見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
街に戻った俺は、教会の診療所で治療を受けた。
その後、一度宿屋へ戻り、チヤにダンジョンマスター討伐のあらましや、クラスチェンジの件を共有した。
終始、興味深そうに耳を傾けてくれるものだから、俺もつい調子に乗ってしまった。
気付けば、随分な長話になっていた。
その流れで、今後のことについても話をした。
次に俺がやりたいこと。
行きたい場所。
そして、手に入れたいアイテム。
俺には、俺の進むべき道がある。
ただ、それにチヤを巻き込むつもりはなかった。
彼女には彼女の道がある。
だからこそ、進む方向が違えば別れることもあるだろうという覚悟を持って相談したつもりだった。
だが、チヤは拍子抜けするほどあっさりと、二つ返事で了承してくれた。
そのあまりの迷いのなさに、俺のほうが面食らってしまったほどだ。
…そして、なぜだろう。
俺は、その答えにほっとしていた。
もともとは、一人気ままにこの世界を旅するつもりだった。
ゲームの知識を頼りに、自分の目的だけを追いかける。
誰かと行動を共にするなんて、考えてもいなかった。
出会ったばかりの頃は、チヤの存在に困惑することも多かった。
だが、今は違う。
いつの間にか、俺は彼女の底抜けな明るさに惹かれている自分がいる。
…もちろん、人間的な意味でだ。
他意はない…ないぞ。
そんなことを話し合い、今後の方針が決まった俺たちは、現在ギルドへと来ている。
目的は、ダンジョン攻略の報告。それから情報収集だ。
…なのだが。
「ど、どういうこと!?」
「誰だ!報告は!」
「だから、まだ上がってません!!」
…なんだ。
やたらと騒がしい。
いや、騒がしいというより……ピリついている。
「み、皆さん忙しそうですね…。」
「あぁ…。」
呆気に取られた俺とチヤは、入り口で足を止め、その光景を眺めることしかできない。
どうやら俺たちだけではないらしい。
その気迫に押されて、窓口に近づけない冒険者が二、三…互いに顔を見合わせている。
そのほかの中堅冒険者たちはというと、こちらはこちらで半ばお祭り騒ぎだ。
めでたいめでたいなんて言いながら酒を酌み交わしている。
一体、何が起こったんだ?
「あ、ミアさん。」
ちょうど見知った顔が通りかかったので、声をかける。
「にゃ?」
ミアが振り向いた。
「あ、黒毛とデカ女。」
いや、言い方よ。
彼女は相変わらずらしい。
しかし、そんなミアでさえ書類を抱え、随分と忙しそうに早足で歩いていた。
これは相当な事件なのかもしれない。
強大なモンスターの襲来とか……?
「何かあったんですか?」
「あぁ、ダンジョンが攻略されたらしいにゃ」
「……なるほど。」
それでこの騒ぎか。
……ん?
いや、待て。
納得しようとしてみたが、どうにも飲み込めなかった。
ダンジョンが攻略されるたびにこんなお祭り騒ぎになるのか?
というか、冒険者とギルド職員の反応が違いすぎる。
そんな、素朴な疑問をそのまま口にする。
「んー…なんか、厄介なボスがいるダンジョンの攻略要請をギルド本部に出したのに、それをどっかのバカが先に攻略しちゃった…みたいな?」
かしげた首と一緒に、頭のてっぺんから生える耳も傾く。
ギルド職員たちの険しい表情に合点がいった。
「詳しい話は知らんにゃ…でも、そんなレベルの冒険者はこの街に数人しかいないのに全然確認が取れないってシルヴィアが大焦りしてて…。」
ミアがニヤリと笑う。
「…ちょっと面白いにゃ。」
「は、はぁ…皆さん、大変そうですね。」
「…くくく。」
ミアの肩が震え始めた。
「しかも今朝、本部から要請受諾の封書が届いたらしいにゃ。」
今朝か。
それはまた随分とタイムリーな。
「早ければ今日の夜にでも、応援のパーティーが来ちゃうにゃ。」
そう言って、ミアはとうとう吹き出した。
「今はギルドマスターも不在なのに、どうするつもりなのかにゃ…くくく……。」
…この人、本当にギルド職員なんだよな?
あまりにも他人事すぎる。
そんな疑問を抱きながらも、俺の背筋には、なぜか嫌なものが走っていた。
そして、ふと頭をよぎる。
「…そのダンジョンの名前って?」
一度は飲み込んだ言葉を、恐る恐る口にした。
ミアが首を傾げる。
「ん?」
「その…攻略されたダンジョンです。」
「あぁ。」
ミアは何でもないことのように答えた。
「透明豚骨にゃ。」
「…。」
おおう、共鳴洞窟だ…間違いない。
『透明豚骨』ラーメン屋じゃあるまいし、そんな名前のダンジョンあるわけないもの。
俺はゆっくりとこめかみを押さえ、天を仰いだ。
「…それ、俺かもしれないです。」
「……くくく。」
ミアはまだ笑っている。
「あのシルヴィアの青ざめた顔……いやぁ、傑作だっ…。」
そこで、言葉が止まった。
「…え?」
ミアの動きが完全に固まる。
俺は顔を向けない。
だが、わかる。
さっきまで笑っていたミアの視線が、今は俺に突き刺さっている。
「……は。」
そして。
「…は、は、は……犯人にゃーーー!!」
いや、言い方!言い方よ!
ミアの絶叫がギルド中に響き渡った。
一瞬で、あらゆる視線が俺たちに集まる。
視線が目に見える世界なら俺は今頃針山だ。
ああ…もういいですよ。
慣れっこですから。
そんなことを思いながら、俺は天井のシミを見つめた。
これから降り注ぐであろう陰口や好奇の視線を覚悟する。
……ところが。
「やるじゃないか、黒髪ー!」
「いいぞぉー!!」
「おもしれぇ!こいつぁ、おもしれぇぜ!がはははは!」
予想に反して、飛んできたのは意外にも好意的な反応だった。
まあ、たぶん、ダンジョンの攻略に対しての言葉ではないだろうけど。
飲んだくれが、ギルド職員の焦る姿を見て面白がっているだけ。
そして、そんな酒の肴を提供した俺に対しての賞賛に違いない。
…なんとも複雑な気分だ。
そんな歓声に混じって…。
カツカツカツカツカツッ!
奥から、凄まじい足音が響いてきた。
これが誰かも容易に想像がつく。
「ノイン様、こちらへ!」
俺はそんな影に手を引かれて歩き始める。
彼女の姿をはっきりと捉えられたのは、階段を登り始めてからだった。
「……毎度毎度、すいません。シルヴィアさん」
「いえ!謝る必要はございません!ただ、こちらにもいろいろと事情がありまして……!」
その「いろいろ」が、所作の端々から滲み出ている。
バンッ!!
勢いよく開かれた扉が、大きな音を立てた。
「…。」
「…。」
俺とチヤは、恐る恐る席に着く。
そして、シルヴィアは息を整える間もなく、本題へ入った。
「……共鳴洞窟を攻略されたというのは、本当ですか?」
「あ、はい。」
「それは、いつのお話でしょうか?」
「えーと……今日の昼頃かと。」
「……なるほど。」
シルヴィアが手に持った紙に視線を落とす。
「…報告とも一致していますね。」
俺が街に戻って、診療所で治療を受けて、チヤと話をして。
その間に、ギルドではこんな騒ぎになっていたらしい。
「そんなにすぐ分かるものなんですね…。」
「え?ああ、ギルド所属の観測者がいますから。」
「観測者?」
「言葉の通り、日々ダンジョンの状態を観測、記録しているギルドの職員です。」
なるほど。
そんな職員までいるのか。
なんて俺が感心していると、シルヴィアが姿勢を正して視線を合わせてくる。
「ノイン様。」
「はい。」
「…単刀直入に申し上げます。」
その声音から、ただ事ではないことが伝わってきた。
俺の背筋も自然と伸びる。
「すぐに、この街を出てください。」
「…へ?」
思わず間の抜けた声が出た。
そんな俺に対して、シルヴィアは一つ、謝罪をつけてから話をつづけた。
「…我々は、長らく未攻略となっていた共鳴洞窟の無力化を行うため、本部へ攻略要請を出しました…これが二週間前のことです。」
ミアが言っていた話だ。
「そして今回、その要請に応えたのが…『オブシディアン』です。」
「オブシディアン…?」
聞いたことのない名前だった。
俺が首を傾げると、シルヴィアは驚いたような顔をした。
「何かと有名なパーティーですから……噂くらいはご存じかと思ったのですが。」
「あー…すいません、知らないです。」
チヤにも視線を送ってみるが、知らないらしい。
知らないことばかりで、俺たちはとんだ無知コンビだと思われていそうだ。
まあ、こういう時に俺の見た目は役に立つんだけど。
遠くの出身だと言い訳ができるからな。
シルヴィアも説明を続けてくれる。
「…オブシディアンは、メンバーのうち三人が二級、リーダーは準一級に認定されている四人編成の冒険者パーティーです。」
二級が三人。
そして、準一級が一人。
たぶん実力者なんだろう…等級で言われてもわからんが。
「このレベルのパーティーとしては比較的新参の、若いパーティーではありますが…すでに数々のダンジョンを攻略し、その名を各地に轟かせています。」
なるほど、期待の新星ということか。
「ただ…。」
シルヴィアの表情が曇る。
「リーダーを含め、メンバーの性格が……その、苛烈でして。」
「苛烈?」
「はい…残忍、と評する方もいらっしゃいます。」
シルヴィアは言葉を選ぶように、一度口を閉じた。
「揉め事は常に剣で納めているという噂もあります…これがただの噂であればいいのですが。」
どうやらこのオブシディアンというパーティーは、実力こそ確かなものの、以前から悪い噂が絶えないらしい。
そして今回、この辺境の街に来ること自体、あまり乗り気ではなかったという。
それでも本部長直々の要請だったため、なんとか重い腰を上げた。
そんな中、遥々やって来て、いざ目的地に着いてみれば…。
「…目的のダンジョンが、すでに攻略されていた、と。」
「はい…。」
シルヴィアが頭を抱える。
そりゃ怒るかもしれないな。
しかも、ミアのせいで俺が攻略者だという情報が広まってしまった。
オブシディアンのメンバーの耳にも自然と入るだろう。
というわけで、揉め事になる前に俺を街から出しておきたい。
そういうことらしい。
最初の勢いはどこへやら。
シルヴィアは、こちらを巻き込んでしまったことを何度も謝罪してきた。
まあ、俺はいいんだが…。
いつかはこの街を出るつもりでいたし。
「…チヤはどう思う?」
隣を見る。
「私は師匠と一緒なら、どこでも!」
チヤは、いつもの笑顔で即答した。
まあ、宿屋で話した内容からこの返答も大体予想はできていた。
俺はシルヴィアへ向き直る。
「…わかりました、では、俺たちはこの街を出ます。」
「本当に申し訳ございません…共鳴洞窟攻略の報奨金も、すぐにご用意いたしますので…。」
「あ、そうだ、シルヴィアさん。」
立ち上がろうとするシルヴィアを静止する。
「…はい。」
随分怯えた顔をしているが、責める気なんてない。
聞きたいことがあるだけだ。
なるべく穏やかな口調を心がける。
「アンデッドがいるダンジョンって、どこか知りませんか?」
「…アンデッド、ですか?」
予想外の質問だったんだろう、シルヴィアが詰まり気味に聞き返す。
「ええ、できれば、グレイブウォーカーあたりがいるところがいいんですが。」
追加の注文に、シルヴィアが少し考える。
「…それでしたら。」
そして、なぜかはわからないが小声でつづけた。
「最近、グラウベルクの街の付近に、新しいダンジョンができたらしく…。」
「グラウベルク…。」
知らない街だな。
「はい…まだ公表前で、名前も決まっていません、ですので……誰にも話さないでくださいね?」
「あ、はいっ。」
おっと、今のは機密情報らしい。
シルヴィアなりの贖罪なのか。
「それと、グラウベルクへ向かうのであれば…。」
その後、いくつかの情報を教えてもらった。
街の位置。
道のり。
そして、街からダンジョンまでの距離。
話を聞き終えた俺とチヤは顔を見合わせる。
次の行き先が決まったな。
「では、少々お待ちください。」
シルヴィアが一度深く頭を下げ、部屋を出ていく。
そして、両手にずっしりと膨らんだ袋を携えて戻ってきた。
「こちらが今回の報酬、六百万ゼルです。」
「…六百万。」
「そして、こちらが先日お渡しできなかったゴブリンロード討伐の報酬、三百万ゼルになります。」
「……九百万。」
金銭感覚がバグりそうだ。
「どうせ、いろいろな場所を旅して回るつもりでしたから、お気になさらず。」
「あの、本当に…。」
「シルヴィアさん。」
「…はい。」
「お世話になりました。」
たしかに予想外の旅立ちにはなるが、恨んじゃいない。
それに今生の別れにするつもりもない。
またこの街に来た時にはよろしくと伝えて、俺たちはギルドをあとにした。
外へ出ると、すでに日は大きく傾いていた。
黒髪のおっさんと鬼人族…何かと目立つ俺たちだ。
急いだほうがいいだろう。
とはいえ、世話になった場所には挨拶をしておきたい。
鍛冶屋。
宿屋。
それから診療所。
それだけは済ませてから、この街を出よう。
「なんだか駆け落ちみたいで、ドキドキしますね!師匠!」
「うん……そうだね。」
……いや。
「……そうかな?」
いかん、道中のことを考えていたら上の空で返してしまった。
チヤは時々、言葉選びが独特になる。
まったく心臓に悪い。
だが、俺もまた、まだ見ぬ旅路に心が躍っていることは否定できなかった。
共鳴洞窟を攻略し、新しいクラスも手に入れた。
次に向かう場所も決まった。
そして、俺たちは旅に出る。
そう。
俺は今日、この…。
この…。
「チヤ。」
「はい!」
「……すごく今さらなんだけど。」
「なんですか?」
俺は周囲を見渡す。
「この街の名前って、何?」
「…。」
チヤが固まる。
そして。
「グリュンメーアですよ!師匠!」
元気いっぱいの返答が返ってきた。
「なるほど。」
俺は頷いた。
そうか。グリュンメーアか。
なるほどなるほど。
…名前すら知らない街に、随分と長く世話になったものだ。
いや、ほんの数日か。
俺は改めて、街を振り返る。
今日まで過ごしてきた街。
あまりにも濃い思い出や出会いがあった。
「…じゃあ、行こうか。」
「はい!」
俺とチヤは歩き出す。
こうして俺は今日、グリュンメーアの街を旅立つ。