見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
まだ人がいた頃に使っていたであろう小屋と、ゴブリンの集落に見られる簡素で出来の悪いテントが、入り乱れるようにして建っている。
それだけではなく、これまた雑に組まれた物見櫓や祭壇のようなものまで見える。
もはや単に坑道に住み着いたとかそういう次元ではない。
長い年月をかけて、完全にここを集落として確立している。
ゲームでは、物見櫓がある集落にはゴブリンアーチャーが、祭壇がある集落にはゴブリンシャーマンがいる、という一種の目印になっていた。
この世界でも同じかはわからないが…。
「いるなぁ…。」
少なくとも、目視でその存在を確認できた。
他にも、明らかに重武装なゴブリンウォリアーや、体格からして一回り大きいホブゴブリンと思しき影まで。
アーチャーやウォリアーといった物理系はまだしも、シャーマンがなぁ…。
現状、俺は魔法に対する対抗策を何一つとして持っていない。
それに…。
目の前に広がる巨大な要塞を眺める。
そこには多種多様なゴブリンが混ざりあっているように見えた。
動物の骨や毛皮で装飾したものたち。
金属片を鱗のようにして身に纏うものたち。
体にペイントを施したものたち。
ゴブリンと一括りにいっても、その中には様々な文化がある。
本来であればそれぞれの族長となる個体、『ゴブリンチーフテン』のもとで集落を形成しているはず。
そして部族同士は決して相容れない。
縄張りを巡って日常的に殺し合いをしているくらいだ。
…しかし、それがこの場で共生している。
これの意味するところがゲームと同じであれば、つまり、各部族の族長クラスを纏め上げる存在が発生したということになる。
少し気になったから新スキルの練習も兼ねて様子見。なんてつもりで来たが、どうやらそういう次元の話でもなくなったらしい。
「チヤさん…状況は想像以上に悪い。」
今日は大人しく帰ろうと言いかけた時。
「…?」
ウハ坑道の入り口付近にゴブリンではない影が見えた。
汚れた布の服。俺も布の服なのでこんな決めつけはよくないが、冒険者ではなさそう。
遠くてよく見えないが、おそらく少年だ。
よくもまあ、あのゴブリンの数を搔い潜ってあそこまで到達できたものだ。
「師匠、あれ…。」
チヤも気づいたらしい。
「ああ…。」
少年はきょろきょろとあたりを確認すると、岩の隙間に開かれた闇の中へと消えていった。
「入っちゃいましたね…。」
「ああ、入っちゃったね…。」
わかってはいる。
ゴブリンは知性を有した、文化的で社会的な生き物だ。その良し悪しは置いておくとして…。
そして、その習性の一つに、野生動物や人間といった獲物を生け捕りにするというものがある。
これは殺してしまうと肉がすぐ腐るから、とか、彼らの神に捧げる生贄の儀式の素材とするため、とかいろいろあるらしいけど。
つまり、あの集落の中には、おそらくだが、生きたままの人間もいる。
ただ、見えなければそこにも目を瞑れた。
このまま帰ることもできた…。
けど、少年が入っていくのが見えた以上見捨てるわけにはいかなくなった。
これは俺のエゴ。だから…。
「チヤさん。」
「行きましょう、師匠。」
俺が帰れという前にチヤが口を開いた。
「え?」
「行くんですよね。」
「ああ、うん。行くけど。」
「じゃあ、私も行きます。」
どうやら俺の言おうとしていたことはお見通しらしい。
説得も…無駄か。
「ありがとう。」
時間もないので手っ取り早く作戦の共有をした。
ものすごくざっくりとしているが、物理系のゴブリンは全て俺が捌ききる。
チヤは遠距離攻撃での支援に徹してもらい、ゴブリンシャーマンだけを狩る。
正直、何十体といる物理系ゴブリンよりも、シャーマン一体の方が厄介だ。
だから、チヤには基本投げ斧は使わせない。
道中は俺が戦い、シャーマンが出た時だけチヤが投げ斧を投げる。
これが現時点の最適解だと思う。
それと、これが最も重要だが、集落内での交戦はしない。
少年と同じように坑道の入り口までステルスで行く。
万が一見つかることがあれば、救出は諦め、全力で逃走する。
坑道内であればおそらく道幅も狭い。数の利を殺せるだろうという算段だ。
とはいえ、挟まれる危険もある。なのでチヤには俺の側から離れないように伝えた。
かなり危ない作戦だが、あのスキルを手に入れた今なら勝算がないわけではない。
「ふぅ…。」
俺だけではなくチヤの命もかかっている。
今までにない緊張を抑えるように、何度か深呼吸をした。
「…よし、行こう。」
「はい!!」
俺とチヤは岸壁を降ると丸太の柵に張り付くようにして歩いた。
ここは二つの峰に挟まれた地形。その間に集落がある。
俺たちがいたのとは逆側の壁がやや傾斜が緩やかで、よじ登れる。
そこから柵の中に侵入できるはずだ。
坑道の入り口があるのもそちら側。壁際に移動していけばたどり着けるはず。
そんなわけで難なく柵を越えた。
夕日が峰に隠れてかなり暗くなってきている。
幸いなことにゴブリンはもともと視力が悪い。代わりに聴覚が優れている。
だから、音さえ気を付けていれば見つかる心配はないだろう。
「……ぃ!」
「……。」
とか言ってたら目の前をホブゴブリンが通り過ぎた。
やつらはゴブリンの変異種。身体が大きく強靭だが、知能は低い。
ゴブリンの上位個体かと思っていたが、ゲームの設定では「知能の低さゆえに、狡猾でひ弱なゴブリンに利用される立場にある。」なんて書いてあった。
そう考えると、のっそのっそと歩くあの背中に哀愁を感じてくる。
その後、何度か見つかりそうな場面もあったが、ゴブリンの視力が悪いというのは本当らしく、岩の陰で動きを止めていたらなんとかなった。
「つ、つきましたね…。」
無事に到達できると思っていなかったのか。チヤが囁いた声に困惑の色が見える。
俺もまさかこんなにスムーズにこれるとは思っていなかったので、少し拍子抜けした。
視界の先に広がる闇。そこは高さが2mくらいだろうか。ぽっかりと開いた坑道への入り口。
チヤが背伸びでもすれば天井に頭がつきそうだ。
横幅は比較的広いが、この程度の距離であればチヤを守り切れると思う。
俺たちはゆっくりとその中へ足を踏み入れる。
当然、外とは比べ物にならない暗さだ。
ひとまず入り口付近にゴブリンの影はない。
中は岩肌がゴツゴツと幾重にも重なるようなトンネル状で、ところどころに坑木が張り出していた。
まるで蛇の腹の中を歩いているかのような感覚になる。
「…。」
声は出していないものの、体から出る雑音が消せきれない。
とくにチヤの鎧がカチャカチャとなる。
ゴブリンの中にも金属を身につけたものはいるので、音が聞こえたら1発アウト、ということはないと思うが…。
視界の先にポツポツと松明が刺さっているのが見える。
俺は松明の刺さった坑木の手前で、左手をあげた。
停止の合図だ。
一見、ただの一本道に見えるが…。
張り出した坑木が松明の光を遮ることで、影ができている。
こういう場所には大抵。
「…。」
「…っ!」
…返しのような窪みが掘られている。
そしてその先にゴブリンの影が見えた。
数は、3体か。
視線を外さないまま、右手だけを地面に這わせる。
そして、手頃な大きさの石を一つ拾い上げる。
俺でさえ暗く感じているんだ。ゴブリンの視界はさぞ悪かろう。そしてその分、聴覚が研ぎ澄まされている。
その証拠に、ゴブリンの目は虚で耳を傾けてじっと音を拾っているように見える。
だから、些細な音でも…。
コンッ…カラカラカラ。
「フギャ?」
よく反応してしまう。
ゴブリンが一斉に岩壁を見た。
石が落ちたのは松明の光が届かない暗闇だ。
そこに何かいるのかと這いつくばるようにして確認している。
その隙に一気に距離を詰める。
こんなとき、狩人や盗賊、アサシンなんかがいれば、ステルスダメージにボーナスが乗るんだが…。
残念ながらここにいるのは拳闘士と重戦士。
なので、正面から…。
「フッ…!!」
「イギッ…グボォッ!!」
殴る!!!
渾身の一撃、短く息が漏れる。
這いつくばっていたゴブリンの顔面を地面に叩きつけた。
その凶悪な口からほんの少し声が出たが、すぐに地面に叩きつけられて、途切れる。
殺せてはいない。
ただ、今は…。
「ギィッ…!!」
襲撃に気づいたゴブリンが咄嗟に立ちあがろうとしたので、首に蹴りを入れて壁に押し付けた。
ゴシャッ。と嫌な音が鳴る。
やはり一撃とはいかないが、物理防御が低いので、どれも致命傷になる。
最後の一体も同じタイミングで立ち上がった。
しかし困惑からか、取るべき行動を悩んでいるようだった。
切り掛かる?いや逃げるか?
そんな迷いが電気信号となって腕や足をピクピクと震わせている。そして、徐々に冷静になって思い立つ。仲間にこいつの存在を知らせなくては、と。
この間、たったの一拍。
だがそれが戦場での勝機を分つ。
大きな口が開かれるのとほぼ同時。
俺のアッパーがゴブリンの下顎を打ち砕く。
鋭利な牙に挟まれたベロが吹き飛んだ。
地面に落ちた時のぺちっという音がなんともこの状況にミスマッチ。ついで、口の中が血で溢れているのか、ゴボゴボと音がなった。
後は落ち着いてトドメを刺していけば殲滅完了。
<ゴブリン(Lv11)を倒しました。>
<経験値(60)を取得しました。>
<ゴブリン(Lv10)を倒しました。>
<経験値(24)を取得しました。>
<ゴブリン(Lv11)を倒しました。>
<経験値(61)を取得しました。>
見たか。
拳闘士にだってステルスキルは出来る。
「…すごいです…ししょー……!」
チヤが小声で褒めてくれる。
いかん、調子に乗りそうだ。
得意げに鼻を鳴らしていると、煙の中に魔石が光っているのが見えた。
こんな状況でも戦利品はしっかりと回収してから進む。
坑道にはこんな窪みがいくつも点在している。
どれも坑木の裏や岩陰の中など、巧妙に隠されていた。
まあ、そのせいでなんとなくわかっちゃうんだけど。
ゲームだったらここにあるな、ってとこにちゃんとある。セオリー通りの作りだ。
ゴブリンはいたりいなかったり。
いても3体前後だ。中には完全に寝てる集団なんかもあって、さほど苦戦せず進める。
どれも普通のゴブリンで、ウォリアーやシャーマンといった個体は…。
「…師匠っ。」
おや、噂をすれば。シャーマンだ。鳥の羽や動物の骨で装飾された杖を持っている。
それとノーマルが2体に、ホブ1体。
他のゴブリンとは違い、隠れることはせず、坑道の分かれ道に陣取っている。
シャーマンが後方で仁王立ち。ホブはその傍らに待機し、ノーマルがあたりを警戒するようにしきりに動き回っている。さっきまでの集団とは練度が違う。シャーマンの影響か。
「大きい剣ですね…。」
チヤがぼそりと呟いた。
確かに、ホブゴブリンがやけにでかい剣を持っている。
あれはたぶん…。
「スカベンジャーだな。」
死んだ冒険者のアイテムを拾い、使うことができる、という知性あるモンスターの一部が有している特性だ。ゴブリン系は代表格である。
倒すとそのアイテムを落としてくれたりするから序盤は助かるんだよな。
そういえば、昔、この特性が無限増殖グリッチに使われて大量のユニークアイテムが流通した事件があった。
運営はその対策として、増やされたアイテムすべてに呪いという強烈なデバフ効果を付与した。
しかも、呪いという状態異常は、本人だけではなくパーティーメンバーにも影響を及ぼす。
外すのにも特殊なアイテムが必要だったし…。
一時期、頭上にどくろマークを浮かべたソロプレイヤーが、悲しそうに歩いているのをよく見かけた。
その後、スカベンジャーという特性は低ランクのアイテムしか拾わない・落とさない。という二重構造になりグリッチも封じられた。
あれも見た目は派手だがありふれた大剣だろう。
「…。」
チヤがすでに投げ斧を構えて俺の合図を待っていた。
今までと同じように石を構える。
顔を見合わせて頷く。
大きすぎず、小さすぎない。
そんな選び抜かれた小石が放物線を描いて飛んでいく。
カラッ…カランカランカラン……。
「ギ?」
シャーマンが首をかしげながら音の方を向く。
ノーマル2体も音の方へと吸い寄せられていった。
しかし、ホブの動きが遅い。
他の奴よりかなり遅れて、体ごと方向を変える。
その視界の端に映るか映らないかというところで俺が物陰から飛び出した。
同時に顔の横を鈍色の斧がかすめる。
ザシュ!
「ヒギッ…。」
シャーマンが短い悲鳴とともに倒れた。
<ゴブリンシャーマン(Lv13)を倒しました。>
<経験値(23)を取得しました。>
今の一撃でこと切れたらしい。パーティーメンバーの俺にも申し訳程度の経験値が入った。
異変に気付いたホブが振り向くのに合わせてその横を通り過ぎ、ノーマルゴブリン2体にラリアットをかます。二体は「フギッ…!」なんて声を出しながら転倒したので、これ以上騒がれる前にとどめを刺しておく。
<ゴブリン(Lv10)を倒しました。>
<経験値(20)を取得しました。>
<ゴブリン(Lv10)を倒しました。>
<経験値(21)を取得しました。>
「あとはホブ…。」
振り向くと、緑の巨体はじっとシャーマンの後頭部に刺さっていた斧を眺めていた。
一呼吸の後、ようやく事態を理解したらしく、手に持った剣を振り回して暴れ始めた。
仲間を呼ぶほどの知能はないらしいが、それでも一応。
「ハッ…!」
「ブグッ…!!」
喉をつぶしておく。
攻撃は大ぶりで読みやすい。
物理防御は他のゴブリンと比べて高いが…まあ、それだけといった感じだ。
「グググ…。」
その巨体が冷たい岩の上に沈む。
<ホブゴブリン(Lv13)を倒しました。>
<経験値(79)を取得しました。>
<ノイン・レーゲンシュラインのレベルが上がりました。10→11>
<スキルポイント(1)を取得しました。>
<拳闘士のクラスレベルが上がりました。10→11>
<クラス専用ポイント(1)を取得しました。>
<聖職者のクラスレベルが上がりました。10→11>
<クラス専用ポイント(1)を取得しました。>
あ、レベル上がった。嬉しい。
いや、案外サクサク行けるな。
思っていたほど数もいないし。
「ししょー…どうでした?」
「ああ。完璧だったよ。」
あ、ホブの持ってた剣落ちた。
ラッキー。
よしよし。
この調子でどんどん行こう。