掛けて拳を叩き込もうとするが、丸太のような胴体に締め付けられた俺の体はびくともしない。
これは本当にまずいかもしれない。
ストーンヴァイパーの吐息が頬を撫でる。
俺の冒険はここで終わるのか…。
カプァ…。
その終焉を告げるかの如く、大きな口が奇怪な音と共に開いた。
う、うわぁぁあああああああああ!!
「……。」
…木目。俺はこの景色を知っている。
昨日も泊まったあの宿の、煤と埃で汚れた天井だ。
「…なんだ、夢か。」
俺はどうやら酷い夢にうなされていたらしい。
しかし、なんだ。悪夢までゲームとは…。
自分の中でのゲームに対する比重の大きさに、呆れを通り越して誇らしさすら感じてきた。
「はぁ……。」
息をひとつついて、身体を起こそうとする。
が、動かない。
「あれ…?…からだ……がッ!!」
安心したのも束の間、俺の全身を激しい締め付けが襲う。
さっきのは夢じゃなかったのか?何が起きているんだ。
状況を把握しようと俺の目がしきりに動く。
「ん、んん…。」
「かッ……。」
そして、俺の思考は停止した。
俺の体に巻き付くように寝ている少女。
いや、少女と呼ぶにはあまりにも…。
何を考えてるんだ俺は!!!
…待て待て。大人だろう?九太郎。
冷静になろうじゃないか。状況を整理するんだ。
まずこの子は…チヤだ。そう、チヤ。
あの要塞のような鎧こそ着ていないが、部屋に見知らぬ西洋甲冑が散乱しているので間違いないだろう。
それで昨日は一緒に夜ご飯を食べて…えー、夜ご飯を食べて……。
あ…あれ…?思い出せない…。
き、昨日はそんなに飲んだか?
「……。」
卓の上に並べられた空ジャッキの数が走馬灯のようにフラッシュバックする。
やってしまった。
……やってない!!
いやいや、やったとかそういう意味で言ってないし!俺はただやらかしたって意味で…。
…さすがに手なんか出してないよな?
記憶はない。でもこんないたいけな少女を…お前。そんなやつじゃないよな?
酔ってるからって…。だめだ何も思い出せん。
ああくそ。
32年も生きてきたのに、俺はこの状況を打開する術を一つも持っていない。
なんて情けない男なんだ。
とにかく、一度ここから脱出しないと。
「ふっ……ふんっ……!」
俺だって拳闘士の端くれ。
力には多少なりとも自信がある。
そう思って身を捩るが、締め付けは強くなるばかりだった。
抜け出せない。
その事実ばかりが無常に突き付けられる。
…事案か?事案なのか?
脳裏をよぎるのは鉄格子と冷たい石壁の中で果てる未来。
血の気が引いていく。
そのとき、僅かに拘束が緩むのを感じた。
俺は好機と見てすかさず離脱を試みる。
しかし…。
「あ…。」
チヤの瞼がゆっくりと開き、目があった。
離脱……失敗。
「…師匠……おはよ。」
「あ、はい……おはよう。」
何でもないような朝の挨拶が交わされる。
そして、何事もないかのように起きあがり、フラフラと歩いていくチヤ。
俺は茫然とその背中を見ることしかできない。
食事の後に何があったのか。
それを確かめる勇気は…俺にはなかった。
その後も、この件について特に触れることはなく、普通に準備を済ませて部屋を出た。
こんなに何もないものか?
はっ…この世界では……これが普通?
…いやいやいや。そんなわけあるか。
32年で築き上げた俺の貞操観念が危うく崩壊しかけた。
朝からひどく疲れた。
宿の階段を踏みしめるたび、そんな俺をあざ笑うかのように『ギィギィ』と木が軋んだ。
とりあえずカウンターへ行く。
「あの、今日もあの部屋に泊まりたいんですけど…これ代金です。」
「あー、はいはい。あ、あんた!」
カウンターの裏で何やら作業をしていたおばちゃんが、俺を見るなり駆け寄ってくる。
何だろうか。まさかここでもやらかしを…?
「見ない顔だし、街に来たばっかりよね?それなのに…見かけによらず案外やるわね……。」
おばちゃんが「ぐふふ。」というカエルの鳴き声にも似た、下卑た笑みを浮かべてくる。
「そ、そういうんじゃないので!!」
声が裏返ってしまった。
チヤも何も言わないし。まったく、調子が狂う。
今日だってやることがたくさんあるというのに。
昨日のドロップ品を換金して、その後リーアにお金を返さなくちゃいけない。トマの怪我のこともあるので、返済は一日あけて今日行う約束になっている。待ち合わせの場所はギルド前の噴水広場。
「チヤさん、今日のご予定は…。」
なんともバツが悪いが、かと言って「じゃあまた。」なんて1人で歩き出せるほど落ちぶれてもいない。
「はい!1日空いてます!」
彼女は昨日と変わらず元気だ。
朝の出来事などなかったかのように。
いや、なかったのか?なかったのかもしれない。うん。なかったんだきっと。
この自己暗示がどれほど意味を持つかは知らないが、とにかく、起きたかもわからないことについて深く考えるのはやめた。
「じゃあ、まずギルドに行って素材の換金をしてから、武器屋にいきたいんだけど、どうかな。」
「武器屋ですか?」
「うん、剣折れちゃったでしょ?」
「わ、私も師匠みたいに素手で戦えます!!」
ブンブンと腕を振り回して張り切っているところ申し訳ないが、さすがにそれはきついと思う。
「俺は素手戦闘前提の拳闘士だから…。」
慕ってくれるのは嬉しいが、彼女が変な方向に進まないか少し心配だ。
「そ、そうですよね。」
チヤは俺の言葉に少しだけ落ち込んだ様子だったが、「それに投擲武器も手に入れないと。」なんて伝えると「たしかに!」と元気を取り戻した。
本当はドロップ品を狙った方が性能面でもコスト面でもいいんだが、そう簡単に出るものでもない。
それに投擲は難しいので少しでも練習ができた方がいいだろう。
「そうとなったら行きましょう!!」
チヤがずんずんと進んでいく。
いや、この場合はガシャガシャというべきか。俺もその後に続く。
ギルドの入り口は昨日と同じく開け放たれていた。
相変わらず外との光量差で中の様子はほとんど見えない。
「師匠?入らないんですか?」
じっと中の様子を伺っていると、チヤが不思議そうな顔で見つめてきた。
「いや…。」
大の大人が「受付嬢が怖い」なんて言えるわけもなく、重い足を進める。
中は今日も冒険者で賑わっていた。
昨日と同じ顔もチラホラ。俺の顔を見るなりあからさまに表情を顰めてくる。
まったく、新入社員の若い女の子をいじめるお局か、こいつらは。
「…。」
恐る恐る受付に目を向ける。
どうやら昨日の人はいないらしい。
「にゃは~~~…。」
代わりにとんでもなくやる気のなさそうなのが座ってる。
あの頭から突き出た耳。あれは獣人か。
「ん?なんか用か?」
おうおうおう。
これでもかと椅子に踏ん反り返って、まるで受付とは思えない態度だ。
「素材の換金をお願いします。」
「ん。出せ。」
受付カウンターの上に、これまた雑にトレーが放り出される。
いや、不思議とここまで振り切ってると腹もたたないもんだな。
俺は洞蟹鋼を除いて持っていた魔石や素材をトレーに乗せる。続いてチヤも魔石や素材を乗せていく。
今更誰がどれを倒したかなんてわからないので、一度全部換金してから、後で分配について協議しようという話になっていた。
チヤが素材を取り出している間、なんともなく辺りを見回していると、受付嬢と冒険者が揉めているのが見えた。
揉めているというか、タチの悪い冒険者に言いがかりをつけられている感じだ。
冒険者は「俺がHPの半分を削ったモンスターなのに分配金がないのはおかしい。だから俺にも払え!」と主張している。
そして受付嬢は「わかりました。では必要な手続きを取るために詳細を…。」と説明を求めている。
それに対して冒険者が「だから!俺が半分削ったんだから分配金を払えと言っているだろ!」と言っている。
会話になってないが…本当にこんなやりとりを延々と繰り返している。
まったく、受付嬢というのも大変だ。
「はい、じゃこれね。」
そうこうしているうちに換金の手続きが終わったようで、トレーの上にあった素材が、ゼルの入った袋へと変わっていた。
随分仕事が早い。
…いや待て、明らかに少なくないか?
「ちょ、ちょっと!ちゃんと計算してくださいよ!」
「にゃ?したした。これだから。」
さすがにチヤも違和感を感じているようで、獣人の受付嬢に抗議しているがまるで相手にしてもらえていない。
まいったな。こっちはこっちで話の通じないやつに当たってしまったかもしれん。
「はあ…。」
なぜギルドに来るとこうも嫌なことばかり起こるのか。
気が滅入ってきた。
一応俺からも、渡した素材と返ってきた額が明らかに合わないと説明をしてみるが、手をひらひらと動かすだけで取り合ってもらえない。
面倒になってきたのでもう帰ろうかと思い始めた時。
ガンッ!!!!!!……メキ。
チヤがカウンターに拳を入れた。木材の悲鳴がなる。
凄まじい衝撃音が鳴ったので当然ギルド中の視線を独り占めだ。
あまりのことに俺も声が出ない。
「師匠が話しかけてるじゃないですかぁ…あと、ちゃんと、計算、してください。」
チヤがニコリと笑っている。
けど、不思議と笑顔に見えない。こわい。
「あ…あ、あの……あ、あぁし、計算苦手で…。」
流石にまずいと思ったのか、獣人の受付嬢はあたふたし始める。
「んー?」
メキメキメキ…!
しかし、そんなことはチヤには関係ない。
きっちりと金を払わないのならお前の頭蓋骨で同じ音を奏でてやる、という強い意志を感じる。知らんけど。
「あ、あの、計算できるやつ……じゃない。計算が得意な者を連れてくるので少々待ってほしいにゃ…です、はい。」
流石獣人というべきか、受付嬢はそれだけ言い残すと、とんでもない速度で駆けていった。
「チヤさん。やめよう。ね。うん。カウンター壊れちゃうから。ね。ほんとに。」
俺は誰の視線にも入らないよう陰に徹しながらも、淡々とチヤの手をカウンターからおろす。
「おい、あいつ。」
「ああ、昨日の…。」
「チッ、またかよ。」
その努力も無駄だったらしい。
ああ。
今日もこうなってしまうのか。
不幸中の幸いというべきか、カウンターに傷はついていない。メキメキとなっていたのは内側らしい。いや、内側ならいいというものでもないけど。
どうしたものかと悩んでいると、奥から見覚えのある顔が現れた。
よくないことというのはどうも立て続けに起こるらしい。
獣人の受付嬢とともに出てきたのは、昨日俺の対応をしてくれたあの受付嬢だ。
カツカツカツ。
俺の顔を見るなりものすごい剣幕で迫ってくる。
自然と静まり返った建物内に、靴音がよく響く。
カツカツカツ。
これから起こるであろうことを思うと胃が痛い。
何が待っているのか。ギルドから追放なんてされたら食い扶持がなくなるかもしれない。
カツカツカツ。
いきなりグーの可能性もある。
うん。とりあえず、歯は食いしばっておこう。
「…。」
「ノイン様……大変申し訳ございませんでした!!!」
「…へ?」
それはあまりに予想していなかった一言で、俺の口からひどく間抜けた音が漏れた。