Fate/if(フェイト・イフ)   作:名無しのレイ

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第六話-英霊闘争-

 

深い光が届かぬ地下。そこには人ならぬ者達が蠢く異界があった。

異形の蟲どもが巣食う蟲倉。そこに住まう者達が普通の人間なはずなどない。

このように日の光を嫌い、地の底に巣食うなど、悪鬼の類に違いない。

実際、その場に存在するのは異形のモノ、あるいは魔術によって異形にされた達ばかりだった。

 

一人は陣羽織を纏い、とてつもなく長い長刀を背中に背負ったサムライの姿をした存在……アサシンのサーヴァント。

そして、もう一人は、白い裸体を横たえて無表情のままおぞましい蟲に集られている少女。

さらにもう一人(?)は、蟲に肉体を貪り食われている哀れな女性の犠牲者だった。

哀れな犠牲者の肉体が忌まわしい蟲に貪り食われるのを、眉を顰めながらアサシンのサーヴァントは黙って見ていた。

このような一方的な蹂躙はアサシンの決して好むところではない。

だが、今は「彼」なしでは自分の肉体を維持できない。

しかも、本来山門に縛られている存在であるアサシンを、山門の柱の一部をヒトガタに作り替え、

常に持たせて触媒とし、さらにマキリの秘術により山門から開放してくれたのは「彼」なのだ。

強者との戦いを望むアサシンはここで消え去るわけにはいかないのだ。

それは彼自身の属性である「中立・悪」にも影響されている。

 

そして、その肉塊はやがて一人の老人の姿へと変貌する。

間桐 臓硯。

五百年近くを生きるマキリの魔術師。それこそが、彼の正体だった。

 

「なるほど。それが魔術師殿の肉体の維持に必要な外法か。

いやいや、まさしく外道の術。まったくもって雅ではないな。」

 

皮肉と僅かな嫌悪を込めながら、優雅にそう呟くアサシン。

あの女性は、臓硝が捕らえ、食らった無辜の市民だった。その若い肉体こそ、この老魔術師の肉体の維持には必要なのだ。

カカ、と老人は白い髑髏に向かって笑いかける。

 

「そうよ、ワシの肉体はすでに滅び去っている。

その体を維持するためには、人一人分の肉体が必要なのよ。

蟲達はその肉体を作り変え、人間としての機能を代用する。それが、我らマキリの秘術よ。」

 

いかにアサシンのサーヴァントとはいえ、強者との戦いを望む佐々木小次郎には、この老人が全く理解できない。。

何故、この老人はそこまでして生を望むかをだ。

故に、彼は率直に魔術師に問いかける事にした。

 

「ご老体、そこまでして貴殿は何を望むのか?」

 

「決まっておろう。『永遠』よ。ワシももうじき後が無い。

……魂の腐敗は極限まで近づいている。

そう、ワシは死にたくない死にたくない死にたくない―――!

そのためになら、どんな犠牲を払おうとも、ワシは生き延びる。お主もそうであろう?」

 

「……一緒にされては困るな。

この身が望むは強者との戦いのみ。

花は散るからこそ美しい。不滅など花鳥風月に反する。

だが、今はご老体が私のマスターだ。その意思にはできるかぎり従おう。」

 

その飄々たる言葉にさすがの臓硯も怒りの顔を浮かべる。

マスターの望みを真っ向から否定するサーヴァントに好感など抱けるはずはない。

だが、今は彼は大事な戦力で手駒なのだ。

それを何とか上手く利用しなければならない。

 

「うむ、ならば行うべき事は一つよ。聖杯の奪取。それこそが、我らマキリの五百年の願望よ。

それも今回で成るであろう。のう。桜よ―――。」

 

臓硝が、愉快そうに全裸の桜の脇腹を撫でる。それは愛しい道具を愛でるのと同じ仕草だった。

その場にいる人外達は気がつかなかったが、彼女の瞳から涙が一筋流れ落ちた。

 

 

―――一方その頃、衛宮邸では。

 

「さて、士郎。貴方の魔術の事なんだけど、これから私が教える事でいいわね。」

 

彼女――遠坂凛は、目の前にいる士郎にこんな風に切り出された。

もちろん、異存などない。切嗣が亡くなってから独学で魔術を行ってきた彼にとっては、渡りに船だ。

一も二も無く、彼女の言葉に頷く士郎。

 

一方、確かに共同戦線を張ろうと申し出た凛だったが、士郎が本気で半人前以下の魔術の腕前なのには思わず真剣に悩んでしまった。

だが、事は戦争だ。相手の都合など考えてはくれない。

最低限、士郎を戦いの足手まといにしなければならない。

彼女は、遠坂邸から持ってきたいくつかのランプの内、一つを持ち出して、士郎に手渡す。

 

「貴方の出来る魔術は”強化”だけだって言ったわね。じゃあ、まず手始めにこのランプを”強化”してみて。」

 

士郎は彼女からランプを受け取ると、両手でランプを包み込むようにして持ち、目を閉じて、いつも通りの手順を行う。

今までの成功率は低かったが、アーチャーの襲来の際には上手く言った。

もしかしたら、成功率も上がっているかもしれない。そんな期待を胸をしつつ、まずは、ランプの内部を覗き込む。

 

「―――基本骨格、解明」

 

浮かび上がってくるのはランプの設計図。なら、後はいつも通りだ。

背骨に異物がズプズプと沈み込んでいく感覚。これこそが士郎が一時的に作り出した魔術回路だ。

そして、そこから流れ出す魔力を、手にしたランプに注ぎ込む。

それは完成した芸術品に手を加えるのに等しい。

一から自分で作り出すのならともかく、すでに出来上がった物に手を加える事は、下手をすればそれ自体を破壊する事に繋がりかねないのだ。

 

「あ……!」

 

結果、見事に失敗した。彼の手にしていたランプは粉々に砕け、ガラスの破片が床に散らばってしまう。

それを目にした凛は呆れ果てたように、口元に手を当てて、はあと深い溜息をつく。

 

「……全く、アンタの才能の無さには呆れてしまうわ。そもそも基本が全くなってない……!

そんなデタラメな方法でよく魔力が生成できるわね。

全く、何だってアンタはこんな遠回りなコトをやっているのよ。」

 

何だって始めの手順から間違えているのよ、こんなに素人とは思わなかったわ、

などとぶつぶつ文句を言いつつ、彼女は、自分自身の荷物の中から缶のような物を取り出した。

よくあるお菓子の一つ。中に色どりどりのドロップが入っているっていうアレだ。

彼女はその中から、カランと一つの赤っぽいドロップを取り出すと、士郎に手渡す。

 

「はい、それ飲んで。」

 

何だかよく解らないままに、士郎は手の中にある、飴らしき赤い物体を素直に口の中へと放りこむ。

甘くない、いや、そもそも味がしない。それより、この固さは、飴と言うより石か何かなんじゃないだろうか。

それをゴクンと、唾と一緒に無理矢理飲み込む士郎。喉がひりひりするが、これは一体何なんだろうか。

 

「遠坂、これ一体何だ?」

 

「ん?解ってなかったの?それ宝石よ。まだ解っていない貴方に強制的に判らせるために強制装置なんだから。

そろそろ溶け始める頃だから、気合入れてないと気絶するわよ。」

 

「き、気絶するって。」

 

ドクン、と心臓が大きく脈打った。熱い。全身が熱い。まるでマグマが流れているかのようだ。

立っていられない。がくり、と彼は膝をつくと苦しさのあまりガリガリと爪で床を引っかきだす。

この感触は知っている。魔術の訓練の時、失敗した時と同じだ。

このままでは、待ち受けているのは確実な滅び―――。

 

「士郎、魔術を使う時と同じよ。落ち着いて自分自身をコントロールしなさい。」

 

そう、コントロール。コントロール。コントロールだ。

必死になって、士郎は体の魔力の制御のみに集中する。

目を閉じて、深く深呼吸を行う。己自身を制御する事は、弓道でも行っている事だ。それを思い出してただ心を静かに保つ。

しばしの間、そうして集中していると、やがてその苦しさも収まってくる。

 

「へえ、もう落ち着いてきたんだ。自分自身のコントロールは上手なのかもね。

いい?魔術回路と言う物は一から作る必要はないの。ただスイッチを入れるか入れないかだけ。

必要な時にだけスイッチを入れれればいいのよ。これで、随分と魔術師としてマシになるはずよ。」

 

まだ全身に熱はある。けれどありがたい。これから戦いを切り抜けていくために、これは必ず役に立つのだから。

 

「あり……がとう。遠坂。遠坂には本当に世話になりっぱなしで。すまない。」

 

「ふ、ふん。いいのよ。師匠として、不出来な弟子を教えるのは当たり前でしょう。」

 

顔を赤くしそっぽを向きながら、凛はそう呟く。それを見て、ああ、彼女はいい奴だな、と熱に浮かされた士郎はぼんやりとそう考えていた。

 

 

その後、魔術特性の検査だの今まで教わってきた魔術理論などを事細かに聞かれ、

戦うための短剣やら怪我人が出た時に対する魔術的な応急処置のセットを貰った後、唐突に凛はこんな事を言ってきた。

「多分工房は無いと思うけれど、いつも魔術の訓練をしている場所はあるんでしょ?

一応、そこも見たいから連れていって。」

 

などと凛が言ったのがきっかけだった。

あの土蔵を『工房』などと言ったら凛に殴り倒されそうだったが一応師匠になった以上、弟子の事は出来る限り知っておきたいらしい。

彼女は土蔵の中に入ると、土蔵の中を見渡したり、地面に書かれた魔法陣などをチェックしたりしていたが、ふとその視線がある一点で停止する。

 

「――――士郎。コレは何。」

 

それは、士郎が気晴らしに作ってみたガラクタ。”投影”魔術の出来損ないだ。

だが、それは外側しか再現できなく、中身が一切無い本当のガラクタでしかない。

何故、凛はそんなどうでもいいモノを手にして表情を凍らせてるのだろう?

 

「ああ、それか?強化の練習ついでに創った投影の出来損ないだ。

別に、そんなモノ大した事は無いだろう?」

 

ぞわりと、本気の闘気が彼女から迸った。その発せられた魔力は士郎が到底及びつかない。

士郎の防衛本能が警告を上げる。表情が完全に凍りついた今の彼女は、少女としての凛ではない。

冷徹に敵を排除する魔術師としての”遠坂 凛”だった。

 

「何を言っているのよ……!こんな『決して在り得ないモノ』を創り出しておいて大した事無いですって……!」

 

思わず激高しかけた凛だったが、冷静さを取り戻すために一つ深呼吸をすると、怒りを押しこめたのように淡々と言葉を紡ぎ出す。

 

「いい?世界と言うのは矛盾を極度に嫌う物なの。それは魔術においても例外じゃない。

魔力によって創りだされた物は、所詮擬似的な偽者。すぐに魔力は気化して創りだされたモノは消え去ってしまう。

けれど、貴方の作り出したモノは喪失しない。ソレは、現実を侵食する想念に他ならない。」

 

感情が全て冷え付いたような声を出しながら、彼女は衛宮 士郎に対して背を向ける。

もう、ここには用は無いかのように。いや、これ以上ここにいたら自らの感情が抑えきれないのだろうか。

 

「後、一つだけ言っておくわ。人間には大きく分けると二系統二属性が存在する。

創る者と探る者、使う者と壊す者。士郎、貴方は《創る者》よ。

それだけは覚えておきなさい。」

 

それだけを言うと、凛は背中を向けたまま足早に土蔵から立ち去って行った。

……正直、遠坂の話はあまりよく理解できない。

けれど、今の話は決して忘れてはいけない事だと、衛宮 士郎の本質が告げていた。

 

 

そして、土蔵から出た彼を待ち受けていたのは、腕を組みニヤニヤと笑うランサーと凛の姿だった。

どうやら土蔵に入る二人を見て、何かロクでもない事を考えていたらしい。

実際、凛はランサーにからかわれたらしく、顔を真っ赤にしながら何かを必死で反論していた。

 

「よう、坊主。お嬢ちゃんとのデートはどうだった?それとも、デート以上の事までやっちまったか?

まあ、随分と色気のねえ場所だけどな。」

 

士郎が土倉から出てきたのを見て、彼は軽く片手を上げるとそんな言葉をかけてくる。

絶対、わざとからかっているに違いない。

ちなみに、セイバーはそんな三人を居間から見るとは無しに横目で眺めている。ランサーを止める気はさらさら無いらしい。

 

「か、からかわないでくれランサー。」

 

微かに顔を赤くしながらも、士郎はそう反論する。

今まで憧れていた女性と……ああいや、憧れていた彼女と実際の彼女とはイメージが随分違うが、

それでもそう言われて嬉しくないはずは無い。

はずは無いが……何かこう、ランサーの言い草はどこかひっかかる物がある。

だが、そんなほのぼのとした雰囲気は、微かな大気を裂く音と、唐突な一声によって吹き飛ばされる。

 

「伏せて下さい!凛!シロウ!」

 

それは居間にいたはずのセイバーの声だった。

彼女は瞬時に武装して凛や士郎の元に駆けつけると、手にした剣を振るう。

響き渡る金属音。いち早く、直感Aのスキルを持つセイバーが、

士郎の首筋を狙い大気を切り裂きながら飛んでくる銀光を手にした不可視の剣で叩き切る。

それは、矢。超長距離から士郎を狙撃するために放たれた矢だった。

何処からか誰かが弓矢を持って士郎を狙撃しようとしたのだ。ランサーも同時に武装し、ゲイボルクを油断無く構えながら二人に対して叫ぶ。

 

「くそ!遠距離からの攻撃だ!アーチャーだな、ヤツめ見境がないな!

お嬢ちゃん、士郎!土蔵に逃げ込め!」

 

続けて放たれる矢を弾きながら、ランサーは叫ぶ。

いかに英霊二人と言えども、彼らには超遠距離に対応できる、あるいは逆狙撃を出来るようなスキルはない。

このままではいずれ対応しきれずマスターが射抜かれてしまう。そうなったら御終いだ。

その意図を悟った凛と士郎は、ランサーとセイバーがガードしてくれている内に、必死に土蔵の中へと疾走する。

二人が土蔵の中へと入ったと確認したランサーは、瞬時に霊体化して土蔵の壁をすり抜け、再度実体化を行い、

セイバーは狙撃に注意しながらも、彼らの後ろを護る殿(しんがり)を務め、最後に土蔵へと駆けつけ、扉を閉める。

 

「……おかしいわね。追撃がこないなんて。」

 

「多分、俺達が飛び出るのを待っているんだろう。

飛び出してきた所を確実に仕留める気だ。このまま持久戦になれば、ここ自体を吹き飛ばす気でくるだろうな。」

 

そのランサーの言葉は真実だろう。凛は知っている。セイバーすらをも吹き飛ばしたアーチャーの宝具を。

あの破壊力は並大抵の物ではない。連発して放たれれば土蔵すらも破壊されてしまうだろう。

周りを見渡すと、士郎のみならず、セイバーやランサーも有効な手段は思いつかないらしい。

真剣に目を閉じて考え出す凛。しばしの間考えた凛は、瞼を開くと皆に向かって鋭く言葉を放つ。

 

「ランサー。私が囮になるわ。その隙にアーチャーの場所を特定。

特定できたら全力でアーチャーの所へ攻め込んで。」

 

「「「なっ……!」」」

 

士郎のみならず、ランサー、セイバーすらも凛の言葉に絶句する。

 

「凛!無謀です!そんな物は策でも何でもない!」

 

当然、必死になってセイバーは止めに入る。当たり前だ。彼女は知らない。狙撃兵の恐ろしさを。

戦場で最も恐れられている彼らの恐ろしさは、目にした者しか分からない。

 

「もちろん、私だってむざむざやられるつもりなんて無い。

セイバーの直感なら飛来してきた矢だって撃退できるでしょう。

それに私には魔術刻印がある。魔術刻印は魔術師を無理矢理生かそうとする。そう簡単に致命傷は負わないわ。だから―――。」

 

「いや、遠坂。それは俺たちの役目だ。」

 

唐突に、士郎は凛の言葉を断ち切った。

彼はゆっくりと立ち上がると、凛やセイバー達に背を向け、ゆっくりと土蔵の出口に向かう。

その彼の背中は、何処か誇り高く凛々しく、そして愚かだった。煩悶など欠片もない。

そんな彼に対して、凛は大声で止めに入る。

 

「な、何言ってるのよ!アンタには魔術刻印も無いのよ!

確かに訳わかんない再生能力があるかもしれないけれど、アンタの方が断然やられる確立が高いんだから!」

 

「けれど、俺にはこれしか出来ない。確かに、何の力も無いかもしれないさ。

……けれど嫌なんだ。これ以上誰かが傷つくのは嫌なんだ。だから。」

 

傷つくのは、俺だけでいいと、無言の彼の背中は、そう答えていた。

誰もが無言のまま、蒼い槍兵は立ち上がり、士郎にゆっくりと近づいていく。

手にするは魔槍ゲイボルク。その槍を手にする限り、彼に敗北など存在しない。

 

「安心しな、小僧。確かにお前は力が足りないかもしれない。」

 

ひゅおん、と彼は指の動きだけで軽くゲイ・ボルグを一回転させ、口元にはニヤリと強敵に挑む時の不敵な笑みを浮かべる。

 

「だが、ここには俺がいる。力が足りないと言うのなら俺が補おう。―――行くぞ士郎。戦う用意は十分か?」

 

コクリと、無言のまま士郎は頷いた。

手にするは、凛から一時的に貸してもらった多少の魔力が篭った葉状平形の短めの幅広い刀身を持った短剣グラディウス。

そして、横にいるのは、ケルト神話の大英雄、クーフーリン。これ以上に必要な物など何もありはしない。

 

「と言う訳だ。嬢ちゃん、囮の護衛は俺がやる。まあ、どっちが先にアーチャーに辿り着けるか競争って所だ。」

 

「ああもうっ……!男ってのはカッコつけの馬鹿ばっかりなんだから……!

せいぜい、串刺しにされないように気をつけなさい!」

 

「心配はない。生まれながらの加護があってな。よっぽどの宝具でなければ矢なんて通用しない。」

 

矢よけの加護。ランサーが生前より所有する技能の一つだ。遠距離からの攻撃はよほどの宝具でない限り無効化するスキル。

これこそが、ランサーが生き残る事に特化した英霊と言わしめた一因である。

戦場では、槍や剣などとが使用される近距離戦よりも、弓矢による遠距離射撃によりやられる人間の方が遥かに多い事は、

歴史を調べればすぐに分かる。

その遠距離攻撃を無効化できると言うメリットは地味ながらも大きい。だが。

 

『……さて、どれくらい持ちこたえられるかな。』

 

ランサーはそう心の中でひとりごちた。彼は言わなかったが、矢よけの加護はあくまで狙撃手を視界に収めてこそ発動する。

つまりは、狙撃のような超長距離からの直接攻撃には該当しないと言う事だ。

せめて、距離を詰めて狙撃手を視界に収めなくてはいけない。

 

「ランサー」

 

「俺の我侭に付き合ってくれて、ありがとう。」

 

土蔵の扉の前で飛び出す瞬間、士郎はランサーに軽く頭を下げる。

これは彼自身の我侭だ。それにランサーを巻き込んでしまった。それは本当に申し訳ない。

 

「ふん、礼を言われる筋合いなど何処にも無い。俺は、俺がやりたい事をやるだけだ。」

 

軽く土蔵の扉に手を当てながら、いつものように飄々に答えるランサー。

彼にとってこの程度の危機などどうという事は無い。今まで幾多の危機から生き延びてきた。

だから、今回も生き延びる、生き延びさせてみせる。それこそが、蒼い槍兵の矜持なのだから。

 

「さて、行こうか相棒。戦場へな。」

 

 

アーチャーの千里眼は、土倉から飛び出してきた士郎とランサーを的確に捉えていた。

随分と時間がかかっていたようだったが、アーチャーは焦る事などはしなかった。

狙撃に焦りは禁物。狙撃手は、一日中、一週間でも全く動く事なく目標が確実に仕留められる時まで待つ事も珍しくはない。

 

「ふん、ようやく飛び出してきたか。衛宮 士郎。」

 

衛宮邸から離れる事、450mほど。十階建てのビルの上で漆黒の闇の中、青白い月光を浴びながら、アーチャーは弓を構えながらそこに居た。

長弓の有効射程距離は200~250m、最大射程400~450m。

今彼がいる場所が、長弓の最大射程距離ギリギリと言う所だ。

あのまま土蔵の中に篭もられると厄介だったが、その時は《偽・螺旋剣》辺りで土蔵ごと吹き飛ばすつもりだった。

目にするは、こちらに向かって疾走してくるランサーと士郎の姿。

だが、残りの二人がいない事に、アーチャーは不審な顔をする。

 

「―――?凛とセイバーがいないが……まあいい。私の目的は貴様だけだ。」

 

ギリ、と弓の弦を引き絞る。極限まで高められた集中力は、最早他の物など視界に入らない。

千里眼。アーチャーである彼が持つ保有スキル。それはここに来て最大限に生かされていた。

今の彼は弓兵というよりは狙撃兵。一撃で相手を仕留める死神だ。

ワンショット・ワンキル。それこそが狙撃兵の掟だ。

弦が鳴り響き、矢が銀光を纏って放たれる。大気を切り裂きながら、こちらへ駆けてくる士郎の心臓へと突き進む。

だが、その一筋の光は、真紅の光によって弾かれた。

 

「ランサーか、最速の英霊は伊達ではないな。アレを迎撃するとは。」

 

アーチャーの千里眼が捕らえたモノは、手にしたゲイボルクで飛来した矢を弾いたランサーの姿。

忌々しい事に、こちらを小馬鹿にするような笑みすら口元に貼り付けて。

 

『どうした弓兵?貴様の力はその程度か?』

 

何よりも雄弁に、彼の表情がそう言っていた。

 

「ならば、先に脚を潰す。」

 

彼の選んだ決断はそれだった。先に機動力をなくせば、いかようにも葬れよう。

所詮、この身は英雄にも反英雄にもなれぬ中途半端な身分。

誇りなど必要ない。必要なのはいかに的確に相手を葬るか、と言う事。

 

再び弦を引き絞り、続けて放たれる矢は四連。

ランサーと士郎の両足を正確に狙った矢は、再び大気を引き裂き、こちらに向かって走り来る彼らへと迫る。

ランサーがいかに超人的な槍の腕前とは言え、己自身を狙う矢を回避し、さらに、士郎を狙う矢を弾くなどと言う事は難しいだろう。

最悪でも、その矢に怯んで速度を落とせば、次弾で確実に奴等の脳天を貫くのみ。

だが、その布石である矢は、ランサーが手にした槍の穂先を向け、微かに揺らすだけで彼ら二人へと当たらず、近くの地面へと突き刺さる。

 

「――――!そうか、矢よけの加護か!」

 

ランサー。クーフーリンは今まで幾多の戦場を駆け抜け、『生き延びる事』に特化した英霊である。

その戦場には、当然弓矢が雨のように飛び交う戦場もあった。

それに対処するために賜った加護。それこそが遠距離攻撃を無効化する《矢よけの加護》である。

だが、矢よけの加護は、長遠距離からの攻撃、視界外の攻撃には該当しない。

しかしその超長距離の間合いをつめ、なおかつ目標を微かながら視界に入ったのならばどうなるか。

 

「チ、ならば距離を。」

 

取ろうとした瞬間、轟音が響き渡った。何かが大気を引き裂き、アーチャーへと凄まじい勢いで飛来する。

 

「何―――!」

 

その正体は、ランサーの放ったゲイボルクだった。

だが、真名を発動させた『突き穿つ死翔の槍』ではない。アレはただ槍投げの要領で全身の筋肉を引き絞り、槍を放り投げただけ。

それは凄まじい勢いで飛来し、アーチャーの足元へと突き刺さってコンクリートの破片を辺りに撒き散らす。

悠長に真名開放を行っていては間に合わないとランサーは判断したのだろう。

確かに、ゲイボルクは元々投擲するための宝具(モノ)

それは真名開放をせずとも十二分に威力を発揮していた。

そして、彼がそれに怯んだ隙を見計らったように、戦いへの喜びに満ちた戦場の猛犬の声が響き渡った。

 

「追いついたぜ。」

 

口元に獰猛な笑みを張り付かせ、背中に月光を背負いながらも、青い槍兵は跳躍して姿を現した。

彼にとって、十階ほどのビルの高さなど、壁を足場にすれば軽々と飛び越える事が出来る。

例え、片手に士郎を抱えていたとしても、だ。

彼は、コンクリートの床に突き刺さった自らの槍を引き抜くと、その切っ先をアーチャーに向ける。

 

「ここまでだ弓兵。今度は逃がさん。」

 

「まさか、ここまで辿り着くとはな。君に対する評価を改めなければならないようだ。」

 

アーチャーが手にするは、最早弓ではない。手にした弓を消し、再びその両手にあるのは二刀の短剣、干将・莫耶。

ここまでの近距離になると、弓では一発撃つか撃たないかで相手に間合いを詰められてしまう。

ましてや相手は最速を誇るランサーだ。ならば、近距離戦に持ち込んだ方が良い。

それがアーチャーの判断だった。

油断なく、二刀を構えながら、アーチャーはランサーとの間合いをじりじりと計っていく。中距離ではランサーの槍の餌食だ。

かといって容易く間合いに入らせてくれるほど甘くもあるまい。

一歩の間合いが、命取りになってしまう。そう意識しながらも、アーチャーは少しでもそれを悟らせないために、余裕の表情を崩さない。

 

「ならば、ここで決着をつけるかランサー。」

 

「望む所だ。前々から、テメエの事は気に入らなかったかったんでな。

その顔、二度と見ないようにここで止めをさしてやる。」

 

大気が凍りつく。あまりの二人の放つ闘気が濃密すぎて、士郎すらも全く身動きが取れない。

ほんの少しでも隙を見せれば、それが闘争の開始の合図となるだろう。

何か相手の気を逸らすきっかけでもあれば。

お互いとも、それを必死で探っていた。

 

しかし、それは予想外の所から来た。

絹を引き裂くような女性の悲鳴と新しいサーヴァントの気配。それが、二体のサーヴァントの人並みはずれた聴覚に飛び込んできたのだ。

 

アーチャーは迷った。これはヤツをやれる機会だ。すでに一度、ランサーに絶好の機会を邪魔をされている。

『衛宮 士郎を葬る事』それこそが彼の望みでありこの世界に召喚された意義。

理想を追い求めた。世界と契約を結び、力を経て人々を助けた。

そう、英雄になれば、さらなる絶望を打破できると硬く信じて。

……だが、実際は全く違った。《守護者》と呼ばれる、抑止力に取り込まれた英雄たちは、あくまで悲劇が起こった後始末にしか呼ばれない。

つまり、そこは地獄だと言う事。全ての人々が絶えた地獄に呼び出され、その地獄をさらなる滅びで覆い隠し、そして消えていく。

俺が憧れた正義の味方とはそんな在り方ではない。断じて無い――!!

 

だが。

しかし。

それでも―――。

 

『大丈夫だよ。爺さんの夢は俺が―――。』

 

……遥か遠い昔、大好きだった義父に誓った言葉。その言葉を、裏切るのか?

 

「チィ―――!」

 

彼は紅い外套を翻し、何の躊躇いも無くランサーに背を向けると、悲鳴の上がった方向へと跳躍する。

そう。自分より誰かのために戦うモノ。見も知らぬ誰かのために命を賭ける事が出来るモノ。それこそが―――。

 

「ランサー!アーチャーを!俺も後で追いつく!」

 

それに答える事無く、ランサーは同じく宙へと自らの身を躍らせた。

 

 

士郎がその場所、公園に駆けつけた時、ランサーとアーチャー、そして異様な光景が繰り広げられていた。

 

「な。」

 

それは一種幻想的な光景と言えたかもしれない。

そう、まるで、伝説にある吸血鬼がその場に存在するかのような。

黒い装服を纏った長身の女性が、士郎にとって見覚えのある女性の首筋に噛み付いているのだ。

 

「美―――綴。」

 

そう。士郎にとっても知り合いの現弓道部部長、美綴綾子。

彼女は、ピクリとも動かない。肌の輝きを失った彼女は、物言わぬ人形のようでもある。

アレはただ血を啜っているだけじゃない。

人間の活力、生命力とか精神力とか記憶とか、そう言ったモノも同様に啜って自らの力と返還しているのだ。

目に見えて、綾子の顔色は悪くなっていく。

サーヴァントは、人間の魂を喰らう事によって己の力を高める事が出来る。

凛から聞いた話だったが、まさかそんな外道の所業を本当に行うマスターが存在するとは。

そして、そのマスターも、士郎の顔見知りの存在だった。

 

「……慎二。」

 

「へえ、衛宮じゃないか。こんな時に来るなんて、お前の間の悪さもここまで来ると長所だね。」

頭が麻痺してしまう。何故こんな所に知り合いがいるのか。何故、慎二がサーヴァントを従えているのか。

何故、慎二が綾子を襲って平気でいられるのか。

……いや、そんな事より美綴だ。今なら助かるかもしれない。そのためには。

 

「……何だよお前。何でサーヴァントを二体も連れているんだよ!

半人前の分際でふざけやがって。ライダー、あのバカを痛い目に合わせてやれ!」

 

あの邪魔者をどうにかしなければならない。

アーチャーは弓を構えているが、到底味方とは思えない。

ランサーは魔槍を構えていつでも突撃できる体勢だ。

ならば―――。

 

「チッ。女を襲うように命じるマスターか。気にいらねえな。

……小僧、貴様のやっている事には、決定的に誇りが欠けている。」

 

ランサーはそのサーヴァントとマスターの行為を見て、よほど気に入らないのか、忌々しげに地面に唾を吐き捨てる。

それがきっかけになったのが、火がついたように慎二は喚き立ててライダーに命じる。

 

「うるさい……!何が誇りだ!やっちまえ!ライダーァアアっ!」

 

「ランサー……!頼む!!」

 

ザッと、大地を蹴る二つの音、そしてお互いにぶつかり合う蒼い影と漆黒の影。

その隙を狙って、士郎は美綴の所へと疾走する。

とりあえず慎二の事は後だ。ライダーはランサーに任せておけばいい。アーチャーは……今の所はライダーと交戦中だ。

こちらに攻撃を仕掛けてくる余裕はないだろう。

必死で公園を駆け抜けると、地面の倒れ付した美綴を抱きかかえる。呼吸は浅く、顔には血の気が薄い。

 

「おい!美綴、しっかりするんだ!」

 

何も知らなかった時ならともかく、今の士郎は聖杯戦争が起こってしまった事を知ってしまった。

当然、こんな時、怪我人が出てしまった時の簡単な準備ぐらいはしてある。

ポケットから簡単な治療セットを取り出し、脱脂綿に消毒液を浸し、それを首筋に穿たれた傷につけると、手早く包帯を巻き止血する。

だが、それでも美綴の顔はまるで紙のように白い。

それは生命の元となる力、血液のみならず、記憶とか生命力、精神力とか、そう言ったモノが奪われているのだ。

こんな事もあろうかと、あらかじめランサーと凛に用意しておいてもらったルーン、

成長やヒーリングの効果があるベオーク(Beorc)が刻み込まれた小さな宝石を美綴の口へと含ませようとする。

だが、彼女の口は堅く閉ざされ、それを含む事が出来ない。

こうなれば手段は一つしかない。けれど、それは……いや、戸惑っている場合じゃない。

 

「……ごめん、美綴。」

 

士郎は宝石を口に含むと、顔を真っ赤にしながらも、自分の唇と彼女の唇と重ね合わせる。

そして、宝石を口移しで彼女に含ませる。

瞬間、宝石に溶け込んだ魔力とルーンの力が彼女に活力を与え、顔色も少しづつ元に戻っていく。

ほっと士郎は安堵した。後は、病院に連れていけば命に別状は無いだろう。

 

そして、その間にも戦いは続いていた。

 

お互いに激しく衝突を繰り返す蒼き影、ランサー。そして、紫のロングヘアをなびかせながら、疾走する黒い影、ライダー。

速度は互角。ランサーは手にした魔槍で闇すらをも穿つような鋭い突刺を放ち、ライダーはそれを手にした釘剣で弾く。

続く一撃は、ライダーの首を狙った横凪ぎのランサーの一撃。

だが、そんな大振りな一撃など受けるまでもない、と言わんばかりに、ライダーは地面に伏せて避ける。

両手両足を大地に付ける彼女。それはどこか蛇を連想させる。

そして、その蛇は大地すれすれを駆け、ランサーの懐へと突き進む。

確かに、長柄の槍を持っているランサーは、懐に飛び込まれると不利になる。

だが、彼は笑っていた。そう、それも全て予想していた事だ。

ランサーは彼女が間合いに入った瞬間、まるで、サッカーボールを蹴り上げるかのように、下から上への蹴りを放つ。

速度を相殺しきれず、とっさに、アクロバティックなバク転でそれを避け、ライダーは、ざざざ、と地面を削って距離を取る。

だが、休む暇など与えない。その足元にアーチャーの弓が叩き込まれる。

ライダーは予想以上に息の合った二人の連携攻撃に軽く舌打ちをする。

 

「……マスター。いくら私と言えど二体のサーヴァントを同時に相手にするのは得策と言えません。

ここは一度引くのが懸命かと。」

 

「うるさい……!使い魔の分際で何偉そうな口叩いてるんだよ!行け!奴等を叩きのめせ!」

 

瞬間、ライダーは地面を蹴った。

綺麗な紫の髪を翻し駆ける姿は、まるで黒い流星。

黒き流星と化したライダーは、槍兵と弓兵を迎撃するために、大地を疾駆する。

その速度は、ランサーとほぼ同等。ランクにすればAにも匹敵しよう。

 

何故、本来のマスターでない慎二がこれほどの力を引き出せるのか。

その秘密は、彼が手にしている書にある。爺から貰った、強化版偽臣の書。

この偽臣の書は今までとは異なり、一時的にサーヴァントの能力をブーストさせ、真の能力を引き出す事ができる。

これならば、一時的に『真のマスター』並みの力を発揮できる。

 

「く。」

 

その代償はサーヴァントの苦痛。

本来のマスターではない上に、無理矢理能力を引き出されているのだ。その苦痛たるや想像できはしない。

実際、真の力を発揮している彼女はよく持ちこたえていた。

サーヴァント最速であるランサーには互角の速度で対抗し、アーチャーに対してはランダムな動きで狙いを絞らせない。

闇の中、紅い光を纏い己の身に襲いかかる魔槍を弾き逸らし、闇を引き裂く矢の悉くをランサーにも匹敵する神速で回避する。

だが、ライダーもただ逃げ回るだけではない。

彼女は釘剣で二人を牽制しながらも、公園のモニュメントとして植えられている手短な木に釘剣の鎖を巻きつける。

 

次の瞬間、二人のサーヴァントは驚愕の表情を浮かべた。

細身の彼女にどこにそんな力が秘められているのか。

ライダーはそのまま、十mはある樹木を無理矢理地面から引き抜き、ランサーとアーチャーに向かって無造作に放り投げる。

樹木は巨大な『矢』と化して、サーヴァントに向かって突き進む。

微かな舌打ちの後、二人は左右に分かれてそれを回避する。地面に突き刺さり、舞い上がる木の破片。

それは一度だけではない。再び木に鎖を巻き付けると、再びそれを投擲する。地面に叩きつけられ飛び散る木の破片。

確かに、一時的ではあるが、ライダーはランサーとアーチャーを手玉に取っていた。

本来、慎二は己が召喚したイレギュラーのアサシン……佐々木小次郎を従えるつもりだったが、性格的にいけすかないのと、

強力な宝具を持たないサーヴァントなど戦力として劣ると判断したため、桜が召喚したライダーを奪い取ったのである。

 

「はははは!どうだい衛宮、僕のサーヴァントは!

お前の使い魔なんかには負けないのさ!!偉そうに二体もサーヴァントを連れやがって。

気に入らないんだよお前!ライダー、やっちまえ!」

 

確かに、このまま長期戦に雪崩れ込んでは不利だ、とライダーは冷静に分析していた。

彼女のスキル:怪力は長時間続く物ではない。今は有利だとしても、やがて少しづつ流れは向こうに有利になっていくだろう。

ライダーは決心した。この二人は、纏めてこの場で葬り去る、と。

そうして、彼女は自らの封印、顔の半分を覆う眼帯を解除した。

 

ブレーカー・ゴルゴーン。

それは彼女の魔眼を封じる一つの世界である。それを開放した瞬間、二体のサーヴァントの動きが止まった。

水晶細工ともとれる、眼球というには異質すぎる外観。

角膜は光を宿さず、瞳孔は四角く、虹彩は凝固し、網膜の細胞は尽くエーテルで出来ている。

魔眼・キュベレイ。

これこそが、ライダー……メドゥーサの象徴にして、万物悉くを石へと変貌させる最高位の魔眼―――!

 

「チ―――!!」

 

「クソ―――!」

 

二体のサーヴァントの足元が硬直する。いや違う。文字通り、爪先から石と化しているのだ。

魔力Bを誇るアーチャーですらそうなのだ。魔力がCであるランサーに対抗しようもない。

最早手を動かす所か、目を閉じる事すら出来ない。このままだと、石化して砕け散ってしまうだけだ。

 

弓兵は己の弓を消すと、最速で自己に埋没する。

邪眼を弾くのに最適なのは鏡、そう鏡だ。全ての害を、全ての邪悪を打ち払う、いや、『討ち払う』モノ。

ならば、アレが最も最適だろう。

 

「――――I am the bone of my sword.」

 

 

アスピディスケ

《邪悪討ち払う――――

 

      アイギス

――――山羊皮の神盾!》

 

「――――!」

 

瞬間、二体のサーヴァントとライダーの間に、淵を黄金の光で覆われた、眩く輝く『鏡』が出現した。

それは微かな月光すらをも収束、反射して、辺り一面を綺羅綺羅と光で覆い尽くす。

否、それは鏡にして、いかなる邪悪をも排除する『盾』。女神アテネが持ち、英雄ペルセウスに一時的に貸し与えられたモノ。

 

『邪悪討ち払う山羊皮の神盾(アスピディスケ・アイギス)』

 

この盾こそ、かの有名な英雄ペルセウスがメデューサ退治の際、女神アテネから与えられた宝具である。

彼はこの盾とヘルメスから与えられたハルペー、そして隠れ兜と羽の生えたサンダル、

そしてキビシスの袋を持ってして、メデューサの首を切り落とした。

本来、ゴルゴンを打ち破ったのはペルセウスが持つキビシスの力。

この盾の力は、周囲の情報を鏡面に映し出し、探知機となってその場に存在するモノの心音を伝える事。

だが、メドゥーサの首は切り落とされた後、このアイギスの盾の中心に飾られたとされている。

その後、人々の幻想がカタチとなり、昇華した盾の能力は物理防御こそ『熾天覆う七つの円環』に劣るものの『あらゆる概念を反射する』と言う力を持つ。

つまり、魔術や呪詛、超能力などと言った超自然の力を全て術者自身へと跳ね返してしまうのである。

そして、この盾にはもう一つの秘められし能力がある。

 

「く……!」

                           メデューサ

その鏡に映し出されたのは、首を切られた己 自 身の姿。

首を切り落とされたメデューサの首は、その後もその魔力を失う事無く、アトラスの巨人などを悉く石化した。

そして、その首はアテネに捧げられ、アイギスの盾の中央に埋め込まれたと言う。

つまり、今ライダーが対峙しているのは、自分自身の魔眼の力そのものである。

対するは、自分自身の石化の魔眼。お互いに魔眼の力がぶつかり合い、拮抗する。

勝負は全くの互角。まさしく、この宝具こそハルペー、キビシスに次ぐメデューサの天敵とも言える宝具である。

 

そして、身動きの取れないライダーに向かって、ランサーは一気に距離を詰めると、彼女に対して神速の刺突をライダーの心臓へと放つ。

紅い魔槍の鋭い穂先が、ライダーの柔らかい血肉を求めて闇を引き裂く。

だが、その穂先は、ぴたりとライダーの皮膚に触れるか触れないかで停止する。

 

「ランサー。私を葬らないのですか?」

 

魔力を使い果たし、膝をついたライダーは、よろよろと立ち上がりながらも不思議そうにランサーを見上げる。

 

「ふん、昔からな。女をやるのは趣味じゃねえんだよ。」

 

「そうか、貴様がやらないのならば、私が葬るまでだ。」

 

その時、アーチャーの感情の無い声が響き渡った。

それと同時にどすり、と鈍い音がする。それは、刃物が肉を貫いた音。

ライダーの胸のほぼ中心、彼女の心臓から刃物の血に塗れた切っ先が見える。

それは弓兵が愛用する干将の刃。

彼女の背中には『アスピディスケ・アイギス』を解除したアーチャーの姿。

 

「さらばだ。ライダー。」

 

そして、返す莫耶の刃で、アーチャーはライダーの首を何の躊躇いも無く切り落とした。

噴出す血液。その首から流れる血筋は綺麗な円を描いて、地面に落ちる。

エーテルで構築されている彼女は、何の遺言も放つ事なく、そのままエーテルへと還元され、塵と化して消えていく。

 

「……テメエ。」

 

「おや何かな。まさか、女性は葬れないなどとは言うまいな。

流石はクー・フーリン。敵であるメイヴやモリガンを見逃しただけの事はあるな。」

 

ランサーの鬼気迫った表情。その憤怒たるや視線で人さえ気絶させよう。

彼の基準は獲物を人に取られたかそうでないかだ。

自分が見逃そうと思った獲物を、他の奴があっさりやってしまっていいはずなどない。

そのランサーの決意に水を差すかのように、ヒステリックな叫び声が近くであがる。慎二だ。

 

「な、何やられてるんだよこのクズが!

これじゃ、これじゃ僕より衛宮の方が優れていると思われるじゃないか!!」

 

慎二は余程悔しいのだろう。ライダーがいたはずの部分を狂ったかのように何度も何度も蹴りつける。

出来るだけ遠くに美綴を抱きかかえ、地面に横たわらせると、士郎はゆっくりと慎二の方へと近づいていく。

 

「そこまでだ慎二。もうお前はサーヴァントを失った。令呪を渡せ。そうすればこの戦いから開放される。」

 

「ひ――――。くそクソ糞クソ糞―――!」

 

警戒し、無闇に刺激しないようにゆっくりと慎二に近づいていく士郎。

だが、彼は気づいていなかった。ギラリ、と獲物を狙うアーチャーの視線に。

 

『投影・開始(トレース・オン)』

 

唐突に、声が響き渡った。皆がはっと気づいたかのようにアーチャーへと振り返る。 だが、最早遅い。”投影”は完成している。彼の手には弓とそして、捻くれた切っ先を持つ剣、いや 矢が存在した。

いかに捻じ曲がろうとも、それが剣として使用されればそれは剣だ。だが、それが矢として使用されれば、それは矢でしかない。

 

     我が骨子は捻れ狂う

「―――I am the bone of my sword.」

 

「な、アレはフェルグスの――!」

 

ランサーが驚愕の声を上げる。そう、それは彼の親友、フェルグスが手にしていた剣。《偽・螺旋剣(カラドボルグ)》

それこそが、今彼が手にしている剣、否『矢』であった。

瞬間、士郎は大地を駆けた。

ダメだ。アレはランサーの天敵だ。アレにはランサーは太刀打ち出来ない。

対抗するためには同じだけの威力を持った宝具が必要だ。

今は、何故アーチャーが『俺と同じ呪文』を唱えたか、それは問題じゃない。

ランサーに向かって疾走しながらも、彼は自己の内にと埋没していく。

同じモノを。同じモノを。同じモノを。同じモノを――――!

 

―――模索し検索し創造する。《偽・螺旋剣》の生成は不可。

現在の衛宮 士郎の作成できるモノは本来の姿の■しか作成は出来ない。

アレンジされた部分は、以前のランサーの夢の中で見た部分でカバーし、正式な情報へと変換する。

彼女は言った。衛宮士郎は《創る者》なのだと。ならば創ってみせよう。『同調』ではなく『投影』。

それこそが、衛宮士郎の本来の魔術なのだから―――。

 

「投影、開始(トレース・オン)」

 

創造の理念を鑑定し、

基本となる骨子を想定し、

構成された材質を複製し、

製作に及ぶ技術を模倣し、

成長に至る経験に共感し、

蓄積された年月を再現する。

 

そう、これこそが本来の姿の――――!

 

 カラド

《稲妻煌く―――

 

    ボルグ

―――堅固なる刃!》

 

アーチャーが放った『矢』として放った『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』。

そして、それを迎撃するために士郎が作り出した『剣』、『稲妻煌く堅固なる刃(カラドボルグ)』。

戦車の主砲のごとき勢いで士郎とランサーに突き進む偽・螺旋剣。

それに対して、士郎は手にした稲妻煌く堅固なる刃を大きく振り被り、飛来してきた偽螺旋剣に叩きつける。

二つのカラドボルグがぶつかり合う。破壊力のみならばランクAにも匹敵する宝具。

それがぶつかり合えばどうなるのか。答えは明白だ。

上級宝具のぶつかり合いになれば、ただの人間である士郎など肉片すら残らず粉砕してしまう。

 

「小僧―――!」

 

蒼い疾風が士郎を横から掻っ攫う。サーヴァント中最速。その名は伊達ではない。

ただ、アーチャーが放った“矢”によって周囲が一瞬にして炎上しただけ。

爆心地であったろう地面は抉れ、クレーター状になっている。

だが、これでもマシな方だろう。ランクAにも匹敵する宝具が爆発すれば、士郎もランサーも無事ではすまない。

全く同じ宝具がぶつかり合った事により、威力が対消滅されられたに違いない。

そして、ランサーがとっさに張ったルーンの結界も功を奏した。

それを見た慎二は、腰を抜かしながらも、必死で公園の外まで四つんばいで這い出て、必死になって逃げ出す。

だが、今の士郎にそんな事を気にかけている余裕などあろうはずもなあった。

 

「あ、は―――。」

 

意識も希薄だし体の感覚も希薄。両手両足も痺れて満足に動かない。

まるでノイズがかかったのようによく見えない視界。

 

そして、狂ってしまった己自身。

 

それは、代価だ。今の衛宮 士郎では不可能な事をしでかした代償。

それを支払っているだけの事。

 

「ぐ、はっ。」

 

口から血の塊を吐き出す。当然だ。■ランクの剣を投影するなど、今の士郎には到底手に余る。

例え未熟な魔術師でも、限界以上まで魔術回路を酷使し、廃人になる覚悟さえあれば奇跡には手は届く。

自らの限界を突破した苦痛に苦しむ士郎をアーチャーは冷やかな目で見据える。

 

「ふん、当然の結果だな。それが現在の衛宮 士郎の限界だ。ここで、貴様はもう御終いだ。」

 

もう逃げられはしない。ゆっくりと、両手の二刀を携えながら、ゆっくりと士郎へと近づいていくアーチャー。

そして、それを憤怒の表情で睨み付けるランサー。今、彼はルーンの力で士郎を癒している。今気を逸らせば士郎がまずい事になってしまうだろう。

 

「貴様―――!」

 

突然、そのランサーの怒りを代弁するかのように、公園の入り口から強力な魔力弾がアーチャーに向かって放たれる。

アーチャーは予想外の攻撃を何とか回避すると、攻撃が飛来した先を睨みつける。

そこに立つは、スーツ姿の男装の麗人と、ローブを纏った女性の姿。

 

「―――さて、これはどういう事か誰か説明してくれるのでしょうか。」

 

「……バゼット。」

 

ぽつり、とアーチャーは呟いた。そう、彼女こそ本来のアーチャーのマスター、バゼット。

そして、彼女が率いるサーヴァントこそ、魔術師、キャスター。

それこそが、再び聖杯戦争へと参加する彼女達の敗者復活を賭けた戦いの始まりだった。

 

 

その頃、慎二は必死で駆け抜けていた。

目指す先は自らの家、間桐邸。あそこに行き、再度ライダーを召喚して奴らに復讐する。

彼の頭の中にはすでにそれだけしかなかった。

 

「は、はあはあ……!畜生、奴らめ。よくもライダーを……!」

 

「へえ、慎二くん。ライダーがどうしたって?」

 

響き渡る冷徹な声。そこには腕を組んだ赤い魔女が立っていた。遠坂 凛、そして、セイバー。

この地の管理者、セカンドオーナーである遠坂家の魔術師。

そして、慎二が憧れた女性。その彼女が圧倒的な闘気を携えながらそこに居た。

 

「さて、どういう事か聞かせてもらいましょうか。何なら、力づくででもね。」

 

彼女の腕に光るのは遠坂家に代々伝わる魔術刻印。

逃げ出すようならば、ガンドの一撃でも食らわして足を止めればいい。

彼女の本気の目は、そう物語っていた。

 

「い、いいのかよ。僕に何かあったら学校の結界が。」

 

「あらそう。あの結界は貴方が張ったものなんだ。じゃあ、容赦する義理なんてないわよね。」

 

にこり、と凛は学校で使う優雅な笑みを浮かべた。彼は言ってはいけない一言を言った。

これによって慎二は自らがライダーのマスターであった事。そして、学校の結界を張ったのが自分であった事を白状したような物だ。

セイバーも無表情のまま手にした見えない剣を再度構える。

 

「ひ―――。」

 

「それにね。どうせあの結界を張ったのはアンタじゃなくライダーなんでしょ。

サーヴァントでも無い限り、あんな強力な結界は構築できっこない。魔術回路が無くなったマキリの人間にはね。」

 

「慎二、アンタはね。魔術師なんて目指さない方が幸せなのよ。

悪いけど、聖杯戦争についての記憶は全て消させてもらうわ。」

 

じり、と慎二に油断無く近づいていく凛。と、唐突に慎二は狂ったかのように高らかに笑い出した。

 

「は、はははは!そうか、僕はどう足掻いたって魔術師なんかになれっこないって訳か―――!」

 

「は、そうか。遠坂、一つだけ教えておいてやるよ。

ウチの爺、の本体は、桜の心臓に巣食っている。

アイツは、桜を”黒い聖杯”に変えようとしているんだとさ。

遠坂は魔法使いの弟子なんだろう?なら、不可能を可能にしてみせろよ―――!」

 

瞬間、彼の意識はブラックアウトした。

 

「……桜が、黒い聖杯ですって?それは一体……。」

 

凛の苦渋に満ちた問いかけは、誰にも聞かれる事なく空へと消えていった。

 





狙撃兵恐ろしいよ狙撃兵。
こんにちは。読んで下さってありがとうございます。
と言う訳でライダーさん登場、そして退場です。
本当は、ランサーのゲイボルグでライダーを仕留める予定だったのですが、ランサーって伝承でも女性仕留めてないよなあ……と言う事で今回の展開になりました。
後、アーチャーは本編では近接攻撃が目立ちましたが、彼が狙撃を行ったら恐ろしいだろうな、と思って今回の展開にしてみました。
いや、少し前に『山猫は眠らない』を見て、狙撃兵怖いよーと思い知ったので。
今回は、アレもコレも詰め込んだ結果、かなり長くなってしまいました。少し展開が速すぎたかもしれませんね。

ちなみに、カラドボルグですが、アレはアーチャーが使う改造された偽・螺旋剣ではなく、本来の姿です。
元々カラドボルグと言う名前は『硬き稲妻』もしくは『煌く剣』と言う意味だそうで、あんな感じの真名にしてみました。
後『邪悪討ち払う山羊皮の神盾(アスピディスケ・アイギス)』ですが、アスピティスケとはギリシャ語で盾の意味だそうです。
ちなみに、ホロウではライダーを破ったのは鏡の盾ではなく、キビシスとなっていますが、このアイギスの盾はその後、人々の幻想がカタチとなって今のような能力を得たと言う設定です。

それでは、感想、批評をお待ちしております。


なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
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