見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
俺たちは帰路に着く。
風がまだ夜の名残を残していて、ひんやりと冷たかった。
街に着く頃にはすっかりと太陽がのぼり、陽光の暖かさと頬を撫でる風が気持ちいい陽気になった。
門を出入りする人たちも、心なしか浮き足だった様子で忙しなく動いている。
いや、あまりにも濃い一日に、久しく人の世界へ踏み入っていないような気さえしている。
見ているうちに案外こんなものだったのかもしれないとも思えてきた。
俺たちはげっそりと疲れ果てていて、この街で随分と浮いた存在になっている。
ルシエラとアレクシアの二人は、傷の手当てについて、当てがあると言うので門で別れた。
そのほかの面々は俺と一緒に診療所へ行くことに。
かなり参っているようで、皆まともにコミュニケーションを取れるような状況ではなかった。
かろうじて聞き取れたのは、坑道に単身乗り込んだあの少年と同じ村の出身者が二人いるということと、それ以外の面々はまったくの他人だということだけ。
少年はたぶん助けたいという一心だったんだろうが、なかなか無茶をする。
…俺も人のことは言えないか。
自分の体の有様を見て苦笑いが出る。
俺はみんなを連れて診療所に入った。
ぞろぞろと大所帯で迷惑かもと思ったが、俺も疲労度とかいろいろ限界が近いので、なんとか大目に見てもらいたい。
入ると、まず受付のようなカウンターが目に入った。
誰もいない。
「すいません。」と声をかけたが、返ってくるのは静寂ばかりで反応もない。
皆の視線が俺に刺さる。
気まずさに耐えかねて頭をポリポリと掻いていると、俺たちが入ってきた側の扉が開いた。
「…まあ、お客様ね…あら?ミーちゃんはどこに行ったのかしら。」
春の空のような薄水色の長髪を下ろした垂れ目がちのお姉さん。
修道服を着ているのでここの職員で間違いないだろう。
ふわりとした動きで俺たちの後ろのカウンターを覗き込んでいる。
どうやらミーちゃんとやらがいないらしい。
この世界の受付、特に「ミ」とつく受付はサボり魔が多いのかもしれない。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら。」
「いえ、全然。」
「よかったわ、うふふ……さ、どうぞ。」
彼女にカウンターの裏へと通される。
受付があった部屋は随分こじんまりとしていたが、その奥は信じられないほど長い廊下に繋がっていた。
壁に一定間隔で扉がついている。ほとんどが病室だろうか。
「私、ここの所長をしてます、リュシアです。」
俺たちは一番手前の大きな部屋へと案内される。
その間に本当に手短に自己紹介をされた。
「いろいろあったみたいだけれど…まずはその子からね。」
振り返ったリュシアが少年を見つめる。
彼女の指示のもと、俺とチヤで少年をベッドに寝かせた。
リュシアは、そのおっとりとした話し方からは想像もできないような速度で診察と処置を終えていく。
「よし、次ね。」
そしてあっという間に俺の番が来た。
診察中ずっと「はーい、怖くないわよー。」「大丈夫ー。」「頑張ってえらいわねー。」などと言われ続けた。それを助け出した女性や子供たちに見られているもんだからとんでもなく恥ずかしい。
しかし、それをおいてもやはり高位の魔法というのは凄まじい。
当然だが俺のヒールなど比べ物にならない。
感心しているうちにみるみると傷が塞がっていく。うにょうにょとした光が束を成して傷を塞ぐ。見た目こそ若干のSFホラーを感じなくはないが、それでも優しく撫でられているような心地いい感覚だった。そして、気づけば、跡すら残らず完治していた。
他の皆も順に診察を受けた。
その間にいろいろと質問があったので、俺が事の仔細を説明した。
「あらあら…大変だったわね。」
なんて言いながら、一人ずつ頭を撫でてくれる。
当然のように俺も。
チヤは…手が届かないからか、撫でられなかった。
小声で「ずるい。」と言われたが無視する。
それから、こういった場合にはギルドが各国政府と協力し彼女たちを保護、もしくは故郷まで送り届けてくれる、ということを教えてくれた。
一人ひとり送り届けることも覚悟していたが、公的な支援があるのであればそちらに預けてしまう方が、彼女たちにとっても安心だろう。
見知らぬおっさんと長旅なんて、俺だったら御免だしな。
手続きは診療所の方でしてくれると言うのでお言葉に甘えることにした。
それと、支払いは換金や報告が終わってからでいいらしい。
手持ちが少ないのでありがたい。
別れ際、女の子が一人近づいてきてお礼を言ってくれた。この子は少年と同郷の子だ。
それを皮切りに皆が握手やお辞儀で感謝を伝えてくれた。
余裕もなくてほとんど話せなかったが、少しだけ心が繋がった気がしてうれしかった。
「ノインさん。本当にお疲れ様。」
最後に、リュシアが両手を広げて俺の体を包み込んだ。
まったく、完全に子ども扱いされている。32のおっさんだぞ、俺。
「あっ!」
しかし、恥ずかしいなどと思う間もなくチヤに引っ張り出される。
その場の全員の視線が集まると、チヤは「…ち、違うよ?私も抱きしめてほしいだけだから。」などと意味の分からないセリフを吐く。
そして、リュシアの腕の中にすぽっと納まったので置いて帰ることにした。
「あっ、待ってー!師匠ー!」
「あらあら…。」
本当はすぐにでもギルドや親方のもとへ報告に行くべきだと思っていた。
にもかかわらず、体は自然と宿屋の前まで動いた。
「…報告は明日にしようか。」
「はいっ。」
俺とチヤは軋む戸を開いて宿屋の中に入る。
「あ、あんたら!」
入るなり受付のおばちゃんが駆け寄ってきた。
「お金だけ払って帰って来ないもんだから心配したわよ。」
「ちょっといろいろありまして…。」
俺とチヤを交互に見て察してくれたのかそれ以上の詮索や世間話はない。
ただ、「あの部屋はそのままにしてあるから、もう寝ちゃいなさい。後で食事でも持っていくわ。」とだけ言われた。
くたくたの体に優しさが染みる。
「あの、俺とチヤさんを別部屋に…。」
「それはない。」
あまりにも即答。目が合わない。これは本当だろうか。
確かめる隙も無く「行った行った。」と階段へ押し込まれてしまった。
今日は本当に疲れたのであのおばちゃんと戦う気力などあるわけもない。
しょうがないので大人しく寝ることにして階段を上る。
足取りが若干ふらつくので、気を付けながら一段一段を踏みしめる。
そんな俺の後ろにチヤが続く。彼女の足取りにはさほど疲れを感じない。
端から見れば、酒に酔った上司とそれを介抱する部下のように見えるだろう。
チヤがそっと俺の体を支えてくれる。
今回の探索ではいろいろあったが、その分、人の優しさにも多く触れた気がする。
そういえば、ルシエラとアレクシアも無事に治療を受けられただろうか。
そんなことを考えていると、耳元を風とも呼べないような気配が撫でた。
「…ゴブリンロードと戦ってるとき、私のこと呼び捨てにしましたよね。」
ガンッ…ドタドタドタ……。
不意に言われて階段から崩れ落ちた。
おばちゃんがそのぎょろっとした目を見開いて何事かと覗いてくるが、平然を装って立ち上がりまた階段を上る。
「そ、そうでしたっけ…?」
いや、本当に覚えていない。
焦ってたしそんなこともあるかもしれないけど…。
「はい……いいですよ、これからは。」
「え?」
「呼び捨てで。」
「…あ、はい。」
身体は疲れ果てているはずなのに、なぜか眠るまでに少しの時間がかかった。