魔法少女ヨルティナ〜貴女に言えなかったこと〜 作:オーギュストめろん
みんなで夏祭りに行く回とかも作りたいですねぇ。
わちゃわちゃと賑やかな話にしたい所存。
今回もAIイラストにご注意。
ネムラの研究所を出る頃には、街はすっかり夜へと近づいていた。
夕方にはワインのような紫に染まっていた空も、今は深い藍色へと沈みつつある。ビルの隙間から覗く一番星は小さく、街灯の光に紛れそうになりながら、暗い空で懸命に灯っている。風はまだ初夏の気配を含んでいたが、蒸し暑い空気が既に混じり始めていた。
「変身解除」
夜子は、研究所から少し離れた路地で変身を解いた。
金色の髪が淡い光となってほどけ、茶色の髪へ戻る。白と紺の魔法少女の装束は、いつもの黒と灰色のチェック柄の私服へと置き換わっていく。魔法少女ヨルティナではなく、ここからは山田夜子として街を歩くためだ。変身が完全に解けた瞬間、肩の力がわずかに抜けた。
ひらり、とポケットから一枚の紙が地面に落ちる。
「……ッ!」
夜子は素早く拾い上げる。それはネムラから渡された治療計画のメモである。内容は覚えているので、別に無くても困らないが、他人に見られていいものではない。紙の端を丁寧に揃え、ポケットへとしまい直す。
夜子は小さく息を吐いた。正直なところ、体調はあまり良くない。日常生活は送れているものの、魔獣と戦うことになれば、ある程度は苦戦するかもしれない。
身体の奥にはまだ、先ほどの診察の名残のような鈍い疲弊感が残っていた。外から触れられた場所、下腹部の奥に青い魔力が絡みついた感覚がうっすらと残っている。
不快ではある。しかし、研究室に行くまでに感じていた胎内の痛みや疼きが抑えられているような感覚もあった。ネムラからの説明は無かったが、もしかしたら、何らかの応急処置をしてくれたのかもしれない。
ちらりとスマートフォンを確認すると、勝乗からのメッセージが届いていた。
『仕事が終わったから、これから家に帰るよ。そっちは無理をしてないかな?』
短い文面だった。だが、その短さが勝乗らしい。夜子は少しだけ目を細め、返信を打った。
『問題ありません。予定が早めに終わったので、私もこれから帰宅予定です。もし、可能なら、お互いの家に帰る前に少しだけ会いませんか?』
すぐに既読がつき、少し間を置いて返事が届く。
『じゃあ、夕飯をどこかの店で一緒に食べよう。駅前で待ってる』
夜子は画面を見つめた。
つまりは外食である。まだ何も解決していない、そもそも本当に身体が治るかどうかも分からない。心の奥底では不安で仕方ないし、ネムラから指摘されたことへの後悔もあるに決まっている。けれど、これからあの人に会える。その事実だけで、少女の足取りは軽くなっていた。
駅前に着くと、勝乗は改札近くの柱のそばに立っていた。
白いシャツに青いネクタイ、黒いサスペンダー、グレーのスラックス。いつもの格好である。少しだけ周囲を気にするように視線を動かしていたが、夜子を見つけた瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
「お疲れさま、急に夕食の提案をしたのは大丈夫だったかな?」
「お待たせしました、勝乗さん。問題ありません、大した用事ではありませんでしたから」
「うん、分かった。それじゃ、行こうか」
夜子はいつもの調子で答えた。
勝乗は安心したように笑う。だが、どこか心配したように、こちらの胸の内を確かめているような眼差しがそこにはあった。半年前はそんな目はしていなかった。勝乗は再会してから、少しだけ過保護になったようだと夜子は思う。
「今日はすき焼きにしようかなって思ってるよ。駅から少し歩いたところに良い店があるんだ。大学時代に一度だけ教授に連れて行ってもらったことがあってさ」
「む、すき焼きですか。勝乗さんにしては、満点の選択をしましたね。心がヒュンヒュンしてきました」
「えーと、それは喜んでいる音でいいんだよね……?」
当然ですと頷いてから、夜子は勝乗と並んで歩き出した。
その店は、騒がしい駅前からは少し離れた場所にあった。木の格子戸と控えめな暖簾が落ち着いた雰囲気で、外から見ただけでも、安くはなさそうだと分かる店構えである。
店内に入る2人を、出汁の甘い匂いが迎え入れる。ほんのりと漂う醤油の甘さと具材の匂いとが混ざり合っていた。店員から案内されて、2人は壁で仕切られた個室の席へと通される。半個室ですらなく、個室である。
「……念のために確認しておきますが、万年金欠の私たちの事務所に、このように上等そうな夕食の支払い能力は残っているのでしょうか。借金を返し終えたところですし、勝乗さんのヘソクリも心許ないのでは?」
「そういえば、前回は僕のヘソクリで食べに来てたな……。心配しなくても大丈夫だよ、この半年で色々とあってお金に余裕はあるんだ」
「それなら、遠慮なくいただきます。領収書を貰って、事務所の経費にするのを忘れないでくださいね」
「社員への福利厚生費ってことでねじ込めるかもしれないからね。ありがとう、夜子」
「ええ、魔法少女ヨルティナは完全無欠ですから、たとえ変身前でも社長秘書くらい余裕でこなせます」
他愛もない話をする二人。
程なくして店員が来て、テーブルの中央に鍋が用意された。そして、薄く切られた牛肉、焼き豆腐、長ネギ、春菊、白滝、椎茸などが美しく盛られていく。卵の入った小鉢が2人の前に置かれ、店員が丁寧に説明をしてから下がっていった。夜子は、目の前の鍋をじっと見つめている。
「あの日を思い出しますね。本当に……戻ってこられたんだと実感します」
「ん、何か言ったかな?」
「いいえ、何でもありません」
夜子は勝乗の問いには答えなかった。
煮えてきた鍋から甘辛い香りがふわりと立ち上る。牛肉が熱でゆっくりと色を変えていき、その脂で豆腐やネギが艶やかになっていくようだった。勝乗が火の通った肉を取り、夜子の器に入れる。
「はい、どうぞ。足りなければ追加で頼もう。さっきも言ったけど、それくらいの余裕はあるからね」
「分かりました。それなら勝乗さんの財布の心配はしません、せいぜい覚悟してください」
夜子は卵に肉をくぐらせ、口に運んだ。しばらく無言だったが、やがてゆっくりと目を細めた。かなりの高得点らしい。勝乗はそんな彼女をしばらく眺めていたが、やがて自分の器にも肉を取る。口に運び、噛みしめると確かに美味かった。夜子が、ヨルティナが帰ってきてくれてから、また食事が楽しみになっている。夜子もその様子を見て、少しだけ満足そうにした。
二人で鍋を囲む時間は、思った以上に穏やかだった。
勝乗が葱を取り、夜子が豆腐を勧める。白滝が思ったより熱くて、口をはふはふとしながら、夜子がほんの少しだけ眉を寄せる。
そんな少女の様子を見て、勝乗は口元を綻ばせた。夜子は少しだけ不満そうにしたが、すぐにまた鍋へと箸を伸ばしていた。鍋の中身が半分ほど減った頃、勝乗がふと口を開く。
「今日は事務所の仕事が終わった後、どこに行ってたの?」
その言葉に夜子の箸が一瞬だけ止まった。しかし、すぐにまた動き出し、今度は椎茸を器へ取る。
「……病院で定期検診を受けてきました。診察のみです。特に大きな問題はありませんでした」
検診というのは嘘ではない。定期というのも嘘ではない、これから定期的に通うことになるのだ。診察だけを受けたのも事実だ。問題がなかったという部分だけは、事実ではない。
夜子としては、いずれは完治させるつもりだから、将来的には問題がなくなるという言い方なら正しかった。だが、勝乗に今すべてを話すには、まだ言葉が足りない。そもそも話すつもりも今のところは無かった。
「そっか、それならいいんだ。でも、体調が悪い時は、ちゃんと言ってね。問題が大きくなる前に言ってほしい。僕じゃ、君の力にあまりなれないのかもしれないけれど」
「……善処します」
話したくないなら、無理に聞き出すことはしない。勝乗はそれ以上は尋ねることなく、話題を変えることにする。
「……実は、しばらく事務所を休業しようと思ってるんだ。この半年で色々あったからね。君が戻ってきてくれたから、すぐに再開したい気持ちもある。でも、君が戻ってきたからこそ、しっかり準備してから再開したいんだ。同じことを繰り返さないために。次に何かが起きた時、君一人に全部背負わせないために」
「全てを背負っていたつもりはありません。そもそも、借金の大半を返したのは勝乗さんでしょう」
「それでもだ」
勝乗は鍋の湯気越しに、夜子を見る。その視線には以前よりも少しだけ強い光が宿っていた。
「保険の見直しも必要だし、君との雇用契約書も作り直したい。会社経営についても、大学の恩師に相談してみるつもりだ。魔物と戦う君の安全管理もだ。今まで、僕たちは勢いでやってきたところがあるから、問題点を全部洗い出したい」
「……それは、構いません。ただ、その間に私は何をすればいいのでしょう。まさかとは思いますが、事務所に出勤するなとは言いませんよね? いえ、仮に『来るな』と言われても、私は断固として出勤しますが」
言葉とは裏腹に、少女の声は少しだけ不安そうに揺れている。夜子にとって、トワイライト事務所は単なる職場ではない。想い人の隣にいるための場所であり、ヨルティナとしての居場所であり、自分が戻ってきたと実感できる場所だ。あり得ないが、本当にあり得ないことだが、「君はもう必要ない」とでも言われたら、自分はどうすればいいのか。そんな心配が翡翠の瞳を曇らせる。
勝乗はすぐに首を横に振った。
「もちろん、君にも手伝ってもらうつもりだ。というより、ヨルティナがいないと始まらない。僕の隣にいてほしいんだ。君は魔法少女と兼任して、社長秘書も務めてくれるんだろう?」
その言葉に、夜子の表情がわずかに緩んだ。
「おまかせください。完全無欠秘書機能付き魔法少女ヨルティナが、勝乗さんを全力でバックアップしてみせます。いずれは、トワイライト事務所も大手魔法少女事務所の仲間入りをするので、私も大手事務所の社長秘書ですね」
胸を張り、自信満々に言い切り、本気なのか冗談なのか分からない勢いで未来を語ってくれる。いつもの夜子の調子が戻ってきたようだった。
「そこで事務所の改善案なのですが、まずは、私の新しい写真集を出すために、一眼レフの調達から始めるのはどうでしょう」
「うん、……ん? なんて?」
「今度こそ、売上ランキングで一位を取りにいきます。前回の五位は不本意でしたが、スマホで撮影した写真というハンデを考慮するなら仕方ありません。次は撮影機材、衣装、ロケーションに販売戦略、ついでに予約特典。すべてを見直して再戦します」
「す、すごく具体的でいいと思う、最高だよ。あー、でも、実は僕がまず考えていたのは、別のことでさ……」
「……? これ以上に優先すべきことがあるのですか?」
「とても言いにくいんだけど、残念ながらある。その……新しい魔法少女を募集しようと思ってるんだ」
テーブルの鍋の中では肉とネギが静かに煮えている。しかし、ほんの少し前まで柔らかかった空気が今、ぴたりと動きを止めたようだった。
夜子は怒っていない。少なくとも、表情だけを見ればそうだった。翡翠の瞳は静かだし、箸を持つ指先も行儀よく揃ったままである。だが、これまでの付き合いで勝乗にはよく分かる。これはよろしくない沈黙である。言葉を間違えないように慎重に話を続けた。
「薪葉原の事件の時も、うちの事務所に魔法少女がもう一人いてくれたら、きっと結果は違ってたと思うんだ。ヨルティナ一人に負担をかけすぎた。これからも事務所を続けるなら、チームとして……せめて、最低でも2人で動ける体制を作れたらなって、考えてる」
勝乗の言葉は真剣だった。夜子にもそれは理解できる。薪葉原の事件でのやらかし、ビルを倒壊させた魔力砲撃。もし、あそこに結界を張れる者や自分の魔法の余波を抑えられる者がいたのなら、結末は変わっていたかもしれない。それでも、夜子は首を縦に振れなかった。
「……社長には、私以外の魔法少女は必要ありません。私の負担は私が管理します。だから、これまでどおりで問題ありません」
新しい魔法少女を勧誘するということは、社長である勝乗がその魔法少女と面接をし、雇用契約をして、スケジュールを管理し、褒めたり励ましたりするということである。特に最後は、魔法少女ヨルティナ的にはボーダー越えである。
夜子が拗ねたように視線を逸らしたので、勝乗は困ったように笑う。
「すぐに決めるつもりはないよ。君にも相談する。勝手に誰かを入れたりしないし、もし、面接をするとしても一緒にやろう」
「……決意は固いのですね。それなら面接時には、せいぜい厳しく採点することにします。私たちの事務所、トワイライト事務所の採用基準は高いので」
「君のときには面接すら無かった気がするけどね」
「? 何を言っているのですか? 道端で私の履歴書を受け取って、面接をしてたじゃないですか。私はその場で即採用でした」
「あー、あれは、言われてみたら面接なのか……?」
勝乗は、とうとう小さく吹き出した。夜子も、少しだけ口元を緩める。鍋の中では、最後の肉がちょうどよく煮えていた。
食事を終え、二人が店を出ると、外はもうすっかり夜だった。
駅前の通りでは、店の看板が色とりどりに光っている。仕事帰りの人々、買い物袋を持った親子、スマートフォンを見ながら歩く学生たち。街は昼とは違う賑やかさを持っていた。
夜子は店の外で、少しだけ息を吸った。甘辛いすき焼きの香りがまだ服に残っている気がする。
「仮に、本当に仮にですが、新しい魔法少女を雇い入れるとしたら、どんな能力を持った魔法少女にするのですか?」
「うーん、そのあたりは考えてる最中だなぁ。でも、ヨルティナは魔力の出力調整が苦手だから、狭い路地での戦闘や小型の魔獣の討伐は得意じゃないだろ? そこをカバーできる子が欲しいとは思ってるよ」
「つまり、魔力の出力調整ができて、小回りの利く戦い方を得意とする魔法少女ですか。言っておきますが、魔力そのものが弱いタイプと、魔力の出力調整が巧みなタイプはまったく別ですよ。たいていの場合、その募集で集まってくるのは、前者だと思います」
「後者みたいな子はそもそも即戦力だろうし、ウチみたいな弱小事務所には来ないよなぁ……」
あと、敢えて条件として挙げなかったが、勝乗としては控えめな性格の子がよいと思っている。自己主張が強いタイプだと、同じタイプのヨルティナとほぼ間違いなく衝突する。年頃の女の子同士の仲を上手く取り持った経験はないし、戦闘中に喧嘩が原因で連携できないとなると最悪である。ヨルティナと新人の手元が狂った魔法で、次はビルを二枚抜きされるかもしれない。それは全力で避けたい。
「……まあ、それは応募してくれる子がいたらの話かな。現時点では取らぬ狸のなんとやらだ」
「勝乗さん?」
「なんでもないよ。さあ、行こうか。駅まで送るよ」
勝乗は夜子の手をするりと握った。夜子は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに指先を少しだけ絡め返す。二人は手をつないで、駅へ向かって歩き出した。
夜の風が涼しい。昼間の熱気はまだ少し残っているが、まだ本格的な夏には遠いのかもしれない。街灯の光が2人の影を歩道に落とす。道を行き交う人々、飲食店街の街明かりが騒がしい。勝乗の手は温かかった、それを夜子は歩きながら静かに感じていた。勝乗がのんびりとした口調で言葉を紡ぐ。
「あーあ、どこかに優秀な魔法少女が落ちてたらいいんだけどなぁ」
「遺失物なら、警察に届ける必要があるのでは?」
「確かに、それもそうだ」
勝乗は笑い、夜子もつられて頬を緩ませる。
和やかな時間が流れていた。そんな時のことだ。不意打ちのように、空気を裂く音が頭上から聞こえてきた。咄嗟に夜子の身体が反応する。反射的に勝乗の手を強く引いて、自分の方へと引き寄せた。変身は、間に合わない。
「夜子!?」
「勝乗さん、こちらへ!」
勝乗が引き寄せられた直後、二人がいた場所のすぐ前に、何かが着弾した。ビル以外は何もないはずの上空から降ってきた何かを中心に風が弾けるように広がり、夜子の髪とスカートの裾を揺らす。周囲の通行人たちが驚いて足を止めた。一瞬だけ見えたのは人影だった。まさか飛び降りかと、勝乗が身体を強張らせる。しかし──。
「ぁ、いたたたっ……」
そこにいたのは、尻もちをついている一人の少女だった。
新緑の外套が夜風に揺れ、ポニーテールにまとめられた緑色の髪は夜の街灯を受けて柔らかく照らし出されている。外套の裾には淡い金の縁取りがされており、革製のロングブーツと相まって、華やかな旅装のようであった。
本当に降ってきた、と勝乗と夜子は思わず顔を見合わせた。
「うぅ、この間のダメージがまだあるのかなぁ。もう治ってると思ってたのに……」
見覚えはない。少なくとも、勝乗と夜子の知る魔法少女の中に該当する人物はいなかった。この半年の間にデビューした新人だろうか。派手さはないが、着地の際の魔法の行使は柔らかく鋭い、まるで風のような気配がしていた。
身体強化の流れも滑らかで、高所からの着地の衝撃を地面へと逃がしている。そのはずなのに、アスファルトには亀裂の一つも付いていない。魔力の操作にかなり長けた魔法少女、二人がそう判断するのに時間はかからなかった。
はた、と少女は二人と目が合った。新緑色の瞳が驚いたように瞬く。
「あ、す、すみません! 移動中に足を滑らせてしまって……えーと、その……お、お騒がせしました。失礼します──!」
わたわたと、緑髪の少女は慌てたように二人へ頭を下げた。
ぺこりと一礼すると、少女はその場で地面を蹴った。飛行魔法を使うのではなく、ひと息に跳躍する。まるで風に押し上げられるように、少女の身体はビルの壁を軽やかに駆け上がり、あっという間に屋上へと消えていった。単に魔法で跳躍を補助しているだけではない。同時に身体機能を極限まで強化しているのだろう。
「……社長命令であれば、追いかけて捕縛しますが?」
「いや、やめておこう。こっちが警察に捕まりそうだ」
そんな会話をする二人。一瞬の出来事であったため、ようやく通行人たちがざわめき始める。
「今のって魔法少女?」
「魔獣警報あったっけ?」
「いや、鳴ってないよな」
「かなり可愛い子だったな」
「どこの事務所の子だろ」
「一瞬、スカートの中身が見えそうじゃなかったか?」
「俺は見えたぞ、あれは白の──」
夜子の視線がじろりと、最後の発言者の方へ向いた。その人物は寒気を感じて、理由も分からないまま背筋を正した。夜子はすぐに視線を戻す。
そんなことよりも問題なのは、今の魔法少女である。そこそこ可愛い、認めたくはないが、確かに可愛い。だが。自分の方が顔もスタイルも上なのは間違いない。百人いたら百人がそう答えるだろうと、夜子は即座にそう判断した。判断したのだが、隣の想い人がさっきの魔法少女が跳んでいったビルの屋上付近を見つめている。
「……しかし、今の子、どこの所属だろう。どこかで見たような気もするけど、どこだったかな」
真剣な顔だった。驚きと関心が混じったような表情だ。もしかすると、事務所運営者としての直感が今の少女に対して、何かを感じ取ったのかもしれない。だが、なんにせよ、夜子としては面白くない。
「……生足、ですか? それとも太もも、もしくは、スカートから見えるチラリズムでしょうか。今の魔法少女のどの部分に反応したのですか?」
「え゙、ちょっと待って、真面目な話の流れだったはずなんだけど……!?」
「ああ、勝乗さんのスマホにインストールされているゲームのホーム画面を見れば、あなたの現在の趣向が分かりますね。さあ、見せてください」
ぐいぐいと夜子は想い人の腕を引っ張った。少女の突然の行動に戸惑う勝乗。いつものことではあるのだが、この少女が突飛なことをするのには一応は理由がある。そして、今回の場合は明らかだった。
「勝乗さん、私の方が可愛いです。客観的に見ても明らかなはずです。私の方が、可愛いですよね……?」
二度言った、勝乗が何かを言う前に追加でもう一度言った。夜子は拗ねているのだ。それだけは明らかだろう。勝乗は数秒だけ固まり、それから慌てて口を開いた。
「ごめんごめん。さっきの子に見惚れてたわけじゃないんだ。もしかしたら、知ってる子かもって思ったからさ。見覚えはないはずなんだけどね」
「それなら、今すぐ思い出さなくても問題ないでしょう。今は私と一緒にいる時間です。どこの馬の骨かも分からないような魔法少女について考える必要はないと思いますが」
夜子は淡々と言った。
声は落ち着いている。表情も一切崩れてはいない。けれど、勝乗の腕を掴む指先には、いつもより少しだけ力がこもっていた。そのまま勝乗の腕に自分の腕を絡める。勝乗は少し驚いたようにしているが、もちろん、振りほどくようなことはしなかった。なので、夜子は満足そうに頷く。
彼女の翡翠の瞳がほんの一瞬だけビルの屋上へ向いた。新緑の外套と緑色の髪、風のように軽やかな魔力、そのいずれも会ったことのないはずの相手だった。
すれ違う人々のざわめきの中で、夜子は小さく呟いた。
「……これで終わり、とはならない気がしますね」
ふわりと夜の風が通りを吹き抜けていく。そこには気のせいか、アプリコットのような爽やかな香りが混ざっていた。
こちらのキャラにもストーリー上、重要なところを担ってもらう予定です。ヨルティナちゃんが桃の香りなので、こちらはアプリコットの香りにして対比。