見た目もステータスもパッとしない中年がやりこみ知識でぼちぼち異世界攻略   作:雨(あめ)

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第八話「ギルド。」

「ほぉ……。」

 

翌朝、宿を出ると、異国情緒溢れる空気が俺の全身を包んだ。

 

昨日、街に着いた時にはすっかりあたりが暗くなっていた。

疲れていたこともあって、街並みを楽しむ余裕なんてまるでなかった。

しかし、こうして改めて自分がここに立っているんだという事実について考えると、思わず声が漏れてしまう。

 

足元には石畳が敷き詰められ、その上を木製の車輪を軋ませた馬車がゆっくりと通り過ぎていく。街全体は灰褐色を基調としていて、華やかさこそないものの、苔とのコントラストが積み重ねられた歴史を感じさせる。

 

建物は木材の骨組みに漆喰を塗った造りが主流らしい。風雨で削れた壁からは、ところどころ石材が顔を覗かせており、何度も補修を繰り返してきたことが窺える。どの家も少しずつ形が違い、整然としすぎていない街並みが、かえって人の営みを感じさせた。

 

行き交う人々の服装もまた、この世界の空気を物語っている。亜麻や革で仕立てられた質素な衣服を身にまとった者が大半だが、その中には金属鎧を装備した冒険者らしき男や、深い色のローブを羽織った魔術師と思しき人物の姿も混ざっている。

 

まるで世界遺産に登録されているような中世の街並み――いや、それよりもずっと生々しい。本当に人々が生活をしている”街”そのものだ。

 

画面越しに何千時間も見続けてきたような景色が、今は匂いも音も温度も伴って、目の前に広がっている。

 

キョロキョロと辺りを見回す俺は、側から見ればおのぼりさんに見えるだろう。

まあ、実際年甲斐もなく興奮しているし、否定はできない。

 

大通りに出ると、閉じていた襖を開けたようにあたりが騒がしくなった。

行きかう馬車と人。そのどれもが活気にあふれている。

 

道の端に並ぶ露店。カラフルな布で天幕を張っており、自然と目が奪われる。

 

「うっ。」

 

いかん、あれは。

 

グゥ……。

咄嗟に視線を逸らすが遅かった。腹の虫が鳴る。

 

脂の弾ける音と、ゆらゆらと揺れる白煙に混ざる香ばしい匂い。

昨日から何も食べていない腹にクリーンヒットだ。

 

「腹…減った…。」

 

いやしかし、金が…。

ないわけではないが、何が起こるか分からない。

 

「ギルドが先、ギルドが先……。」

 

自分に言い聞かせるように呟きながら、止まりそうな足を動かす。

大通りを門とは反対方向にしばらく進むと、噴水のある広場に出た。

 

その先に一際大きな建物。冒険者ギルドが鎮座していた。

ここまでくると、歩いている人がほぼ全員武器を携帯している。

建物自体の巨大さも相まってなんとも物々しい雰囲気だ。

 

鉄製の大きな扉は開かれたままになっている。日差しが強いので中はよく見えない。

入り口と思しきその闇へ、ゆっくりと足を踏み入れていく。

 

中に入ると、じんわりと染み入るように視界が戻ってきた。

そこは役場のような構造だった。ずらっと並んだ受付に、四角い机とベンチのような椅子が並んでいる。入ってすぐ右手に階段があって吹き抜けの二階もあるが、階段にロープが一本張られていて関係者以外の立ち入りを防いでいる。

左奥に見える人垣の隙間に掲示板のようなものも見えた。

 

ベンチに座ったいかにもな団体のいくつかが、俺のことを一瞥だけしてすぐに視線を戻す。

俺は見た目でいえば結構浮いている方だが、絡まれなくて良かった。

 

さっさと済ませて食事にしよう。

そんなことを思いながら一般受付へと進む。

 

「あの、登録をお願いしたいのですが。」

 

「…かしこまりました。必要書類を準備いたしますので少々お待ちください。」

 

受付には若い女性が座っていた。

その笑顔を崩すことはないが、返答に明らかな間があったのが気になる。

差し詰め、布の服を着た中年が武器も持たずに冒険者登録に来たということへの不信感でもあるのだろう。

 

女性はペンと紙を取り出すとそれを自分の手元に置いて質問を始めた。

俺が書くわけじゃないらしい。

 

「メインクラス、サブクラス、レベル、それからお名前をいただけますか。」

 

「あ、はい。メインクラスは拳闘士、サブクラスは聖職者。レベルは全て6で、名前はノイン・レーゲンシュラインです。」

 

「…拳闘士でよろしいですか?えっと…つまりその……剣士ではなく。」

 

「はい、拳闘士です。」

 

情報に間違いがないように一応確認してくれた…というわけでもなさそう。

受付嬢の顔が笑っていない。いや笑顔ではあるんだけど、その奥に同情にも似た何かを感じる。

 

「おい、あいつ…。」

 

それは受付嬢だけではなかった。

背後からも声が聞こえる。

 

「拳闘士だってよ…なんたってそんなクラスを。」

 

「いや、お前…あれだろ?託宣だろ?田舎の方じゃまだ残ってるっていうぜ。」

 

「あぁあぁ、可哀想に。誰か教えてやれよ…託宣なんて意味ないって……。」

 

「馬鹿言え。この前知り合いが良かれと思って声を掛けたのに神を愚弄するな!なんて逆ギレされてたぞ。」

 

「田舎こえー。」

 

うん。託宣というのが何かは知らないが、おそらく宗教的な何かなんだろう。俺はそれに従って不遇なクラスを選んだ可哀想なやつになってしまったらしい。

まったく、てきとうなことを言ってくれる。

 

まあ、ゲームにもこの手の輩はいた。

どうしても野良でパーティーを組む機会はあるし、ビルドによっては散々文句を言われることもある。

そういうやつらに限って、検索結果の一番上に出てくるようななんの個性もない強ビルドにしているんだ。そしてそれもたいして使いこなせていない。

 

まあ、反応しても無理に体力を使うだけだし、無視するのが一番だ。

 

「それでは、ギルドカードを発行いたしますね、手数料として1万ゼルをいただいております。」

 

「あ。」

 

しまった。完全に手数料のことを失念していた。

 

「…すいません、払えるお金がなくて。先に素材の換金をお願いできますか。」

 

「かしこまりました。魔石の小が5個あれば、そちらでもお手続きが可能ですが。」

 

受付嬢はこういう状況に慣れているのか、特段嫌な顔もせず応じてくれる。

ありがたい。

 

「あります。」

 

インベントリから魔石を取り出して、出されたトレーに乗せた。

小が5個と言われたので反射的に従ってしまったが、全部出した方がよかっただろうか。

手間を増やしたかもしれない。

 

「それでは、ギルドカードを発行してまいります。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

受付嬢が奥へと消える。

座って待っていようかとも考えたが、そんな暇もなく戻ってきた。仕事が早い。

 

「こちらがレーゲンシュライン様のギルドカードとなります。ランクは五級です……。」

 

淡々と説明してくれる。

ランク。五級から始まり、四級、三級、二級、準一級、一級、準特級、特級の8つの等級に分かれているらしい。

 

「……また一か月に一度、更新をお願いしております。二か月まではペナルティ等ございませんが、三か月未更新が続いてしまうと失効となりますのでお気を付けください。」

 

そんなのもあるのか。

忘れないようにしなければ。

 

「あ、ありがとうございます。あとすいません。魔石と素材がまだありまして、こちらも換金をお願いしたいのですが。」

 

「承知いたしました。ではギルドカードをお持ちの方は受付があちらに…ってあれ、ミアいないじゃない……。」

 

本来は隣の受付みたいだが、確かに誰もいない。

 

「失礼いたしました。今回はこちらでお手続きさせていただきます。次回以降は隣の受付をご利用ください。」

 

「はい。」

 

代わりに対応してくれるらしい。腹が減って死にそうだから何ともありがたい。

さっきと同じくトレーを差し出されたので、持っている魔石と素材をゴトゴトと積んでいく。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

この見た目のおっさんから、こんな量が出てくるとは思っていなかったのか、受付嬢が少しだけひるんだように見えた。

だが、集計を進めていくと、その顔がさらに引きつる。

 

「あの、これは…?」

 

受付嬢の白手袋の中に納まっているのは『魔石(中)』だ。

キラキラと輝く水晶の先、受付嬢の訝しげな顔が見える。

 

「ああ、ジェネラル・マシュリンを倒した際に落ちたものです。」

 

しかし、俺とて何もやましいことはない。理路整然と答えて見せる。

 

「何レベルの個体でしたか?それと、お一人で討伐されたのでしょうか。」

 

魔石や素材の換金は単なるお金と物品のやり取りではなく、人事評価に直結しているのかもしれない。

冒険者ランクのアップには当然一定の活躍を認められる必要があるし、信用が大事なんだろう。知らんけど。

 

「13レベルだったかと。他のパーティーが交戦してまして、共闘という形になりました。」

 

実際HPは減ってたわけだし、一人で倒したなんて言えないよな。

 

「ああ、なるほど。分配などでもめるケースもありますので、お手数ですが、レーゲンシュライン様が減らしたHP割合や、共闘した方のお名前などお聞かせ願えますでしょうか。」

 

俺の一言に、その場の空気がふっと軽くなるのを感じた。

変に嘘をつかなかったことへの安堵だろうか。

 

しかし、俺が状況を詳細に説明するほどに、その空気は重いものへと戻っていく。

 

「…つまり、怪我をしたリーア様、トマ様を発見して、あなたが助けに入ったということですか?」

 

「んー、まあ、そうなりますね。」

 

「残りHPが82.5だった13レベルのジェネラル・マシュリンを、あなたが一人で倒したと?」

 

「まあ…そうなりますね。」

 

受付嬢は眉間に指を押し当てている。その顔にはすでに笑顔がなかった。

 

「あのですね、私の記憶が正しければ、トマ様はレベル7、リーア様はレベル8です。」

 

どうやら二人のことを知っているらしい口ぶりだ。

 

「そのお二人が勝てなかったジェネラル・マシュリンを、レベル6のあなたが倒したと?」

 

「はい。」

 

レベルももちろんあるんだろうが、口には出さないだけで拳闘士のお前が?素手で?そんなわけないだろ?という圧も感じる。

だが、何度聞かれようが事実なので、肯定するしかない。

 

「ただ、まあ最後の一撃でジェネラル・マシュリンのHPを削りきれたのは、初めにHPが削れていたからです。なので分配の件はもっともかと…。」

 

「そういうことではなくてですね。これは信用問題の話なんです。」

 

ああ、いかん。めんどくさくなってきた。

このやり取りも徐々にギルド内の関心を集めつつあるし。

 

「いいですか、あなたのお話には少々無理があるように思えます、まずですね……。」

 

「……おいおい、あいつやばくね?」

 

「さっき登録したばっかだからな、なんもわかってないんだろ。」

 

「てか託宣くんじゃん……なんかもう同情もできないかも。」

 

その後しばらく、虚偽の申請があった場合のペナルティについて説明…というかほぼ説教に近い内容を聞かされた。

後ろではまたヒソヒソと陰口をたたかれてるし。

 

「……最終確認ですが、先ほどのお話に一切の嘘偽りはありませんか?」

 

「…ありません。」

 

「わかりました。では、リーア様とトマ様にも状況を確認させていただきます。こちらの換金はそれからとなりますので何卒ご理解を。」

 

なんだろう……小学生のとき、濡れ衣で先生に怒られたあの日の記憶がよみがえってきた。

 

「それ以外の代金はこちらです。」

 

ドサッと音を立ててパンパンの袋が置かれる。

 

魔石(小)58,000、モヒボアの肉7,000、グラススライムのエキス3,200、キラーフラワーの根6,000、マシュリンの身2,500。

 

しめて、76,700ゼル。

 

借りた宿代の余りが2000あるので所持金は78,700ゼルだ。

借りた代金と門を通る時の手数料があわせて16,200ゼルなので十分リーアに返せる。

 

「ありがとうございます。」

 

袋を受け取ってギルドを出るまでの間、刺さる視線が痛かった。

 

「はぁ……。」

 

外に出て、ようやく息ができる。

まあ、冒険者としての門出はあまりいいとは言えないものになってしまったが、今日の宿と食事くらいは何とかなりそうだ。

 

「ま、飯食うか。」

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