見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
「ほぇ…。」
「おぉ…。」
見上げた俺たちの口から息が漏れる。
視線の先にあるのは、灰色の巨大な建造物。
まだまだ遠く、舞い上がる塵に霞んでいる。
あれが、龍の亡骸の上に建つといわれる街…『グラウベルク』。
建つ、という表現が正しいのかは、かなり怪しい。
もはや岸壁に張り付いている。
一応、斜面と呼べなくもない…かなり勾配のきつい壁面に、巨大な街そのものが生えているような見た目だ。
建物同士を結ぶように、あちらこちらから橋や階段が好き勝手に伸びている様は、なんとも奇妙で、それでいて面白い。
さらに目を引くのが、街の中央を貫く巨大な滝。
あれはドラッヘトレーネという滝らしい。
…いやはや、これは確かに疑う余地のない絶景だ。
主要な産業は龍鱗鉱という鉱石の採掘らしく、その影響か、この街には
逸る気持ちが、自然と歩みを速める。だが、足元はゴツゴツとした岩場。
山道ということもあり、斜面も多い。
ここで転んだら、ただの怪我では済まないかもしれない。
現在は、時間にして正午あたりだろうか。
この調子で進めば、遅くとも夕方までには街へ着けるはずだ。
俺とチヤは、何度もグラウベルクへ目をやりながら、それでも足を止めずに進んでいく。
「うわぁぁぁああああ!!」
そんなときだった。
どこからか、人の叫び声が響いた。
俺たちは同時に足を止め、辺りを見回す。
しかし、人影はない。
梁のように突き出した岩壁の向こう側だろうか。
「…。」
「…っ。」
俺とチヤは顔を見合わせる。
次の瞬間には、二人揃って駆け出していた。
一枚、二枚と岩の層を越えていく。
そして。
「って、うわ!なんだあれ!!」
眼前に現れた奇天烈な光景に、思わず叫んでしまった。
「馬車が…。」
「飛んでる…。」
そう。
翼の生えた幌馬車が、空を飛んでいるのだ。
「た、たぁすけてぇー!」
甲高い男の声。
ひどくかすんでいるが、どうやらあの馬車の中から聞こえているらしい。
そんなことはお構いなしに、馬車は翼をバサバサと羽ばたかせながら、ゆっくりと上昇していく。
しかし、積み荷が重いのか、その速度はかなり遅い。
「あっ。」
チヤが声を上げた。
「あれ!」と指を差すので、俺もそちらへ目を向ける。
「あ。」
見えた。
馬車に張られた白い帆布の先。
そこには、透き通るような青空が広がっている。
その間に、ちらりと鳥のような顔が見えた。
あれは…。
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クリフフェザー
種別:
Lv:12
HP:61/61
MP:16/16
状態異常:
なし
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山岳地帯や高原に生息する、巨大な鳥型モンスター『クリフフェザー』だ。
相手を掴んで飛び上がり、そのまま地面へ叩き落とす戦技が強力な…。
「あれ、あの馬車まずいんじゃ。」
ゆっくりではある。
だが、着実に高度を上げている。
これ以上は、取り返しがつかなくなる。
「チヤ!」
「はいっ!!」
チヤは慣れた手つきで投げ斧を一つ宙へ放り上げる。
そして、それを掴み取る動きのまま…振り抜いた。
ブゥンッ!!!
空気が震える。
そして…。
バシュッ!!
着弾。
クリフフェザーの頭が、消し飛んだ。
「お見事。」
日に日に精度が上がっている気がする。
血が雨のように降り注ぎ、地面へ落ちる前に煙となって消えていく。
だが、落ちてくるのは血だけではない。
…当然、馬車も。
「んんんんんんん!!!!」
男の叫びとも唸り声ともつかない声が聞こえてくる。
俺は慌てて馬車の落下地点へと潜り込んだ。
「ふッ…!!」
落ちてくる巨体に向かって、受け流しを放つ。
落下の勢いを横へと流す。
馬車は地面へ叩きつけられる寸前、その軌道を僅かに逸らし…。
ガシャンッ!!!
着地と同時に大きく跳ね、そのまま後方へと転がった。
「ひぅんっ!」
そして最後には、岩壁へと激突。
その動きを止めた。
「…。」
「…。」
中から短い悲鳴が聞こえた
死んではいないはずだ。
…たぶん。
それでも俺とチヤは、なんとなく緊張した面持ちで馬車を見つめていた。
「…はぁぁああああ、今回ばかりは本当にだめかと。」
中から、先ほどの声が聞こえた。
ひとまず、胸を撫で下ろす。
ギィ…ギィ…。
「…ん?」
木の軋む音を響かせながら、馬車から出てきたのは随分と小柄なおじさんだった。
でっぷりと丸い腹。
ちょび髭。
そして、なんとも愛嬌のある顔。
その風貌から、一瞬ドワーフかとも思ったが……それにしては少し大きい。
俺たちと目が合った瞬間、おじさんの動きがぴたりと止まった。
しばしの静寂。
やがて、その表情がぱっと明るくなる。
「…あぁ!」
そして、馬車から飛び降りた。
「…もしや、あなた方ですか!私を助けてくださったのは!!」
「あ、あぁ、まあ…一応。」
「はい、そうです」と、胸を張って答えられないのは、助け方があまりにも雑だったからだろう。
俺の口から出たのは、なんとも曖昧な返事だった。
「いやぁ!つまりあなた方は、私の命の恩人だ!」
しかし、そんなことはお構いなし。
目の前の男は、陽気に笑った。
それから彼は、止まることなく話し続けた。
名前はハフマン。
世界中を旅し、貴重な品々を集めては売り歩く行商人らしい。
彼のマシンガントークの隙を見て、俺たちも自己紹介を済ませる。
「それでは、改めまして!」
ハフマンは、ぺこりと頭を下げた。
「この度は本当にありがとうございました!危うく私は空の藻屑になるところでした!」
空の藻屑とは…なんてことは突っ込まない。
「間に合ってよかったです。」
「はい!」
隣でチヤも元気よく頷く。
「いやー、しかし…。」
ハフマンは、ゆっくりと馬車を振り返った。
改めて見れば、片側が大きく破損している。
そして肝心の馬も…。
「私を逃がすために、最後まで頑張ってくれまして…。」
ハフマンは、しょんぼりと肩を落とした。
「長く旅を共にした相棒だったのですが…残念です。」
「…。」
俺たちは何も言えず、ただただ馬を追悼した。
「ところで…。」
「ん?」
「お二人は冒険者とのことですが、今はグラウベルクへ?」
「ええ、そうです」
「おお、なるほど!」
ハフマンの目が輝いた。
「いやぁ、それはなんとも奇遇ですな!」
嬉しそうに笑う。
「それならば、ぜひともご一緒させてください!」
「ええ、もちろん構いませんけど…。」
俺は壊れた馬車を見る。
「はっはっはっ、大丈夫ですよ!こう見えても、足腰はまだまだ衰えておりませんからな!」
その視線の意味に気づいたのか、ハフマンはその場で駆け足をしてみせた。
…商人というのは逞しい。
結局、ハフマンが馬車から必要な荷物を取り出している間、俺とチヤは周囲の警戒をすることになった。
積まれていた荷物は、思っていた以上に多い。
木箱。布地。壺。武器。絵画。
そして、用途のよくわからない奇妙な置物まである。
「全部商品ですか?」
「ええ!ガラクタだという人もいますがね、わかる人にはわかるんですよ」
ハフマンは額に浮かぶ汗を拭きながら答えた。
どうやら俺は、ガラクタに見える側の人間らしい。
「しかし、今はただの重たい荷車ですな!」
「は、ははは…。」
笑っていいのか、よくわからない。
「それにしても…。」
俺は気まずさに耐えかねて、街の方角へ目をやった。
岩壁に張り付くように広がる街。
その中央を流れ落ちる巨大な滝。
無数の橋と階段。
遠くから見ても異様な街だ。
「初めて来られるので?」
ハフマンが尋ねる。
「ええ。」
「それなら、さぞ驚かれるでしょうな!」
ハフマンが、にやりと笑った。
「グラウベルクは、他の街とは少々勝手が違いますから。」
「やっぱり、そうなんですか。」
あれだけの高低差だ。
街の中をどうやって移動するのか、気になるところだ。
「ええ。何しろあの街は、地上だけで完結しておりませんからな。」
「……どういう意味ですか?」
「行ってみればわかります。」
それだけ言って、ハフマンはニカニカと笑った。
…気になる。
ものすごく気になる。
「師匠!」
チヤが俺の袖を引っ張る。
「早く行きましょう!」
「ああ。」
俺たちは、再び歩き始めた。
馬車は、その場に残すことになった。
ハフマン曰く、後で街から人を呼んで回収するらしい。
さすがに一人ではどうにもならないようだ。
しばらく歩くと、岩場はさらに険しくなってきた。
道そのものが、山肌に沿うように作られている。
右側は切り立った崖。
左側には巨大な岩壁。
落ちれば、ただでは済まない。
「…。」
ちらりと横を見る。
チヤが楽しそうだ。
「チヤ。」
「はい!」
「落ちないでね。」
「大丈夫です!」
妙に自信満々だ。
やがて、街へ続く道の先に人影が見え始める。
そして…。
俺は、その姿を見た瞬間、思わず足を止めた。
「…。」
「師匠?」
「…本当にいた。」
大きな髭。
低い背丈。
がっしりとした体格。
腰には工具やら何やらがいくつもぶら下がっている。
間違いない。
「鎚人だ。」
俺が呟くと、ハフマンが笑った。
「ここらじゃ珍しい種族ですが、よくご存じで。」
「まあ…話には聞いてたので。」
ゲームで知っていた、なんて言っても伝わらないだろう。
俺がてきとうな話をしている最中も、鎚人たちはこちらをちらちらと見ながら通り過ぎていく。
その手にはツルハシ。
背中には鉱石の詰まった袋。
顔や服には煤がついている。
中には、子供を連れた者までいる。
その光景を眺めていると、なんとなくこの街の性質が見えてくる。
グラウベルクは、やはり鉱山の街なのだ。
そのときだった。
ドォンッ!!
「うわっ!」
地面が震えた。
チヤが反射的に腰を落とす。
俺も思わず周囲を見回した。
「な、何だ!?」
「おや。」
ハフマンは平然としている。
「採掘でしょうな。」
「採掘?」
「ええ、よくあることです。」
しばらくして、山肌の一角から土煙が上がった。
その向こうから、何人もの鎚人たちが姿を現す。
誰も慌てていない。
それどころか、むしろ楽しそうに笑っている。
それを見て、日常の出来事何だろうと理解する。
「師匠。」
「ん?」
「あれ!」
チヤが街を見上げる。
俺も同じように顔を上げた。
遠くに霞んでいた街並みが、いつの間にか目の前に広がっている。
やはり、ほとんど壁と言っても遜色のない崖に、街がぺたんと張り付いている。
確かに美しい光景であることは認める。
しかし、なんというか、こう……。
建築基準法とか、そういうのは大丈夫なんだろうか。
「お、ぴったりですな!待たなくてよさそうですぞ!」
ハフマンが嬉々とした声を上げた。
視線の先には、巨大な格子状のエレベーターが二基。
ゴウン、ゴウン、と低い音を響かせながら、代わる代わる上下している。
よくよく見れば、街のあちらこちらで同じものが動いている。
どうやら、これがこの街の交通手段らしい。
そのうちの一基が、今まさに俺たちのいる場所へ向かって降下してくる。
「うそ……あれ、乗るの……?」
錆びついた簡素な籠が、風に揺れている。
俺は高いところが特別苦手というわけではない。
ないのだが……これは。
「ノインさん、チヤさん!早く早く!来ちゃいますよ!」
「わぁ!」
ハフマンは、その体型からは想像もできない速度でエレベーター下の小屋へ駆け込んでいく。
あそこがグリュンメーアでいうところの門…入街申請を行う衛兵の詰め所になっているんだろう。
ハフマンは慣れた様子だし、チヤも随分と楽しそうに目を輝かせている。
嫌な汗が滲んでいるのは、どうやら俺だけらしい。
「…やむなしか。」
俺は深呼吸をしてから、二人の後を追った。
衛兵がギルドカードを確認している最中に、エレベーターが到着したらしい。
激しい振動が、足裏へと伝わってくる。
確認も終わり、手数料を支払う。
そして、俺たちは籠の前に立った。
近くで見るとなおのこと…。
「ほら、行きましょう、ノインさん!」
「師匠!」
まったく、せめて心の準備くらいさせてほしい。
そんな願いも虚しく、両脇を抱えられた俺は、そのまま軋む鉄籠へと押し込まれた。
入るや否や、職員がベルを鳴らす。
発車を知らせる合図だろう。
…どいつもこいつも。
ギィィィイイイイイ…ガコンッ…。
ゴッ、ゴッ、ゴッ……。
もはや悲鳴に近い駆動音を響かせて、ついにエレベーターが上昇を始めた。
「大丈夫…大丈夫…。」
俺は自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟く。
登り始めてすぐ、エレベーターが岩の中にすっぽりと納まって周囲は暗くなった。
しかし、ほんの数秒で外界に晒され、また籠の中が光に包まれる。
その拍子に、ふと横を見た。
巨大な滝が陽光を反射し、白い光となって山肌を流れ落ちている。
そして、灰色の建物や鉱山へとつながる穴。
少しずつ高度が上がるたび、グラウベルクの全貌が露わになっていく。
これが、龍の亡骸の上に築かれた街。
岩壁そのものを削り、縫うようにして建てられた無数の建物。
縦横無尽に伸びる橋と階段。
あちらこちらから立ち上る煙。
そして、街の至るところから響くツルハシの音。
…圧倒される。
まるで、山そのものが一つの巨大な都市になっているようだった。
「…。」
悔しいかな…こんな状況でも、俺の心は踊っていた。