Fate/-(フェイト・マイナス)   作:名無しのレイ

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第五話

 

 

 

 ―――キャスターの襲撃後、マッケンジー家の内部はめちゃくちゃになっていた。

 救いはキャスターが人払いの結界を張っていて周囲から気づかれなかった事だろう。

 もしこの騒動が広まれば、そこからウェイバーの居場所が知られることもありえる。

 とりあえず、ウェイバーはキャスターの眠りの魔術によりぐっすりと眠っているマッケンジー夫婦をベットに寝かせ、

 おおざっぱに家の内部の片づけを終わらせ、さっそくランサーとの協議に入る。

 現在の彼らの最大の敵はやはりキャスターである。

 居場所を知られてしまった以上、何としてでもキャスターを倒さねばならない。

 それが二人の一致した意見だった。

 

「……それで、次の拠点はどうされますか?」

 

 庭の竜牙兵の残骸や戦いの後をかたずけた後で、ランサーは訪ねてくる。

 そう問題はそれだ。  本来ならば、隠れ家がばれた瞬間、そこを捨てて他所の隠れ家にいくのが当然だ。

 ましてやここはただの家であり、何の魔術的防御も施していない丸裸同然なのだ。

 逆にいえば、魔力的な探知もできないし、普通の住宅街にある普通の家であるのだから、樹を隠すには森の中という格言通りの通りの状態である。

 隠れ家としては最適であるが、もはや居場所がばれてしまっては何の意味もない。

 だが、ウェイバーの考えは違っていた。

 ランサーの問いかけに彼は考えこむと慎重に言葉を選んで発言する。

 

 「うん、普通なら居場所を知られてしまった以上、他の隠れ家に移動するのが定石。

 ここには工房もないし、物理的・魔術的な防御力も皆無だ。

 そんな無防備なところには誰でも居たくない。

 そう、誰もがそう思う。ならその裏をかけばいい。」

 

 「と申しますと?」

 

 そのランサーの問いかけに、にやりとウェイバーは笑いながら言葉を続ける。

 

 「そう、『ずっとここに居続ければいい』のさ。

 普通ならば隠れ家がばれたら即座に移動するものだしな。  まさか、居場所がばれてもずっとそこに居続けるなんて普通は想像できないだろう。

 それに……あの人たちを放ってはおけないしな。」

 

 そう言いながら、ウェイバーはちらりとベッドで眠るマッケンジー夫妻を見る。

 キャスターの魔術は極めて強力であり、一般人なら軽い眠りの魔術をかけただけでもずっと眠り姫の状態になりかねないのである。

 それを解呪するなど到底ウェイバーにできはしない。

 となると、元凶であるキャスターを倒す以外手立てがない。

 

 「キャスターの魔術……ですか。」

 

 「ああ。あのキャスターの魔術の冴えは現代の魔術師とは遥かにレベルが違う。

 僕の予測からすると神代の時代……しかも恐らくあの術式だとギリシャ関係の魔術師だろう。

 ……っと話がそれたな。

 とにかく、あれだけの魔術師がかけた魔術で眠らされた以上、自然に目覚める可能性は低い。

 もちろん、現代の魔術師がたばになってかかっても解呪(ディスペル)できる可能性も低いだろう。

 となれば手っとり早いのは一つ、術者であるキャスターを倒せば自然と目は覚めるはずだ。」

 

 ウェイバーは魔術の才能がないとはいえ、魔術に対する理論や知識はかなりの物がある。

 あの魔術の構成式が現代の魔術理論では及びもしないほど高度である事は一目で理解した。

 現代の高位の魔術師たち……小達人(アデプタス・マイナー)クラスの魔術師たちでも恐らく解呪は難しいだろう。

 ましてや理論は詳しいものの、魔術の才能がないウェイバーでは到底不可能だ。

 魔術師的に考えれば神代の魔術の構成式など喉から手が出るほどほしいし、じっくり研究もしたいところだが、

 今はそれどころではない。

 何せキャスターの魔術は強力すぎて早くディスペルしなければ永遠に眠り姫になる可能性が高いからだ。

 

 「対キャスター戦術としては問題ないだろう。

 何せお前はセイバーに次ぐ対魔力Bを保有してるんだ。

 いかに神代の魔術師といえど大魔術の連発でもしないかぎりお前を傷つけるのは難しい。

 おまけに魔力を無効化する破魔の紅薔薇まであるんだ。

 お前こそまさしく魔術師の天敵ってヤツさ。」

 

 少々楽観的すぎるが、ウェイバーの考えはまちがっていない。

 ランサーの対魔力Bは大魔術以外のほぼ全ての魔術を無効化する。

 さらに大魔術・儀礼魔術を使用しても傷つける事が難しいのだ。

 大魔術の連発を行っても、真っ向からの戦いではキャスターがランサーを倒す事は難しい。

 

 「は、我が魔槍があればあのような魔女などに後れは取りません。

 ですが、ここで考慮にいれるべきは第三者の乱入かと。

 キャスターと戦っている間に、何者かが横から乱入する可能性も十分にあります。」

 

 そのランサーの言葉に、ウェイバーははっと考え込む。

 

 「なるほどな……。

 とは言っても、他のサーヴァントの対策は以前と同じようにしか……いや、待てよ。」

 

 と、そこで何かに思い立ったようにウェイバーはさらに腕を組んで考えこむ。

 

 「いま思い出したのだが、サーヴァントの宝具は複数所有していることもあると言っていたな。

 他のセイバーやアーチャーなどはまだ正体が解らないが……ライダー、イスカンダルならば予想は立てられるかもしれないな。」

 

 「と、申しますと?」

 

 ウェイバーはイスカンダルの対策用に以前本屋で買い込んだ彼の伝承が書かれた本を取り出す。

 

 「うん、イスカンダルはかつて世界を半分征服しかけたほどの大英雄だ。

 そんな大英雄の宝具が一つだけとは考えにくい。

 恐らくは、とっておきの切り札とも言える宝具があるはずだ。

 基本的に英雄の宝具はその英雄の逸話が具現化したものが多い。

 そして、イスカンダルと言えばもっとも有名な逸話。彼が世界を征服しかけたほどの原動力。

 それは……ファランクス陣形に他ならないだろう。」

 

 「と、なるとマケドニア軍の英霊たちの召喚がありうると?

 いや……しかしまさか……。」

 

 

 さすがにランサーも驚いた顔を見せる。

 それはそうだ。

 英霊たちの多重召喚を行い、英霊の軍団を作り上げるなど規格外にもほどがある。

 まさしく最強といっても過言ではないだろう。

 戦いを左右するのは物量である。

 英霊の軍隊が完璧な陣形をとって襲いかかってくれば単騎の通常の英霊では敵うべくもない。……通常ならば。

 

 

 「アレほどの大英雄の宝具だ。どんな規格外な宝具であろうとも不可能じゃないだろう。

 しかもイスカンダルのファランクスは改良が加えられていて弱点の側面を強化されている。

 それが彼が世界を半分支配できそうなまでに至った理由だ。

 と、なればだ。こちらがやるべき事は対ファランクス攻略だろう。

 よし、ランサー。ファランクス陣形について調べるぞ。お前の意見も聴かせてくれ。」

 

 そう言って、ウェイバーはファランクス陣形について徹底的に調べつくす。

 元々、こういった調べ物はウェイバーの得意技と言っていい。

 マッケンジー家の片づけなどを行って、今は朝方になっているが、  本屋の開店時間と同時にウェイバーは本屋に駆け込むと、ファランクス陣形や戦略についての本を買い込む。

 書物を読みふけりながら、ランサーの戦略的な意見も聴きながら、とりあえずファランクスへの対策を二人は練った。

 ファランクスとは重装歩兵たちの密集陣形のことである。

 特にマケドニア式ファランクスは本体の右翼に攻撃力に勝る重装歩兵ヘロイタイ騎兵、

 左翼には防御力に勝る軽装歩兵テッサリア騎兵で固め、前衛は弓を主武装とする歩兵と軽騎兵が配備された。

 通常のファランクスでは側面からの攻撃が欠点だが、左翼で敵を防御し食い止めている間に、

 攻撃力で優れる右翼で敵を倒すマケドニアのファランクスは他のファランクスを圧倒することになった。

 そこまで調べ上げて、ウェイバーはふう、とため息をついて情報をまとめ上げる。

 

 「ファランクスの弱点だが、通常は側面だ。

 だが、イスカンダルのファランクスは右側にヘロイタイ騎兵、左側にテッサリア騎兵で固め、

 左翼で防御している間に、右翼のヘロイタイ騎兵で敵陣を破壊する「鉄床作戦」で他の側面が弱いファランクスを圧倒したとされている。

 となると、お前の能力を最大限に生かすとなると……ここだ。

 左翼のテッサリア騎兵。イスカンダルのファランクスは左翼のテッサリア騎兵が敵を食い止めている間に、

 右翼のヘロイタイ騎兵が挟み撃ちにする……いわゆる金床作戦をもっとも得意とする。

 だが、お前の魔槍、破魔の紅薔薇はあらゆる魔力を一瞬だけ無効化する。

 それは魔力で構築された鎧や防具も例外ではない。」

 

 戦略に詳しいランサーの意見を全面的に取り入れて調べた結果をまとめ上げながらウェイバーは言葉を続ける。

 こちらには魔力を無効化する破魔の紅薔薇がある。

 ウェイバーが言うように、いかにガチガチの鎧で固めようと、魔力で構築されている以上、ランサーにとっては紙同然と言えるだろう。

 

 「そうなるとだ。

 防御力に優れるテッサリア騎兵と言っても、お前の前では無防備同然となるということだ。

 これを利用して、まずテッサリア騎兵に突撃して、破魔の紅薔薇を使用してテッサリア騎兵を叩く。

 金床作戦は、敵の脚を止めることが重要だ。

 だが、その脚が全く止まらないとなったらどうなると思う?

 お前は破魔の紅薔薇とその速度を生かして徹底的にテッサリア騎兵を引っかき回してぐちゃぐちゃにしてやれ。

 そして、陣形が混乱してきたところで、ライダーを倒す。

 ……これしか今のところ手がないな。」

 

 「は、彼我の戦力差、さらに戦略的に見てそれが正しいと思われます。」

 

 歴戦の戦士であるランサーもウェイバーの戦略は正しいと判断した。

 イスカンダルと違い軍略スキルこそないものの、フィアナ騎士団最強の戦士であり、

 修行・鍛練によって構築された戦闘論理である心眼(真)を保有するランサーの判断力と戦術の着眼点はスバ抜けている。

 その彼に正しいといってもらえると、戦略に関して素人に等しいウェイバーはほっとする。

 

 他にもファランクスの弱点は機動性が低いことも挙げられる。

 これも大きなポイントだ。

 機動性が低い陣形でサーヴァント最速のランサーでは、こちらに大きなアドバンテージがあるのは同然。

 陣形の圧倒的な戦力に飲み込まれ蹂躙される前に、その速度で陣形を無茶苦茶に引っかき回して乱戦に持ち込めばこちらに勝機は十分にある。

 もしもランサーが対軍宝具や対城宝具を所有しているのなら、また話はかなり変わってくる。

 強力な威力を誇る対軍宝具や対城宝具の前では、密集陣形をとっているファランクスなどいい的でしかない。

 密集陣形を取っている所に、対城宝具など叩きこまれてしまっては一撃で陣形が崩壊しかねないからだ。

 

 だが無いものねだりをしても仕方ない。

 仕方ないのだが、思わずため息と共に愚痴も出てしまう。

 

 「せめてもう一人お前と同等の戦闘能力を持った英霊……。

 しかも対軍宝具や対城宝具を所有しているサーヴァントが味方につけば、こちらの勝率もぐんと上がるのだが。

 まあ、言っても仕方ない。基本的にもしもイスカンダルがファランクスを所有していてそれを発動したら逃げの一手かな。

 戦うのは最後の手段だ。

 さて、次は本命のキャスターについてだが……まずは居場所を見つけないとどうしようもないな。」

 

 ウェイバーはそう言いながら、しばらくじっと考えこむと、何かを思いついたのか手元から8個のルーンストーンを取り出す。

 それは情報を意味するアンサズのルーンが刻まれたルーンストーンである。

 この情報を意味するルーンストーンはその名の通り、情報を伝えたり、また情報を収集する力を有したルーンである。

 

 「ランサー。このルーンストーンを冬木市のこの地点にそれぞれ置いてきてくれ。」

 

 そう言ってウェイバーが指示したのは、ぐるりと円状に冬木市を覆うような位置である。

 冬木市の東、西、南、北、北東、南東、北西、南西。

 それぞれに一個ずつアンサズのルーンストーンを置いてくるように言われてランサーはおとなしくその指示に従う。

 マッケンジー家の後片づけやファランクス陣形の事を調べて今は昼を過ぎており、

 こんな真昼間にサーヴァントを出すなど聖杯戦争のセオリーに反しているが、ウェイバーが一人でのこのこ出ていくわけにもいかない。

 

 そして、それぞれに一個ずつアンサズのルーンストーンがランサーの手によって置かれる。

 さらにランサーが戻ってきたのを見計らって、ウェイバーは一つ深呼吸をし、意識を集中させると魔力回路を起動させる。

 

 それに呼応して、冬木市の各地におかれたルーンストーンがキイインと音と光を放ちながら発動し、微弱な魔力波を極めて広範囲へと放出する。

 東、西、南、北、北東、南東、北西、南西の8個のルーンストーンから放たれた広範囲の魔力波は、

 冬木市を覆い尽くし、冬木市の様々な魔力の強いポイントの情報を入手し、さらにルーンストーンへと返ってくる。

 そして、反射された魔力波を受け取ったルーンストーンはその情報をウェイバーに流すと粉々に砕け散る。

 

 このルーンストーンはつまりレーダーシステムと全く同じシステムである。

 電磁波ならぬ魔力波を大気中に広範囲に発信し、その反射を受け取るシステムだ。

 魔力はより強い魔力によって弾かれる属性を持つ。

 特に魔術師の工房は結界や魔術実験になどにより大気中の魔力残留物や放出魔力が発生する事が多い。

 フィルターなどで魔力残留物を出さない方法もあるが、そこまで念入りに魔力の痕跡を消す用心深い魔術師はそうそういない。

 これにより、冬木市の強い魔力を大気中に放出している場所……つまり魔術師の工房の拠点候補土地を捜し出す事ができるのである。

 アンサズのルーンは情報を司るために、自分の言葉を伝えるほかにこう言った能力もあるのである。

 だが、これは諸刃の剣でもある。

 逆にいえば、冬木中全ての魔術師に対して大声で自分の存在をアピールしたことになる。

 (自分では意識していないが)隠密性を重視するウェイバーにとってはかなりのマイナスだが、今はそれよりキャスターを倒す事が最優先だ。

 そんなことは言ってはいられない。

 

 「―――よし。ランサー。冬木市の地図を持ってきてくれ。」

 

 

 ランサーが持ってきたその地図はただの地図ではない。

 レイライン……つまり冬木市の地脈の流れが書き込まれている地図である。

 魔力レーダーにより、より強い魔力が感じ取られた場所と、その地脈の流れが強いポイントを重ね合わせていく。

 魔術師の工房はより強い魔力が必要とされるため、強い地脈の力を宿した場所に造られるのが当然である。

 つまり逆を言えば、地脈の流れが解れば自然と魔術師がどこに工房を作るかわかるのだ。

 さらに、魔力レーダーにより、不自然に強い魔力を大気中に発したり、魔力残留物が色濃く存在していたポイントを重ね合わせていく。

 

 そこで以前から知っている魔術師たちの根拠地……遠坂邸、間桐邸、聖堂教会の根拠地である冬木教会などをキャスターの候補地から取り除いていく。

 そうなると候補地は二つ。

 柳洞寺と冬木市民会館である。

 だが、用心深いキャスターがこのように解りやすい場所にいるとも考えにくい。

 

 となると、人気があまりなく、それなりに強い地脈が通っており、さらに大気中の放出魔力が強い場所となると……ここしかない。

 ウェイバーはそう結論つけて地図へと丸をつけた。

 そこは遠坂邸のすぐ近く。

 ウェイバーは知らなかったが、そこはエーデルフェルトの双子館と呼ばれた場所であり、第三次聖杯戦争において、

 参加したエーデルフェルトの双子の当主が拠点とした館である。

 魔術師の拠点としてはこれ以上の場所はない。

 

 「よし、恐らくはここだろう。夜中になったらさっそく行くぞランサー。」

 

 その言葉に、ランサーは一つ頷いて答えた。

 

 

 

 ―――その少し後。

 魔力を失い砕け散ったルーンストーンが転がっている元に、

 一人のバイザーで顔を隠した妖艶な長髪の女性が歩いてくる。

 ……アサシンのサーヴァント。

 極めて広範囲にわたる魔力波を感知した彼女のマスターは、その発信源を調べるために彼女を放ったのである。

 彼女は、地面に転がっている砕け散ったルーンストーンの残骸を拾い上げると、にやりと残酷な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ―――真夜中。

 あの後、さらに休憩と食事と睡眠をとって体力を回復したウェイバーはさっそく、ランサーと共にエーデルフェルトの双子館へと足を運んでいた。

 遠坂邸付近の森の中に、ひっそりとその館は存在していた。

 もうひとつの館は教会付近の森の中に存在していたが、放たれる魔力量からすればこちらが本命だろう。

 キャスターには陣地作成のスキルがあり、魔術師の工房を凌ぐ”神殿”を構築できる。

 神殿の作成まではウェイバーは知らないが、この双子館を覆う結界は並大抵ではない。

 現在の神秘の劣化した魔術師では遥かに及ばぬ、大小様々な異界や結界によって成り立っているこの地はもはや固有結界といっても過言ではない。

 これほどの大規模な結界、さらに上に魔力封じの結界を重ねかけしてあるとはいえ到底隠し通せるものではない。

 何故、目と鼻の先にある遠坂がこれほどの結界を放置しているのかは解らないが、

 恐らくは戦力を温存し、他のサーヴァントたちの共食いを狙っているのではないか、とウェイバーは推測した。

 

 魔術師の工房とは防御するだけのためのものではなく、

 やってきた敵を確実に殲滅するためのものだ。

 ましてや陣地作成のスキルを保有するキャスターならば、何が起きても不思議ではない。

 魔術師の工房に攻め込む事の愚かさは他ならぬウェイバーが一番知っている。

 だがそれでもマッケンジー夫妻を助けるために、自分たちの隠れ家を知った自分たちにとって最も危険なキャスターを倒さねばならない。

 

 注意しながら双子館の敷地内へと入りこむ二人だが、そこで予想外のことが起きた。

 その瞬間、館を包み込むようにさらに結界が張られたのだ。

 ……これは敵を防御するための結界ではない。

 敵を逃がさず、確実に仕留めるための結界に他ならない。

 

 次の瞬間、彼らの前の空間が歪み、その歪みからキャスターが姿を現す。

 同時に敷地内にばらまかれていた竜の牙が起動し、無数の竜牙兵が姿を現す。

 さらに館の敷地の中心に歯車で構築された奇妙で精密な機械が存在するが、恐らくは結界の維持装置だろう、とウェイバーは大して気にもとめなかった。

 彼ら二人の招かざる客を見て、キャスターは妖艶にほ微笑む。

 

 「くす。魔術師の工房……しかもこの私の領域に突撃するとは愚かね。

 ええ、その蛮勇は褒めて差し上げましょう。

 そうね。それとこの私の工房を見つけ出したこともね。

 残念ね。もし私のマスターならばほどよく無能で私の良い弟子になれたでしょうに。」

 

 「……そ、そんなことを言われても嬉しくないぞ。キャスター。」

 

 そういいながら、ウェイバーとランサーは注意深くキャスターの距離を詰めていく。

 キャスターから何かの魔術が飛んでくるかもしれないし、周囲の竜牙兵が襲いかかるかもしれないからだ。

 それに呼応するように、キャスターのマントが大きくめくりあがり、背後に膨大な魔力が蓄積された光球が数十浮かび上がる。

 

 「そう。けれど、ここは私の神殿。

 神代の魔術師の実力がどれほどのものがその身で知りなさい。」

 

 ここはもはや異界や固有結界にも等しい。

 何重もの人工的な小さな結界や異界を組み合わせることにより、自身の魔術をより効率良く使用でき、

 さらに威力を増大させることに成功しているのだ。

 

 すっ、とキャスターが手にした杖をランサーへと向けると、

 キャスターの後ろに浮かぶ光球が唸りを上げ、ランサーに向けて凄まじい勢いで魔力によるレーザーが射出される。

 

 「な……っ!!」

 

 大気を焼き焦がしながらランサーへと進む魔力レーザー。

 その威力は軍事用の戦術高エネルギーレーザーすらをも遥かに凌駕するだろう。

 あんなものをまともに食らえば対魔力を持たない人間など一瞬で蒸発してしまう。

 

 「主よ!失礼します!!」

 

 瞬時に、ランサーはウェイバーを突き飛ばし、自らもレーザーを横に跳躍して回避する。

 ウェイバーは突き飛ばされてしりもちをつくが、もしランサーに突き飛ばされていなかったらレーザーをまともに食らっていただろうと直感的に悟ってぞっとする。

 あんな高出力の魔力で構築されたレーザーを食らえば人間など瞬時に消し炭になっていただろう。

 それは魔術師であろうと例外ではない。

 しりもちをついたウェイバーに向かってがしゃがしゃと砂糖に群がる蟻のように竜牙兵が剣を振りかざして群がる。

 

 「こっ……このっ!!食らえっ!!」

 

 ウェイバーは懐から嵐を意味するハガラズのルーンストーンを取り出すとそれを竜牙兵に投げつける。

 魔力が注ぎ込まれたルーンストーンは襲いかかる竜牙兵の中心で発動し、猛烈な衝撃破を放ち竜牙兵を纏めて十体ほど薙ぎ払う。

 同時に別のルーンストーン、防御を意味するエイワズのルーンストーンを取り出し、魔力を込めると地面に置く。

 その魔力により、エイワズのルーンが発動し、ウェイバーの周囲に簡易的な結界が張られる。

 それを尻目に、キャスターはレーザーを回避したランサーを面白そうに眺める。

 

 「あら、うまく回避するわね。では、これならどうかしら?」

 

 そういうと、キャスターの背後に浮かぶ数十の光球が唸りを上げる。

 そこから数十の高出力魔力レーザーが凄まじい音を立てて大気を引き裂きながらランサーへと突き進む。

 これほどの大量のレーザーではいかに俊敏なランサーといえど完全な回避はできない。

 

 「なるほどな。確かに大した魔術だ。キャスター。

 だが……俺には通用しない!!」

 

 さすがにこれほどのレーザーを完全に回避できないが、レーザーがランサーに命中する前に霧散する。

 あるいはレーザーがランサーの肉体を直撃しても到底大ダメージには至らない。

 ランサーはセイバーに次ぐ対魔力Bを有している。

 対魔力Bは大魔術・儀礼魔術であろうと傷つけるのが難しいのだ。

 それはキャスターの高速神言による魔術であろうと例外ではない。

 

 本来ならマスターであるウェイバーを狙えば一撃なのだが、これほどの戦 闘能力と高い対魔力、そして使いやすく強力な宝具など、

 ランサーは非常に有効な手駒になる。

 

 個人的な事を言えば、顔のいい男など信用できないし、大嫌いなのだが、手駒としては非常に優れていると把握しているし、

 直接戦闘能力が劣るキャスターとしては護衛として何としてでも手にいれたいサーヴァントである。

 彼女の聖杯の望みは『受肉』である。

 受肉し、イアソンと女神の呪いに操られ、帰れなかった故郷へと帰る。

 ―――帰してください、と昔の彼女自身が心の中で叫びを上げるのだ。

 その後は、どうなってもいい。平穏に故郷で一人で暮らすのも悪くない。

 だが……そのためにはこの聖杯戦争を勝ち抜かなくてはならないのだ。

 そのため、マスターがいなくなっては、有効な手駒を失いかねないため、キャスターはウェイバー狙いを積極的には行わないのである。

 

 竜牙兵ではランサーの足止めすらできない。

 魔術をメインとするキャスターでは対魔力Bを保有するランサーに傷つけることすら難しい。

 もはやキャスターに打つ手はない……と思った瞬間、キャスターの口元がにやりと歪み、

 同時に、敷地内の中央に置かれていた歯車で構築された不可思議な機械が唸りを上げて起動を始める。

 

 「―――!!」

 

 その装置が起動した瞬間、敷地内の地面を覆い尽くすように複雑で緻密極まりない魔方陣が敷地内の地面に展開される。

 それを見て、ランサーの戦士の直感が最大限の危険をかき鳴らす。

 次の瞬間、ランサーは疾走しながら真横に跳躍する。

 それと同時に、ランサーのいた地面の魔方陣から凄まじい勢いで地面から上に向けて轟炎の柱が巻き起こる。

 

 「こ……これは……!!」

 

 その莫大な魔力を秘めた炎を見て歴戦の戦士であるランサーが顔色を変える。

 

 「な……、バ、バカな!!あれは……『竜』の吐息!?」

 

 幻想種で最強とされる『竜』の炎の吐息。

 信じられない事にあの莫大な魔力を秘めた攻撃的な炎はまさしく竜の放つ炎だった。

 竜とは幻想種最強の種族であり、最高位に位置する。

 この鱗は人間程度の幻想や魔術を容易く無効化し、その吐息は英雄クラスであろうとも容易く焼きつくす。

 その吐息など、ジークフリードやベーオウルフなど対竜に特化された英霊か強力な防御用の宝具でもなければ到底耐えられるものではない。

 例え対魔力Bを保有するランサーといえど、その吐息をまともに食らえば大ダメージを受けることは間違いない、

 下手をすれば一撃で消滅ということもありうる。

 と、ウェイバーは非常に奇妙なものを発見した。

 その結界の中心部に奇妙な物体……大小様々な青銅の歯車の組み合わせでできているような奇妙な機械があったのだ。

 先ほどは気に止めていなかったが、あの膨大な魔力の流れから、アレが結界の発生装置に違いない。

 そして、その機械の中心部には光を放つ非常な高価そうな金色の毛皮が存在した。

 

 ―――金羊の皮。

 

 これこそ、コルキスの秘宝であり、竜が守護し英雄イアソンが求めた金羊の皮である。

 そして、ウェイバーはあの歯車でできた機体をどこかで見たことに気付いた。

 それは魔術の授業中、ギリシャの海中からオーパーツとして文献に出てきた『アンティキシラの歯車』である。

 この機械は、恐らくは天体の観測のために作成された歯車式コンピュータであると考えられている。

 魔術において天体の観測は重要であり、天体が変化することにより地上に漂うエーテル量が大きく変化することもありえるのだ。

 だが、キャスターの作成したこの歯車式魔術機構は、そのために作成されたものではない。

 この歯車で作られた魔術機構は、金羊の皮の膨大な魔力を原動力として結界を作成し、

 金羊の皮を触媒にすることにより疑似的な幻獣召喚を行う事が出来る機械なのだ。

 金羊の皮を召喚の触媒に用いることにより、金羊の皮を守護していた竜を召喚できることはキャスターも知っていたが、

 キャスターには竜召喚技術がないため、この皮は全く役立たずだったのだが、ならば道具作成スキルで召喚ができるような道具を作ればいい。

 まさしく逆転の発想である。

 だが、所詮は機械であり、竜本体を召喚することはできない。

 それに気づいたキャスターはコンセプトを変更し、攻性防御結界として「竜の炎の吐息」のみを召喚できるようにしたのだ。

 

 この機械を中心におよそ50mほどの結界を地面に張り、キャスターの指示によって下から上に対して竜の炎が噴きあがるようにできている。

 いかに英霊といっても幻想種最強である竜の炎をまともに食らってはひとたまりもない。

 幻想はより強い幻想によって打ち消される。

 よほど防御に特化した宝具であるか、竜を滅ぼした逸話のある英霊でもなければ対抗するのは難しい。

 強力な竜の炎は上級クラスの英霊であろうと容易く焼きつくすのだ。

 竜の火炎を食らっても無事な英霊などベーオウルフやジークフリードなどといった対竜に特化された大英霊でもなければ無理だろう。

 そして、残念ながらランサーには強力な防御の宝具も竜を倒した逸話もない。

 もし、まともに竜の炎を食らえば、対魔力Bを持っている彼といえど倒される以外にはありえないだろう。

 

 「ランサー!気をつけろ!攻性防御結界だ!

 信じられない事だが……恐らくあの中央の機械が竜の炎の吐息を召喚しているんだ!

 竜の炎をまともに食らえばお前でもやられかねないぞ!!」

 

 攻性防御結界自体は、ウェイバーも目にしたことがある。

 これはつまり相手を防ぐ防御の結界ではなく、触れた侵入者に対して攻撃を仕掛ける攻勢の結界のことである。

 魔術師の工房とは侵入者を確実に仕留めるために様々な魔術的防備が施されており、

 その中でも攻撃と防御を同時に行える攻性防御結界は比較的好まれる傾向がある。

 しかし、これほど強力な攻性結界は見たことはない。

 

 「くす。確かに私には竜を召喚するスキルは存在しないわ。

 けれど、私には道具作成スキルがあることを忘れたようね。

 時間と材料さえあれば、疑似の不死薬さえ作成できるのよ?

 この程度の罠を作るのなんて訳はないとは思わない?」

 

 これこそが、キャスターが対ランサー用に開発した切り札である。

 まさか役立たずの金羊の皮にこのような使い道があるなど、少し以前のキャスターなら思いもつかなかったことである。

 この現代に氾濫する【機械】に構想を得て、彼女のスキルである道具作成スキルを最大限に使用した結果が、この魔術機械なのである。

 この竜の炎を食らってボロボロになったランサーに破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)を突き立ててばマスターとの契約は解除される。

 それがキャスターの狙いだった。

 

 「しかし、これを見て一目でこの機械の特性と本質を見抜くとは……。

 魔術師の才能はないとはいえ、私の拠点を見つけ出した事といい、その観察力と洞察力は大したものね。

 その点は褒めてあげるわ坊や。私の称賛を受け取りなさい。」

 

 そう言いながら、ふむ、と彼女は自分の頬に指を当てて考える。

 

 「坊や。貴方はなかなか面白そうね。

 魔術の才能はからきしだけど、洞察力と観察力、そして知識はなかなかというのが面白いわ。

 決めたわ。ランサーを私のサーヴァントにした後で、坊やを洗脳してあげる。

 弟子……とまではいかないまでも、なかなか面白い玩具になりそうだしね。」

 

 「そういう事は……!!」

 

 「……俺を倒してから言ってもらおうか!!」

 

 そう言ってランサーはウェイバーをかばうように前に出て、双槍を構える。

 それを見て、キャスターは不愉快そうに口元を歪める。

 

 「竜牙兵。坊やの相手をしてあげなさい。

 ……ああ。せいぜい痛めつける程度にしておきなさい。

 あとで洗脳して手ごろな玩具にしてあげるから。」

 

 その言葉と共に、ランサーの足元から竜の炎が間欠泉のように噴きあがる。

 それをまともに食らわないようにランサーはその場から跳躍して回避するが、次の地面に着地した瞬間、

 またもや、キャスターの思念に従って機械が起動し、さらに地面から竜の炎が噴きあがる。

 その繰り返しでまたもや高く跳躍した瞬間、キャスターは杖をランサーに向ける。

 

 「落ちなさい。蚊トンボ。」

 

 地面から吹き上げる竜の炎を回避するために高く跳躍した瞬間に、

 キャスターの背後の光球から放たれる高出力魔力レーザーがまたもやランサーに襲いかかる。

 

 「く……っ!!」

 

 いかにランサーの敏捷性が優れていようとも、ランサーには飛行能力はない。

 高く跳躍してしまえば、足場のない空中では方向転換もできずいい的になるだけだ。

 その身動きのとれない瞬間をキャスターは狙ったのである。

 手にした破魔の紅薔薇でレーザーを薙ぎ払い、防御するが、レーザーは数が多すぎた。

 魔力で構成された高出力レーザーは、ランサーの左肩、両足のふともも、胴体、右の二の腕へと命中し、ランサーを吹き飛ばす。

 

 「ぐああああっ!!」

 

 空中でキャスターのレーザーを食らったランサーは、その衝撃で吹き飛ばされ、凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。

 だが、大魔術に属するキャスターの魔術をまともに受けても、ランサーの軽鎧が焼け焦げてダメージを食らった程度にすぎない。

 対魔力Bを所有するランサーはいかにキャスターの大魔術であろうとも傷つけるのは難しいのだ。

 それを見て、キャスターは呆れたような声を出す。

 

 「……まさかここまで強力な対魔力とは。

 さすがは神代の英雄。魔術全盛の時代を潜り抜けただけの事はあるわね。

 でも、こちらはどうかしら。」

 

 それと同時に地面の攻性防御結界から竜の吐息の炎の柱が間欠泉のように噴きあがる。

 とっさにランサーは、倒れながら横に地面を転がる事によって何とかそれを回避する。

 それを追いかけるように連続して炎の柱が噴きあがるが、ランサーはさらに横に転がりながら回避し、

 隙を見計らってすばやく立ち上がり体勢を立て直す。

 このままではじり貧になってしまう。

 たった一度でも竜の炎に焼かれればそれで終わってしまうのだ。

 こうなれば状況を逆転させるには一つしかない。

 ちらり、とランサーは起動している歯車で構築された機械を横目で見ると、

 そのまま機械へと疾走する。

 

 「―――っ!!まさかそうくるとは、やってくれるわね!ランサー!!

 竜牙兵!!機械を護りなさい!!」

 

 がしゃがしゃと竜牙兵は機械を護る壁になろうと、機械へと群がっていく。

 だが、いくら数があろうとも、その程度でランサーの疾走は止められない。

 臭いものは元から断てばいい。

 あの機械が攻性防御結界の中心の要ならば、それを破壊すれば結界の維持はできないはずだ。

 そのランサーを足止めするために、キャスターの背後に存在する数十の光球から凄まじい魔力を迸らしながら魔力レーザーが数十と射出される。

 そのレーザーをまともに食らい数体の竜牙兵が打ち砕かれるがそれにも全くキャスターは構わずレーザーを乱射する。

 

 「おおおおおおおおお!!」

 

 だが、それにも構わずランサーは一直線に疾走しながら、大きく振りかぶると、凄まじい勢いで破魔の紅薔薇を投擲する。

 まるで戦車の主砲のように凄まじい勢いで投擲された魔槍は大気を引き裂きながら、

 機械を護ろうと、機械の前に立ちふさがる竜牙兵を纏めて数体粉々に打ち砕いてさらに突き進み、魔槍は機械を完全に打ち壊す。

 いかにキャスターが作り上げた機械であろうともあそこまで粉々に破壊されては起動できまい。

 それと同時に結界の要を失った攻性防御結界は霧散して消失する。

 

 「く……っ。やってくれるわねランサー……!

 これだから顔のいい男は嫌いなのよ……!!」

 

 ここに至ってキャスターは瞬間転移による撤退を決意した。

 竜の炎を召喚できる機械を失った以上、もはやキャスターではランサーを倒すことは難しい。

 竜牙兵ではランサーに太刀打ちできないし、破魔の紅薔薇の前ではただの残骸へと戻ってしまう。

 神殿へと変貌させた己の魔術拠点を放棄するのは惜しいが、生きていればいくらでも再起はできる。

 キャスターが瞬間転移を高速神言で唱えようとした瞬間。

 

 ―――ずん、という鈍い音と共にキャスターの胸から鉄杭が生えた。

 

 「ぐ……ふ……っ!!」

 

 いや、生えたのではない。

 後ろから投げつけられた釘剣が、キャスターの肉体を貫いたのだ。

 口と傷口から大量の血を吐きだしながら、彼女はゆっくりと振り返る。

 じゃらり、と手にした鎖のついた釘剣を手にして顔をバイザーで隠した妖艶な女性を見て、キャスターはつぶやいた。

 

 「まさか……アサシン……。」

 

 にやり、とアサシンは不敵にほほ笑んだ。

 アサシンの宝具《自己封印・漆黒宮殿》は発動すれば気配遮断Aと同等の効果を持つ魔術的・物理的な光学迷彩の効果をもつ宝具である。

 その宝具の前には魔力探知に極めて優れたキャスターの感知を完全にすり抜ける事が可能なのだ。

 恐らくは、ランサーたちと同じ時、もしくはそれ以前に敷地内に入り込み、漆黒宮殿を発動させじっと彼らの隙を狙っていたのだろう。

 胸を貫かれながら、キャスターの頬につうと一筋の涙が流れ落ちる。

 

 「どうして……私はただ……帰りたかっただけなのに……。

 私は……まだ……何も……。」

 

 それだけを言い残すと、キャスターの肉体は完全に消滅した。

 いかにキャスターといえど心臓を貫かれてしまっては、消滅するしかない。

 キャスターを倒したアサシンは、じゃらりと手首の返しだけで鎖のついた釘剣を手元に引き寄せると、にやりと口元に妖艶な笑みを作る。

 次の瞬間、アサシンの手元が翻り、凄まじい勢いで鎖付きの釘剣がウェイバーに向かって放たれる。

 

 「―――ひっ!!」

 

 ウェイバーを狙って大気を引き裂きながら進む釘剣。

 だが、その釘剣はカン高い金属音と共に弾かれ、宙に舞った。

 

 「……俺を放置してマスターを狙うとは随分と舐められたものだな。アサシン。」

 

 それを行ったのは破魔の紅薔薇を横薙ぎに振るったランサーだ。

 マスターを狙うのは確かに聖杯戦争においてセオリーだ。

 だが、いきなり始めからマスターを狙うなど闇討ちにも等しい。

 彼女がアサシンである以上、それは当然でありランサーもそれを心得ているが、当然面白いわけがない。

 

 「クス。随分と面白い事をいうのですね。ランサー。

 戦争である以上、不意打ち、闇討ちは常道でしょう。

 ……ああ、失礼。高貴な正英霊様にはこのような下劣な手段はお気にめさなかったようですね。」

 

 アサシンの痛烈な皮肉に、ランサーは何も答えずにただ無言で双槍を構える。

 それを見て、アサシンはさらに手首を翻し、釘剣を操作し、エーデルフェルトの敷地外にある近くの森の樹木に釘剣を突き立て、鎖を巻きつける。

 

 「な……っ!!」

 

 次の瞬間、ウェイバーは絶句した。

 アサシンが鎖を巻き付けた6mはある樹木が、アサシンが鎖を引っ張った瞬間

 みしみしと音を立てて引き抜かれたのだ。

 スタイルはいいが細身のアサシンが、およそ6mの木を容易く引き抜くなど信じられない。

 これぞ、アサシンが所有するスキル、『怪力』のスキルである。

 本来、魔物、魔獣などが所有するスキルであり、一時的に筋力を一時的に向上できる。

 これを発動させたアサシンは、セイバーやランサーといった三騎士とでも攻撃力はひげは取らない。

 アサシンが鎖を振り回すと同時に、木も凄まじい音を立てながら振り回され、次の瞬間、砲弾のように撃ち出される。

 

 「く―――っ!」

 

 ランサーはまたウェイバーを小脇に抱えると跳躍して木を回避する。

 だが、アサシンはまた5mはある木に鎖を巻き付け、引き抜くと次々と投げつけていく。

 エーデルフェルトの双子館は森の内部に存在するため、『砲弾』となる木々はいくらでもある。

 それを得意の敏捷性で回避するランサーだが、ウェイバーを小脇に抱えている以上、槍を投擲することもできない。

 このまま遠距離攻撃を繰り返されてはこちらが危機に陥ると内面で焦るランサーだが、

 それは実はアサシンも同様だった。

 

 「―――チ」

 

 だが、そこでアサシンは気づいてしまった。

 己の腕を覆う鱗が、怪力スキルを発動した瞬間に、少しづつ増えていることに。

 今やアサシンの腕だけでなく、その降り積もったばかりのような白い肌は、肩まで鱗に覆われ始めていた。。

 

 そもそも、アサシン……メデューサは英霊というより反英霊に近い。

 しかも、さらにアサシンとしてのクラスというイレギュラーとアサシンのクラス属性に引きずられて、

 反英霊と怪物としての属性がかなり強く、今のメデューサはゴルゴンとしての属性がかなり強い。

 というよりは、いつゴルゴンに変貌しても全く不思議ではない極めて不安定な状態である。

 

 さらにその上、怪力や魔眼など怪物としてのスキルを使用すれば、さらにゴルゴンへと属性が傾いてしまう。

 本編とは異なり、『自分が取りこんでしまった姉たちの復活』を悲願とする彼女にとっては、理性のない怪物になってしまっては全く意味がない。

 ならば、短期に一気に決着をつける必要がある。

 そう決断したアサシンは己の切り札を使用することを決断した。

彼女は、自らのバイサーに手をかけ、それを外した。

 

 ―――瞬間、世界が罅割れた。

 

 

 「くっ……!!」

 

 「なん……だと……!!」

 

 その瞬間、二人は絶句した。

 膨大な魔力が解き放たれたと同時に、ウェイバーの体が足元から少しずつ石へと変貌しているのだ。

 ランサーは石化こそしなかったものの、その威圧によって敏捷性や筋力が大きく削ぎ落されてしまっている。

 魔眼キュベレイ。

 その力はメデューサの伝説の中で最も有名な『石化』である。

 彼女、メデューサの瞳は最高位の魔眼であり、神代の存在であってもこれほどの強力な魔眼を所有しているものは数が少ない。

 石化の魔術でさえ使用できる魔術師は少ないのに、それをただ『見る』という一工程だけでなしえるなど、

 特例中の特例の極めて強力な魔眼である。

 この魔眼は、対魔力が低い者は問答無用で石化させ、対魔力が高い者でも能力が全てワンランク下がる『重圧』をかけることができる。

 ランサーは対魔力Bとセイバーに次いで高いのだが、それでも条件次第では石化してしまうほどこの魔眼は強力なのである。

 運よくというべきだろうか。今回はランサーは石化を免れたが、それでも能力がワンランク下がってしまうのは避けられない。

 

 「石化の魔眼……だと……!?そんなものを所有する反英霊といえば……メデューサか!」

 

 アサシンの正体に気付いたのか足が少しづつ石へと変化しながらウェイバーが叫ぶ。

 確かに石化の魔眼を所有する反英霊といえば、一番に思いつくのはメデューサである。

 ランサーの対魔力が高く、石化したのは救いだったが、マスターであるウェイバーが石化されてしまっては元も子もない。

 焦りを見せるランサーだが、それはアサシンも同様だった。

 

 「……まさか私の魔眼でも石化しないとは。

 貴方の対魔力を甘く見すぎていたようですね。」

 

 石化の魔眼を発動させ、ランサーの動きを封じながら、アサシンはさらに釘剣を放つ。

 だが、ランサーはウェイバーを小脇に抱えながら、魔槍を振るいそれをはじき返す。

 この状態ではランサー得意の機動性が発揮できない上に、アサシンの魔眼の重圧によりさらに能力がワンランク下げられているため  ランサーに極めて不利である。

 しかもその上に……。

 

 「ラ……ランサー……!僕にかまうな……っ!!」

 

 ランサーの小脇に抱えられているウェイバーの石化はさらに進み、爪先から足首まで石化が進んでいる。

 石化は初期の段階であれば、人体に存在する魔力抵抗によっていずれ解除されるが、石化が心臓まで進んでしまえば危険である。

 それを食い止めるには、アサシンを倒すか、アサシン自身が魔眼を再封印するしかない。

 だが、現状ではアサシンを倒すのは極めて困難である。

 となれば……撤退もありえる、とランサーは判断していた。

 完全に石化する前に撤退を行えば、自然に石化は解除されるはずである。

 

 だが、極めて有利に見えるアサシンの方も一気にランサーを一気に倒すことができない事情があった。

 確かに石化できないまでも魔眼で動きを封じ、怪力スキルを使用すればランサーの打倒は可能だろう。

 だが、それでは一気にゴルゴン化が進んでしまう。

その思考と同様に、魔眼を使用しているアサシンの右腕の鱗はさらに広がり 右肩を完全に覆いつくしつつある。

 特に石化の魔眼の使用は、ゴルゴン化への浸食がさらに進むらしく、さらに鱗に覆われるスピードは早くなりつつある。

 彼女は目ざわりなキャスターの情報収集とあわよくば排除を命じられていたが、

 別段ランサーの排除を命じられたわけでもない。

 

 彼女のマスターである言峰は排除すべきと考えていたが、言峰の師匠である時臣はランサー程度、

 最強のサーヴァントである英雄王ギルガメッシュであればいとも容易く排除できると考えているのだ。

 ここで無理してゴルゴンへと変貌しては元も子もない。

 己の願望……『自身の姉の復活』を果たすまではここで捨て駒になるわけにはいかないのだ。

 そう判断したアサシンは疾走し、牽制に釘剣をランサーに投げつけると、それをランサーが防御している間に、

 彼女はバイザー……自己封印・暗黒神殿をつけ直し、魔眼を封印し、大きく周囲の森の中へと跳躍する。

 

 「……あまり遊ぶのも良くないですね。ここは一旦引くとしましょう。それでは。」

 

 にやり、とアサシンは妖艶に微笑むと、彼女は己の宝具である自己封印・漆黒宮殿を発動させ、すう、と姿を消す。

 漆黒宮殿は、鮮血神殿の術式がアレンジされた宝具であり、魔術的な光学迷彩である。

 これを発動したアサシンは、気配遮断Aとほぼ同等であり、魔術的・物理的な発見が極めて難しくなる。

 そして、森の中に紛れ込んだアサシンを追尾するのは不可能である。

 それを確認したランサーとウェイバーはふう、とようやく一息ついた。

 

 彼らの最大の脅威であったキャスターは倒されたが、まだほとんどのサーヴァントは残っている。

 これらを倒すことを考えると気が遠くなりそうだが、それでもやらねばならない。

 二人は、そう新たに決意を固めていた。

 

 

こんにちわ。零です。読んでいただきありがとうございます。

本当は話の展開としてはこの二倍ぐらいの予定だったのですが、

これ以上書くとどんどん膨らんでいって際限がなくなるので、ここで一旦切らせていただきました。

キャスターについては……「悲しいけど、これ戦争なのよね」ということで。

ファランクスは戦術にはあまり詳しくないので間違っていたことを言っていたらすみません。orz

 

よろしければ感想などを送っていただけると嬉しいです。

作者が大喜びいたします。

それでは。

 

なお、これらの小説は全てフィクションであり

実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。

また登場する人物は全て18歳以上です。

 

 

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