見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略 作:雨(あめ)
「ノインさん、チヤさんどうです?お味は?」
ハフマンが陽気なツラをさらに楽しげに歪ませて聞いてくる。
「んぐ…んぐ…。」
「ふん…ふん…。」
俺たちはこの小さなおっさんに案内されるがまま、『吊るされた土竜亭』なる店に入り夕食をとることとなった。
そして、今、ハフマンは俺たちに料理の感想を求めているわけだが…。
「なんというか…んぐ…個性的な…お味で…。」
「そ、そうですね…。」
とても反応しづらい。
いや、はっきり言ってしまえば、おいしくない。
しかし、案内してもらった手前、そんなことを口にするのはさすがに気が引ける。
というわけで、俺とチヤはこの得体の知れない肉をひたすらに咀嚼していた。
「これ…なんのお肉なんですか?」
だが、耐えかねたチヤがついにその正体に触れた。
俺は持ち得る言葉を尽くして、彼女に賛辞を送った。心の中で。
いや、しかし…この肉は本当になんなんだ。
料理の味付けは悪くないのに、こいつが全てを台無しにしている。
もはや肉なのかも怪しい…なんて思って何度か断面やらを覗き込んだりもしたが、まあ見た目は普通の肉だ。
だが、ひと度口に入れようものなら、肉質は硬くてまるで噛みきれないし、噛むほどに金属のような臭みも感じてくる。
食感と味が相まって、金属のワイヤーをしがんでいるみたいだ。
「はっはっはっ、美味しくないでしょう!」
「…へ?」
まるで俺たちの心のうちを見透かしているかのようにハフマンが笑う。
「これこそ、グラウベルク名物、オーアイーターの肉です!!」
ちょび髭の下にニカッと白い歯がのぞく。
「オーアイーターって、あの金属を食べるモグラですか?」
「お!よくご存知で!」
どうやら俺の知っているモンスターに相違ないらしい。
『オーアイーター』…二足歩行のロックモールとは違い、より元のモグラに近い、獣型のモンスターだ。
地下に住み着いていて、鉱石を食べるという特徴で知られている。
「ここらによく出るんですよ…にしてもまずいでしょう、臭いし硬いし。」
それをわかっててここに案内したのか、このおっさんは。
ハフマンは悪びれることもなく「ここにきたら一回は経験しておかないとですよ!」なんて笑って酒を煽った。
「ところで、お二人は知っていますか?」
「?」
酒の入ったジョッキを置いたハフマンが、嫌に真剣な顔で言った。
俺とチヤは首を傾げる。
そんな俺たちにハフマンは続ける。
「この街のもう一つの名物。」
「もう一つの…。」
「名物…?」
知らないが…どうせ大したものではないだろう。
オーアイーターの肉の印象が強すぎて、全く期待できない。
そんな俺の心を、ハフマンの次の一言が覆した。
「…空風呂ですよ。」
「空風呂…?」
なんのことかはわからないが、風呂と聞くだけで心が踊る。
これはもう魂に刻まれた性というものだろう。
「なんですか?それ。」
チヤが聞く。
「この街では至る所から高熱の水蒸気が吹き出してます…それを利用したお湯を張らない風呂のことを空風呂と呼ぶんですが……私はどうもこれに目がなくて。」
待て…お湯を張らない、蒸気の風呂…?
つまり、それは…サウナじゃないか?
「えー、お風呂といったらやっぱりお湯に…。」
ガタッ!!!
「…し、師匠?」
勢いよく立ち上がった拍子に椅子が後方へと滑る。
チヤは目を丸くして、椅子と俺を交互に見た。
「行きましょう!空風呂!!」
俺の言葉にハフマンがニヤリと笑った。
「えー、私は普通のお風呂が…。」
「ありますよ。」
「え?」
「普通の湯船も…あります。」
キラッ。ハフマンのキメ顔が眩しい。
ガタッ!!!
チヤも立ち上がる。
「行きましょう!」
道中で幾度となくお風呂に入りたいと溢していた彼女だ。
食いつかないわけもない。
「空風呂に入りたいかー!」
「「おー!!」」
「湯船に浸かりたいかー!!」
「「おおーー!!!」」
ハフマンの先導で俺たちは意気揚々と店を出る。
外はすでに闇に包まれているものの、崖からの落下を防ぐためか、道には等間隔に街灯が設置されている。
人工の光に煌々と照らされた石畳の上を「おっふろ!かっらぶっろ!おっふろ!かっらぶっろ!」と、三つの影が声をあげながら行進した。
「こっちですぞ!」
ハフマンがずんずんと進んでいく。
その後ろにチヤ、最後が俺。
夜のグラウベルク…昼とはまた違う顔をしていて、なんとも美しい。
見上げると、壁から生える街が視界に入る。
灰色だった街並みは夜の闇に染められて黒い影を落とす。
いまや、無数の光によってその輪郭を微かに映すのみとなっていた。
そんな光が夜天に浮かぶ星々へと繋がっていて、星空の上を歩いているかのような錯覚を覚える。
「綺麗でしょう、グラウベルクの夜は。」
前を歩くハフマンが言った。
まさに今俺が考えていたことを言葉にされたようで驚いた。振り返りもせずにだ。
あれが商人の勘というやつだろうか。
「わぁ…。」
ハフマンの言葉に、チヤも空を見上げた。
瞳が光をうつしてキラキラと輝いた。
「綺麗ですね!ししょ…う……。」
あ、しまった。
「…そうだね。」
チヤの横顔を見ていた。
自分でもなぜかはわからない。
…いや、たぶん見とれていたんだと思う。
しかし、そのせいで振り向いたチヤと目が合った。
かなり、きまずい。
「…。」
「…。」
無言で歩く。
僅かに前を歩いていたチヤだが、歩みを緩めて俺に並ぶ。
「…えいっ。」
ハフマンにも聞こえないような声をあげながら、腰で小突いてくる。
「や、やめろ…。」
俺も小声になってしまうのはなぜだろうか。
「さあ!」
「…!!」
「…っ!!」
咄嗟に振り向いたハフマン。
俺たちは反発する磁石のように距離を取った。
「……どうかされましたか?」
しかし、さすがに違和感があったのか、ハフマンは不思議そうな表情を浮かべた。
「い、いえ、なにも。」
「そうですか…ささ、つきましたよ!!」
だが、その興味はすぐに風呂屋へとうつる。
パパーンという効果音が聞こえてきそうなコミカルな動きで建物をさした。
「おお…。」
「おっきい…。」
それは岸壁を削って作られた巨大な建造物。
さっきまでの物静かな道はどこへやら、ここは活気であふれている。
入り口の前には屋台なんかも出ていて、半ばお祭り騒ぎだ。
緋色の光が看板を照らしていた。
『湯屋 息吹湯』
建物の風合いも相まってまさに温泉地といった雰囲気。
…わくわくしてきた。
入り口は凝った作りで、ちょっとした橋のようになっている。
その下を流れる水路から、黙々と湯気が立ち上り、なんとも幻想的な雰囲気だ。
ハフマンが両手を広げる。
「グラウベルクといえば息吹湯!あんな歴史と伝統だけの遺物とは違って、正真正銘の名物ですぞ!」
「「おぉ…。」」
俺とチヤの声が重なった。
中へ入ると、まず感じたのは熱気だった。
むわっ、とした空気が身体を包む。
しかし、不快な暑さではない。
どこか湿り気があり、鉱石のような独特の匂いが混じっている。
今まで見てきた無骨な石造りとは違う。
天井も高く開放感があり、壁や床も磨き抜かれて洗練されている。
高級ホテルのロビーのような雰囲気だ。
「まずは受付に行きましょう。」
ハフマンに案内され、料金を支払う。
どうやら男女で入口が分かれているらしい。
「師匠!」
「ん?」
「あとで集合ですよ!」
「ああ。のぼせないようにな。」
「はい!」
一旦チヤとは別れ、俺とハフマンの二人で脱衣所へ向かう。
サウナ…楽しみだ。
そんな思考に頭を支配されながら服を脱ぎ、荷物を籠へ放り込んでから浴場へ。
「…。」
思わず、立ち止まった。
広い。
天井は高く、壁には岩盤がそのまま残されている。
そして、奥には大きな湯船。
その周囲には、白い湯気がゆらゆらと漂っていた。
「良い。」
すでにぐっとくるものがある。
「ノインさん、こっちですぞ!」
湯気の中からハフマンが現れる。
「ハフマンさん、もう入ってたんですか。」
「ええ!」
この人、たまにだが、ものすごく素早くなる。
俺も身体を洗い、ハフマンに案内されるまま、浴場の奥にある小さな扉をくぐる。
そして…。
「ふぅぅうううう…。」
全身が熱気に包まれる。
凝った感想なんか浮かびもしない。
「……ふぅぅううううう。」
出るのはただこれだけ。
岩壁の隙間から白い蒸気が噴き出し、部屋全体を満たしている。
「これが空風……ふぅぅうううううう。」
商人根性で説明を試みるも途中で撃沈するハフマン。
言葉など必要ない。
汗が出てきた。
額から頬へ。
首筋から背中へ。
二日以上山道を歩き、モンスターと戦い、そして鉄籠の中で命の危険を感じた。
蓄積された疲労や緊張が身体の芯にこびり付いていたが、熱によって押し出されていく。
久しぶりの風呂。
余すところなく堪能した。
「ぷはぁ!」
脱衣所へ戻った俺は、水を一気に飲み干した。
無料ではないが、飲み物を買えるらしい。
酒も売っているとは…さすが鍛人の住む街。
「師匠!」
俺たちが出たタイミングで、ちょうどチヤも出てくる。
髪は少し濡れていて、顔は真っ赤だ。
「どうでした?」
「最高だった…。」
「ですよね!」
チヤも満面の笑みを浮かべる。
身体が軽い。
頭もすっきりしている。
外へ出ると、夜風が火照った身体を撫でていった。
「ふぅ…。」
「いやぁ、最高でしたな!」
ハフマンはふかした芋のように湯気をあげている。
どうやら彼も相当満足したらしい。
「ところで、ノインさん。」
「はい?」
「明日はどうされるおつもりで?」
「明日…。」
そうだ。
俺はアンデッドの出るダンジョンを求めてここまで来たんだった。
忘れそうになっていた。
「とりあえず、冒険者ギルドに行ってみようかと。」
俺が言うと、ハフマンは少し悩んでから口を開いた。
「もしかして、新しいダンジョンに挑戦されるので?」
「ええ、ご存じなんですか?」
もう公開されたんだろうか。
だとすれば、情報収集もしやすくて助かる。
「商人ですからな…しかし、ノインさんこそ、よく未公開の情報をご存じですな。」
「…。」
んんんんんんん。
ミスった。
まだ公開はされていなかったらしい。
「はっはっはっ、詮索などしませんからご安心を…我々商人も情報収集が第一ですからな、いろいろなルートから裏の情報を集めております。」
ハフマンは「お互い様ですな。」と笑う。
「しかし、ダンジョンが公開されるまでにはいろいろと調査が必要になりますから…一般の冒険者が挑戦可能になるまで数か月はかかりますぞ。」
「え、そうなんですか?」
「ええ、たしか、知り合いから聞いた話ではレイドクエストを受ければ、調査に参加できるそうですが…。」
ハフマンはそこまで言うと、おもむろに周囲を確認してから俺たちに顔を近づけた。
「助けていただいた御恩もある、口利きをしましょうか。」
そのちょび髭を歪ませてにやりと笑う。
なんでも、冒険者ギルドにお得意さんがいるんだとか。
レイドクエストは審査なんかが複雑で半端な能力ではまず参加させてもらえないらしい。
この世界での今までの反応を見るに、素手だと難しいかもしれない。
「…ぜひ。」
数か月のロスはあまりにも惜しい。
悩んだ末、俺はハフマンの力を借りることにした。