見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
すでに夜の色に染められつつある街道を進む。
グリュンメーアの街を出てからしばらく歩いた。
街と街をつなぐ街道だけあって、道は思っていたよりも整備されている。
土が固められただけではあるものの、馬車が通れる程度には道幅もあり、ところどころには轍の跡も残っていた。
当然、街路灯などあるはずもないが、端から期待もしていないので問題はない。
と、思っていたのだが、その弊害は思いのほか大きく、気を付けて歩かねば転びそうになる。
振り返れば、先ほどまでいたグリュンメーアの街が小さく見えた。
城壁。
その向こうに連なる建物。
そして、見慣れた教会の尖塔。
それらが街の明かりに照らされてかすかに見えた。
まさかこんなに早く旅立つことになるとは…あの街に着いた頃には思ってもみなかった。
バタバタと出立してしまい、チヤは大丈夫だったかと心配になる。
「ふんふん。」
まあ、ご機嫌みたいだし大丈夫か。
チヤは満面の笑みを浮かべて鼻歌交じりに歩いている。
随分と楽しそうだ。
俺も、気持ちはわかる。
ゲームの中では何度も見たような景色。
けれど、実際に歩くとなると、何もかもが違う。
土の匂い、草の擦れる音。
そして頬を撫でるひんやりと澄んだ風。
「すぅ…はぁ…。」
深呼吸をすると、その冷たさが全身に染み渡るようで、なんとも心地がいい。
これだけで旅の価値を感じるというものだ。
そんな俺の姿を見てか、チヤも深呼吸をした。
特段感想を言い合うようなこともないが、俺たちは何度もそれを繰り返しながら歩いた。
ついに、沈みかけていた太陽が山の間に隠れはじめる。
いよいよもって道も見えなくなってくる。
「…グラウベルクはあの山の向こうだね。」
「おぉ…。」
今まさに太陽を隠そうとしているあの山々…アルプスが如き霊峰。
その名を『ドラッヘリュッケン山脈』というらしい。
それをぐるっと迂回するとグラウベルクの街がある。
グリュンメーアに負けず劣らずの美しい街並みとのことなので、今から胸が躍る。
「シルヴィアさんは徒歩で二、三日と言っていたけど…今日は暗くなってきたし、もう少し行ったら泊まれる場所を探そうか。」
「つまり!」
隣を歩いていたチヤが前に出る。
そして、目を輝かせながら振り向いた。
「…今日は野宿かな。」
「野宿!」
チヤの声が弾む。
「野宿ですよ、師匠!」
「うん…そんなに嬉しい?」
「はい!」
「…そうか。」
彼女は街にいたときから随分と野宿を楽しみにしていた。
俺としては、モンスターも出るので避けたいところではあるんだが、チヤにとってはキャンプくらいの認識なんだろうか。
俺たちは街道を進みながら、同時に野営に適した場所もさがした。
しばらくは何事もなかった。
道は緩やかな下り坂になり、やがて周囲の景色が草原から疎らな林へと変わっていく。
街道から少し離れたところには、小さな川も流れていた。
水の音が心地いい。
当然、街の喧騒など聞こえるはずもない。
聞こえるのは自然の音ばかり。
そこに俺たちの会話が浮いていた。
俺たちは並んで歩く。
「師匠。」
「ん?」
「グラウベルクに着いたら、何をするんですか?」
「まずは新しいダンジョンの情報収集かな。」
「はい!」
とはいっても、公表前だという話なので無闇矢鱈には聞けない。
シルヴィアに迷惑をかけるわけにはいかないので様子を見てだな。
「その後、ダンジョンに行く。」
「はい!」
「アンデッドを探す。」
「はい!」
「それから…。」
俺はそこで言葉を止めた。
視線の先で何かの気配が揺らぐ。
「師匠?」
チヤが不思議そうに振り返る。
…ガサッ。
そんな彼女の向こう、草むらが音を立てて動いた。
やはり、気のせいではない。
足を止める。
「…チヤ。」
「はいっ。」
彼女もすぐに反応した。
腰に手を伸ばす。
俺も拳を握った。
街道から少し離れた茂み。風ではない。
何かいる。
…ガサッ。
今度は、その影も見えた。
俺は茂みの中へと意識を集中していく。
すると、俺のスキルが三体の魔物を捉えた。
小柄な体。
粗野な歯軋り。
無骨な棍棒。
出たな…。
「ゴブリン。」
ウハ坑道以来だ。
ただし、見るからに弱い。
おそらくレベルは一桁台。
「師匠、私が!」
チヤが飛び出した。
その巨体からは想像もつかないほど軽やかな踏み込み。
それに反応してゴブリンも茂みから這い出てきた。
「せいっ!」
振り下ろされた剣が、ゴブリンの棍棒を弾き飛ばす。
続けざまに横薙ぎ。
さすがというか、きっちり剣を使いこなしている。
いや、むしろあっちの方が使い慣れているのか。
ゴブリンが吹き飛び、地面を転がった。
「ギャッ!」
残り二匹がチヤへ向かう。
だが。
「遅い。」
俺は一歩踏み込んだ。
拳を握る。
そして、一体の懐へ潜り込む。
「ふっ!」
腹部へ肘を叩き込む。
身体が軽く、ほとんど抵抗がない。
ゴブリンはそのまま後方へと吹き飛んだ。
残る一体がこちらへ棍棒を振り下ろしてくる。
俺は体を捻りながら半歩だけ横へ移動した。
ゴブリンのこん棒が眼前を通り過ぎていく。
そして地面にぶつかり、僅かに跳ね返った。
すかさず緑の細腕を掴む。
「よっと。」
そして、足を払い、体勢を崩した。
「グギャッ!」
ゴブリンが地面へ倒れ込んだところへ、拳を一発。
…動かなくなった。
顔を上げる。
チヤの方もすでに片付いているらしい。
「終わりました!」
「うん、おつかれさま。」
「師匠も!」
魔石を回収する。
瞬殺も瞬殺…ゴブリン三体程度であれば苦戦のくの字もなく倒せる。
しかし、やはりモンスターは出る。
わかってはいたことなんだが、これから野宿をすると考えると少し憂鬱になる。
「…行こうか。」
「はい!」
俺たちは再び歩き始めた。
日がすっかり落ち切った頃、ようやく街道の近くに、野営に向いていそうな場所を見つけた。
林と川に挟まれた平坦な地面。
林側には段差があり、その下であれば街道からも隠れて休めそうだ。
「今日はここにするか。」
「はい!」
チヤは嬉しそうに頷いた。
どうやら本当に野宿が楽しみだったらしい。
俺たちは簡単に周囲を確認し、野営の準備を進めた。
テントや毛布、それから簡易の食器、食材、調味料…。
必要なものは、思いつく限り買い揃えてある。
火を起こす道具もだ。
薪を組み、火種を落とす。
俺が手に持っている黒い筒状の物体は、『火垂れ』という魔道具らしい。
ぽたぽたと水滴が落ちるように炎が出てくる。
火の粉が薪へと落ちると、じわじわと緋色の光が広がっていった。
「おお…!」
チヤが目を輝かせる。
やはり火というのはすごい。
この暗闇の中に生まれた光と熱は、人の心に安らぎと高揚を同時に生じさせる。
結構いい値段のする代物だが、火魔法の使えない俺たちには必需品だろう。
それに、チヤがこんなに喜んでいるのであれば、お値段以上と言えるかもしれない。
ぱち、と小さな音が鳴った。
薪が爆ぜ、炎が大きくなる。
「さてと…。」
せっかくの野宿だ。
夕食くらいはまともなものを作ろう。
俺は買っておいた食材を取り出した。
パン。
肉。
玉ねぎ。
人参。
それから、芋と少量の葉野菜。
あとは塩と胡椒。
それと…なんとなくの雰囲気で香草。
本格的な料理をする設備はない。
それでも、鍋があれば大抵のものは作れるだろう。
…知らんけど。
「今日は何を作るんですか?」
「スープかな。」
「スープ!」
チヤが嬉しそうに跳ねる。
「それと肉も焼こう。」
「お肉!!」
グゥ〜…。
言葉の響きだけでチヤのお腹がなっている。
しかし、俺は紳士だ。
レディの腹の音を無視できるくらいの器量は待ち合わせている。
…当の本人はまるで気にしてなさそうだが。
まあ、そんなことは置いておいて。
玉ねぎ、人参、芋、葉野菜を順にカットする。
それなりに一人暮らしが長いので、いまさら包丁の扱いに四苦八苦することもない。
ちゃっちゃと手早く下処理を終えていく。
「何か手伝えることはありますか!」
いつの間にかチヤが隣に座っていた。
俺は広げられた食材たちに目をやる。
「じゃあ、これをお願い。」
その中から切った野菜を渡し、大鍋を指した。
「はい!」
チヤはそれを両手で受け取ると、恐る恐る鍋に入れていった。
野菜が入ると一気に湯気がたちのぼる。
次に肉を切り、塩コショウをしっかりとつけて焼いていく。
これは、ロックホーンという牛型のモンスターの肉らしい。
生きている状態も知っているが…こうなってしまうと、普通の牛肉との見分けはつかないな。
使うのは中鍋。ちなみに小鍋もあるよ、今日は使わないけど。
鉄板代わりの鍋の底に肉を置くと、じゅう、と音が鳴った。
脂が溶けてなんともいい色だ。
得も言われぬ匂いがあたりを包む。
いかん、俺も腹が減ってきた。
「…。」
チヤの視線が肉に釘付けになっている。
近い、脂が跳ねるぞ。
「チヤ。」
「はい。」
「まだだよ?」
「はい。」
「そんな顔してもまだだから。」
「……はい。」
あまりにも悲しそうな顔をするので、俺は思わず笑ってしまった。
しかし、こちらばかりにかまけてもいられない。
火の番をしながら、鍋もかき混ぜる。
途中でいれたぶつ切りの肉の色が変わり、野菜も柔らかくなってきた。
頃合いとみて、塩を振り、最後に数種類の香草も入れる。
本当はもう少しいろいろな調味料が欲しいところだが、まあ急いで出てきたので贅沢は言うまい。
肉のダシが出てくれていることを祈ろう。
ステーキの焼き目を確認していると、さきほど大鍋に入れた香草の独特な香りが広がった。
うん…嫌な香りじゃない。
「よし…。」
鍋を火から外す。
同時に焼いていた肉も皿へと移した。
スープ、ステーキの完成だ。
「あとは…。」
パンはそのままでも食べられるが、せっかくなので火で軽くトーストする。
表面が少しだけ色づき、これまた香ばしい匂いが広がった。
「できた。」
「おお…!」
チヤが目を輝かせる。
我ながら、それなりの出来栄えだ。
木皿に盛ったごろごろ野菜と肉のスープ。
大きく無骨なステーキ。
それから、少しあぶったパン。
街で食べる料理とはまた一風違うが、これはこれで…。
喉が鳴る。
「…いただきます。」
「い、いただきます!」
二人で手を合わせる。
俺の習慣がチヤにうつったらしく、食事の前のお馴染みの光景になりつつある。
まずはスープを一口。
「ほぉ…。」
吐いた息が白く色づく。
温かい…それだけで、妙においしく感じた。
歩き通した身体に、じんわりと熱が染みこんでいく。
野菜と肉の旨味がよく出ている。
香草の刺激もあって、全然悪くない…というか良い。
「美味しいです!」
チヤは一口食べた瞬間、顔を綻ばせた。
「おいしいね。」
「…師匠、料理もできるんですね!」
「…料理ってほどのものでも。」
なんて言いつつも、ここまで喜んでもらえて嫌な気はしない。
チヤは次々と料理を口へ運んでいく。
パンをちぎり、スープにつけて食べる。
肉を頬張り、そしてまたスープを飲む。
…食べるのが早い。
「チヤ、そんなに急がなくても誰も取らないよ。」
「…む。」
口いっぱいにパンを頬張ったまま、チヤがこちらを見る。
ハムスターみたいだ。
「…おいしくて。」
「そ、そう?」
なんだろう…すっごい嬉しい。
緩む口もとを隠すように、俺も肉を一枚頬張る。
「ん…。」
噛むほどに肉の旨味が出てくる。
少し硬いが、ぎゅっと詰まった肉質の赤身ですごく旨い。
俺たちは夢中で夕食を食べた。
川のせせらぎ。
薪の音。
虫の声。
時折、俺たちの会話。
「…あまり経験はなかったけど、こういうのもいいものだね。」
「はい!」
楽しみにしていたチヤの気持ちがなんとなくわかった気がする。
気づけば野宿への不安も和らいでいた。
「旅って感じがします!」
「そうだね。」
チヤが満面の笑みを浮かべる。
その笑顔を見ていると、俺まで釣られてしまう。
空は、いつの間にか、一面に光を散らした星空になっていた。
そんな星々の海を、山脈の影が切り取っている。
街から見る星も十分に綺麗だと思ったが、これはまた格別の景色だ。
…旅に出たんだな。
そんな実感が、今更ながらに湧いてきた。
「師匠。」
「ん?」
「これから、いろんなところへ行くんですよね?」
「うん。」
「いろんなダンジョンに行って。」
「ああ。」
「いろんなモンスターと戦って。」
「そうだね。」
「いろんなものを食べる!」
「チヤはそれが一番かな。」
「はい!」
チヤが胸を張る。
なぜそんなに自慢げなのかはわからないが、楽しそうだしいいだろう。
「さてと…。」
少しの間談笑をつづけた俺たちは、手早く片づけを済ませる。
やがて、チヤがあくびをした。
「…師匠。」
「ん?」
「お先に失礼します。」
「ああ、寝るのか。」
「はい…。」
さっきまで元気だったくせに、チヤは瞼を擦っている。
そして、鎧を着たまま毛布にくるまった。
「おやすみなさい、師匠。」
「ああ、おやすみ。」
やがて、静かな寝息が聞こえ始める。
俺は火の番をしながら、夜空に浮かぶ山脈を見上げた。
明日は、また歩く。
そして明後日には、グラウベルク。
年甲斐もなくはしゃぐ心に、口角が上がる。
俺は小さく息を吐き、火の中へと薪を一本放り込んだ。
パチッ、と火の粉が舞う。
俺たちの旅は、始まったばかり。