見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
共鳴洞窟の第三階層を進む。
出現したのが極端に強いモンスターではなくて良かったと安心しつつも、俺たちはとある問題にぶつかった。
サンドトゥースの潜む地面にはすり鉢状の窪みがあるが、それが薄暗い洞窟の中では、どうにも見にくいのだ。
魔石を投げる、そして進む。
結果、そんなことをひたすら繰り返すほかない。
時間が経つにつれ、これが段々と辛くなってきた。
どこにモンスターが潜んでいるかわからないという緊張状態が続いているせいもあるのだろう。
最初は広く感じていた第三階層の空間が、酷く狭苦しく感じられる。
せめてもの救いは、あいつらが活発に動き回るようなモンスターではないということ。
基本的には砂の中でじっとしている。それにでかいモンスターなので仮に動くようなことがあればすぐにわかる。
だから、一度確かめた場所の安全は確定できる。
今は安全地帯で何度目かの休憩中だ。
この地道さ…レベリングというよりもはや作業に近い。
特別経験値がおいしいわけでもなければ、いいアイテムがドロップするわけでもない。
ようやく出てきたと思っても2、3発で煙になるのでまたすぐに作業へ戻ることになる。
つまるところ、戦闘も探索もまったくもって楽しくないのだ。
俺もすでにうんざりしているし、チヤに至っては顔が死んでいる。
どうしたものか、もういっそのこと第四階層まで降りてしまおうか。
なんて、真剣に考え始めたころ、ふと外套の糸のほつれが目に入った。
そこで俺はあのスキルの存在を思い出した。
「……地下世界の耳…。」
そうだ。なぜ今の今まで忘れていたのか。
これは黒深卿の襤褸布を装備している間のみ使えるパッシブスキル。
パッシブスキルの一部にはオンとオフの切り替えが可能なものがある。
地下世界の耳はまさにそのタイプだ。
効果は確か、周囲の音を視覚的に探知できる…だったか。
ゲームだと、生き物の出す音が波紋として画面に表示されていた。
この世界でも同じように視覚化されるんだろうか。
だとしたら、片っ端から魔石や石ころを投げて周囲の安全を確認する必要はなくなる。
まさに、こんな状況のためにあるスキルじゃないか。
「…っ。」
そんな期待と、何気ない興味で俺はこのスキルを有効化した。
「…んぐぃ!!!」
突如、骨が軋むような耳鳴りが全身を打った。
駅のホームやライブ会場、大きな滝の前なんかに立ったときの、空気の振動が全身を叩きつけるようなあの感覚。それを何十倍、何百倍にも強くしたような。
とにかく尋常ではない感覚に、俺の頭は一瞬で真っ白になった。
俺は地面に四つん這いになっていた。
その事実に気づくまで、かなりの時間がかかったと思う。
流れ出た多量の汗が、頬を伝い、鼻先から垂れた。
そして、地面の砂に吸い込まれて消える。
「師匠!…師匠!!」
チヤの声が全身に響く。
それだけではない。
砂の中にうごめく無数のモンスター。その微かな生の振動が、まるで手で触れているかのように伝わってくる。
意識が飛びそうになる。いや実際何度か飛んでいる気がする。
視界も白んでいるし、自分がどこにいて、どっちを見ているかさえわからない。
…死ぬ。
本気でそう感じて、スキルを無効化した。
「…カ…ッはぁ!!」
呼吸が止まっていた。というより順番を間違えていたのか。
息を吸おうとするが、どうやらちゃんと吐き出せていなかったようで、それ以上吸えなかった。
必死の思いで呼吸を整えると、四つん這いで耐えていた俺の体はぐらっと横に倒れた。
まだ視界もぼやけているし、全身が小刻みに震えている。
砂が服の中に入ってくることなど気にもせず、俺は仰向けになって何度か深呼吸をした。
そうして、ようやく徐々に全身の感覚が戻ってきた。
「大丈夫ですか!師匠!!」
「ああ…ごめん……。」
変に期待させても、なんて気持ちがあったので、チヤにスキルのことは話していなかった。
だから、唐突に俺が苦しみだして、倒れたように見えただろう。
俺は謝罪とともに、今起こったことを説明した。
上手く言語化はできていなかったと思うけど。
「もう!そういうことはちゃんと言って!」
チヤが涙を浮かべていた。
初めてだ、チヤの涙を見るのも、ため口を聞くのも。
自分が死にかけたあの日でさえ明るく笑顔を見せていたのに。
本当に優しい子だと思う。
それに比べて俺は…何とも情けない。
彼女の言う通り、スキルのことは伝えておくべきだったし、これから同じようなことがあればそうする。
俺は何度も謝りながらそれを伝えた。
「…もう大丈夫なんですか。」
身体を起こした俺にチヤが心配そうな声色で聞いた。
「うん……もう大丈夫。」
俺は伸びをした後、腰を捻ったり、肩を回したり…点検をするように体を動かした。
そして、完全に復活したことをチヤに伝える。
「それから…わかった。」
「え…?」
「サンドトゥースのいる場所。」
意識が朦朧としていたとはいえ、ただで死んでなるものかという思いがあった。
まあ、あのまま続けていたとして、本当に生命の危機になり得たかは不明だが。
とにかく俺は、反響する雑音の中でサンドトゥースの場所を正確に割り出した。
酷い感覚だったが、便利な能力であることは否定できないらしい。
俺は自分自身の感覚を確かめるように、取り出した魔石を放り投げる。
「…。」
「…。」
静寂。
二人の視線が魔石の落ちた場所に集まる。
…。
地面が微かに揺れた気がした。
そして…。
…バシャーン!!
「ギィ!!」
サンドトゥースが激しく砂をまき散らしながら姿を現した。
「す、すごいです!師匠!!」
チヤも大興奮だ。
いつの間にか斧を握りしめている。
「この階層にいるサンドトゥースの位置は全て把握した…さあ、どんどん行こう!」
もともと脆いモンスターだ。
一掃するのにそう時間はかからなかった。
しかし、時間が経てばまたモンスターが湧いてくる。
俺たちは今日の探索を切り上げて街へと戻ることにした。
「師匠!今日はたくさん稼げましたね!」
チヤが随分嬉しそうだ。
今回の収穫は『魔石(中)』25個に『砂まみれの歯』12個。
たしかにあのレベルで『魔石(中)』が落ちるのはかなりおいしい。
それだけではなく、俺のレベルが1上がり、15に。
チヤはゴブリンロード戦でレベルが1上がっていたらしく14だったところが、今回の探索でさらに16に上がった。
出会った時から俺よりレベル高いんだよなぁ…。
「師匠…ね…。」
年齢や見た目だけでいえば、俺たちが師弟関係と聞いて疑うものはいないだろう。
だが実際にステータスを見たら…笑われてしまうな。
実際、俺自身苦笑いが出るし。
街へと帰還した俺たちは、とりあえずギルドで換金を済ませてから、宿に戻ってきた。
ギルドの受付はシルヴィアでもミアでもなく、新人っぽいメガネの女性だった。
あるんだ…メガネ。
ギィ…。
そんなことを考えながら扉を開ける。
「おかえり。」
宿屋に入るといつものようにおばちゃんが迎えてくれる。
我が家のような安心感だ。
「別部屋あり…。」
「ない。」
「ベッドが二つの…。」
「ない。」
「…はい。」
このやり取りも恒例となってきた。
いつ来ても部屋が空いているというのはありがたいが…本当に二部屋はないんだろうか。
俺は若干の怪しさを感じている。
その後はチヤと二人で食事に出て、そのまま風呂屋にもいった。
宿屋に風呂はないが、いくつかの宿屋が共同で運営している大浴場がある。
ここらの人は毎日お風呂に入るわけではなく、大体二日に一回か三日に一回らしい。
それ以外の日は濡らした布で汚れを取るんだとか。まあ、そういう文化だ。もちろん否定はしない。
しかし、俺はどこにいたって日本人なんだろう。
一日の終わりには、ゆっくりと湯船に浸かって疲れを癒したいと思ってしまう。
ちなみに、チヤのふるさとも火山島らしく温泉が出ているので、基本的に毎日入るんだとか。
気兼ねなくお風呂に行こうと言えるので、大変ありがたい。
毎日通うので、受付…日本の銭湯でいうところの番頭さんにはすっかり顔を覚えられてしまった。
「お、来たね。今日もゆっくりしてっとくれ。」
なんて声をかけてくれるようになった。
久しく忘れていた人との繋がりが心に染みる。
それから部屋に戻って、あとは寝るだけ。
チヤは寝るのが早い。
ベッドに潜り込んでからほんの数秒で眠りに落ちる。
下の道を行く人々の微かな話し声に交じって、チヤの寝息が聞こえる。
そんな夜の日常に耳を傾けながら、俺は椅子に深くもたれて、じっと腕を組んだ。
そして、少し…いや、かなり悩んだが、覚悟を決めた。
…『地下世界の耳』を有効にする。
「んぐっ…。」
ダンジョンの時と同じ感覚。
いや、ここは音が多い分それよりもきついかもしれない。
隣の家の会話、遠くの酒場のどんちゃん騒ぎ、どこかの路地裏で鳴いている野良犬の声。
そんなものが一切合切の区別なく俺の全身を襲う。
それに耐えようと、無意識に力が入る。机に突っ伏した腕に血管が浮き出ている。
…だが、思い出すんだ。
ダンジョンでは、サンドトゥースが発する音に全神経を集中させた。
その時、朦朧とする意識の中で確かに感じた。
…効果範囲や強弱の調整。無意識ながら、生命の危機を感じた俺は確かにそれを成し得た気がする。
夜風に揺らぐマッチの火のような、微かなものだった。
今思えば気のせいだったのかもしれないとさえ思う。
それでも、あの感覚さえ掴めれば……。
「ん…ぐ……。」
呼吸ができない。身体が丸まり、気づけば額が机についていた。
白なのか黒なのか。とにかく視界も霞んできた。
…限界だ。
俺は耐えきれず、スキルを無効化した。
「…だはぁ……はぁ、はぁ、はぁ……くぅ…だめかぁ…。」
あんな目に遭ったがそれでもこのスキルの有用性は実感した。
僅かながらも見えた希望を掴み、これを物にしたい。
その日から俺の夜の特訓が始まった。