Fate/if(フェイト・イフ)   作:名無しのレイ

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第五話-剣士降臨-

 

 

鬱蒼としげる深夜の森の中、一人の女性が闇の中を疾走していた。

 

「ッつ……!はあ、はあ、はあ……!」

 

バゼット・フラガ・マクレミッツ。

Aクラスの魔術師にして元アーチャーのマスター。

そう、『元』だ。今はアーチャーも自らの片腕も無く、令呪も失われた。

体が重い。気を抜くと意識が真っ白になる。

それも当然。彼女の切り落とされた腕と背中の刀傷からは、普通の人間ならば出血多量で冥府へと旅だつほどの血が流されたのだ。 

しかし、今はその二つの傷口からの出血は止まっている。

その要因は二つある。一つは、彼女の所有する魔術刻印。魔術刻印とは、その家の魔術を凝縮し、当代の魔術師に刻み込まれる烙印。

その魔術師の家系の歴史そのものだ。その積み重ねられた刻印は、魔術師をそうそう簡単に■なせはしない。

そして、もう一つの要因。それは、彼女の傷口に輝く直線のみで作られた魔術文字、ルーンである。

束縛と停滞のルーン、ナウシズ(Nauthiz)と生命力、治癒と回復を示す野生の牛のルーン、ウルズ(Uruz) を刻み込む事により、

出血を”停滞”させ、 治癒を”促進”させ、生命力を”増幅”しているのだ。

 

言峰 綺礼。

長年信頼し、お互いに協力すらし合った事のあるあの神父。

「話したい事がある」と言われてのこのこと指定された場所に行った途端、奇襲を受けてこの有様だ。

自分自身の甘さに笑ってしまう。

 

何とかあの場所からは逃げ出せたものの、だが、このままでは長く持つまい。

彼女の顔はまるで紙のように白い。流れた血の量が多すぎたせいでショック症状を起こしているのだ。

教会から遠ざかるために必死で森の中を駆け抜ける。

 

今は何より自分の拠点に逃げ込む事だ。

今までの拠点はアーチャーに知られているかもしれないが、

彼女にはもう一つ、誰にも知られていない予備の拠点がある。

その程度の用心深さが無ければ、とても魔術師の捕縛などやってはいられない。

流洞寺や遠坂家などとは異なり、強力な地脈の加護は無いが、多少なりともレイラインは通っている。

そこを、彼女はルーン魔術の力で工房へと改造したのだ。あそこにさえ行けば……。

 

そんな事を虚ろに考えながら疾走しているバゼットの目の前に、『何か』が横たわっている姿が目に入る。

そこには、血塗れのローブを纏った一人の女性が倒れていた。

 

その血塗れのローブを纏って力なく横たわる彼女―――魔術師のサーヴァント、キャスターは消えかけていた。

それも当然。彼女は先ほど自分の手でマスターを亡きものにしてきたのだ。

契約が残っているのも忌々しかったので、最後には、契約破りの短剣で止めを刺してやった。

 

彼女を召喚したマスターは、一言で言えば臆病で無能だった。

マスターは自分より優れた魔術師である彼女に嫉妬し、魔力を極度に制限し、彼女を人形のように扱った。

悔しかった。戦う前に消え去ってしまう。

何もしない内に消え去ってしまう。

いつだってそうだった。彼女は理不尽に扱われるだけの物扱い、一度も自分の意思で生きてこられなかった。

だから―――何かを成し遂げたかった。

 

けれど、それも終わり。

まだ魔力量の余裕はある。後数時間ならば持つが、その後は消え去ってしまう……。

しかし、何をするでもなく、彼女は無気力に夜空を見上げる。

最後に、星空を見たかった。神代の昔から変わらずに光り輝く星を。

だが、空には雲がかかり星空すら見えない。

星すらも支配する魔術の冴えを誇ると言われた彼女が、最後に星すらも見る事が出来ないとは皮肉だった。

 

その時だった。ガサリ、と草が揺れ動く音がし、一人の傷ついた女性が草むらから飛び出してきた。

だが、キャスターは驚きはしなかった。所詮、この身はすぐに消え去る運命。ならば、ここでやられるのも変わりはない。

しかし、目の前の女性は、別段驚く事も闘気もなく、無造作に彼女へと近づいていく。

 

「その魔力、サーヴァントでしょうか。クラスはキャスターでしょうね。ふふ、貴女も、私と一緒と言う訳ですか。」

 

サーヴァントの事を知っている。ならば、彼女も聖杯戦争の関係者か。

そんな疑問がキャスターの頭をよぎるがそんな事はどうでも良かった。

 

「率直に言いましょう。キャスター。私と共に再び戦いませんか。」

 

そう力無ながらも言う彼女の瞳は、決して負け犬の物ではなかった。

そう、あれは戦うモノの瞳。

どん底に追い込まれてなお、牙を失わずに戦い続ける者の目だ。

 

「君はマスターを失ったサーヴァント。私は、片腕を切り取られ、サーヴァントを失ったマスター。お互い、何かを欠落したモノ同士。

それをお互いに補い合えばいい。キャスター。君はそこで終わりではないでしょう?

倒れたのならば、再び立ち上がればいい。それだけの話です。」

 

その言葉。傷つきながらもなお立ち上がろうとする強さ。

それこそが、自分が持ち合わせていなかったモノだ。

 

「……っつ。」

 

キャスターは、必死で立ち上がった。

ここで屈する訳にはいかない。魔女と呼ばれ、全てを諦めるように受け入れているあの頃とは違う。

そう、いつも憧れていたのだ。自分も、彼女の言う通りのような人生を送れれば、どんなに素晴らしいかと言う事を―――。

 

「誓うわ。マイ・マスター。私は、貴女と共に戦う事を―――。」

 

そうして、バゼット・フラガ・マクレミッツと魔女メディアは契約を交わした。

 

「―――で、ランサー。昨日はどうだったの?」

 

マグカップに注がれた牛乳を飲み干しながら、制服姿の凛はランサーに問いかけた。

たった一日しかいないのに、何かもうすっかりこの家に慣れている感じである。

流石に、実際一度家に帰ったはずの彼女がボストンバッグを持って「ここで暮らす」と言った時には、大騒ぎだったモノだが。

 

「ああ。特に変わった事はなかった。が……あの寺の辺りが何となく怪しいな。」

 

ちなみにランサーは霊体化するのを好まない、と言うか実体化していた方が好きらしく、現在も実体化してここにいる。

何でも本人曰く「せっかくの現世だからな。霊体のままでずっと過ごすのはもったいねえじゃねえか。」との事らしい。

流石にあの蒼い鎧姿では目立ちすぎるので切嗣の昔の服を着てもらっている。

しかし、流石に家の中でもトレンチコートと言うのはどうかと思うのだが、本人は結構気に入っているらしい。

そしてここにももう一人、普通とは異なった服装をしたサーヴァントがいた。

 

「……で、セイバー。何でそんな格好しているんだ?」

 

とうとう我慢できずに、士郎はセイバーにそう問いかける。

今彼女が纏っているのは、いつもの青と白を基調にした服ではなく、士郎達と同じ穂群原学園の制服なのだ。

いや、確かに凄く似合っている。

 

「こ、これは凛が用意した物で、私の趣味と言う訳では。

確かに、学園内で、マスターの側について護れるというのには最適かもしれませんが。

正直に言ってしまえば、不本意なのですが。マスターの命とあれば仕方在りません。」

 

「いや、セイバー。それ凄く似合ってると思うぞ。うん、セイバーは美人だし。可愛いし。そういうのもいいと思う。」

 

何気無く、士郎が思っている事を口にした瞬間、セイバーは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

下を向きながらも、「騎士である私が綺麗とか可愛いとかは……」とか何とかごにょごにょ言っているがよく聞こえない。

で、何だかランサーはそんな二人を見ながら何が楽しいのかニヤニヤしている。

 

「……衛宮くん?何私のサーヴァントを口説き落とそうとしてるのかしら?」

 

で、おまけは、凄い綺麗な笑顔でこちらを問い詰めてくる遠坂、もとい、あかいあくま。

何か額に血管とか浮かんでるし。拳握り締めてるし。ヤヴァイマジヤヴァイ。

 

「そ、そうだ。ランサー。で、確か柳洞寺が怪しいんだって?」

 

などと汗だくになりながらも、士郎は必死に話題を逸らそうとする。

はあ、なんて溜息をつきながらも、凛の方も真剣な表情になって会話に参加する。

 

「で、話を元に戻すわね、私の使い魔の方も特に情報は得られなかったわ。

しかし、柳洞寺ね……。

あんな辺鄙な所に住むマスターやサーヴァントがいるのかしら。」

 

「だよな。寺の人たちの目もあるだろうしな、ランサーが信用できないって訳じゃないけれど、」

 

だが、その二人の言葉は予想外の所から否定された。

 

「……いえ、ランサーの情報は信憑性が高いと思います。

あの場所ならば、街の人々から生命力を吸い取る魔術も可能でしょう。

何しろ、あそこは地脈の果て、この地の落ちた霊脈なのですから。」

 

そのセイバーの言葉に、凛や士郎ともに驚愕に目を見開く。

確かに、セイバーには一応この街の地理だけは教えた。けれど、そんな事まで教えた覚えなど無い。

いや、そもそもそんな知識は、冬木の管理者である凛ですら知らない事だ。

 

「え……!セイバー、何でそんな事を……!」

 

「凛、貴女には言っていませんでしたが、私は前回の聖杯戦争に参加していたのです。それ故、その知識も私の中にあるのです。」

 

「「な……!!」」

 

ランサーも含め、二人とも再び驚愕する。

凛の方はそのセイバーの言葉を予測していたのか、「なるほど」と呟いて微かに頷くだけだ。

何度も聖杯戦争に召喚されるなど、天文的な確立だ。

いやまあ、適切な触媒さえあれば再び召喚されても全く可笑しくはないのだが。

凛はあの鞘の断片が恐らくサーヴァントの宝具の一部である事を見抜いてそれを媒体として召喚した。

その宝具の秘められた魔力から恐らく高度な英霊の持ち物である事は推測できて、彼女はそれに賭けて召喚の際の触媒とした。

その結果、召喚されたのが最優秀のサーヴァント、セイバーであった事は凛にとって僥倖だった。

 

「ま、まあ、それはそれとしてセイバー。あそこが落ちた霊脈って本当なの!?

落ちた霊脈は本来、遠坂家のはずよ。何で一つの土地に二つも霊脈があるの!?」

 

「それは解りません。けれど、あの寺は魔術師にとっては神殿とも言える場所です。

この地の命脈が流れ落ちる場所と聞きますから、魂を集めるには絶好の拠点となるでしょう。

ですが、あの場所には自然霊以外を排除する結界が張られています。

私達、サーヴァントを排除するほどではありませんが、能力は一ランク低下するでしょう。」

 

「なるほど。あの変な結界はそのためか。」

 

思わずランサーは頷く。彼の言っていた『怪しい』とはそれだったらしい。

まあ、聖地である以上結界が張られているのは珍しくも無いだろうが、それならば、調べてみる価値は十分にあるかもしれない。

 

「それじゃ、ランサーは今夜は柳洞寺に行くのか?じゃあ俺も―――。」

 

「小僧、悪いがお前は留守番だ。ココで大人しくしていろ。」

 

士郎の言いかけた言葉を、ランサーは唐突に遮る。

まるでこの言葉が来るのを予知していたかのようだ。

その言い方に、驚いてうろたえてしまう士郎だが、何とか必死に反撃に移る。

 

「なっ、なんでさ。俺だってマスターだ。マスターなら……!」

 

「あのな。強襲ならともかく、潜入作業にマスターが付いてこられちゃ、返って足手まといなんだよ。

慣れていないヤツが無理矢理進入したらその分だけ見つかり易いし、離脱する時にも不利だ。

安心しな。俺一人ならどんな状態でも生きて帰ってこれる自信はある。」

 

「う……。ランサーがそういうのなら仕方ないか。ちなみに、遠坂達はどうするんだ?」

 

彼女は指を顎に当ててしばらく真剣に考え出した後、

 

「私達は様子見ね。罠の可能性もあるし、それだけの情報じゃ動けないわ。 それでいい?セイバー。」

 

と、セイバーに問いかけるようにして答える。

セイバーも何か言いたそうではあったのだが、まだマスターやサーヴァントがいるかどうかすら判らない状態で攻め込むのは無意味だと悟ったのだろう。

不承不承ながら頷いてくれた。

 

と、突然、会話を中断するようにして来客を知らせる呼び鈴が鳴り響いた。

この時間に来る人間と言えば……。

 

「シロウ?こんなに朝早くから誰か来たようですけれど。」

 

「ん、ああ、心配ない。この時間に来るのは身内だけだから。」

 

セイバーの言葉に何の気無しに士郎は答える。

……身内?何かひっかかる気がする。何故だろう。

そんな首をかしげている士郎を余所に、凛が立ち上がる。

 

「身内、ね。……士郎。私が出てくるわ。」

 

何か意味深な雰囲気を言葉に混ぜながら、凛は玄関の方へと脚を運んでいった。

 

「ああ、頼む。」

 

と、セイバーが眉を潜めながら何処と無く心配そうに、士郎に声をかけてくる。

 

「……いいのですか?凛や私たちがこの家に住んでいると知られるのは良くないのでは?」

 

「――――!」

 

そうだ、すっかり忘れてた―――!

しかも、この時間に来るのは桜や藤ねえ以外にいないじゃないか!

自分自身の間抜けさ加減を後だ。

今はとにかく、早く遠坂と桜が顔を会わせないようにしないと――。

 

「おはよう間桐さん、こんな所で顔を会わせるなんて意外だった?」

 

だが、時すでに遅し。間に合わなかったようだ。

士郎が駆けつけた時、玄関には、勝手に桜を出迎えている遠坂と、ぽかんとしている桜の姿があった。

 

「―――遠坂、先輩。」

 

二人は何ともいえない緊張感を保ったままお互いを見詰め合う。

桜は、何処と無く怯えを含んだ視線で、凛を見上げる。

 

「どうして、遠坂先輩がここにいるんですか?」

 

「そんなの決まっているでしょう。私、今日からここに下宿する事になったの。」

 

きっぱりと、何の疑問も挟ませないほど簡潔に遠坂は要点だけを口にした。

それを聞いた桜は、まるで助けを求めるように、士郎に視線を向ける。

 

「先輩。それ、本当なんですか?」

 

「要点だけを言えばな。ちょっとした事情があって遠坂はしばらくウチに下宿する事になった。

御免。桜には言い忘れてすまない。」

 

士郎はそう口にすると桜に向かって頭を下げる。

そう、それは本当に申し訳ない。あらかじめ言っておけばわざわざ桜をここまで驚かせる事はなかったのに。

そう思っている士郎に、桜は慌てたように声をかける。

 

「あ、謝らないで下さい先輩。けれど、今の話、本当に……。」

 

「ええ、これは家主である士郎が決定した事よ。この意味、解るでしょう。

今まで、士郎の面倒を見てきたようだけど、しばらくは必要ないと思うわ。

来ない方が貴女のためよ。」

 

桜はその凛の言葉に俯いて唇を噛み締めながら口を固く閉じてしまう。

しばらく凍りついたような静寂が続いた後。

まるで人が変わったように視線を上げ、固い声でハッキリと言う。

 

「……解りません。私には遠坂先輩の言っている事は理解できません。」

 

「え。ち、ちょっと。」

 

「お邪魔します。先輩。台所お借りしますね。」

 

桜は、士郎に対してぺこりと一つお辞儀をすると、靴を脱ぎ、遠坂を無視するようにずんずんと、キッチンへと向かってしまった。

……普段の桜とは全く違う態度に、士郎のみならず凛まで呆然と彼女の後姿を見送ってしまう。

 

「はあ、参ったわね。あの子、こんなに頑固だと思わなかった。

これから、毎日、苦労しそうね。」

 

凛は、もう一度はあ、と大きく溜息をついた。

 

 

その後がまた大変だった。

セイバーやランサーの事を説明しなければならなかったからだ。

二人とも切嗣の知り合いで、ツテを頼って衛宮亭に来た事。そしてしばらくここで暮らす事。

何とか納得こそしてもらったものの、凛やセイバーと一緒に暮らすと言った時の桜の暗い顔と、彼女を見て眉を潜めていたランサーの姿が印象的だった。

 

 

「何の用ですか。ランサーさん……と言いましたか。

私、貴方には何も用はないんですけれど。」

 

そうして、何とか平穏無事(?)に一日も終わり、

(セイバーが学園の転校生としてやってきた事で色々あったのだが、それはまた別の話)

夕食も終え、他の皆がめいめいに好きな事をしている中、何故か桜とランサーは二人、居間で向き合っていた。

片目を髪の毛で隠し、あからさまに警戒する桜。当然だ。彼女は人見知りがかなり激しい。

士郎のウチに来る時にすら、勇気を振り絞ったのだ。見知らぬ男性と二人きりではますます警戒するだろう。

 

「おお怖い、お嬢ちゃん。そんなに怖い顔していたら早く老けちまうぜ。

あとまあ、アレだ。俺の見た所、アンタは何でもかんでも内に溜め込みすぎだ。

たまには、吐き出した方がすっきりするぜ。」

 

「……っ!貴方に何が解るって言うんですかっ……!」

 

まるで、体の奥に溜まった怨嗟を吐き出すかのように、強い口調のまま、両手を強く握り締める。

そう目の前のこの人は何も知らない。

自分がどんな目にあわされてきたのかも。それをどれだけ先輩に知られたくないかを。

何も知らないのに、知った風な口を聞くだけで、怒りが込み上げてくる。

それを受け止めながらも、ランサーはこれ以上無い真剣な顔で言い放つ。

 

「ああ、解らねえな。いいかお嬢ちゃん。人間ってのはな、黙っていちゃ何も解らねえんだ。

まあ、少し気になっただけだが。気に障ったのなら謝るけれどな。」

 

「………。何で、私にそんな事を言うんですか……?」

 

俯き加減で目を伏せながら、桜は力無く小さく呟く。

今までそんな事を言ってくれた人などいない。

■さんも、■輩も、誰もそんな事など言わなかったのに。

 

「何、大した事じゃない。いい女には暗い顔よりも笑顔が似合う。それだけさ。

さっきの小僧に笑いかけている顔。なかなか良かったぜ。」

 

そんな風になど一度も言われた事の無い彼女は、微かに顔を赤らめる。

そして、ランサーと顔を合わせないようにしてそのまま無言で、彼女は足早にその場を立ち去っていった。

 

 

そんな彼女と入れ違いにして、ちょうど料理の後始末を終えた士郎が居間へと入ってくる。

走り去っていった桜の姿を不思議そうに見ながら、ランサーに問いかける。

 

「どうしたんだよランサー。桜と何か話したのか?何か気になる事でもあるのか?」

 

「いやなに。ああ言う女は放っておけなくてな。

それとだ。小僧。もう少し彼女の事をかまってやった方がいいぜ。」

 

不思議そうしている士郎を見て、ランサーは苦笑いを浮かべると、立ち上がり、トレンチコートを羽織る。

そして、士郎に背中を向けながら軽く手を振る。

 

「それじゃ行ってくる。安心しな。必ず帰ってくる。」 

 

そうして、彼は颯爽とその場を立ち去っていった。

 

 

柳洞寺の山門。

真っ暗な闇の中に、二人の人影があった。

それはマキリの末裔である間桐慎二。

そしてマキリの当主たる間桐臓硯である。

 

「お……おじい様。ボ……ボクにもサーヴァントをもらえるって本当なのか?」

 

「おお、本当じゃともよ。

出来の悪い不肖の孫とはいえ、誉れある聖杯戦争に参加したいと思うのは当然じゃろう。

何、能力に不満があるサーヴァントならば、桜のサーヴァントと交換すればよい。」

 

気持ち悪いほどの猫なで声。

なぜ彼らがここにいるのかといえば、これから彼らがサーヴァントの召喚を行うからである。

魔術回路のない慎二では本来サーヴァントは召喚できない。

だが、臓硯の秘術、強化版の偽臣の書には疑似的な魔術回路が装備されている。

そして、足りない魔力は、霊地であるこの柳洞寺の霊脈から放たれる魔力で補おうというのである。

本来ならば、臓硯自身がアサシンを召喚すればいいだけの話だが、彼は彼なりに孫を愛している。

その望みをかなえたいのと、戦力増強のために、彼は慎二にアサシンの召喚を命じたのだ。

サーヴァントを召喚するため、偽臣の書の魔力回路が唸りをあげる。

そしてまばゆい光に包まれた中、ひとつの声が聞こえた。

だが、正式の魔術師ではない召喚はシステムに誤作動を起こし、アサシンではないアサシンを召喚してしまったのだ。

 

「ふむ、一つ問うが……貴殿が私の主か?」

 

 

 

「―――チ。ひどい匂いだ。鼻が曲がるどころの話じゃねえな。」

 

彼が駆けつけた時、すでにその神殿の中には人々が倒れていた。

 

階段の下から遥か上の神殿内部が見えるなど並大抵の視力ではない。

アーチャーではないが、サーヴァントならばこれくらい普通である。 恐らくは、何者かに生命力をごっそりと持っていかれたのだろう。

昏倒状態ではあるが、命には別状は無い。

後で、マスターに言えば救急車とやらでも呼んでどうにかするだろう。

だが、それは今の彼のやるべき事ではない。

階段を疾風のように駆け上がり、門へと入ろうとするランサー。

  だが、幾多の戦場を潜り抜けてきたランサーの直感が、この場に敵がいる事を感知していた。

 

「ふむ、これはまた何とも幸運な。

初戦がこのような武人とは……私も捨てたものではないらしい。」

 

すう、と石畳の階段の踊り場とも呼べる場所に、陣羽織を着て、背中に長刀を携えた一人のサムライが現れた。

……サーヴァント。

あの気配は間違いなくサーヴァントである。

だが、いったいなんのクラスのサーヴァントなのだろうか?

答えるはずもないが、一応は聞いてみる。

 

「……何者だ。テメエ。」

 

「―――アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎。」

 

それを聞いてランサーは驚いた。

自分の真名を明かすなど正気ではない。

サーヴァントは過去の英雄。真名が知れればそこから弱点が知れることもあるのだ。

 

「……フン。まさか正々堂々と名乗りを上げる物好きがいるとはな。

面白い。アルスター守護の盾。赤枝騎士団が一人、クーフーリン。

この槍にかけて、貴様を葬る。」

 

放たれる膨大な闘気。

それを受けて鳥たちはみんな真夜中なのに逃げ去るが、アサシンは平然と微笑んでいるだけだ。

 

「なるほど。西洋の槍兵とは。

セイバーではないとしても、これほどの相手と戦えるとは悪くない。

では……参るとするか。」

 

アサシン……いや、小次郎は背中の2mはある長刀を抜き放つ。

それは日本刀というにはあまりにも長すぎた。

そんな長刀などまともに振るえるものなど存在しない。

だが……。

 

「く―――!!」

 

それをアサシンは平然を振るう。

しかもその太刀筋は達人などとレベルを遥かに超越している。

もはや鬼神というよりほかない。

その流麗な太刀を、ランサーは猛烈な連続の突きで迎撃する。

何とか、アサシンの攻撃は弾いたものの、次いでのランサーの反撃である連続の突きは、全て優雅に太刀で受け流され、回避され、無効化される。

相手の攻撃を受け流すアサシンと猛烈に襲いかかるランサー。

それはまるで火と水に等しい。

神話クラスの英雄が、本気を出して互角と戦えるアサシンなど異様というほかない。

まさに剣鬼。

 

「どうした槍兵。胴体がガラ空きだぞ。」

 

そう言いながら、横凪に刀を振るうアサシン。

だが、それはフェイント。

常人には見切れないほどの速さで、再び横凪にランサーの頭を狙う。

だが、その一撃はゲイボルグの柄によって受けとめられる。

所詮は、サーヴァントが持つとはいえ、ただの刀。

名だたる魔槍であるゲイボルグを切り裂ける道理がない。

そして次の瞬間、ランサーの砲弾のような蹴りがアサシンに炸裂する。

だが、間一髪でアサシンはそれを回避し、二人とも離れて間合いを取る。

 

「ふむ、蹴りとはな。雅ではない。雅ではないが……面白いな。槍兵。」

 

「ハ……ハハハハ!!いいぜ!ただの見張りで外れと思ったんだがな……。

ここまで楽しめるのは久しぶりだぜアサシン!

テメエは苦手だと思ったがこれなら存分に楽しめる!!」

 

狂暴な笑みを浮かべるランサーに対して、アサシンも不敵な笑みをもって返す。

 

「なるほど。ではさらに面白い芸を見せてやろう。行くぞ。槍兵。」

 

そういうと、アサシンは再び石畳を駆ける。

アサシンの速度は敏捷A+。ランサーよりも剣速は早いのである。

それを迎撃しようと、ゲイボルグを構えるランサー。

だが、そんなランサーの背中に猛烈な悪寒が走った。

来る。ヤツの、アサシンの本当の《牙》が姿を表す。

 

「秘剣―――燕返し。」

 

その瞬間、ランサーは防御と回避にのみ全てを専念した。

一つの刀を何とか回避し、もう一つの刀をゲイボルグで受け止める。

それは単純な2連撃でもなければ、残像ではない。

確かにあの瞬間、アサシンの刀は「二本存在していた」のである。

 

「……多次元屈折現象。師匠から教わったことはあるが、まさか魔術も使わずに再現できるヤツがいるとはな。」

 

「何、ただの戯れよ。昔、燕を切ろうとふと思ってな。

だが、ひとつの太刀筋では燕には逃げられてしまう。二つでも同様だ。

ならば、三つの太刀筋を一息で行わなければならぬのだ。」

 

「それで鍛練してここまでになったってわけか……。化け物め。

だが、本来ならもう一つの攻撃があるはずだろう?

なるほど、足場が悪くてできなかったか。だったら、次はこちらの……。」

 

「いやいや、そこまでじゃよ。ランサー。」

 

唐突に、老人の声が響き渡った。

 

「――――!」

 

ランサーが慌てて視線を横に走らせると、そこには、人の形をした忌まわしい虫の塊が存在した。

アレは自然のモノではない。恐らくは魔術的に創られたモノ。

恐らくは使い魔(ファミリア)の類なのだろう。

使い魔自体は珍しくない。例えばよくある所では黒猫や鳥などが存在する。

しかし、虫を好んで使い魔にするというのはあまりない。

 

「テメエ、何者だ。虫の塊ときやがったか。虫唾が走るぜ。」

 

ランサーは、忌々しげに地面に唾を吐き捨てる。

彼も神話の時代の人間だ。魔術師と戦った事は何度もある。

それでも、これほど異様な敵など数えるほどしかいなかった。

ゲイボルクを油断無く構え、いつでも襲いかかれる体勢に移るランサー。

だが、そんな彼を嘲笑うかのように、陰惨な笑い声は止まらない。

 

「いやいや、名乗るほどのモノでもあるまいよ。ここでアサシンを潰されては困るからのう。」

 

「む……一応主の命であってはやむを得んか。ではな。槍兵。なかなか楽しかったぞ。」

 

「さて、それではさらばじゃ、ランサー。」

 

その言葉と同時に、周囲の地面や森の中から無数の異様な虫達が、彼の体を喰らい尽くそうと襲い掛かってくる。 

それを面倒くさそう見つめながら、ランサーは懐から小石を取り出すとそれを地面に叩きつける。 

刻み込まれた文字は、火と光、たいまつを象徴するルーン、ケン(Ken)。

地面に叩きつけられたそれは、虫達を吹き飛ばし、炎で燃やし尽くす。

虫が焼き尽くされていく中、周囲を見渡してみるが、すでにアサシンの姿は何処にも存在しなかった。

本来ならば、あの佐々木小次郎は山門に縛られている存在だが、マキリの秘術と、

山門の一部を触媒にすることで、山門より動けるようになっていたのである。

 

  それを見たランサーは、忌々しげに舌打ちをする。

 

「チッ。逃したか。仕方ねえ、ヤツめ。今度こそ、その心臓貰い受けてやる。」

 

―――これからの激しい戦いを予兆するかのように、柳洞寺を冷たい風が吹き抜けていった。 

 




こんにちは。《Fate/if》第五話をお送りします。
バゼットさんが何だか予想以上に男前になった気がしますねー。 
《逆境から立ち上がり、再び戦い出す人間達》と言うのは、自分のツボのシチュエーションなんですよね。
え?令呪が無ければ再契約できない?……すみません、そこまで手が回りません。(涙)
ちなみに、バゼットさんがキャスターを仲間にするというのは、
『Arcadia』で連載されている漆黒のルシフェル氏の『Fate/In・to・G』やスリーセブン氏の『Devil / stay night』からモロに影響を受けてしまいました。

後、ランサーが桜を口説き落としているような気がしますが、そのような展開にはなりませんのでご安心を。
兄貴だったら、桜みたいな女性をこういう風に気にしそうだと思いまして。

それでは、感想、批評などお待ちしております。

なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
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