見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
衣擦れ、呼吸音、そして金属のかち合う音。
ただ一つ、俺の存在ばかりが反響する洞窟。
「…。」
俺はついにその最奥へと到達した。
眼前にはボス部屋へと繋がる下り坂。
この先で、ダンジョンマスターであるモンスターが今や遅しと挑戦者を待っていることだろう。
俺は今、そんな小道を前に、地面から突き出た岩の一つに腰を下ろして小休憩をとっている。
この階層に出現するモンスター、ロックモールを倒したことで俺のレベルは18になった。
装備の点検をしてホッと一息つく。どうやら破損は避けられたらしい。
攻撃を受け流す籠手にはどうしても擦り傷がつくが、まあこればかりはしょうがない。
それとドロップ品が2種類出た。
一つ目はロックモールの髭。
たくさん集めると非常に頑丈なロープや布になる。
そして二つ目がロックモールのツルハシ。
ロックモールが両手で使うこの武器。プレイヤーが使用する際には片手武器に分類される。
一見見た目だけのネタ装備に見えがちだが、防具の物理耐性補正値を一定割合で貫通する特性を持っている。これを両手に装備して暴れ回っていたクランがあるくらいには、熱狂的なファンのいる武器だ。
それが奇しくも2本。
俺もあの狂人たちよろしく暴れられるわけだが…まあ、それはいずれ機会があればということで。
そういえば、戦利品の装備を売ると言っておきながらまだ一つも手をつけていない。
重量もまだまだ余裕はあるが…こういうのは早め早めに整理しておくものだ。
少しでも気を抜けば、インベントリ内が魔境と化して二度と整理しようなんて気が起きなくなる。
店の所持金額上限まで装備を売却しながら各街を回り続ける、通称インベントリ整理マラソン…あれは二度とごめんだ。
まったく、嫌な記憶をつついてしまった。
「うしっ…。」
立ち上がり、パンパンとお尻についた塵を払う。
十分に休憩はできた。
溜まったクラス専用ポイントも『持たざる者の矜持』と『一撃の型』に割り振り、準備は万端。
そう、今回の目的はレベリングでもツルハシ集めでもないのだ。
「本題と行こうか…。」
ひんやりと冷たい地下の空気をかき分けて、俺は坂道を降り始めた。
そこまで長いものでもない。
すぐにボス部屋への入り口が見える。
広い空間だな。
はじめに沸いたのはそんな感想。
それから、白い大扉がはめられているのが目に入った。
道中で見てきたあの水晶を削り出して作ったのだろう。白濁色の板の向こう、微かに景色が透けている。
扉の周りは壁や床、天井にいたるまで、四角く切り揃えられた石レンガで整えられており、石柱が2本、この空間を持ち上げるように聳え立っている。
剥き出しの岩ばかり…この大自然の結晶たる洞窟に宿る荘厳さとはまた違う。
そこだけは、宮殿のような冷たい威圧感を漂わせていた。
ガ…ガガ…ガガガガガ…。
近づく俺に臆することなく…いやむしろ歓迎するかのように扉が開く。
頬を撫でる冷気が一層冷たくなった気がした。
「…。」
意を決して中へと踏み込む。
ガガガガガ……ガンッ。
俺が入ったのを見計らうかのように扉が閉じる。
そこには巨大なドーム状の地下空間が広がっていた。思い出されるのはゴブリンロード戦。
しかし、明確な意図をもって削られたであろうあの場所とは違い、ここは自然の形のままだ。
人工物があるのは出入り口くらいのもので、だからこそそれがひどく浮いて見えた。
ここまでの階層と同じ、水晶の淡い光に照らされた薄暗い空間。
扉はしまった。もう引き返せもしない。
「ふぅ…。」
俺はゆっくりと息を吐きだしてから、さらに歩みを進めた。
「…。」
ある程度進んだところで、ふと違和感を感じて足を止めた。
視界には何も映っていない。しかし、確かに何かの気配を感じた。
「…っ!!」
俺は咄嗟に天を仰いだ。
そこには翼竜。いや、ちがう。
あれは…。
折りたたまれた巨大な翼。全身は白く、胸元にふさふさと毛が生えている。
何よりも特徴的なのは背中から突き出た巨大な水晶だろう。
大きな体に似つかわしくないほどの細い脚で、天井の岩肌を掴み、ぶら下がっている。
目は確認できない。つるっとした顔にあるのは、パラボラアンテナをしわしわに歪めたような、なんとも不可思議な形の耳と、おそらく口だと思われる、漢字の『人』みたいな形の線だけ。
「クリスタルバット…。」
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クリスタルバット
種別:
Lv:25
HP:211/211
MP:81/81
状態異常:
なし
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なるほど、それで共鳴洞窟。
ダンジョンマスターの正体を知って、名称の合点はいったが…また厄介なモンスターにあたったものだ。
頭を抱えたくなる。しかし、そんな暇はないらしい。
口だと思われた線はやっぱり口だったらしく、パカと奇妙な音を立てて開いた。
「プワァァアアアアアアアアア!!!」
糸を引く口から、何とも形容しがたい声が鳴る。
まるで管楽器のよう。あまりにも生物味というものを欠く。
その音に共鳴するように、空間内の水晶の光が強くなる。
そして激しく軋み、キリキリと音を立て始めたかと思うと、次の瞬間にはバチバチと幾重にも光の小爆発を起こす。
「…まずい。」
これはクリスタルバットの使用する魔法スキル…『黒穿響』。
「…っ!!!」
俺が岩陰へ飛び込むのとほぼ同時、地面から突き出た水晶から、何本もの光線が照射され、あたりの岩を溶かしてまわる。
「……おほぉ…あれはさすがに弾けん…。」
魔法攻撃は受け流せない。
そんなことは端から承知の上だが、その威力を間近で見ると背筋に寒いものが走る。
今の俺にできるのは、この岩の隙間に挟まって縮こまることだけだ。
眼前を白の光線が何度も通り過ぎていく。
フィールド上を縦横無尽に切り裂くレーザー。
威力が高く非常に凶悪。動きも完全にランダムなので、目視で避けながら安全地帯に逃げ込むほか、対策はない。捌ききれずに切り裂かれるプレイヤーを幾度となく見てきた。
「…ふぅ。」
ようやく一発目が収まったらしい。
あの極大範囲攻撃のMP消費はたったの8。
まったく、どんなコスパをしてるんだ。
節約上手な主婦じゃあるまいし、勘弁してほしい。
しかもあいつがMPを使い切るとこれがまた厄介なことになる。
黒穿響を躱しながら少しでもHPを削りたいんだが…。
「プワァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「また!!」
くそ、外に出れない。
あんな天井にぶら下がって魔法攻撃連発なんて卑怯だろ!
こちとら近接特化のアタッカーだぞ!何とかしてくれ、運営!
ズンッ…。
俺がクリスタルバットとの相性の悪さに悪態をついているうちに、二発目も収まったらしい。
というか、今、地面が揺れた。
もしかして…。
「…おっ。」
恐る恐る覗き込むとクリスタルバットが下りてきていた。
さすがにこのままでは黒穿響が届かないと気づいたらしい。
四つん這いで地面を歩く姿を見ていると、本当に翼竜かと思えてくる。
というか、近くで見るとでかい。
「…よしっ。」
俺は覚悟を決めて、地面を踏みしめる。靴底と岩肌がこすれて音が鳴る。
それから、一度大きく呼吸をして…一気に岩陰から飛び出した。
「カパァ…。」
二歩も進まないうちからクリスタルバットの口が開く。
「プワァァアアアアア…。」
拡声器のような円形の口内がうねり、またあの奇妙な声が響く。
「させるか!!」
水晶が音を立てて震え、あちこちでカメラのフラッシュのような光が瞬く。
だが俺はそのまま突っ込んで、クリスタルバットの顔面に拳を叩きつけた。
昔、スフィンクスという猫を撫でさせてもらったことがある。
クリスタルバットの顔は短い毛に覆われており、まさにあんな感じの質感だった。
「ウィィイイイイイイイイイ!!!」
殴られたことで、黒穿響の詠唱(?)がとまる。
すかさずもう一撃入れようとするが、クリスタルバットはその巨大な翼で羽ばたいて、大きく後退してしまった。
翼膜から生み出される風圧で俺の体も僅かに後ろへ下げられる。
「カパァ…。」
また、口が開いた。
距離がある。
進むべきか、下がるべきか。
少し悩んだが、ここは堅実に岩陰へと引き返す。
「プワァァアアアアアアアアア!!!」
また、何本もの光の束が眼前を横切り、岩を削り取っていく。
「…はぁ……まいったな…チヤが…。」
言いかけて止まった。
俺は何を弱気になっているんだ。
俺からチヤに頼んでソロ攻略にしてもらったんじゃないか。
今更チヤがいてくれたらなんてあまりにも虫が良すぎる。
それにお前はずっと一人で戦っていたはずだ。
パンッ!
自分の顔に平手を打ち付けて気合を入れる。
「よしっ…行こう!!!」
レーザーが弱まるのを見謀って、俺はまた、黒い虚空の中へと飛び出した。