見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
革張りの座り心地の良さそうな椅子が、美しい意匠の施された木の机を囲むように置かれている。
ここはギルド内。関係者のみが入ることを許される二階のさらに奥、長い廊下に連なる一室の中へと案内された。
俺とチヤは、シルヴィアに勧められるまま、席につく。
部屋はそこまで広くはない。
目につくのは、びっしりと本の詰まった棚や、壁にかかった絵画、装飾品の類。
この机とは別にひとりがけの席も用意されており、何となく既視感をくすぐられる。
何だろうと考えて、ふと思いついたのは学校の校長室だった。まあ実際に入ったことはないのでドラマなんかのイメージに過ぎないんだけど。
この世界に来てから入った建物…宿屋や飲食店、診療所などを思い返してみるが、この部屋はそのどれと比べても格が一つ違うような印象を受ける。
「どうぞ。」
コトッ…。
「あ、ありがとうございます。」
「…わぁ。」
俺たちが部屋の内装に視線を巡らせていると、シルヴィアがお茶菓子まで出してきた。
チヤが今までにないくらい目を輝かせている。
「…ノイン様。」
「…。」
早速手を付けようとしたチヤだが、神妙な面持ちのシルヴィアを前に、一度その動きをとめる。
「はい。」
俺の心境はお菓子どころではない。
怒られる覚悟もしつつ、万が一の場合に備えてすぐに謝れるよう、何度も何度もシミュレーションを重ねる。会社勤めをしてきた中年の謝罪はどんな場面でも使える万能スキルだ。
「教会の巡礼官様より、事の仔細、承っております。」
「…え?」
しかし、シルヴィアの口から出たのは全然知らない言葉で、なんとも微妙な反応になってしまった。
「…?」
シルヴィアに訝しげな顔をされる。
「…ウハ坑道にて、赤錆の騎士様とともにゴブリンロードを撃破した素手の男性というのはノイン様ではないのですか?黒髪、布の服、素手という特徴からてっきり…。」
「あ、それは私です、はい……ただ教会の巡礼官…様?というのがよくわからなくて。」
「ルシエラ様ですが…ご存知ないですか?」
「あー、ルシエラさんですか!」
「…お二方も、ノイン様のお名前を聞きそびれてしまったと仰っていましたが…本当にお互いのことは何も話していないんですね。」
思い返してみると、たしかにお互いの話はおろか、自己紹介すらした記憶がない。
「えぇ…そうみたいです。」
そんな俺のために、シルヴィアが二人の素性を説明してくれた。
ルシエラは教会の巡礼官という役職についている聖職者らしい。
この聖職者とはクラスではなくガチの方。
大陸中の祠を周り、異常がないかを調べるのが彼女の任務なんだとか。
これは、教会に属するいくつかの貴族が代々勤めてきた神聖な役職であり、その任に着いた者もまた神聖な存在として扱われるそう。
ルシエラの生家であるグランヴェール家はまさにその筆頭であるらしい。
そして、赤錆と呼ばれていたアレクシアの方はと言うと、ヴァルハルトというグランヴェール家に仕える騎士の家系…グランヴェールにヴァルハルトね。うん、全然覚えられる気がしない。
「赤錆……ずっと思ってたんですけど…武器を扱う騎士の異名としては、なんというか…縁起が悪くないですか?」
はじめてその言葉を聞いた時から違和感を感じていた。
これをシルヴィアにぶつけたところでどうにもならないだろうと思ってはいたんだが、思わず口をついて出てしまった。
「ええ、赤錆というのはもともと傭兵の間で使われていた、錆の浮いた装備しか買えないような新人…という意味の蔑称ですから。」
しかし、シルヴィアは眉一つ動かさず、整然と答えてくれる。
「へぇ、そうなんですか。」
やはり俺がマイナスな意味合いに感じていたのは間違っていなかったらしい。
「それが、ヴァルハルト家の祖であるアルヴァン様によって、特定の騎士に対する異名へと変わったんです。」
俺が興味深そうに頷くものだから、彼女も乗せられて初代赤錆の逸話を話し始めた。
アルヴァンという男は、平民の出ながら、それはもうとんでもなく強かったらしい。
赴く戦場すべてで首級をあげ、その名も瞬く間に知れ渡っていったとか。
そんなとき、大国同士が衝突する戦争があった。彼もまた、当然のようにその戦場に立っていた。
それは、誰も予想ができないほどに長引いた大戦だったそうだが、アルヴァンの活躍は噂通りで、毎日の如く戦果を挙げていたらしい。
しかし、それをよく思わない一部の傭兵や正規兵が、彼の装備が錆びついていたことを馬鹿にして、やはり金のないインチキ野郎、赤錆のアルヴァンなどと笑い始めた。
それは将軍であるアウグスト公の耳にも届いた。
皆、長い戦で苛立ちを募らせている。このままでは士気にも関わる。
事態を重く見た、アウグスト公はアルヴァンを呼びつけて、皆の前でこう聞いた。
「貴君はこの戦で三十あまりの首を挙げたと聞く、それほどの豪傑が何故赤錆の浮いた剣など使うのか。」
すると、アルヴァンは、酷く落ち着いた様子で、顔に笑みまで浮かべてこう答えた。
「ここに来たときは、これも皆の剣のように輝きを放っておりました…しかし、これだけ長い戦……人を斬ればこそ、その剣も錆びましょう。」
と。
それから誰も彼を馬鹿にすることはできなくなり、アルヴァンをいたく気に入ったアウグスト公によって戦場で騎士の階級まで与えられたらしい。そして、同時に赤錆の名を授けられたと…。
なんとも痺れる話じゃないか。
「しかし、結局アルヴァン様の活躍も虚しく、戦には負けてしまい、国はなくなってしまいました。アウグスト公は一国の将軍であるとともに教会の高級司祭でもありましたので、それからは国ではなく神に仕えるべく巡礼の任に着いたそうです、戦争で疲弊した民衆への贖罪の意味も込めて…そしてその傍にはいつも赤錆の騎士の姿があったとか。」
そして、そのアウグストの姓こそがグランヴェール。
つまり両家は遥か昔から、何代にも渡って贖罪と巡礼の旅を続けてきたわけだ。
熱い、熱すぎる。
「…なんか……すごい人たちだったんですね…。」
「えぇ、巡礼官様は他にもいらっしゃいますが、街でちらりと見かけただけでも一生自慢話には困らなくなる…なんて言われてるくらいとてもありがたい方々ですよ。」
「そこまで!?…チヤ知ってた?」
まさかあの二人がそんな芸能人みたいな扱いだったなんて。
「…。」
いつの間にか、出されたお茶菓子を口いっぱいに頬張っていたチヤがリスのように膨らんだ頬を揺らして首を振る。
チヤも俺と同じで知らなかったみたいだ。
まあ、チヤの出身は遠い島国らしいし、しょうがないか。
「それで本題なのですが…。」
そこで、シルヴィアの声色が変わった。
彼女はゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。
俺とチヤの視線もそれを追って自然と上がる。
「この度の一件…大変申し訳ございませんでした!」
そして、頭が勢いよく下げられた。
「え…あ……え?」
俺は困惑して反応に困り、隣に視線を向ける。
同じく目を丸くしたチヤがいた。
「…私などでは分不相応だと重々承知しておりますが、本日はギルドマスターが不在にしておりまして…。」
俺たちの反応を見たシルヴィアは、何を思ったのかさらに深く頭を下げた。
「ああ、いやいや、頭を上げてください…正直なんのことかさっぱり。」
俺は怒られると思ってここに来たんだ。
謝るつもりが謝られるなんて…。
「…ウハ坑道にゴブリンロードが発生していた件について…本来であれば我々ギルドが適切な等級の冒険者に要請を出して緊急クエストとして処理すべき案件でした。」
…なるほど。そういうことか。
その後もシルヴィアの勢いは収まらず、挙句の果てには国家の一大事だの救世主だのという言葉を並べはじめた。
…少し大げさすぎないか?
たしかに、ゴブリンロードは最上位種だ。
同レベルのモンスターの中では間違いなく最強の部類に入る。
とはいえ、あの個体はレベル30だ。
それなりの冒険者からしたらただの経験値だろう。
でも、アレクシアも似たようなことを言ってたな…。
おとぎ話に出てくる…みたいな。
ゴブリンロードってこの世界だとそんなイメージなのか?
困惑した俺たちを残して話はどんどん進んでいく。
「今回の報酬は当然それなりの額をご用意させていただきます…ミア!!」
改めて頭を下げたシルヴィアがすかさずミアを呼ぶ。
ガチャ。
一拍おいて扉が開いた。
「な…なにこれ…重すぎるにゃ…。」
入ってきたのはとんでもないサイズの袋。
いやよく見たらその下に埋もれるようにミアがいる。
「今回の報酬800万ゼルです。」
「は、はっぴゃく…。」
チヤが呟いた拍子に咥えていた焼き菓子を落とした。
俺もいきなりのことに言葉が出ない。
「現在当ギルドでご用意できたのは500万ゼルですが、残りも近日中に必ず…。」
全然シルヴィアの話が入ってこない。
いや、これ貰っていいのか…?
いいんだよな、報酬だし。
「それと……ミア!」
「ちょ、ちょっと待つにゃ…。」
ミアがさらにもう一つ、袋を引きずってくる。
「こちらは教会からです…ルシエラ様を助けていただいた御恩へのお気持ち…とのことで……。」
額までは把握していないようだが、袋の大きさ的に大体同じくらい…?
一つでも驚いたが、二つ並ぶともはや壮観だ。
ゲームの仕様上、お金の重さはインベントリに影響を及ぼさない。
それを知っていてもインベントリに入るか心配になってしまう。
チヤが震えている。視界には入っていないが、振動が床を伝って俺の椅子まで届いている。
「…。」
カチ…カチャカチャ…。
「…熱っ!」
俺も平静を装い茶を飲もうとしたが…零した。