見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
俺は今、ダンジョンの第五階層に立っている。
目の前に広がる闇と静寂。
…パァン……。
気押されそうになる精神に気合を入れるべく、手を一度打ち鳴らした。
音は、波打つように反響していく。
「よし…。」
何度か深呼吸もして、薄暗がりの岩を踏み締めるように歩き始める。
チヤに許可をもらったので、今回は一人での攻略となった。
なぜだか、そんな状況に緊張している俺がいる。
いつもは隣からチヤの声が聞こえてくるが、今日の洞窟は不気味なほど静かだ。
いや、いつもが賑やかすぎるのか。
まだ出会って数日なのに、すっかり二人での探索に慣れてしまった。
自分自身に苦笑いが出る。
そんな状況でも耳と目はフル稼働だ。
『地下世界の耳』を使いこなせれば索敵も楽になりそうなんだが、どうにも習得状況が芳しくない。
なので今は自分の持てる感覚に頼る。
蛇の腹の中のような、曲がりくねった細道。
俺の足音と息遣い、そして、鎧の立てる微かな金属音だけが響く。
親方の助言通り、ギャンべゾンと鎖帷子を買ってみたが、なんとも快適だ。
ずっしりと金属の重さを感じるものの、中綿がそれをうまく分散してくれている気がする。
なにより板金が食い込んで痛い、なんてことがない。
まあ、唯一残念な点があるとすれば、これで防御力盛り盛り…とはいかないところだ。
着込めば着込むほど防御力が上がるというわけではないらしい。
親方の話ぶりから察するに、急所判定は防いでくれそうだが。
…まあ、それだけでも相当でかいか。
やはりテンションが上がって籠手や鎧をちらちらと眺めてしまう。
しかし、咄嗟に足が止まった。
「…。」
水音が聞こえた気がして、目をやる。
「これは…。」
どうやら、岩の向こうに地底湖があり、天井から垂れた水滴が音を立てているようだった。
初めは、壁の亀裂から見えるだけだったそれも、進むごとに視界が開け、ついにその全貌をあらわにした。
直径にして20mか30mほどか、巨大な千枚通しで穿ったかのような穴に、並々と水が溜まっている。
水面は光を放っており、水滴が落ちるたび、天井の模様が怪しく揺れた。
「ほぉ…。」
恐る恐る湖の中を覗き込んだ俺の口から感嘆の声が漏れ出る。
壁や水底のいたるところから光を放つ水晶が飛び出ていたのだ。光る水面の正体はこれらしい。
そのうえ、驚くほどに水の透明度が高いので、井戸のように真っすぐで深い水中の奥までくっきりと見通せた。
背筋に寒いものを感じるほどの美しさ。
水生モンスターや生物の影は見えない。それでも、手を入れたり、ましてや泳ぐなんてことは絶対にできない。
見ているだけで引きずり込まれそうで、俺は耐えきれずに視線をあげた。
「ンキュ…ンキュ…ンキュ…ンキュ…。」
ん…?
ふと気がつくと、どこからかキューキューと奇妙な音が鳴っていた。
それに、水面がさっきよりも激しく揺れている。
そんな異変の気配を傍らに感じて、俺は隣に目をやった。
そこには茶色い毛玉がいた。
ピンクの鼻先を水面に突っ込んで、水分補給をしているようだった。
「…ケプッ……ンキュ?」
水をしこたま飲んで、満足げに顔をあげた毛玉も、俺の存在に気づいたのかつぶらな瞳で見つめてくる。
どのくらいの時間だったか。
それはとても長かったようにも思うし、一瞬だった気もする。
見つめあった俺と毛玉。
突き出せば拳が届くような距離。
「…キュ!!」
「…っ!!」
その静寂を切り裂くように、俺たちは飛び上がった。
こいつは…間違いない。
手にツルハシを握りしめた二足歩行のモグラ。ロックモールだ。
前回の探索でもその姿だけは確認していた。
ケロピヨと同じく、知性あるモンスターの一つ。
巨大な地下空間で独自の社会を形成して生活しているが、たびたびゴブリンがその空間を奪おうと攻めてくるらしく、両者の仲は最悪。
まあ、ここに出現するモンスターは、ダンジョンによって生み出された存在だ。外界で生活している同種のモンスターとは、生態から異なる。
こいつらも、ダンジョン内で社会を形成して暮らしているようなことはないと思う。
しかし、驚いた。
何で真横にいるんだ。
しかも、俺に攻撃もせずに水を飲んでたぞこいつ。
俺がいることに気づかなかったのか…?
いや、たしかに目が悪いというのは知っているが…本当に真横だったぞ。
「キュ!」
ブンッ!!!
「あっぶね!!」
そんなことあるんだろうか、なんて考えている頭ごとぶち抜かれそうになった。
考えるのは後にしよう。
俺は両腕を顔の前で構えた。
金属がチャキと音を立てる。
その隙間から毛玉の姿を捉える。
「来いッ!」
俺は叫びながら、指をクイクイと動かしてロックモールを呼ぶ。
「キュー!!」
その挑発に乗せられるように、ツルハシが飛んできた。
ロックモールの攻撃は的確に急所を突いてくる。
硬い鉱物や岩壁を削っているうちに、物の弱点を見極めるのがうまくなったんだとか。
身長は人間の腰ほどしかないが、それでも自らの得物を頭に突き立てるべく、跳躍し、そして果敢に攻撃をしかける。
これこそが奴の戦技『急所突き』だ。
また厄介なことに、この戦技は装備に当たると『破損』という状態を付与してきて、それにより該当装備の性能が下がってしまう。
せっかく装備を新調したのに、最初の探索で壊されるなんてたまったものではない。
とにかく、一撃も貰わずにこの階層を制覇する。そう、決意を固めて身を捻った。
「受け流しッ!!」
ガキンッ…!
ツルハシと籠手が激しい火花を散らす。
あんな見栄を張っておきながら、初手で一撃を貰ったのかと酷く焦った。
しかし、ぶつかったのはツルハシのヘッドの中部分。
急所突きは武器の先端部で相手を捉えた場合にのみ発動する戦技だ。
つまり今回は無事に無効化できた…と思いたい。
でも心配だから戦闘が終わったら傷になってないか見ておこう。
籠手とぶつかったツルハシの方はというと…。
「キュー!」
…チャポン。
ロックモールの手から抜けて湖の中心に吸い込まれていった。
なまじ透明度がいいので、とんでもない速度で沈んでいくのが見える。
「キュ…。」
四つん這いになってそれを眺めるロックモール。
…悲しいな。
「ンキュー!!!」
「ごめん、ごめんて。」
怒り狂ったロックモールが殴りかかってくるが、いくら素手で攻撃しても急所突きは発動しないし、リーチも短く、なんの脅威にもならない。小学生の必殺、ぐるぐるパンチみたいだ。
いや、しかし、ツルハシを失ったロックモールのなんと無力なことか。
<ロックモール(Lv21)を倒しました。>
<経験値(122)を取得しました。>
結局、苦戦のくの字もなく、倒してしまった。
「…なんか…悪いことしたな。」
水底で気化するツルハシを眺めていると、どうにも罪悪感が湧いてきた。
だが俺には為すべきことがある。チヤも待っているんだ。止まっている暇などない。
ポリポリと頭を掻きながら、ダンジョンの最奥を目指して歩みを進める。