魔法少女ヨルティナ〜貴女に言えなかったこと〜 作:オーギュストめろん
トワイライト事務所は、休業初日を迎えていた。
もっとも、正式な告知文も作成途中で、ホームページの更新もこれからである。依頼受付用のメールフォームも、一時停止にするか、相談だけは受け付ける形にするかで勝乗は迷っていた。
仕事を止める、という言葉は簡単だ。だが、実際に止めるとなると、細かな決定がいくつも残る。問い合わせへの返信文もそうだし、継続依頼を持っている取引先への説明もそうだ。ヨルティナの今後に関わる契約の見直しも必要だろう。
今日からしばらくの間、トワイライトは魔獣関連の仕事を受けない。現時点では決まっているのは、その方針くらいである。勝乗はゆっくりと深呼吸をした。
「おはようございます、社長」
そんな中で事務所のドアを開けて入ってきたのは、夜子ではなかった。白と紺を基調にした魔法少女の装束。柔らかく流れる金色の髪。翡翠色の瞳。凛とした姿勢で事務所へ入ってきたのは、ヨルティナである。
勝乗は、机の上に積まれた書類から顔を上げた。
朝の光を背に立つヨルティナは、事務所の狭さとは不釣り合いなほど華があった。壁際の古いファイル棚や、応接用のありふれたソファを背景にしても、彼女の周囲だけ妙に整って見えるのが不思議なものである。
「おはよう、ヨルティナ。今日は変身して来たんだね」
「当然です。休業初日とはいえ、事務所再建に関わる大切な日です。魔法少女としての正装で出勤するべきだと判断しました。それに──」
ヨルティナは一度、事務所の中を見回した。
その視線が、勝乗の机の上に積まれた書類と、資料棚の前に置きっぱなしになっているファイルの束、なぜか応接スペースの端に移動している段ボール箱の山を順番に捉える。その視線に、勝乗は少しだけ背筋を伸ばした。
「休業中だからといって、気を抜くわけにはいきませんからね。社長を放っておくと、事務所を散らかしてしまいますから」
「反論できないのがつらいところだね」
「反論できないなら、素直に改善するべきだと思います」
ヨルティナはきっぱりと言った。
勝乗は苦笑するしかなかった。半年前までなら、こういう時はヨルティナが魔法で一気に片付けてくれていた。なにせ散らかった書類も、積まれたファイルも、行き場を失った段ボールも、彼女が軽く腕を振るだけで消し炭になるのである。素晴らしきはマジカルパワーである。
しかし、今ここにあるのは必要なものばかりなので、あの掃除方法は遠慮しておきたいと勝乗は思った。
「今日は事務所の改善計画の話し合いでしたね。さっそく始めましょう」
ヨルティナはホワイトボードの前に立ち、ペンを取った。そしてペンのキャップを外し、勝乗の方を見る。
「そうだな、まずは……」
最初に勝乗が挙げたのは、保険の見直しだった。
今の契約では魔獣被害や建物損壊もそうだが、ヨルティナ本人の怪我に関する補償も足りていない。資金繰りに余裕があるからこそ、勝乗としては最優先で見直したい項目だった。とりあえず、今までの保険会社を切るのは確定事項である。
ヨルティナは「二度と同じ轍は踏みません」と主張したが、勝乗はそこだけは譲らなかった。
次に、新しい雇用契約書の作成。
これも避けて通れない項目だった。以前の契約は、正直なところ甘すぎた。レンタル移籍の件もそうだが、事務所になにかあったときに、所属の魔法少女だけでも守れるようにしていかなければならなかった。全ては責任者である自分の失態である。勝乗がそのことを口にすると、ヨルティナは少しだけ表情を和らげた。
「社長だけの責任ではありません」
「でも、僕の責任なのは間違いない」
勝乗はそう言ったあと、ほんの少しだけ言葉を飲み込んだ。
いくらでも後悔は出てくる。けれど、それを今ここで並べても、ヨルティナを困らせるだけだ。
「正直、私は今のままでも不満はありませんが、社長がそこまで言うなら分かりました。しかし、契約書を作り直すのは大変なのではないですか?」
「ああ、当てがあるから大丈夫だよ。この間、一緒に食べに行ったすき焼き屋があったよね。あのお店を紹介してくれたのは大学の恩師の人なんだ。その人が詳しいはずだから、相談してみるつもりだよ」
「……一応、聞きますが、女性ではありませんよね? 今どきのキャンパスライフはただれていると何かの本で読んだことが」
「それも大丈夫、もう70歳くらいになる男性だからね。生徒からしたら、父親みたいな感じの人だよ」
落ち着いた雰囲気を持った白髪のジェントルマンで、法学にも経営学にも知見の深い人物。エルフを種族単位で推してる熱烈なファンだったので、店長の店を紹介したら、契約書の相談くらいは喜んで聞いてくれるだろう。会うのは、勝乗が魔法少女事務所を立ち上げたことを報告して以来である。そういえば、あのときも「エルフの魔法少女は募集するのかい?」と食い気味に尋ねてきていたな、と勝乗は心のなかで苦笑する。
教授が男性であることを聞いて、ヨルティナは納得したようで視線をホワイトボードへ戻す。
「では、次です」
三つ目、新魔法少女の募集条件。
その項目を挙げた瞬間、ヨルティナの表情は少しだけ冷たくなった。勝乗はそれを見て、慎重に口を開く。
「ここは、昨日も話したけど、ヨルティナの代わりを探すんじゃない。ヨルティナを一人にしないための募集だよ」
「分かっていますし、理解はしているつもりです。それでも、納得するかは別です」
ヨルティナはペンを持ったまま言った。
言葉は冷静だ。けれど、ペン先がホワイトボードに触れる直前で止まっている。書くべきことは分かっているが、続きを書きたくはない。そんな小さな抵抗がそこにあった。
「だからこそ、一緒に条件を決めよう。僕が君との約束を破ったことはないだろ?」
「……はぁ、その言葉は少し卑怯ではないでしょうか」
勝乗がそう言うと、ヨルティナはようやくペン先を下ろした。そして、さらさらと『新魔法少女の募集条件について』というタイトルと、以前に話し合った条件を書き上げる。長々とした項目を眺めてから、ヨルティナは少し考えるようにして視線を上げる。
「いっそのこと、別の事務所から引き抜くのはどうですか? それなら、どんな能力を持っているのかを調べた上で雇うことができます。この項目のすべてを満たしている新人を探すのは、さすがに難しいのでは?」
「うーん、別の事務所からの移籍にしても、結局はウチの事務所に魅力が無いと来てくれないからなぁ……。財務状況が改善したとはいえ、ウチは大手みたいな給料は出せないし」
「社長、良いことを思いつきました。私という完全無欠な魔法少女がいることを大々的に宣伝し、募集の際のアピールポイントにするのはどうでしょう?」
ヨルティナは当然のように胸を張って言った。「このヨルティナと一緒に戦えるのですよ。これ以上ないくらいのストロングポイントでしょう?」と追加で言っている姿から、溢れ出す自信が目に見えるようである。だが、それはそれでウィークポイントなのだとは、勝乗は口が裂けても言えなかった。
ヨルティナは凄い。それは間違いない。そこそこある欠点にさえ目を瞑れば、外見も能力も大手のエース級に見劣りしない。魔力出力は桁外れで、華もある。戦場に立てば目を引くし、勝ち方は派手で、画面映えもする。本人の自己評価が妙に高いことを除けば、いや、それも含めて魔法少女としての個性としてはプラスだろう。
ただ、それはそれで問題なのである。待遇の良い大手や中堅事務所を希望せずに、わざわざ小規模な事務所に来る少女たちが何を求めているのか。
それは、ここでなら『自分が主役になれるかもしれない』という期待感なのである。
大人数の中では埋もれてしまうかもしれない。でも、小さな事務所であれば、エースになれるだろう。そういうある意味では打算的な希望である。
「ヨルティナは凄い魔法少女だよ。それは間違いないんだけど……」
「事実ですし、今更ですね。社長は普段からもっと私を褒めるべきです」
ヨルティナは一切照れずに頷き、勝乗は少しだけ遠い目をした。
考えてみてほしいのだ。魔法少女が一人しかいない事務所があるとして。ここなら大手では通用しない、そんな自分でも輝けるかもしれない。そう思った女の子が、その事務所を調べてみる。
すると、よりにもよってその唯一の魔法少女が、ぶち抜けた美貌と魔力、ついでに天然全開な性格をしていたら、どう思うだろうか。
自分がヨルティナという、少なくとも外見に関しては間違いなく完全無欠であろう魔法少女の添え物になってしまう。そういう悲惨な未来を想像して、手元の応募用紙をゴミ箱に捨ててしまうのは仕方のないことだろう。
勝乗はホワイトボードを眺めながら、条件を整理する。
「うーん、つまり募集条件を再考すると……魔力の出力調整ができて、小回りの利く戦い方が得意で、かといって魔力が少ないわけではない。そして、控えめな性格で、先輩であるヨルティナを立てる器量があって、なおかつヨルティナと並んでも脇役にならない程度には可愛い魔法少女ってことかな」
「そうなるのですか。随分と項目が増えましたね」
「いやいや、そんな子いる? 下手しなくても、大手にすらいないんじゃないかな……」
「私はそれでも構いませんが?」
この項目の全てに当てはまる少女が仮にいたのなら、大手が即座に採用しているし、手放さないだろう。勝乗は頭を抱えそうになる。
その間にも、ヨルティナは真面目な顔でペンを動かしている。キュキュッとホワイトボードに今の条件をまとめていく。
魔力の出力を調整する能力。
小回りの利く戦闘が可能。
控えめな性格。
先輩たるヨルティナを立てる器量。
先輩たるヨルティナと並んでも脇役にならない程度の可愛さ。
社長との距離感を守ること。
「なんか、しれっと条件が増えてる……? 最後のやつはどこから出てきたのかな、ヨルティナ」
「最重要です。社長に寄りつく羽虫を事務所に入れるわけにはいきません。面接はいわば、おじゃま虫を防ぐ網戸のようなものです」
ヨルティナは胸を張った。こうなると勝乗は逆らえない。
「と、とりあえず、戦力面の条件を更に詰めていこう。周囲を守る結界を張ったり、一般人の避難誘導ができたりするのも大切かなと思うんだ。ヨルティナが前に出た時に、後ろから援護できるタイプかな」
「つまり、補助型の魔法少女ですか?」
「うん。ヨルティナと同じタイプを増やすより、違うことができる子の方がいいと思う」
「私と同じタイプが二人いたほうが、勝利はより確実なものになると思います。こう、二人がかりで合体魔法的な何かをぶっ放すのに憧れがあるのですが、どうでしょう?」
ヨルティナは真剣だった。
おそらく、頭の中ではすでに金色の巨大魔法陣が二重に展開されている。街の上空に光が満ち、魔獣が跡形もなく消し飛ぶ。女児向けアニメの必殺技シーンみたいな映像が浮かんでいるのだろう。
だが、勝乗の頭の中には、別の映像が浮かんでいた。二人がかりの魔力光で、跡形もなく消し飛ぶ魔獣。その余波で道路には陥没、亀裂、冠水。場合によっては、近くのビルの壁と窓ガラスはバキバキだ。そして、数日後の事務所に届くのは見慣れた損害賠償の分厚い請求書である。
「か、火力はもう十分かな。ヨルティナが倒しきれなかった魔獣は今のところいないし、そこに別の魔法少女の威力を上乗せすると確実にオーバーキルだよ」
「社長、魔法少女は女の子の夢のカタチです。邪悪な魔獣には圧倒的な火力で勝利する姿にこそ、魔法少女の魅力があると思います」
そう言って、ヨルティナはホワイトボードの項目に「火力型魔法少女」と書き加える。すかさず勝乗は赤ペンを持ち、その横に「現実性:要検討」と書き加えた。ヨルティナはそれを見て、不満そうに目を細める。
勝乗は、そんな少女の様子に少しだけ罪悪感を覚えながらも、話を進めることにした。
その後も、ヨルティナがさらにホワイトボードに新しい項目を書き加えては、それに勝乗が意見を加える。数時間後のホワイトボードには、休業初日とは思えないほど多くの項目が並んでいた。
勝乗はそれを眺め、少しだけ肩の力を抜いた。休業初日の会議としては、まとまったような、まとまっていないような状態だった。ただ、悪くはない。
少なくとも、ヨルティナはここにいる。勝手に今日の議題に『セカンド写真集の企画』を混ぜながら、自分の隣で事務所の未来を考えてくれている。その事実だけで、勝乗には十分だった。
事務所の窓からは、夏の明るい日差しが差し込んでいる。
「じゃあ、一度休憩しようか」
「賛成です。社長の集中力が低下しています」
「ヨルティナも疲れたんじゃない?」
「私は完全無欠なので、この程度では疲れません。……ですが、もう3時ですし、お茶にしましょう」
ヨルティナはそう言って、給湯スペースへ向かった。
狭い流し台の前で、ヨルティナは慣れた手つきで紙のフィルターをセットし、そこにコーヒーの粉を落としていく。湯が沸くと、ゆっくりとお湯を注いだ。白い湯気が立ち上り、コーヒーの香りが事務所に広がっていく。
勝乗は、いつの間にかその横顔をぼんやりと見つめていた。白と紺のマジカルドレス。光を受けて揺れる金色の髪、細く繊細な指先、美しい翡翠の輝きを宿した瞳。こうして、事務所の片隅でコーヒーを淹れている姿すら眩しく見える。
「社長」
ふいに、ヨルティナがこちらを見た。
「こちらを見過ぎです」
どうやら、ずっと目で追っていたのがバレていたらしい。
最後の一滴まで落ちるのを待ち、少女は二つのマグカップへゆっくりと注ぎ分ける。湯気の向こうで、彼女の表情はいつも通り涼しげだった。
二つのマグカップを持って戻ってくるヨルティナ。片方は勝乗の前へ、もう片方は自分の席へと置く。湯気の立つコーヒーは、少しだけ濃いめだった。
「ありがとう」
「社長秘書ですからね。もし、新人が来たとしても、今後もこういったことは私に任せてください」
「うん、そうするよ」
それを聞いて、ヨルティナは満足そうに頷いた。勝乗は棚から小さな袋を取り出し、皿へクッキーを並べていく。丸いもの、四角いもの、ナッツが入ったもの、薄く焼かれたもの。どれも素朴だが、可愛らしく作られているのが見て分かる。
「このクッキー、なかなか美味しいですね。従業員への福利厚生をスーパーの特売品で済ませがちな社長にしては珍しいです」
一段落ついた頃、ヨルティナがそう言った。会社にある菓子のレベルが上がったことに少しだけ感心しているようだった。しかし、これらは残念なことに経費で仕入れたものではない。
「これは店長の喫茶店で出してるやつなんだ」
勝乗はコーヒーを一口飲んで答えた。
「アルバイトしてたときに、従業員のよしみで幾らかもらっててね。それは紅茶のクッキーだったかな。パフェもそうだけど、店の子が考えてくれてるみたいだよ」
「ふむ、この味なら繁盛してそうですね」
「実際に亜人の間ではちょっとした有名スポットだよ。店長目当てのお客も多いけど、繁盛しているのは間違いないね」
「店長目当て、ですか?」
「綺麗だし、気さくで、でも不思議な貫禄があるからね。同族のエルフの人からも、エルシャさんは一目置かれてる感じがある」
勝乗は何気なく言った。それを聞いて、ヨルティナはピタリとクッキーを食べる手を止める。ほんの一瞬のことで、すぐに少女はクッキーを口に運ぶことを再開した。だが、勝乗はそのわずかな違和感に気づいていた。
何かある。店長の話に反応したのか。それとも、別の誰かを思い出したのか。気づいてはいたが、勝乗は踏み込まなかった。話したくないなら、無理に尋ねることではないと思ったからだ。
少し間を置いてから、ヨルティナはちらりと勝乗の瞳を見つめる。
「ちなみに、社長」
「うん?」
「お客の中に、ボサボサの髪でゴーグルを付けた……ダウナー研究者みたいな出で立ちで、自堕落で怪しげで破滅的な雰囲気のエルフはいましたか?」
そんな人物が街を歩いていたら、間違いなく不審者である。
もちろん、勝乗にそれが誰のことか分かるはずもない。ヨルティナが思い浮かべているのは、ネムラである。喫茶店の店長、エルシャはネムラの旧友であり、ヨルティナを彼女の元へと繋げた人物だ。そして、そもそもの縁は、この半年の間に勝乗があの店でアルバイトをしていたからである。ならば、ネムラのことを勝乗は知っているのではないかとヨルティナが疑うのは当然であった。
勝乗はマグカップを持ったまま、少し考えた。エルフ自体が希少な種族であるため、そもそも人数が少ない。なので、店を訪れてきたエルフたちの風貌は覚えている。けれど、ヨルティナが今言ったような人物は、さすがに記憶にない。
「うーん、アルバイト中には見たことないな。そんな特徴的なエルフの人がいたら、忘れないと思うんだけど……」
「そうですか。ならいいです」
ヨルティナは淡々と答えた。
その声はいつも通りだった。ただ、安堵したようにクッキーを持つ指先の力が抜けたように見えた。
「ヨルティナの知り合い?」
「知り合いといえるほどの仲ではありませんね。少し気になったから尋ねただけです」
そう言って、ヨルティナはコーヒーを一口飲む。
ヨルティナはネムラのことが特に嫌いというわけではないが、ぺらぺらと他の患者のことを話す口の軽さはいただけない。治療計画にしても、今の身体の状態にしても、勝乗に知られることでヨルティナのプラスになることは何もない。勝乗とネムラが知り合いであったのなら、「治療内容」のことを話さないようにネムラに急いで釘を刺しに行き、知り合いでないなら、次の検診のときに釘を刺せばいいのである。
勝乗は首を傾げつつ、ダウナーなエルフのことを詳しく尋ねようとした。その時、机の上に置かれた勝乗のスマートフォンが震える。短い通知音を切り、勝乗は画面を見る。
「……魔法少女関連の速報だ」
「事件ですか?」
「いや、僕が登録してるニュースサイトの通知だ。ええと……大手魔法少女事務所、クラウン・ルミナ。その新人魔法少女のデビューLIVE映像みたいだね」
その名前を聞いたヨルティナの眉が、わずかに動いた。
「クラウン・ルミナ、ですか」
「魔法少女事務所の中でもかなり大きいところだ。専属の魔法少女の人数も多いし、広報も強い」
「知っています。私も応募したことがあるので」
ヨルティナの声は平坦だった。
ふと、彼女と初めて会った日のことを勝乗は思い出す。くしゃくしゃの履歴書を片手に、どこか投げやりな態度で、自分を採用しろと言ってきた美しい魔法少女。もしかしたら、あの日のヨルティナは、この事務所の面接を受けていたのかもしれない。もしそうなら、この動画を見るのは、あまり良い気分ではないのだろう。勝乗は少し迷ってから、スマートフォンを操作し、動画サイトを開いた。
しかし、ヨルティナも何だかんだで興味を持ったらしく、二人で並んで画面を覗き込んだ。
「ちょうど始まったところみたいだね」
そこには、明るいステージが映っていた。白と金を基調にした背景、巨大なロゴと整えられた照明。そのどれもが、大手らしい資金力を物語っている。横には司会者と、クラウン・ルミナの広報担当らしき女性が立っていた。
そして中央に、一人の魔法少女がいた。緑色の髪をポニーテールにまとめた、新緑色の瞳の少女。新緑の外套をはためかせ、旅装のようなマジカルドレスに身を包んだ姿。その少女は先日、夜の街で空から落ちてきた少女だった。
「……あの時の子だ」
「ふむ、大手に所属していたのですか。では、私たちとは無関係ということで、この子の話は終わりです」
そう言いつつ、ヨルティナはスマートフォンから目を離していない。画面の中では、司会者が明るい声で少女のことを紹介している。
『本日、クラウン・ルミナより正式デビューとなります、新人魔法少女のシルフィさんです!』
会場から拍手が起こる。シルフィと呼ばれた少女は拍手に驚いたのか、ビクッと少しだけ肩を跳ねさせた。緊張しているのが画面越しにも伝わってくる。緑髪の少女はマイクを両手で持ち、カメラに向かって丁寧に頭を下げた。
『え、えーと、新人のシルフィです! まだまだ未熟ですが、皆さんのことも、街のことも守れるよう、精一杯頑張ります!』
ぎこちない笑顔とコメントだった。だが、その不慣れな雰囲気が親しみやすく見えたのだろう。コメント欄が勢いよく流れる。
『かわいいじゃん』
『新人? 移籍じゃないよね?』
『クラシカルな雰囲気の衣装よき』
『クラウン・ルミナ、また良さそうな子出してきたな』
『精一杯頑張ります、って言い方が初々しくていいね』
画面が切り替わり、シルフィの紹介映像が流れ始めた。
映し出されたのは、魔獣との戦闘シーン。シルフィの手元から、暴れる魔獣へ魔力の糸が走る。魔力糸は魔獣の四肢に絡みつき、強引に押さえ込むのではなく、関節の動きを一つずつ奪うようにして、魔獣を転倒させる。さらに同時並行で結界を張り、周囲から魔獣を隔絶した。
派手さはなかった。ヨルティナのように、光で魔獣を吹き飛ばす魔法ではない。見た者の目を一瞬で奪う華やかさもない。けれど、魔法の行使が一貫して丁寧だった。
紹介映像は、さらに続いた。カメラは夜のビル群を映している。屋上に立ったシルフィが、ふっと息を整えた。彼女は一度だけ足元を確かめるように視線を落とし、それから軽く地面を蹴った。
飛び降りる、というより、風に身を預けるような動きだった。ビルの壁面を一度蹴り、落下の最中に看板の端に靴の爪先を引っ掛け、さらに街灯の支柱を軽く蹴って、着地の地点を調整する。そのたびに緑色の魔力が足元で淡く弾け、落下の勢いも柔らかくほどけていった。
勝乗は、思わず画面に見入っていた。昨日の夜、空から落ちてきた時にも感じたが、この少女はやはり魔力操作に相当なレベルで長けているようだ。
そして最後に、シルフィは道路へ降り立った。着地音はほとんどない。
ブーツの踵がアスファルトに触れ、新緑の魔力が円を描くように広がる。外套の裾がふわりと遅れて落ち、ポニーテールが肩の後ろで揺れた。彼女は少しだけ膝を曲げて衝撃を逃がし、すぐに顔を上げる。軽やかな着地だった。
『身体能力やばくないか?』
『魔法で強化してるんじゃないかな』
『そういうレベルなの、これ?』
『外套がひらひらと動きを見せてて、カッコいいね』
昨日の夜、二人の目の前に落ちてきた時とは違う。
あの時のシルフィは、着地そのものには成功していた。だが、尻もちをついて、痛そうに顔をしかめていた。彼女が「この間のダメージがまだあるのかな」と呟いていたことを、勝乗は思い出す。
「……もしかして、このPVを撮るときに怪我したのか?」
思わず、そう口にしていた。画面の中のシルフィは、何事もなかったように次の場面へ移っている。だが、今の映像を見る限り、本来の彼女なら高所からの着地を失敗するようには見えない。あの夜、足を滑らせたのは単なる不注意ではなく、身体に何らかの不調があったからなのだろう。
勝乗は画面を見つめたまま、少しだけ眉を寄せた。新人発表の明るい雰囲気の裏側で、あの少女も何かを抱えている。そんな気がしてならなかった。ちらりと見たコメント欄では、相変わらず好意的な反応が並んでいる。
『結界の張り方きれい』
『移動方法かっこいいな』
『飛んでるんじゃなくて跳んでるのか』
『支援型? 他の魔法少女と連携すると強そうだね』
「……追加のコーヒーを淹れてきます」
ヨルティナはそう言い、すっと立ち上がった。
「え、まだ半分残ってるけど」
「淹れてきます」
「……はい、お願いします」
ヨルティナはマグカップを持って給湯スペースへ向かった。
その内心は、勝乗にも少し分かる気がした。きっと面白くないのだろう。昨日、空から落ちてきた魔法少女は、大手事務所の所属であり、魔力操作に長け、身体強化も滑らかで、捕縛も結界も市街地戦に向いている。コメント欄では早くも好意的な反応が並んでいる。
一方で、インタビューでの返答がお世辞にも得意とはいえず、戦闘のたびに物的損害を出しては大なり小なり非難されることも珍しくない。そんなヨルティナとシルフィは対照的なタイプだった。ヨルティナが気にしないわけがない。
勝乗は苦笑しながら、スマートフォンの画面へ視線を戻した。ちょうど記者からの質問が始まるところだった。
『シルフィさんは、異界からこちらの世界へ来られたと伺っています。こちらで魔法少女として活動しようと思った理由を教えていただけますか?』
勝乗は思わず姿勢を正した。
「異界から来た……?」
異界。それは、こちらの世界とは別に存在するとされる世界の総称である。
エルフやドワーフ、獣人、オークなど、現在この世界で亜人と呼ばれている者たちの多くは、異界から渡ってきた種族である。国によって制度は違うが、亜人の移住や不動産所有、母国法の適用をめぐって、この世界の法律や行政は今も対応に追われている。
そして異界は、魔法技術においてこちらの世界とは比較にならないほど進んでいるとも言われていた。治癒魔法、身体強化、結界術、魔導具、種族ごとの固有魔法。こちらの世界では研究途上の技術が、異界では生活や戦争、医療や交通の一部として組み込まれているらしい。
人間も住んでいるという話はある。ただし、こちらの世界に来ている異界人間は少ない。少なくとも、魔法少女として表舞台に立つ例は聞いたことがなかった。
勝乗は画面の中のシルフィを見る。新緑の髪。人間と変わらない耳。礼儀正しい話し方。けれど、言われてみれば、先ほどのPVで見せた魔法行使はこちらの世界の新人魔法少女たちとは明らかに質が違っていた。実戦経験に裏打ちされた動きなのかもしれない。
「本当に、異界の子なんだ……」
給湯スペースの方で、ポットの音がする。
画面の中のシルフィは、一瞬だけ迷うように視線を下げた。けれど、すぐに顔を上げる。
『はい。私は、異界から来ました。こちらの世界のことは、まだ分からないことも多いです。けれど、助けてくださった方々がいて、そのおかげで今、こうして魔法少女として活動する機会をいただいています』
緊張しながらも、少女の言葉遣いは丁寧だった。勝乗が画面を見つめていると、司会者が次の質問者を示し、指名された記者がマイクを持った。
『シルフィさんは、なぜ魔法少女になったのですか? 他にも魔法を使う仕事は、この世界にあったと思いますが』
シルフィは少しだけ目を伏せる。そして、そのまま頬をほんのり赤くしながら答えた。
『憧れの人がいたからです』
コメント欄がまた流れ始める。
『憧れ?』
『クラウン・ルミナの先輩かな』
『異界出身なのに憧れの人?』
『かわいい理由だな』
『誰だろ』
シルフィは続けた。
『異界から来たばかりの頃、その人に魔獣から助けられたことがあって……。その人は、私に気づいていなかったかもしれません。でも、私にとっては、あの人の後ろ姿はとても眩しく見えたんです』
「へぇ、そんなことがあったのか。なんというか、魔法少女らしい無垢な理由だな」
本当なのかは分からない。この手の話は盛られるのが常である。しかし、シルフィは自然に嘘がつけるようなタイプには見えなかった。
給湯スペースの方で、カップが小さく触れ合う音がした。ヨルティナが戻ってくるには、まだ少しかかる。勝乗は画面を見続けることにした。記者が続けて尋ねる。
『シルフィさんが憧れる人とは、誰なんでしょうか?』
シルフィの新緑色の瞳が揺れる。言っていいのか、言うべきなのか、そんな迷いが画面越しにも分かる。けれど、彼女は意を決したようにマイクを持ち直し、少し照れたように言った。
『トワイライト事務所の、ヨルティナさんです』
「え……?」
勝乗は完全に固まった。事務所の空気まで、一瞬止まったような気がした。一方で、コメント欄は一気にざわついていく。
『ヨルティナって誰?』
『名前は聞いたことがあるかも』
『あの破壊姫に憧れてるのかw』
『水風船ビルを爆発させた子だっけ?』
『いや、毎回なにかブッ壊してるよww』
『何その関係性、詳しく』
『クラウン・ルミナ的には、自分のところの新人が他所の子に憧れてるなんて言って大丈夫なの?』
『トワイライト側もびっくりしてそう』
勝乗は画面を見つめたまま動けなかった。『トワイライト側もびっくりしてそう』という、コメント欄に流れたその一文は正しい。トワイライトの社長である勝乗が、今まさに言葉を失っているのだ。その時、隣から小さな物音がした。勝乗は口元をヒクつかせながら、ゆっくりと横を向く。
「…………ふむ」
いつの間に戻ってきたのか、ヨルティナがすぐ隣に座っていた。両手には、淹れたばかりのコーヒーが入ったマグカップが二つある。
ヨルティナはいつも通りの澄ました顔で画面を見ていた。その翡翠色の瞳は、シルフィが映るスマートフォンの画面に釘付けである。
「……社長?」
「はい!」
嫌な予感がして、勝乗は反射的に元気よく返事をした。
「条件を満たしそうな新人がいましたね」
「……え゙?」
それは思っていた反応と違った。第一声がそれだとは予想していなかった。ヨルティナは静かにマグカップをテーブルへ置き、ホワイトボードを指差す。
魔力の出力を調整する能力。
小回りの利く戦闘が可能。
控えめな性格。
先輩たるヨルティナを立てる器量。
先輩たるヨルティナと並んでも脇役にならない程度の可愛さ。
社長との距離感を守ること。
勝乗は無言でそれを見た。たしかに、今のPVと会見での様子をみる限り、シルフィはこの条件をかなり満たしているように思う。捕縛、結界、市街地戦への適性の高さ、ヨルティナが苦手としつつも、魔法少女の活動に必要なものをシルフィは持っている。特に戦力面だけで言えば、今のトワイライトが求めている条件にほぼ合致しているといってもいい。
ただし、言うまでもなく、致命的な問題が一つある。
「いや、ヨルティナ。あの子はクラウン・ルミナの新人だよ」
「それがなにか?」
「大手だよ」
「知っていますが?」
「今日、正式デビューしたばかりだよ」
「ええ、私も聞いていましたが?」
大手事務所に所属したばかりの新人を、弱小事務所が引き抜くのは現実的にはほぼ不可能だ。そのことを勝乗は暗に伝えようとしたが、ヨルティナは不思議そうに首をかしげている。
その顔は、いつもの完全無欠魔法少女の顔だった。大手からの引き抜きという、無茶なことを提案しようとしている自覚はたぶんある。だが、不可能であるとは欠片も思っていない顔であった。
「条件には合っています。魔力の出力調整に長け、小回りの利く戦闘ができ、先輩である私を立てる素地もありそうです。社長との距離感を守ること……については、後々の課題かもしれませんが」
言い方は冷静だったが、先ほどまでの不機嫌さは鳴りを潜めている。大手所属の新人で、世間から既に好意的に受け止められている魔法少女。面白くない相手のはずなのに、シルフィが自分に憧れているという一点だけで、ヨルティナの中の評価が明らかに変わっている。
おそらくだが、同じ魔法少女から真っ直ぐに好意を向けられたことが、ヨルティナは単純に嬉しいのだ。きっと、魔法少女として活動をしてきて、初めてのことなのだろう。そんな彼女の様子を見て、勝乗は覚悟を決めることにした。
「分かった。まずは情報を集めよう。クラウン・ルミナから引き抜くのは簡単じゃないだろうけど、こっちにはヨルティナがいるっていう強みがあるからね」
「ええ、そのとおりです。頑張りましょう、社長」
これで、新人募集の件はますます難しくなったのだろう。けれど、ヨルティナにとって妥協できる相手が見つかったのなら、今日のところはそれでいいのかもしれないと勝乗は思った。
画面の中では、シルフィがまだ緊張した様子で答えている。トワイライト事務所の休業初日は、どうやら静かな一日では終わりそうになかった。
新しいオリキャラの名前は、シルフィになりました。
ヨルティナへの純粋な憧れを持つ少女。元々はヨルティナと同じトワイライト事務所に応募しようとしたら、事務所がオークのせいで事実上の活動停止状態だったので、意気消沈しながら他所の事務所の面接に行くことに。
許すまじオーク。
時間軸的にはヨルティナが魔法少女活動を始めて、すぐの頃に魔獣から助けられています。ヨルティナはシルフィを助けたことに気づいていません。そのあたりのお話もいずれはする予定です(この物語の根幹に関わっているかもしれない話の予定)。
異界の設定は独自解釈です。